続・生物学茶話272:基底核 5. 線条体
線条体には行動を行うか行わないかのスイッチがあり、意思決定の中枢としての役割があります。情報の通路として生まれた神経細胞が時を経て行動の制御を行うツールとして進化するために、線条体はキーとなるパーツであったと言えます。
線条体は外側は終脳、内側は淡蒼球と接しています。終脳にも淡蒼球にもほとんどアセチルコリン作動性のニューロンはありませんが、線条体には少数ですがアセチルコリン作動性のニューロンがあります(1)。したがってチロシン水酸化酵素の免疫組織化学を利用して線条体を特異的に染色することができます(2、図272-1)。ただし側坐核(腹側線条体とよばれることもある)にはアセチルコリン作動性ニューロンがあるので(3)、この部分と識別することはできません。
図272-1 免疫組織化学による線条体領域の同定
図272-2は蛍光イメージング法で線条体のアセチルコリン作動性の介在ニューロン(緑)と、GABA作動性の投射ニューロン(赤)とを染め分けた研究結果です(4)。線条体の投射ニューロンには、細胞1個当たり1万個程度のシナプスがあり、そのほとんどは大脳(終脳)と視床からの入力です。これらから総和として強力な入力があったときだけに線条体の投射ニューロンは興奮します(5)。線条体における投射ニューロンの存在は圧倒的で、特にげっ歯類では全細胞数の90~95%を占めています(6)。
図272-2 蛍光イメージング法による線条体細胞の識別 緑:アセチルコリン作動性介在ニューロン 赤:GABA作動性投射ニューロン
線条体へは終脳皮質や視床から強力な投射がありますが、線条体からは基底核内の淡蒼球や黒質に投射されるだけで、基底核外には直接の投射は行われていないとされています(5-7、図272-3)。終脳皮質や視床以外では黒質緻密部から線条体へのドーパミン系投射があり、これは線条体の活性に大きな影響を与えるとされていますが、このブログでも黒質について述べるときにとりあげたいと考えています。あともうひとつ淡蒼球外節からのフィードバックがありますが、これは271で述べたものです(8)。
図272-3 線条体への入出力
マウス脳基底核原基は胎生11日目頃にはその形態がはっきり認められるようになり、LGE(lateral ganglionic eminence, 外側基底核原基)、MGE(medial ganglionic eminence, 内側基底核原基)、CGE(cordal ganglionic eminence 尾側基底核原基)という3つの部分に分かれます。それぞれの部分で細胞は増殖するとともに将来の運命を定められ、出生数日前から移動を開始しして出生する頃までには順次あるべき場所に落ち着きます。出生後は周辺の細胞とシナプスを作り、アポトーシスによって整理も行われて、生後10日目くらいにはそれぞれ組織として機能するようになります(9、図272-4)。乳離れまでにネットワークが完成して、脳がとりあえず機能するようになります。
図272-4 マウス脳基底核の発生スケジュール
線条体の投射ニューロンは前述のように組織の90~95%を占めますが、これらはすべてLGEに起源を持つGABAergicな細胞です(9、図272-5)。LGEはこのほかに嗅球の細胞も産生します(10)。線条体の介在ニューロンはさまざまな出自を持つ細胞の寄せ集めで、おそらくそれぞれの生まれ故郷に関係した役割分担があるものと思われます。
線条体のニューロンの一部はMGEに起源をもちますが、淡蒼球は基本的にMGEに起源をもつものの一部はLGEに起源をもっているということで、線条体とはレシプロカルな関係にあり、かつそれらの少数細胞が異なる機能を持つそれぞれの細胞群を形成するということを考えると(11)、生まれた場所がその後の細胞運命の決定について非常に重要な意味を持っていることがわかります。それはもちろん生まれた場所に存在する分化誘導因子の種類と濃度が重要であることを意味します。
図272-5 線条体神経細胞の出自
最後に線条体を構成する細胞の種類をリストにしておきます。文献12の記述にしたがって記しました。詳細な機能については文献をご覧ください。
参照文献
1)ウィキペディア: 線条体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E6%9D%A1%E4%BD%93
2)Anton Reiner, Loreta Medina, C. Leo Veenman, Structural and functional evolution of the basal ganglia in vertebrates.,
Brain Research Reviews vol.28 pp.235?285 (1998) DOI: 10.1016/s0165-0173(98)00016-2
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9858740/
3)ウィキペディア: 側坐核
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%B4%E5%9D%90%E6%A0%B8
4)沖縄科学技術大学院大学プレスリリース 2018
https://www.oist.jp/ja/news-center/photos/32705
5)嘉戸直樹 大脳基底核の機能 関西理学 vol.5: pp.73–75 (2005)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkpt/5/0/5_0_73/_article/-char/ja/
6)青崎敏彦 線条体ニューロンの局所回路とその働き (2004)
https://jnns.org/wp-content/uploads/previouspages/By2013Oct/niss/2003/text/textAosaki.pdf
7)続・生物学茶話268:基底核 1:イントロダクション
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/05/post-56976e.html
8)続・生物学茶話271:基底核 4: 淡蒼球
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/06/post-cbc07c.html
9)Rhys Knowles, Nathalie Dehorter and Tommas Ellender, From Progenitors to Progeny: Shaping Striatal Circuit Development and Function., Journal of Neuroscience 17 N, 41 (46) 9483-9502 (2021)
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0620-21.2021
https://www.jneurosci.org/content/41/46/9483.abstract
10)Stenman J, Toresson H, Campbell K., Identification of two distinct pro-
genitor populations in the lateral ganglionic eminence: implications for
striatal and olfactory bulb neurogenesis. J Neurosci 23:167–174 (2003)
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.23-01-00167.2003
https://www.jneurosci.org/content/23/1/167.short
11)続・生物学茶話271:基底核 4: 淡蒼球
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/06/post-cbc07c.html
12)青崎敏彦 線条体ニューロンの局所回路とその働き
file:///C:/Users/Owner/Desktop/272/%E7%B7%9A%E6%9D%A1%E4%BD%93%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%B1%80%E6%89%80%E5%9B%9E%E8%B7%AF%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%83%8D%E3%81%8D.pdf
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