続・生物学茶話258: ドギエルⅡ型ニューロンの謎
しばらく腸神経について学習していますが、かなり立往生感が強く進みたくても進めないという状況が続いています。努力不足もありますが、結局のところすっきりとわかっていない部分が多く、もっと実験を積み重ねないと詳細についての理解は不能な領域だと思います。
腸管神経系にどんなニューロンがあるかについて概略は脳科学辞典を参考にして図258-1にまとめましたが、モルモットの小腸についてのリストですし、まだまだデータの蓄積が必要です(1)。タキキニンはサブスタンスP(substance P;SP)、ニューロキニンA(neurokinin A;NKA)、ニューロキニンB(neurokinin B;NKB)などの総称ですが、タキキニングループの物質は神経伝達物質としてもホルモンとしても作用するので、これひとつとっても一筋縄ではいきません。筋層間神経叢と粘膜下神経叢で細胞の形態・種類にかなり差があるのも不思議。
ひとつはっきりしているのは、筋層間神経叢におけるドギエルタイプIニューロンは腸管筋に接続するという役割を担っており、その収縮と弛緩に直接関与しているということです。さらにドギエルタイプIニューロンのうち抑制性のものはおそらく一酸化窒素を神経伝達物質として用いているというのは際立った特徴です(1、図258-1)。
図258-1 主要な腸管神経細胞の性質
神経科学者はどうも一酸化窒素を「神経伝達物質ひとつである」と定義するのを好まないようで、例えば脳科学辞典の一酸化窒素の項目をみると、確かに神経系におけるこの分子の機能をとりあげて詳しく解説していますが、神経伝達物質とは書いてありません(2)。通常の神経伝達物質のメカニズムとは全く異なる方式で情報伝達をおこなうためでしょう(3、図258-2)。図258-2Bのような場合、シナプス領域で得られた情報は軸索を逆行して細胞体に伝えられることになります(4、5)。
ならば軸索の先端などで一酸化窒素以外の情報も逆行することがありそうです(図258-2)。ベルトランドらは昔から腸神経のドギエルⅡ型ニューロンの軸索のターゲットは粘膜層であり、かつこのニューロンは求心性であると結論しています(6)。つまりこのニューロンはおそらく常時軸索を逆行した情報を得ているということです。最近ようやくドギエルⅡ型ニューロンの同定が正確に行われるようになったので、遅々とはしていますがいずれこの方面にも進展があるでしょう(7)。クラゲには双方向性のシナプスを持つ運動ニューロンが存在するという報告もあります(8)。
図258-2 逆行性情報伝達
図258-3は2004年にファーネスらが報告したドギエルⅡ型ニューロンです(9)。分岐し密生しているのは樹状突起ではなく軸索です。脳科学辞典の「軸索」という項目をみると「樹状突起と軸索と言う形態上の分類は、この機能と密接に関わっていて、一般に、樹状突起: 入力の場。他の神経細胞、感覚器官などから情報を受け取る。軸索: 出力の場。他の神経細胞、筋肉、腺などの効果器へ情報を伝える。と考えられている。但し、突起の中の部位による機能分化も存在するので、形態的分類と、機能的分類が単純に1:1で対応する訳ではない。樹状突起、軸索という分類は、基本的に形態上の名称である。」という記載があります。しかし図258-3を見ると、その「形態上の名称」というのも怪しくなってきます。少なくとも腸神経においては軸索とか樹状突起とかという分別はなりたたないのではないかと思われます。
「軸索」がこのような錯綜した構造をとるということは、それが特定のターゲットに情報を伝える、または情報を得るという目的からはかけはなれています。合目的的ではありません。プルキンエ細胞の樹状突起は錯綜していますが、あくまでも形態は樹状であり、多数の先端がターゲットに接続しています。ドギエルⅡ型細胞の錯綜した軸索はそういった性質のものではありません。
図中にgという部分がありますが、ここは近隣の神経節(ガングリオン)と接する部分を意味しており、このように長大で錯綜した軸索が実は複数の神経節で情報を共有または同期するためのツールであることを示唆しています。gの部分で特に構造が密になっていることは、その部分の情報量あるいは濃度を高める意味があるのではないかと思われます。
図258-3 ドギエルⅡ型ニューロンの形態
ドギエルⅡ型ニューロンは樹状突起が乏しいので、多分複雑な調節は苦手で、ひとつの軸索からの情報をほかの軸索に伝える(図258-4a-c)、細胞体のシナプスで受け取った情報を軸索に伝える(図258-4d)、他の神経節と接したときに電気的あるいは物質的に他の細胞に情報を伝える(図258-4e)、または受け取る(図258-4f)などの役割が考えられます。
図258-4a-c の情報は何かといえば、軸索が上皮直下の粘膜層まで伸びていることがわかっているので、やはり粘膜層の変形、化学物質、神経伝達物質を認識して興奮するのでしょう。
図258-4 ドギエルⅡ型ニューロンにおける情報の流れ
参照
1)脳科学辞典:腸管神経系
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%85%B8%E7%AE%A1%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB
2)脳科学辞典:一酸化窒素
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%B8%80%E9%85%B8%E5%8C%96%E7%AA%92%E7%B4%A0
3)続・生物学茶話132: 化学シナプスの実在とカルシウムチャネル
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/03/post-bb9eed.html
4)ウィキペディア:一酸化窒素
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%B8%80%E9%85%B8%E5%8C%96%E7%AA%92%E7%B4%A0
5)山下直也 神経成長因子による逆行性シグナル伝達研究の新展開 日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.154,pp.84-85(2019)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/154/2/154_84/_pdf
6)Bertland P. et al., Electrical mapping of the projections of intrinsic primary afferent neurones to the mucosa of the guinea-pig small intestine., Neurogastroenterology &Motility.,Volume.10, pp.533-542 (1998)
https://doi.org/10.1046/j.1365-2982.1998.00128.x
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1046/j.1365-2982.1998.00128.x
7)Timothy J. Hibberd, Wai Ping Yew, Kelsi N. Dodds, Zili Xie, Lee Travis, Simon J. Brookes, Marcello Costa1, Hongzhen Hu & Nick J. Spencer, Quantification of CGRP-immunoreactive myenteric neurons in mouse colon., J Comp Neurol. vol.530(18): pp.3209-3225. (2022)
doi: 10.1002/cne.25403.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36043843/
8)P. A. Anderson, Physiology of a bidirectional, excitatory, chemical synapse., J. Neurophysiol., vol.53, pp.821-835 (1985)
https://doi.org/10.1152/jn.1985.53.3.821
https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/jn.1985.53.3.821
9)Furness JB, Robbins HL, Xiao J, Stebbing MJ, Nurgali K. Projections and chemistry of Dogiel type II neurons in the mouse colon. Cell Tissue Res., vol.317(1): pp.1-12. (2004)
doi: 10.1007/s00441-004-0895-5.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15170562/
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