生物学茶話@渋めのダージリンはいかが67: 糖タンパク質
糖が生体構成成分となる場合、しばしばタンパク質や脂質と共有結合した複合分子として利用される場合があります。今回は糖とタンパク質の複合体に着目します。谷口直之先生によると「タンパク質のおよそ50%以上には糖鎖が付加されている」そうです(1)。これが多少盛った話だとしても、糖タンパク質が生体内でありふれた存在であることに間違いはありません。
糖がタンパク質と共有結合する場合に通常2つの方法があって、ひとつはN-結合型、いまひとつはO-結合型です(2)。N-結合型の場合、タンパク質のアスパラギンの側鎖アミノ酸の窒素原子(N)にグリコシド結合します(図1)。アスパラギンならどれでも良いわけではなく、アスパラギン-(任意アミノ酸)-セリン/スレオニンという配列に限られます。最初の糖鎖は多くの場合N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)です。
O-結合型の場合は、タンパク質のセリンまたはスレオニンの水酸基とO-グリコシド結合します。タンパク質と結合する最初の糖鎖は多くの場合N-アセチルガラクトサミンです(図1)。ひとつのタンパク質分子が複数の糖鎖をもつこともありますし、N-結合型とO-結合型の両者の糖鎖をもつこともあります。同じ種類のタンパク質でも糖鎖の付いている分子と付いていない分子がありますし、糖鎖が付いていてもその構造が異なる場合もあります。
糖には無数のバラエティーがありますが、タンパク質に結合する糖鎖を構成する単糖は、ほぼ図2に示した8種に限られています。これは合成する酵素の自由度やバラエティーに限界があるからでしょう。8種類とは少ないようですが、DNAが4種の塩基で構成されていることを考えると、8種類でも順列組み合わせを考えると膨大な種類の糖鎖ができ得ることは明らかです。この中にアミノ糖が3種はいっていることは特徴的です。N-アセチルグルコサミンはグルクナック、Nーアセチルガラクトサミンはギャルナックとよばれることもあります。1種の愛称のようなものです。
N-グリコシド結合を行ってできる糖鎖は3つのグループ、すなわち複合型(コンプレックス型)・高マンノース型(ハイマンノース型)・混成型(ハイブリッド型)に分類できます(3)。いずれもアスパラギンにN-アセチルグルコサミンが結合し、その先図3の破線に囲まれた部分は共通の構造(コア)ですが、さらにその先複合型ではN-アセチルグルコサミン→ガラクトースという順に並び、高マンノース型ではマンノース→マンノース、混成型ではマンノース・N-アセチルグルコサミン・N-アセチルグルコサミン→ガラクトースという3種類構成になっています。
O-グリコシド結合を行ってできる糖鎖は、N-グリコシド結合の場合よりもバラエティーに富んでいますが、コアは8種類に分類できます(3、4)。いずれもタンパク質のセリンまたはスレオニン残基と最初に結合する糖はN-アセチルガラクトサミンで、α型結合でアミノ酸と結合します。2番目の糖がガラクトース・N-アセチルガラクトサミン・N-アセチルグルコサミンなどとなり、分岐もあるので、8種類のバラエティーが発生します(図4、参照 3、4)。図4下方のエピトープは抗体によって認識される部位(抗原)のことで、血液型については糖脂質のところで述べます。3番目以降は千差万別で、分類する意味も多分ありません。
これらの糖鎖の構造決定には多くの人々が関わって解明されてきましたが、N-結合型糖鎖の根元、すなわちタンパク質と結合している糖がN-アセチルグルコサミンであることを解明したのはサウル・ローズマン (1921-2011、図4)です(5、6)。彼は「セレンディピティー(思いがけない発見)のプリンス」と呼ばれていたそうです(7)。
では個別の例についてみていきましょう。まずエリスロポエチンをみてみますと、3ヶ所にN-結合型糖鎖が、1ヶ所にO結合型糖鎖が認められます(図6)。
エリスロポエチンは主に腎臓で合成されるタンパク質ホルモンで、赤血球の増殖や分化を促進します。腎不全が貧血を伴うのは、このホルモンの合成が低下するからです。糖鎖がついていないホルモンも生理活性がないわけではないのですが、糖鎖が付くことによって生理活性が高まり、安定性も増加します。
図6に示された所定の場所に糖鎖が結合することによって最大の活性が得られることが、村上真淑らによって最近証明されました(8)。糖鎖の位置にそこまで遺伝的セレクションがかかっているとは、私にとってはちょっとした驚きでした。腎不全による貧血をエリスロポエチン投与によって治療するというやり方は、かなり以前から行なわれています。
ムチンは納豆や山芋などネバネバした食品にはたいてい含まれている糖タンパク質ですが、ヒトの粘液などにも含まれており、なんとヒトは20種類以上のムチン遺伝子を保有しているそうです(9)。セリンとスレオニンを多数含んでいるアミノ酸配列なので、O結合型糖鎖が非常にできやすい状態にあり、タンパク質の周りに密林のように糖鎖が生えています(図7)。そのため抜群の水分保持力があり、乾燥を防ぐほか、体表にゲル状に広がっていると感染を防ぐこともできます。粘膜を保護する役割も重要です。これだけ多数の糖鎖に被われていると、タンパク質分解酵素がアクセスしにくくなるので、壊されにくい分子になっています。胃が消化液で消化されないのも、胃粘膜のムチンのおかげなのでしょう。
最後に細菌の細胞壁に使われているペプチドグリカンをみてみましょう。図8は典型例(黄色ブドウ球菌)ですが、N-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸がひとつのユニットになっており、糖鎖はN-アセチルムラミン酸の乳酸残基にテトラペプチドが結合しています(図8左図)。このユニットがタンデム、およびペプチドを介してラテラルに結合して細胞壁を形成しています(図8右図)。
細菌によって使われている糖の種類も変わり、ペプチドの種類や長さも変わりますが、グラム陽性菌は分厚いペプチドグリカン層で細胞全体が被われており、細胞膜が脆弱であっても生きていけるわけです(4、10)。分厚いペプチドグリカン層がクリスタルバイオレットという色素で染まるので、グラム陽性菌という名前になりました。
参照
1)理化学研究所 研究紹介:
http://www.riken.jp/research/labs/grc/sys_glycobiol/
2)IonSource (Mass Spectrometry Educational Resource)
http://www.ionsource.com/Card/carbo/nolink.htm
3)大阪大学 Kajihara Laboratory:
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/kajihara/background.html
4)Lianchun Wang, O-GalNAc Glycans:
https://www.ccrc.uga.edu/~lwang/bcmb8020/O-glycans-B.pdf
5)Fabrizio Monaco and Jacob Robbins, Incorporation of N-Acetylmannosamine and N-Acetylglucosamine into Thyroglobulin in Rat. Thyroid in Vitro., J. Biol. Chem., Vol. 248, No. 6, pp. 2072-2077 (1973)
http://www.jbc.org/content/248/6/2072.full.pdf?sid=b4c0f52f-ec70-497d-b615-fe3651ae6f9b
6)Saul Roseman, The synthesis of complex carbohydrates by multigulycosyltransferase systems and their potential function in intercellular adheshion. Chem. Phys. Lipids vol. 5, pp. 270-297 (1970)
7)Biologist Saul Roseman, 90, champion of serendipitous discovery
http://archive.gazette.jhu.edu/2011/07/18/biologist-saul-roseman-90-champion-of-serendipitous-discovery/
8)ResOU: 精密化学合成により調整した糖タンパク質:エリスロポエチンの糖鎖機能を解明
http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2016/20160116_1
9)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%B3
10)こちら
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