生物学茶話@渋めのダージリンはいかが74: 細胞骨格1
ボートは船の格好をしている堅い構造体なので漕げば思う方向に進むわけですが、これが不定形のふにゃふにゃとしたものであれば、乱流が発生して漕ぐのはとても困難になるでしょう。
左の写真はウィキペディアから拝借した佐渡のたらい船ですが、実際にこれを漕いでみた方は、その困難さに驚いたのではないでしょうか(こちら )?
ですから細菌がピンと張った船あるいは棒状の細胞であることは重要です。彼らは保有している唯一の複雑で高級な備品である鞭毛を動かし、栄養物質を求めて泳ぎます。細菌はアメーバのような方法で移動することはできません。
脂質で構成されている細胞膜ではこのような堅さは実現できません。そこで細菌は糖ペプチドや糖脂質でできた細胞壁で細胞を被って、丈夫でかつ鞭毛で泳ぎやすい細胞を作り出しました。細菌にも細胞骨格があるという話を聞いたときには、おそらく硬い屋根のような構造には梁が必要だろうと思ったわけですが、事はそう単純ではありませんでした。
真核生物の細胞骨格には、チューブリン系・アクチン系・ケラチン系の3つのグループのタンパク質群が存在します。細胞骨格という名前からは骨のような硬い物質が連想されますが、そうではなく、分子が重合して繊維状の構造を形成できる物質と考えた方が近いと思います。ひとつ注意したいのはカイコの繭やクモの糸などは繊維状のタンパク質重合体ではありますが、細胞の外に出て機能するものは細胞骨格とは言いません。
細菌の細胞骨格研究の萌芽は、1991年のバイとルトケンハウスによる FtsZ の局在に関する研究でした(1)。どうして真核生物に比べて、細菌の細胞骨格研究が著しく遅れたかというと、それは細菌におけるタンパク質の局在は、光学顕微鏡で研究するのはターゲットが小さいためなかなか難しく、電子顕微鏡に頼らざるを得なかったからです。電子顕微鏡によるタンパク質の同定(免疫電顕)には多くの技術的制限があって、一筋縄ではいかないことが多いのです。
バイとルトケンハウスの研究をまとめたのが図1です。真核生物の収縮環にアクチンが集合するのはわかっていたので(図1右の緑色に染められた細胞)、細菌型アクチンかと色めき立ったのですが、真相はもっと驚くべきことでした。デブール(図1)らとレイチャンドゥーリらは1992年、FtsZ がアクチンではなくチューブリンのホモログであることを発表したのです(2、3)。細菌ばかりでなく、一般的に古細菌もFtsZ を使って細胞分裂を行うようです(4)。
FtsZ は20世紀の中頃、広田幸敬が細胞分裂の温度感受性突然変異体を多数作ったなかに、この遺伝子のミュータントがみつかっていました(5)。これがチューブリンのホモログだなんてきっと広田は墓の中で驚いていることでしょう。ようやく1990年代になってその研究が端緒についたわけです。まだ FtsZ がどのように分裂溝形成にかかわっているかということは完全には解明されていませんが、細胞膜と結合するためのアンカーや制御因子の研究は進んでいるようです。この遺伝子を分裂酵母に組み込んで発現させると、やはり分裂溝に集まってくるそうなので(6)、分裂溝となんらかの関係があることは確からしいです。
FtsZ は葉緑体にも存在し、驚くべきことに真核生物においては、真核生物にしかないダイナミンファミリーのタンパク質が太古のタンパク質 FtsZ と共同して分裂装置を形成するそうで、まさに10億年の時空を越えたコラボレーションです(7)。
私達ヒトのミトコンドリアはもはや FtsZ を持っていませんが、原生動物・藻類・粘菌など古参の真核生物のミトコンドリアは FtsZ を使って分裂しているようです(8)。
クインとマーゴリンは、大腸菌の細胞分裂時における FtsZ の局在をGFPラベルで示した美しい写真を、教育用に提供してくれているので図2に示しました。平常時にはラベルが分散しているのではっきりとはみえませんが、細胞分裂時には分裂溝に集結するのでよく見えます(明るく光っています)。
図3は β-チューブリンと FtsZ の分子構造を比較したものですが(10)、素人目にもかなり似ている部分(サークル内)があるように思いました。
このようにしてチューブリンのホモログはみつかりました。ではアクチンに類似した細菌タンパク質もあるのでしょうか? このことが判明したのは21世紀になってからでした。
MreB というアクチンスーパーファミリーに属するタンパク質が細菌に存在することを発見したのはフシニータ・ファン・デン・エントらでした(11)。アラインメントの結果、MreB は真核生物のアクチンとはわずか15%の一致でしたが、重合してケーブルを形成することや、細胞の形態を維持するために必須であること、3次元構造がよく似ていること(12、図4)などから、ホモログであると考えられています。MreB を欠損すると、大腸菌は棒状(ロッド状)の形態を失って球形の大きな細胞になり、娘細胞への染色体の分配がうまくできなくなって致命的となります(13)。
MreB は細胞膜直下でコイル状やリング状に重合したケーブルとなって、細菌のロッド状構造を維持することができます(14、図5)。これはシュラフからテントへの昇格に例えられるでしょう。細胞分裂の際には真核生物の紡錘糸のような役割も果たしているようです(15)。しかしそれではチューブリンとアクチンの役割が細菌と真核生物で入れ替わったということになり、奇怪なミステリーです。ただチューブリン系は重合にGTPのエネルギーを、アクチン系はATPのエネルギーを使うという方式は十億年以上の時を越えてほぼ維持されているようです。
MreB そのものは膜結合タンパク質または膜に埋め込まれるタンパク質ではないため、細胞膜直下に局在するためには他のタンパク質がアシストしてあげなければなりません。ファン・デン・エントらは図6のようなモデルを提出しています(16)。このモデルではRod Z というタンパク質が MreB と膜貫通タンパク質の両者と結合して、クランプの役割をはたしていることになります。
細菌のアクチンホモログの研究は21世紀になってからはじまったので、まだまだ解決しなければいけない課題は多いと思います。ただこの種の研究はいまやカルトな趣味の世界にはいりつつあり、そのような世界で生きようとする人々にはある意味困難、ある意味好ましい状況です。それでもこれは生身の生物についての科学ですから、どんなところに人類に有用な知識が潜んでいるかわかりません。
細菌のアクチンホモログはMreBだけではなく、同じオペロンに含まれる MreC、MreDなどのほか、ParM というグループもみつかっています(12、図4、図7)。ParM の役割としては、細胞分裂の際に図7のようにプラスミドDNAを細胞の両端に押し分け、片方の娘細胞に偏ってプラスミドが分配されないようにすることがわかっています(図7、参照10、12)。
図7の右側はParM がプラスミドDNAに結合したParRと結合していることを示しています。さらにフリーのParMは、ATPのエネルギーを使ってParM線維にDNA側から結合し、線維を伸長させることを示唆しています。
ガスパール・ジェケリーはその総説の中で、原核生物のタンパク質ネットワークは、1)プラスミドのパーティショニング(ParMの語源)、2)細胞分裂のための装置、3)細胞膜の合成と細胞の骨組み のために発達してきたと述べています(16)。
古細菌の細胞骨格研究はあまり進んでいないようですが、クレナクチンという真核生物のアクチンとよく似たアクチンホモログがみつかっています(18、19)。アクチンホモログの分子進化はおおまかには図8のようになっています。FtsA は分裂溝に出現するタンパク質です。
最後にケラチン系のタンパク質についてみてみましょう。このグループのタンパク質がつくるケーブルは中間径線維と呼ばれています。真核生物の場合、アクチンがつくるケーブルはマイクロフィラメントと呼ばれており、径は5~9nm。チューブリンがつくるケーブルは微小管と呼ばれていて、径は約25nm。中間径繊維のケーブルの径は8~12nmで、マイクロフィラメントと微小管の中間的なサイズなのでそう呼ばれているわけです。
真核生物の中間径繊維をつくるタンパク質は多様で、ケラチン・ビメンチン・ニューロフィラメント・核ラミンなどがあります。細菌にもこのグループのタンパク質はみつかっていて、それはクレセンチンです(20、21)。細胞がロッド状でなくジェリービーンズのような格好をした菌、あるいはヘビのようにくねくねした形態の菌に、図9のように片側に偏った感じで配置されています。クレセンチンがあるサイドはテンションがかかっていて縮み、逆サイドは延びるということになります。両サイドが交互に重合と解離を繰り返せば泳げるかもしれません。
クレセンチンはウィキペディアによると、ケラチン19のアミノ酸配列を比較すると25%が一致し40% の領域で相同性が認められるそうです。核ラミンと比較しても同様なホモロジーがあるそうで、ケラチン系タンパク質の祖先であることは間違いないと思われます。
脂質二重層でDNAを被えば、それは生物としての出発点といえるでしょうが、脂質だけの細胞膜は脆弱すぎるという問題があります。ですから細胞膜を多糖類やタンパク質で裏打ちしたり、その工事のために足場をつくったりするために細胞骨格が必要であったとは容易に想像できます。しかしジェケリーが言うように(17)、とりわけプラスミドDNAをうまく娘細胞に分離するために必要だったという考え方にもうなづけるものがあります。例えば図8の分子系統図をみるとMreBやFtsAより、ParMファミリーの方が古いタンパク質とされています。
参照
1)Erfei Bi and Joe Lutkenhaus, FtsZ ring structure associated with division in Escherichia coli., Nature vol.354, pp.161-163 (1991)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1944597
https://www.researchgate.net/publication/21210591_FtsZ_ring_structure_associated_with_division_in_Escherichia_coli
2)de Boer P., Crossley R., Rothfield L., The essential bacterial cell division protein FtsZ is a GTPase., Nature vol. 359, pp. 254-256 (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1528268
3)RayChandhuri D., Park J. T., Escherichia coli cell-division gene ftsZ encodes a novel GTP-binding protein. Nature vol. 359, pp. 251-254 (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1528267
4)http://tdl.libra.titech.ac.jp/hkshi/xc/contents/pdf/117098745/12
5)https://ja.wikipedia.org/wiki/FtsZ
6)Ramanujam Srinivasan et al., The bacterial cell division protein FtsZ assembles into cytoplasmic rings in fission yeast. Genes and Development vol. 22, pp.1741-1746 (2008)
http://genesdev.cshlp.org/content/22/13/1741.full
7)宮城島進也、葉緑体の分裂制御機構とその進化 植物科学最前線 vol. 5, pp. 21-36 (2014)
8)Kiefel BR1, Gilson PR, Beech PL., Diverse eukaryotes have retained mitochondrial homologues of the bacterial division protein FtsZ., Protist. vol. 155 (1), pp. 105-115. (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15144062
9)Qin Sun and William Margolin, FtsZ Dynamics during the Division Cycle of Live Escherichia coli Cells., J Bacteriol., vol. 180 (8): pp. 2050–2056. (1998)
10)Yu-Ling Shih and Lawrence Rothfield, The bacterial cytoskeleton., Microbiol Molec Biol Reviews pp. 729-754 (2006)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1594594/figure/f1/
11)Fusinita van den Ent, Linda A. Amos & Jan Lowe, Prokaryotic origin of the actin cytoskeleton. Nature vol. 413, pp. 39-44 (2001)
http://www.ibt.unam.mx/computo/pdfs/cursosviejos/bcelular/procaryoticoriginofactin.pdf
12)Joshua W. Shaevitz and Zemer Gitai, The Structure and Function of Bacterial Actin Homologs, Cold Spring Harb Perspect Biol, 2:a000364 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20630996
13)Kruse T, and Gerdes K., Bacterial DNA segregation by the actin-like MreB protein. Trends Cell Biol. vo. 15(7), pp. 343-345. (2005)
14)Figge RM, Divakaruni AV, Gober JW., MreB, the cell shape-determining bacterial actin homologue, co-ordinates cell wall morphogenesis in Caulobacter crescentus. Mol Microbiol. Vol. 51(5), pp. 1321-32. (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14982627
15)生物史から、自然の摂理を読み解く
http://www.seibutsushi.net/blog/2008/09/566.html
16)Fusinita van den Ent, Christopher M Johnson, Logan Persons, Piet de Boer, and Jan Löwe, Bacterial actin MreB assembles in complex
with cell shape protein RodZ., EMBO J., Vol. 29(6), pp. 1081–1090 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2845281/
17)Gaspar Jekely, Origin and evolution of the self-organizing cytoskeleton in the network of eukaryotic organelles. Cold Spring Harb Perspect Biol, 6:a016030 (2014)
18)Thierry Izoré, Danguole Kureisaite-Ciziene, Stephen H McLaughlin, Jan Löwe, Crenactin forms actin-like double helical filaments regulated by arcadin-2, eLife Vol.5:e21600 (2016)
https://elifesciences.org/content/5/e21600
19)Tatjana Brauna et al., Archaeal actin from a hyperthermophile forms a single-stranded filament.,Proc NAS USA vol.112, pp. 9340-9345 (2015)
http://www.pnas.org/content/112/30/9340.full
20)Nora Ausmees, Jeffrey R Kuhn, Christine Jacobs-Wagner, The Bacterial Cytoskeleton. An Intermediate Filament-Like Function in Cell Shape. Cell,Vol.115, Issue 6, pp. 705–713, 12 December (2003)
http://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(03)00935-8?_returnURL=http%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867403009358%3Fshowall%3Dtrue
21)Ausmees N, Intermediate filament-like cytoskeleton of Caulobacter crescentus. J Mol Microbiol Biotechnol. 2006;11(3-5):152-8.
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