11.エディアカラ紀
現在の生物に系統的に密接につながっていると思われる生物が出現するのはカンブリア紀からだと考えられていますが、その直前のエディアカラ紀の地層からも、これは確実に生物の化石だと思われるものが世界各地から発掘されています。エディアカラ紀がいつからいつまでかは、文献によりまちまちで困りますが、とりあえずウィキペディア(項目:エディアカラン)に従って約6億2000万年前~約5億4200万年前ということにしておきましょう(実は各国版のウィキペディアで統一されているわけでもありませんし、日本版の場合もエディアカラ生物群という項目では6億5000万年前~5億年前としてあります)。
エディアカラ紀の生物の化石を最初に発見したのはアデレード大学のデービッドとウィラードということですが、彼らはそれらをカンブリア紀のものと考えており、その学術的意義を証明したのは同じ大学の学生だったスプリッグです(図11-1)。
図11-1 スプリッグ Reginald Claude Sprigg、(1919 - 1994)
図11-2 オーストラリア エディアカラの丘(*)とアデレード(赤丸)
彼はアデレード近郊のエディアカラの丘(図11-2)でみつけたこれらの化石が、それまで考えられていたようなカンブリア紀のものではなく、より古い時代のものではないかと提案したわけです。これが1946年のことです。すなわち第二次世界大戦の前には、誰もエディアカラ紀の存在などは頭になかったわけです。その後紆余曲折を経て、1958年頃にはほぼ学会でも認められた定説になりました(1)。
エディアカラ紀にも様々な生物が生活していましたが、代表的な化石はディッキンソニアという生物群で、一見左右(図では上下)相称のように見えます(図11-3、図4-2と同じものを再掲)。大きさは1cm~80cm以上までいろいろ見つかっています。
図11-3 ディッキンソニア(Dickinsonia costata)
図11-4 ディッキンソニアは左右相称生物なのか?
一見左右相称のようにみえますが、中央部分の拡大図(図11-4)をみると溝の付け根の部分が右端ではほぼ一致していますが、中央では互い違いになっています。このことからディッキンソニアは完全な左右相称動物とは言えないかもしれないとされています。口や肛門が無いことから、平べったい体で海底を這い回り、海底の細菌類・藻類(バイオマット)や周囲の海水からの栄養物を、体表の機能を使って吸収していたと考えられています(2)。最近ミミズのような左右相称動物がエディアカラ紀に生きていたというレポートが発表されました(3)。
より確実な化石を残した生物もいます。それはクロウディナという刺胞動物の仲間です(図11-5)
図11-5 クロウディナ(Cloudina)
この生物はソフトクリームのコーンを積み重ねたような殻を作って、その中で生活していたと思われます。レイチェル・ウッドは次のように述べています「中でも最も重要なのは、クロウディナ同士が互いに固着し合って礁を形成できたことだ。この発見によってクロウディナは最古の造礁動物の仲間入りをし・・・」(4)。つまりエディアカラ紀からサンゴのような生物がいて、海底に礁を形成したということです。そしてその礁の隙間にはナマポイキアという海綿動物が生活していたそうです(4)。
カルニオディスクスという生物が1958年に英国でエディアカラ紀の地層から発掘され、その後約5億6500万年前-5億5500万年前の世界中の地層から発掘されました、これは刺胞動物の一種とされています(図11-6)。海底に固着部があり、そこから海中に伸びた茎葉のような形になります(図11-6下部の模式図)。左右相称ではありません。
図11-6 カルニオディスクス (Charniodiscus)
現在でもカルニオディスクスと一見似たような生物・・・ウミエラが日本近海にもいることがわかっていますが、両者が近縁かどうかは厳密にはわかりません。しかし刺胞動物だとすると形態も生活様式も似ていたと想像されます。そうするとシーラカンスどころではなく、ウミエラは最強の生きた化石と言えるでしょう。
図11-7は広島大学臨海実験所のサイトから拝借しました(5)。山口信雄氏が次のような解説をされています。
(山口信雄氏 談) 彼らはなかなか飼育することが難しく、潜る砂にも好き嫌いがあります。最初埋まってくれたウミエラですが、砂質に嫌気がさしたのか、深さが足りないのか、砂の上にゴロリと不貞寝してしまいました。餌として3種の珪藻を当実験所で培養したものや、市販のサンゴ用液状餌等を与えています。それでも徐々に痩せていきます。また、水温が高くなるとすぐに腐ります。水温を低め(25℃以下)に保っておくことがコツです。綺麗だからといって、安易に飼育にチャレンジしないほうがよさそうです。
図11-7 ウミエラ(Pennatulacea)
驚くべきことに、エディアカラ紀の地層から軟体動物だと考えられる生物の化石もみつかっています。それはキンベレラです(図11-8)。この生物の化石は状態の良いものが多数見つかっており、エディアカラ紀の生物研究のキーになる生物と思われます。ウィキペディアの記述を引用すると、「最初はクラゲとされたが、歯舌で引っ掻いた痕のような生痕化石が発見されたことで、現在はおそらく軟体動物とされている。」とのことです(6)。しかもこの生物は左右相称動物だとされています(7)。そうすると軟体動物と刺胞動物が分かれたのはエディアカラ紀の初期あるいはそれ以前ということになり、カンブリア紀に様々な門の起源となる生物が生まれたという説は成り立たなくなります。
図11-8 キンベレラ(Kimberella)
参照
1)Susan Turner and David Oldroyd., The palerobiological revolution: Essay on the growth of modern paleontology. Print publication date: 2009, Print ISBN-13: 9780226748610, Published to Chicago Scholarship Online: February 2013, DOI: 10.7208/chicago/9780226748597.001.0001
http://chicago.universitypressscholarship.com/view/10.7208/chicago/9780226748597.001.0001/upso-9780226748610-chapter-14
2)Wikipedia: Dickinsonia https://en.wikipedia.org/wiki/Dickinsonia
3)中島林彦 最古の左右相称動物 モンゴルで生痕化石を発見 日経サイエンス10月号 pp.32-39(2019) 原著: T. Oji et al., Penetrative trace fossils from the late ediacaran of mongolia: Early onset of the agronomic revolution., Royal Sciety Open Science, vol.5, Issue 2 (2018)
4)レイチェル・ウッド 生命爆発の導火線 エディアカラ生物の進化 日経サイエンス10月号 pp.25-31(2019)
5)広島大学大学院統合生命科学研究科附属臨海実験所https://home.hiroshima-u.ac.jp/~rinkai/index.php?%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%A8%E3%83%A9%E9%A1%9E
6)Wikipedia: Kimberella https://en.wikipedia.org/wiki/Kimberella
7)Erwin DH, Davidson EH., The last common bilaterian ancestor., Development. vol.13, pp.:3021-32. (2002) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12070079
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