カテゴリー「生物学・科学(biology/science)」の記事

2026年10月 5日 (月)

続・生物学茶話314:てんかん その3.メカニズム

てんかんを引き起こす様々な要因が知れられています(1)。リストアップしてみると

1.遺伝子変異
2.外傷性神経障害
3.低酸素障害(心筋梗塞などによる)
4.虚血(栄養不足・出血などによる)
5.感染
6.慢性神経炎症

のようなことになります。しかしこれはあくまでも出発点であり、発作というゴールまでの間の出来事はブラックボックスです。そこでもう少しその間を埋めるために、今まで知られている知識を整理すると図314-1のようになります。

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図314-1 てんかんの発生に関係する分子的要因 図は左上:愛媛大学大学院医学系研究科 分子細胞生理学分野、中下:続・生物学茶話152:グルタミン酸 その1 イオンチャネル型グルタミン酸受容体、右上:国立研究開発法人科学技術振興機構のサイトから

分子生物学的な観点からみると、そのブラックボックスに深くかかわっているのは、イオンチャネル・神経伝達物質の受容体・グリア細胞の3つと思われます。

1.イオンチャネルの機能不全

電位依存性ナトリウムチャネルが正常な機能を失うと、ナトリウムの流入が止まらなくなる可能性があります。もしナトリウムの流入を適切に制御できなくなると、神経細胞は異常な興奮を継続することになり、てんかん発作が引き起こされます。遺伝子の異常によるてんかんとしては最もよくある場合です(2、3)。

電位依存性カリウムチャネルが正常な機能を失うと、神経細胞が興奮した後カリウムイオンを細胞外に逃がして膜電位を元に戻す機能が失われ、ブレーキが利かないような状態になります。たとえば KCNQ2 / KCNQ3 の異常によって、新生児期・乳児期に発症する良性家族性新生児てんかん(Benign Familial Neonatal Seizures など)や、重症のてんかん性脳症の原因となります(4)。

電位依存性のカルシウムチャネルは、脱分極に応じて細胞外からカルシウムを取り込み、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出を促します。これが正常な機能を失うことによって、大脳皮質から線条体への興奮性入力が低下し、一時的な意識喪失(欠神発作)が発生します(5)。

2.レセプター(神経伝達物質の受容体)の機能不全

イオンチャネルに次いでてんかんの要因となるのは、イオンチャネル型情報伝達因子受容体の機能不全です。たとえばNMDA受容体が活性化されたままになると、カルシウムイオンが大量に細胞内に流入して発作の引き金になります(6)。このほかのイオンチャネル型受容体も活性化したままだとイオンが過剰に流入して発作の引き金になるという点は同じです。

抑制性神経伝達物質であるGABAの受容体が受容体として機能しなくなると、神経興奮の抑制が効かなくなり、やはり発作の引き金になります(7)。

3.グリア細胞の機能不全

アストロサイトは Kir4.1 というチャネルの機能によって神経細胞周辺のカリウムの濃度を適切に維持しています。このチャネルが機能不全に陥ると、神経細胞周辺のカリウム濃度が上昇し、脱分極後の回復処理ができなくなっててんかんの発作が引き起こされます(1)。またトランスポーター(EAATs)はグルタミン酸の濃度を調節しています。この因子が機能不全に陥ると、アストロサイトがグルタミン酸を取り込めなくなり、周辺のグルタミン酸濃度が上昇します。このことが発作に引き金になります(1)。またけいれんが発生した脳ではミクログリアが活性化され、これがTNF‐αやIL-1βを介しててんかん原性アストロサイトが誘導されることになって、その結果難治性てんかんが引き起こされるという報告があります(8、9)。

ここで述べてきたようなてんかんのメカニズムの解明には実験動物の使用がかかせませんが、テーマによってはかならずしも哺乳類(マウスなど)のようないわゆる高等生物を使う必要はありません。神経を持つ生物はすべて興奮と抑制のメカニズムを持っており、このバランスが崩壊することによってけいれんがおこり得ます。たとえば神経細胞が302個しかない線虫(C.elegance) のようなシンプルな生物であっても、変異体と薬剤によっててんかんに似た痙攣状態を引き起こすことができますし(10)、それを緩和する薬剤の研究もできます(11)。このほかゼブラフィッシュ、カエル、ショウジョウバエなども研究に使用されています(図314-2)。

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図314-2 てんかんの研究によく用いられる実験動物 ハツカネズミは北海道大学理学部生物学科のサイトから 他はウィキペディアから

特にショウジョウバエにはバング・センシティブ・ミュータントという、容器をバンと叩くと数秒から数分痙攣性発作→麻痺がおこって歩行や飛翔ができなくなるという突然変異体が知られており、てんかんの研究に利用されています。このような痙攣性発作を引き起こしやすい突然変異体の遺伝子が多様であることをみると、ヒトのてんかんの原因も多様であることがうかがえます(12、図314-3)。

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図314-3 ショウジョウバエの bang-sensitive という表現型にかかわる遺伝子 文献12より 

 

参照文献

1)Wang-Jia-Lu Lu, Jing Xi, Zhi-Sheng Li, Fan Fei, Jun-Zi Chen, Yi Wang
Diverse species of animal models in epilepsy research: Progress and perspectives
Zool. Res., vol.46(6): pp.1588-1614 (2025)
https://doi.org/10.24272/j.issn.2095-8137.2025.280
https://cstr.cn/32248.14.zr.2025.280

2) Brunklaus A, Feng T, Brünger T, et al. 2022. Gene variant effects across sodium channelopathies predict function and guide precision therapy. Brain, 145(12): 4275–4286.
doi: 10.1093/brain/awac006.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35037686/

3)Berecki G, Tao E, Howell KB, et al. 2025. Nav1.2 channel mutations
preventing fast inactivation lead to SCN2A encephalopathy. Brain, 148(1):
212–226.
doi: 10.1093/brain/awae213.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38939966/

4)Perucca E, Taglialatela M., Targeting Kv7 potassium channels for
epilepsy. CNS Drugs, 39(3): 263–288. (2025)
doi: 10.1007/s40263-024-01155-3.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39853501/

5)理化学研究所  てんかん発症の新たな神経回路を発見 -欠神発作発生機構のパラダイムシフト- (2019)
https://www.riken.jp/press/2019/20190516_1/index.html

6)Lemes JA, dos Anjos Rosário B, Rocha SMS, et al., The role of
glutamate receptors and transporters in epilepsy: evidence from animal
studies. Reviews in the Neurosciences, 36(6): 645–660. (2025)
https://doi.org/10.1515/revneuro-2024-0173
https://europepmc.org/article/med/40248882

7)大阪大学医学部付属病院 てんかんセンター
てんかんの内科的治療
https://www.hosp.med.osaka-u.ac.jp/home/epilepsy/disease/treatment1.html

8)山梨大学プレスリリース てんかん発症に関与する「てんかん原生型アストロサイト」の発見 —難治てんかんの壁を越える新規創薬に期待—
https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/05/20210510pr.pdf

9)佐野史和、繁冨英治、小泉修一  てんかん原性型アストロサイトと発作原性・てんかん原性 脳と発達 vol.58, pp93-96, (2026)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn/58/2/58_93/_pdf

10)Shelli N. Williams, Cody J. Locke, Andrea L. Braden, Kim A. Caldwell, Guy A. Caldwell, Epileptic-like convulsions associated with LIS-1 in the cytoskeletal control of neurotransmitter signaling in Caenorhabditis elegans, Human Molecular Genetics, vol.13, issue 18, pp.2043–2059 (2004)
https://doi.org/10.1093/hmg/ddh209

11)Daniela F. Câmara et al., MPMT-OX up-regulates GABAergic transmission and protects against seizure-like behavior in Caenorhabditis elegans., Neurotoxicology vol.74, pp.272–281 (2019)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31415799/

12) Bloomington Drosophila Stock Center, Seizure disorders/epilepsy
https://bdsc.indiana.edu/stocks/hd/seizures.html

 

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2026年9月29日 (火)

続・生物学茶話313:てんかん その2.脳波とてんかん

イタリアの解剖学者ルイージ・ガルヴァーニは、18世紀末に2種類の異なる金属をカエルの脚の神経と筋肉に触れさせると、筋肉がけいれんすることを発見しました。彼はこれを体内に生まれる「動物電気」によるものと考えました。アレッサンドロ・ボルタはこの動物電気説、すなわち「動物の筋肉にはたとえばカエルの筋肉を駆動することができるような電気が含まれている」という考え方に賛同できず、2種類の金属片を筋肉に当てたときに、自動的に金属Aから金属Bに流れる電気によって筋肉が収縮していることを証明し、これがやがてボルタ電堆(ある種の電池)の発明につながりました(1、2)

しかし動物が電気を持っているというガルバーニの考えはある意味正しかったわけで、脳波ももちろん人間が電気を発生していることの証でもあります。具体的には直径約1cmの電極を複数個頭皮に装着して電流を測定すれば、数百万個の神経細胞の集合電位すなわちガルヴァーニが言っていた「動物電気」を測定することができます。これが通常の脳波測定です(3)。

脳波の存在を最初に証明したのはリチャード・ケイトン(Richard Caton)だとされています。ウィキペディアによれば、彼は1874年にイヌとサルの脳に電極を当ててガルバノメータで電流を測定し、覚醒時と睡眠時、生存時と死後などについて比較していたそうです(4)。彼の研究はハンス・ベルガーによって引き継がれ、ヒトにおけるα波やてんかんにおける脳波の変化の発見に至りました(5)。ベルガーはナチ親衛隊の賛助会員だったので(特に戦争犯罪的なことをやっていたわけではない)、戦後研究を再開することができず失意のうちに首つり自殺をしています(6)。ハンス・ベルガーとさらに先駆者であるアンジェロ・モッソの仕事については、このブログでもすでに取り上げてやや詳しく記述しています。興味のある方はご覧ください(7)。

健常者が安静で目を閉じている覚醒時に、頭皮上から記録される最も基本的な脳波を基礎律動(背景脳波)といいます(8)。基礎律動は周波数帯域ごとに図313-1のようにδ波からγ波まで名前が付けられています。まあ歴史的経緯があるのだとは思いますが順不同になっています。しかも何Hzから何Hzまでを何波にするかというのもアバウトですが、ここではとりあえずウィキペディア(8)と白澤(3)の定義を採用します。それでもβ2とγの帯域は重なっています。孔子が言っているように、言葉をきちんと定義しないと何を言っているのかわからないと批判したくもなりますが、図313-1のように、脳波はきれいなサインカーブではなく基本的に不定形なので、厳密に定義しても意味はない=アバウトで良い、という考え方もできます。

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図313-1 健常人のさまざまな覚醒時脳波

各波長の脳波について現在わかっていることを図313-2のリストにまとめました。まとめるにあたって(9ー12)の情報を参考にしました。ヒトの脳波は通常図313-3のような形で測定しますが(後述)、例えば海馬のΘ波などは動物実験やヒトの場合は病気などの特殊な状況下で脳に電極を差し込むなどの方法で確認することが必要です。

図313-2は、覚醒時と睡眠時にデータをとるとか、暗算させたり、何かを記憶させたり、運動させたり、驚かせたりして脳波の変化を測定して考察した結果です。

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図313-2 各種脳波の特徴を示すリスト

医療の観点から言えば、常に同じ位置に電極を配置して脳波(EEG=Electroencephalography)のデータをとり、どの位置にどのような異常が出ればどのような疾病の可能性があるかを判定できるようにすることが非常に重要です。そのために表皮で測定する際の電極の配置は国際基準によって図313-3のように定められています。このような配置法を国際10-20法といいます(8)。

10-20の意味は鼻根 (NASION)と後頭結節 (INION)、および左右耳介の距離をそれぞれ計測し、それぞれの中点より正中中心を求めたうえで、鼻根と後頭結節の間、および左右耳介の間を10,20,20,20,20,10%に分割し電極を配置するという方式を意味します(8)

ここでどうして耳に電極を配置するかが不思議ですが、これは脳波は頭皮の微弱な電気を捉えますが、1つの電極だけでは電圧の大きさを測れないため、電気的にゼロに近い(脳の活動影響を受けにくい)耳を基準にして、頭の電極との差(電位差)を記録するのが普通の方法(単極誘導)だからです。

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図313-3 国際基準による電極の配置

脳波にはっきりとした差があらわれる典型例は覚醒時と睡眠時です。覚醒している時は、小さな速い揺れの波(速波)が現れます。安静時やリラックスしている時には図313-2に示したアルファ波が現れ、注意集中している時はもう少し早いベータ波が現れます(13、図313-4)。

レム睡眠時には覚醒時よりも振幅は小さく安定した速波が観察されますが、ノンレム睡眠時には睡眠が深くなるほどデルタ波およびてんかん時のような棘波・鋭波が観察されます。脳細胞がそれぞれに与えられた仕事をしていないときは同調性が高くなることが、こうした覚醒時と睡眠時の差を生じる要因とされています(14)。

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図313-4 睡眠と脳波

てんかんを実験動物で人為的に発生させ、てんかんの実験的研究をはじめたのはロシアのパヴェル・カウフマン(1877-1951)という人物です。日本語版のウィキペディアにはありませんが、当時の状況を記載した論文があり三川によって翻訳されています(15)。1912年、カウフマンは「てんかん発作(痙攣)が起きるとき、脳内では異常な電気放電(電気的な変化)が起きているはずだ」という仮説を立てました。そして、大脳皮質へ電気刺激を与える実験などを行い、これを科学的に検証しました。

実験てんかんにおける最初の脳波の写真は1914年にポーランドの Cybulskiと助手の Jelenska-Macieszyna によって撮影ましたが、第一次世界大戦のため発表は遅延し1917年に行われました(16)。

てんかん患者の脳波に特徴があることは、ハンス・ベルガーが脳波の測定をおこなって、その結果を1931年に「Über das Elektrenkephalogramm des Menschen. Dritte Mitteilung」第3報で初めて発表しました(16)。ちなみに彼は同じタイトルの論文を14報書いています。そのすべての論文のレジメが文献16に日本語で記載してあります。

てんかん患者の脳波の特徴とは、覚醒時に棘波(spike 鋭くとがった波形 20-70ms)あるいは鋭波(sharp wave 棘波ほどするどくない 70-200ms)がしばしばみられることです(17、18、図313-5)。

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図313-5 てんかん患者に特徴的な脳波

臨床関係のデータは私が取り扱える範囲ではありませんが、参考としててんかん患者の脳波チャートを図313-6(部分的な異常、19)、および図313-7(脳全体の異常、18)に示しておきます。

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図313-6 てんかんと脳波(部分的な異常)

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図313-7 てんかんと脳波(脳全体の異常)

 

参照文献

1)アレッサンドロ・ボルタ - カエルを信じなかった伯爵
https://www.tme.com/jp/ja/news/library-articles/inventors/page/43025/aressandoroboruta-kaeruwoshinjinakattahakushaku/

2)続・生物学茶話 126: 電池の起源 
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/01/post-dc54cc.html

3)白澤厚 いまさら聞けない脳波(生体計測2)
生体医工学 vol.63(1): pp.53-64, (2025)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/63/1/63_53/_pdf/-char/ja

4)Wikipedia: Richard Caton
https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Caton

5)ウィキペディア:ハンス・ベルガー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC

6)宮内哲 脳波の発見: ハンス・ベルガーの夢
岩波科学ライブラリー 293 (2020年刊行)

7)続・生物学茶話158:脳波
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/09/post-505971.html

8)ウィキペディア:脳波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%B3%A2

9)ウィキペディア:デルタ波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E6%B3%A2

10)ウィキペディア:アルファ波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E6%B3%A2

11)脳科学辞典:シータ波
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BF%E6%B3%A2

12)塩野義 脳波とは? 5種類の脳波の特徴と脳の状態からわかることを簡単に解説
https://gammawavesound.com/article/article04#index_3fMzpTsB

13)小山純正 ノンレム睡眠とレム睡眠 日本睡眠学会HP
https://jssr.jp/basicofsleep2

14)本城咲季子 TSUKUBA FUTURE #105:睡眠中の脳で起きていること (2019)
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20190301000145.html

15)Mary A.B. Brazier:The EEC in epilepsy. A historical note.
Epilepsia vol.1, pp.328-336, 1959/60. てんかんの脳波- 歴史的覚え書き 訳:三川博

16)山口成良 Hans Bergerのヒトの脳波の発見とその後の脳波学の発展
―― Hans Bergerの年代記も含めて―― 精神経誌(2008)110 巻 2号 pp.134-143
https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1100020134.pdf

17)奈臨技生理機能検査部門 脳波の手習いシリーズ
https://naraamt.or.jp/Academic/kensyuukai/2005/kirei/nouha_mon/nouha_mon.html

18)九州大学脳研臨床神経生理 飛松省三 脳のピットフォール 6.てんかんと脳波
https://www.med.kyushu-u.ac.jp/neurophy/nk/mini_lecture/6_epilepsy_and_eeg.pdf

19)赤松直樹 高齢者てんかんと脳波 臨床神経生理学 vol.46, no.1, pp.16-24 (2018)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jscn/46/1/_contents/-char/ja

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2026年9月18日 (金)

続・生物学茶話312:てんかん その1.定義と概要

グーグルのAIによるとWHO(世界保健機関)によるてんかんの定義は、「種々の成因によってもたらされる慢性の脳疾患であって、大脳ニューロンの過剰な発射から由来する反復性の発作を主徴とし、それに様々な臨床症状ならびに検査所見を伴うもの」とされています。

しかしWHOの英文のサイト(1)をみると「Epilepsy is a chronic noncommunicable disease of the brain that affects around 50 million people worldwide. It is characterized by recurrent seizures, which are brief episodes of involuntary movement that may involve a part of the body (partial) or the entire body (generalized) and are sometimes accompanied by loss of consciousness and control of bowel or bladder function.」となっており、どこにも cerebrum という言葉はでてきません。慢性で、伝染しない、「brain」 の病気であるとしています。

その次は「Seizure episodes are a result of excessive electrical discharges in a group of brain cells. Different parts of the brain can be the site of such discharges. Seizures can vary from the briefest lapses of attention or muscle jerks to severe and prolonged convulsions. Seizures can also vary in frequency, from less than one per year to several per day.」

てんかん発作は脳細胞のあるグループにおいて過剰な放電が行われた結果である。脳の様々な部分がこのような放電を行う可能性がある。過剰なてんかん発作の症状は、ごく短い注意力の低下や筋肉のピクつきから、重度で長時間のけいれんまで様々である。発作の頻度は1年に1回以下から1日に数回まで様々である。

さらにこのあとに「発作は1回起こってもてんかんとは言わない。2回以上おこってはじめててんかんと言う」という定義があって、以下各論に移行します。

日本の厚生労働省の定義では・・・「「てんかん」とは、「てんかん発作」を繰り返し起こす状態です。「てんかん発作」は、脳にある神経細胞の異常な電気活動により引き起こされる発作のことで、突発的に運動神経、感覚神経、自律神経、意識、高次脳機能などの神経系が異常に活動することで症状を出します。そのため、「てんかん発作」ではそれぞれの神経系に対応し、体の一部が固くなる(運動神経)、手足がしびれたり耳鳴りがしたりする(感覚神経)、動悸や吐き気を生じる(自律神経)、意識を失う、言葉が出にくくなる(高次脳機能)などのさまざまな症状を生じます。」となっていて、こちらもWHOと同じく、大脳ではなく「脳」の神経細胞の異常な電気活動によるとしています。

日本の多くの文献には「大脳皮質の過剰な発射ではない」ものはてんかんとは言えない・・・などという記述がありますが(3)、たとえば山口成良によれば・・・「山口は無麻酔・無拘束イヌの視床の内側中心核、網様核、腹側核の電気刺激で、強直性および間代性の全身けいれんを6例に誘発した。和田はネコの視床の外側膝状体背側核の連日くり返し電気刺激により、外側膝状体キンドリングネコを作成した。かかるネコに閃光刺激を加え、その光過敏性について検討し、光過敏てんかんの優れた実験モデルになる可能性を指摘した。最近の脳画像診断法(MRI、SPECT、PET、fMRI、MRSなど)の発展により、欠神発作中の視床の血流増加などの賦活がみられることが報じられている(Prevettら)一方で、小児欠神てんかんにおける視床の萎縮(Chanら)や、徐波睡眠中の連続棘徐波複合(CSWS)を伴ったてんかんにおける早期の視床損傷(Guzzettaら)も報じられている。また、難治性てんかんの治療として、視床前核(Kerriganら)や、centromedian核(Velascoら)の電気刺激も試みられており、脳深部電気刺激療法(DBS)が新しいてんかんの外科治療として注目されている」と記述しています(4)。

視床は間脳にあるので、旧来の定義ではこれらはてんかんではないということになります。科学的に考えれば、神経細胞の集団が過剰な興奮を反復する慢性疾患であれば、その神経細胞の集団がどこにあろうと原因やメカニズムに共通性があって当然であり、同じ病名が与えられてもいいのではないかと思います。その中で大脳皮質の過剰な興奮だけを「てんかん」と呼んだとして、実はその中に間脳の過剰な興奮もふくまれていたなどということがあったりするとイライラしますし落ち着きが悪いと思います。ならばWHOの脳のどこが焦点であってもてんかんに含まれるという定義がしっくりくると思います。

ただWHOも厚生労働省も、てんかんは脳(大脳皮質から脳幹まで)の病気であり、脊髄において同じ原因の発作がおこってもてんかんとはみなさないとしていると解釈できます。このあたりは今後の議論となるようです。

厚生労働省によると「てんかんのある方は1000人に5~8人(日本全体で60万~100万人)と言われています。乳幼児から高齢者のいずれの年齢層でも発症します。特に小児と高齢者で発症率が高くなりますが、30~40代の方でも発症することもあります。」(2)。このような発症状況の調査については、いろいろなサイトで同じグラフが引用されています(図312-1)。これは米国のミネソタ州で昔(1935~1974)行われた調査で、1430205例を対象とした信ぴょう性が高い調査のようです。ただオリジナルと異なるサイトからの引用が多いようです。オリジナルはおそらく(5)で、執筆者自身の引用が(6)です。このグラフを借用するなら、どちらかを引用すべきでしょう。

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図312-1 1935~1974ミネソタにおけるてんかんの
年齢別罹患率、累積罹患率、有病率(古典的なデータ)

図312-1からわかることは、乳幼児と高齢者が発症する確率が高いことで、後者は脳血管障害などが原因になることが多いので(7)、この2者では発症の原因が異なるものと思われます。乳幼児で発症した場合、成人になる前になおることがあるそうですが、ほとんどは治療を継続することが多いそうです(7)。また成人が発症した場合、死ぬまで治療(多くの場合投薬)は続きます。治療を続けていれば寿命まで生き延びることができます。ですからクリニックにとって糖尿病や高血圧の患者と同様一生涯の固定客ということで、こうした患者をいかに多数囲い込むかということが死活的に重要になります。完全に治癒することはほとんどない(またはそういうことにされている)ので、当然累積発症率や有病率は高齢になるに伴って上昇します。

2016年版の比較的新しいデータがWHOから提供されています(8、図312-2)。これには男女別に有病率が示されています。図312-1の頃(紫色のグラフ)より、調査が精密になり、治療法も進んでいるので、異なる点もいくつかあります。新しいデータでは、まず5才までに急激に有病率が上昇していて、その後5才~10才では横ばいです。そして図312-1でははっきりしなかった、40才台での落ち込みがはっきりみられます(図312-2)。そして高齢者では男女の差がかなりあるようにみえます。女性(青線)は頭打ちになりますが、男性(赤線)では年齢が上昇するにしたがって有病率が上昇しています。

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図312-2 WHO報告書による最新の男女別特発性てんかんの有病率
(特発性てんかん:脳腫瘍や脳梗塞、頭部外傷といった明らかな脳の障害(キズ)がみられない原因不明のてんかん)

一昔前にはてんかん(特発性)の発症率は民族や地域によっての差はないなどと書いてあった文献もありましたが、WHOの集計によると、てんかんを罹患する確率は国や地域によって大きな差があります(8)。図312-3をみると、例えばチリでは同じ国であっても北部と南部で大きな差があります。南アフリカ周辺や中南米(メキシコ、ベネズエラ、コロンビアなど)はホットスポットと言えます。またインドとスリランカにも大きな差があります。これは特発性てんかんのみについての図ですから、たとえば脳の寄生虫の影響や戦争による脳の損傷などによる発症は除外されています。

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図312-3 世界各国において10万人づつのサンプルで調査した特発性てんかんの分布

ダウン症候群の人がアルツハイマー症になるとてんかんの発症率が異常に上昇するという最近の報告は、染色体や遺伝子とも関連があることを示唆しています(9)。

 

参照文献

1)WHO Epilepsy
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/epilepsy

2)厚生労働省HP:てんかん対策
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000070789_00008.html

3)今高城治、白石秀明 基礎・臨床てんかん学に関する包括的概説
Dokkyo Journal of Medical Sciences 51 (1), pp.67-72, 2024-07-25
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050582883012144256

4)山口成良 「てんかんと視床」てんかん研究25巻4号 pp.394-405 (2007-2008) の抄録
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjes/25/4/25_4_394/_article/-char/ja/

5)Haut SR, Swick C, Freeman K, Spencer S. Seizure clustering during epilepsy monitoring. Epilepsia. 2002 Jul;43(7):711-5.
doi: 10.1046/j.1528-1157.2002.26401.x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12102673/

6)Sheryl R Haut, Marcelo E Bigal, Richard B Lipton, Chronic disorders with episodic manifestations: focus on epilepsy and migraine., Lancet Neurol., vol.5(2): pp.148–157. (2006)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1457022/pdf/nihms-8744.pdf

7)てんかんinfo
https://www.tenkan.info/about/epilepsy/

8)WHO Epilepsy: a public health imperative
https://www.who.int/publications/i/item/epilepsy-a-public-health-imperative

9)ダウン症候群成人のてんかん自然歴:アルツハイマー病発症後に急増
2026年9月5日
https://academia.carenet.com/share/news/016a2f77-e29b-4c65-ae90-39a4302cd3eb

 

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2026年9月10日 (木)

続・生物学茶話311:カンナビノイドと受容体 その5.かゆみと痛み

麻薬として有名なカンナビノイドですが、依存性や中毒性がなく健康食品として市販されているものも多くあります。図311-1は大正製薬から発売されているCBD(カンナビジオール)。

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図311-1 市販されているカンナビジオール

カンナビノイドには鎮痛作用と抗炎症作用があることは昔から知られており、現在も多くの人がカンナビジオールなどを利用しています(1)。カンナビノイドの主な受容体はCB1とCB2ですが、それらの体内における分布は図311-2のようになっています。

この図(図311-2、日本臨床カンナビノイド学会による)では脳には全くCB2が発現していないことになっていますが、実際には脳幹の神経細胞や脳全体に分布するミクログリアに低レベルで発現しているようです(2)。手足の末梢神経にはCB1とCB2がともに存在します。なぜかオリジナルには書いてなかったので、管理人が加筆しました(図311-2)。CB1はおもにシナプス前膜にあり、CB2はおもにシナプス後膜にあります(3)。

CB2受容体は神経細胞以外にもグリア細胞、血管内皮細胞などにも存在し、カンナビノイドやアゴニストによって受容体が活性化されると、サイトカインやマトリクスメタロプロテアーゼの産生を抑制する作用があります(3)。

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図311-2 カンナビノイド受容体CB1とCB2の棲み分け 図には記してありませんが、CB2は脳でも少量発現しています。

CB2受容体は脳には少ないので、活性化することによるさまざまな精神への影響が少ないと考えられています。また炎症を抑制する働きがあるので、炎症による痛みやかゆみを軽減する効果が期待されます。現在実験動物を使って、さまざまなカンナビノイドCB2受容体のアゴニストがプレクリニカルでテストされています。主なものを図311-3に示します。

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図311-3 化学合成された、または植物から抽出されたCB2アゴニスト

実験結果は次のようになります(4)。有望ではありますが、まだプレクリニカルの段階で臨床実験には至っていないようです。

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AM1241: cAMPの集積を阻害するが、リン酸化ERK1/2の上昇はない。

JWH015: ラットやマウスよりヒトのCB2に強く結合する。リン酸化ERK1/2を上昇させる。CB1にも結合する

AM1710: CB2に選択的に結合し、CB1には結合しない。他のアゴニストに比べて血液脳関門を通過しにくいので脳への影響が少ない。

JWH-133: Δ9‐テトラハイドロカンナビノールに構造がよく似ている。CB2に選択的に結合する。オフターゲット効果が少ない。

LY2828360:cAMP低下およびリン酸化ERK1/2上昇に対する効果がゆっくりおこる。βアレスチンを誘導しないので効果が長続きする。

β-Caryophyllene (BCP) :大麻に含まれるテルペンなので天然にも存在する。CB2に結合する。オピオイドμ受容体のアンタゴニストで効果が阻害されるので、オピオイドと関連があるかもしれない。

GW405833:CB2を通じた鎮痛効果がある。ただしアロディニア(異痛症)抑制効果はCB1を介している。

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かゆみとCB2受容体の関係の解明については、最近深圳のグループによって大きな進展がみられました(5、図311-4)。

かゆみは皮膚のセンサーがその刺激を受けるとヒスタミンなどの痒みメディエーターが放出され(6)、TRPチャネルが働いて脊髄後角に信号が伝達されます。この信号によって脊髄後角のミクログリア(常在性マクロファージ)が活性化され、JAK1シグナルからの経路がONになって大量のサイトカインを放出します。これによって脳につながるかゆみの神経回路が起動します(図311-4)。

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図311-4 CB2受容体はかゆみをコントロールする Xuらの論文(5)からの引用

サイトカインの刺激を受けたGRP+ニューロンはGRP(ガストリン放出ペプチド)を放出します。ここでこのペプチドはガストリンとは関係なく、受容体を持っているGRPR+ニューロンを刺激して興奮させ、その信号はVGlu2+というグルタミン酸型の投射ニューロンに伝達され、長い軸索によって信号は脳幹の橋にある結合腕傍核(けつごうわんぼうかく、Parabrachial Nucleus=PBN)に伝えられます(図311-4)。ここから大脳辺縁系にかゆみのシグナルがつたわり、不快を感じたり、ひっかくという行動を引き起こしたりします。

CB2受容体にCB2リガンド・アゴニストが結合すると、SOCS3(Suppressor of Cytokine Signaling 3)というペプチドが合成され、JAK/STAT経路が阻害されて、ミクログリアからのサイトカイン放出が妨げられます。これによってかゆみが鎮静化されます(図311-4)。

すなわち通常はミクログリアのCB2受容体は、内在性のカンナビノイドが結合することによって自らの過剰反応を抑止する機能を持つと考えられます。しかし病的なかゆみが発生した場合は、アゴニストによってミクログリアの反応を強制的に鎮静化することに薬剤としての意義があります。

痛みとCB2の関係についてもCB2欠損マウスなどで研究が進められています(7)。神経を損傷させたマウスでは、野生型マウスに比べてCB2欠損マウスの場合痛みの過敏化が著しく悪化・長期化します。神経が傷つくと生体はエンドカンナビノイドを放出してCB2受容体を刺激し、痛みを抑えようとします。しかし、CB2欠損マウスではこのブレーキが利かないため、服が擦れる程度の軽い刺激でも激痛と感じる「アロディニア」などの病態がより重篤になります。

正常なマウスの場合、活性化したミクログリアにはCB2受容体が大量に発現し、これが自身の暴走を抑えるセーフティ機能として働きます。一方CB2欠損マウスの場合、このセーフティ機能がないため、脊髄における神経炎症が収まらず、痛みの信号が脳へ過剰に送られ続けてしまいます。

片足の神経を傷つけた場合、通常は傷つけた足だけが痛みます。しかし、CB2欠損マウスでは、傷つけていない反対側の足(対側)まで過敏化して痛むようになる現象が報告されています。このことは、CB2を介したシグナルが、痛みの範囲が全身や反対側にまで「拡大・拡散」するのを食い止める障壁の役割を果たしていることを意味しています(8)。

 

参照文献

1)dsm-firmenich news 患者の信頼から新たなエビデンスへ:CBDと慢性疼痛管理の背後にある専門家の洞察
https://www.dsm-firmenich.com/ja-jp/businesses/health-nutrition-care/news/talking-nutrition/from-patient-trust-to-emerging-evidence-expert-insights-behind-cbd-and-chronic-pain-management.html

2)ウィキペディア:カンナビノイドCB2受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%93%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89CB2%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

3)渡辺正仁ら カンナビジオールの治療効果とその作用機序
保健医療学雑誌9巻2号112-126ページ 2018年

4)Guenther KG, Hohmann AG. Cannabinoid CB2 receptor-mediated analgesia: mechanism-based insights and therapeutic potential., Br J Pharmacol., vol.182(21): pp.5090-5118. (2025)
doi: 10.1111/bph.70116.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40611669/

5)Xu K, Liu X, Zeng Q, Liu Y, Shan L, Ji L, Wu Y, Wu J, Chen Y, Li Y, Huang S, Jiang C, Hong X, Wu C, Wang Z. Cannabinoid CB2 receptor controls chronic itch by regulating spinal microglial activation and synaptic transmission. Cell Rep., vol.44(4): no.115559. (2025)
doi: 10.1016/j.celrep.2025.115559.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40222011/

6)江川形平 皮膚のかゆみのメカニズム アレルギー69巻4号256-259ページ (2020)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/4/69_256/_pdf

7)Nent, E., Nozaki, C., Schmöle, AC. et al. CB2 receptor deletion on myeloid cells enhanced mechanical allodynia in a mouse model of neuropathic pain. Sci Rep 9, 7468 (2019). https://doi.org/10.1038/s41598-019-43858-4
https://www.nature.com/articles/s41598-019-43858-4

8)Racz I, Nadal X, Alferink J, Baños JE, Rehnelt J, Martín M, Pintado B, Gutierrez-Adan A, Sanguino E, Manzanares J, Zimmer A, Maldonado R. Crucial role of CB(2) cannabinoid receptor in the regulation of central immune responses during neuropathic pain. J Neurosci. vol.28(46): pp.12125-12135. (2008)
doi: 10.1523/JNEUROSCI.3400-08.2008.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3844839/

 

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2026年8月30日 (日)

続・生物学茶話310:カンナビノイドと受容体 その4.食欲

前回カンナビノイドは刺胞動物にも存在し、食事行為を終了するシグナルとして用いられるという論文を紹介しました(1)。しかしヒトの場合、カンナビノイドによって食欲が刺激され、場合によっては肥満につながることが知られています(2)。正反対です。今回はわたしたちの食欲とカンナビノイドの関係について考えてみました。

進化の歴史の中でカンナビノイドの役割が変化してきたことは明らかです。カンナビノイドの役割を考えるうえで、カンナビノイド受容体遺伝子の制御はひとつの重要なステップです。カンナビノイド受容体はすでに述べたように、膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体で、なかでも細菌にも存在する最古のクラスAのグループに属します。哺乳類についていえば、CB1受容体を構成するアミノ酸の数はヒト472、ラット・マウス473で、97~99%のアミノ酸配列がこれらの種で一致しており、おそらく機能的にも極めて類似していると思われます。

カンナビノイド受容体CB1の遺伝子はCNR1という名で、ヒトの場合は4つのエクソン、ラット・マウスの場合は2つのエクソンで構成されています。いずれの場合もタンパク質に翻訳されるコード領域は、一番3’側の一つのエクソンにすべて含まれています。図310-1のように、制御領域にはヒトとマウスで違いがあります。ラットでは詳細が不明です。細かい話になりますが、ヒトの場合アミノ酸の数が411と439のアイソフォームがみつかっており、遺伝子のポリモルフィズムも存在します。またスプライスバリアントも存在します(3、4)。

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図310-1 ヒト、ラット、マウスにおけるCB1遺伝子の構造

食事行為には2つの側面があって、ひとつは体重を一定に保つというホメオスタティックな側面、いま一つは食べるという快楽にひたるというヒダニック(hedonic)な側面です。前者は視床下部が中心となって、レプチンをはじめとする様々なホルモンや調節因子(そこにはエンドカンナビノイドも含まれます)によって制御されています。ヒダニックな食事行為はホメオスタティックな調節以外に、腹側被蓋野、側坐核、扁桃体、海馬、大脳皮質など脳のさまざまな部位の影響をうけます(4)。

ヒトの食欲とカンナビノイドの関係については、実は2000年代に人体実験のようなことがおこなわれたことがあります。短い期間(2008~2010年)ではありますが、CB1のアンタゴニストであるリモナバンが食欲抑制・抗肥満薬として用いられました(5、図310-2)。体内にある内因性のカンナビノイドは、食欲を司るCB1に作用することで食欲を起こしますが、リモナバンは逆にこれに拮抗して食欲を抑制します。これによって肥満を抑制しようというわけです。

その結果はウィキペディアによると「食事療法と併行し1年間継続的に服用した結果、5%の体重減少が約50%の頻度で、10%の体重減少が約27%の頻度でみられたとの報告がある。偽薬群は、5%の体重減少が19.7%の頻度で、10%の体重減少が7.8%の頻度であった」となっていて、はっきり有効だったようです(5)。しかし副作用としての抑うつ状態、自殺願望が無視できないくらいに発生して2年で薬としての使用は中止することになりました(6)。

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図310-2 リモナバンの化学構造

CB1のアゴニスト(マリファナなど)が食欲を増進することは知られていましたが、アンタゴニストが食欲を抑制することがさらにわかったので、ヒトにおいてもカンナビノイド-受容体システムが食欲に深くかかわっていることが証明されました。さらに悲劇的な副作用の結果は、このシステムが心の明暗などヒトの精神活動にもかかわりがあることを示唆しました。

カンナビノイドと精神活動の関係を調べるために、レマースらはCB1受容体遺伝子の上流にストップカセットを組み込んでCB1遺伝子が発現不可となったマウスをベースにして、GABAergicな神経細胞にだけCB1が発現するレスキュードマウスを作成しました(7)。このような遺伝子改変マウスをベースで飼育しておいて、さらにその遺伝子発現を変換するような改変マウスを作成する実験はいろいろな意味で大変だと思いますが、このような実験に惜しみなく予算を投入したドイツ研究振興協会(Forschungsgemeinschaft)の見識を示したものとも言えます。

海馬で主にCB1を発現しているのはGABAergicな細胞ですが、図310-3のように、ストップカセットが存在する動物(STOP-CB1)の海馬ではほとんど発現していません。しかしレスキューしたマウス(GABA-CB1-RS)では、特に錐体細胞層などでそこそこの発現がみられます(図210-3)。

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図310-3 ストップカセットをGABAergic な細胞においてコンディショナルに削除した遺伝子改変マウスの海馬 緑色はレスキューされたCB1タンパク質の発現 青色はDAPIによるDNAの染色

STOP-CB1マウスとGABA-CB1-RSマウス(レスキュードマウス)を比較すると、カイニン酸の投与によるてんかん発作の誘導は両者で起こりますが、後者では自然に起こるてんかん発作はなくすことができました。また後者では前者ではなかった正常な恐怖行動がとれるようになりました。ただし安全な場所に置くことによって恐怖記憶を消去するには至りませんでした(7)。恐怖行動と恐怖記憶の消去が別の場所で行われているのか、あるいはCB1の発現が完全でないためかはわかりません。

CB1の発現がないマウスは一般に小食で瘦せていてますが、それは食事の量がが少ないことと脂肪代謝が高いためで、運動量・体温・エネルギー消費は正常マウスと差がありません。血糖値やインシュリンは正常と変わりありませんが、食欲抑制ホルモンであるレプチンは必要性が少ないためか低下します(8、図210-4)

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図310-4 CB1ノックアウトマウスの血糖・インシュリン・レプチン

ヒトの場合肥満になったり血糖値が高すぎたりして、それが疾病の原因になりますが、一般に野生動物はたいてい餌が欠乏している状態にあって、飢餓に備えて平常時の脂肪代謝はなるべく少なくするのがベターですし、食欲が旺盛である必要があります。恐怖に対処する能力も必要です。そのような生存に必要な能力を維持するためにCB1が存在し続けているのでしょう。地球温暖化によって食料が少なくなれば、ヒトにとってもCB1とエンドカンナビノイドの意義は高まるでしょう。

参照文献

1)続・生物学茶話309:カンナビノイドと受容体 その3.基本的メカニズムと進化上の広がり
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/08/post-ac5b59.html

2)Martin A. Lee, Project CB 食べ物とエンドカンナビノイド・システム
https://projectcbd.org/ja/health/diet-the-endocannabinoid-system/

3)Palermo, F.A., Angelini, M., Cottone, E., Virgili, M., Franzoni, M.F., Mosconi, G. and Polzonetti-Magni, A.M., Involvement of Endocannabinoid CB1 Receptor in the Modulation of Stress Responses Related to Xenoestrogen Exposure. Annals of the New York Academy of Sciences, vol.1163: pp.504-507. (2009)
https://doi.org/10.1111/j.1749-6632.2009.04455.x
https://nyaspubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1749-6632.2009.04455.x

4)Pucci M, Zaplatic E, Micioni Di Bonaventura MV, Micioni Di Bonaventura E, De Cristofaro P, Maccarrone M, Cifani C, D'Addario C. On the Role of Central Type-1 Cannabinoid Receptor Gene Regulation in Food Intake and Eating Behaviors. Int J Mol Sci., vol.22(1):398.(2021)
doi: 10.3390/ijms22010398. PMID: 33401515
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33401515/

5)ウィキペディア:リモナバン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A2%E3%83%8A%E3%83%90%E3%83%B3

6)Andrew Hockey, Sanofi letter (2007)
https://web.archive.org/web/20090628145711/http://www.mhra.gov.uk/home/idcplg?IdcService=GET_FILE&dDocName=con2031923&RevisionSelectionMethod=Latest

7)Remmers F, Lange MD, Hamann M, Ruehle S, Pape HC, Lutz B. Addressing sufficiency of the CB1 receptor for endocannabinoid-mediated functions through conditional genetic rescue in forebrain GABAergic neurons. Brain Struct Funct., vol.222(8): pp.3431-3452. (2017)
doi: 10.1007/s00429-017-1411-5.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28393261/

8)Daniela Costa et al., The endogenous cannabinoid system affects energy balance via central orexigenic drive and peripheral lipogenesis., J Clin Invest., vol.112(3): pp.423-431 (2003)
doi: 10.1172/JCI17725.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12897210/

 

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2026年8月15日 (土)

続・生物学茶話309:カンナビノイドと受容体 その3.基本的メカニズムと進化上の広がり

内因性カンナビノイドすなわちアナンダミド、2-AG(2-アラキドノイルグリセロール)などによる神経情報伝達は他の神経トランスミッターと比較すると風変りなものです。まず両者とも他のトランスミッターとちがって、細胞膜の内部で合成されます。さらに、通常の神経伝達はシナプス前細胞からシナプス後細胞にむけてシナプスを介して行われますが、内因性カンナビノイドはシナプスを介さず、シナプス後細胞からシナプス前細胞(神経前終末)に情報を伝えます(1、図309-1、図309-2)。いわゆる逆行性伝達です(2)。

使用する受容体は伝統的な膜7回貫通Gタンパク質共役受容体(GPCR)です。ただしリガンドが油溶性なので、GPCRとの結合部位は細胞膜に埋まっている内部にあるようです。内因性カンナビノイドは電位依存性Caチャネルの開放あるいはGq/11タンパク質共役型受容体の活性化によって合成されます(1)。すなわち細胞の興奮にともなって合成され、細胞外に出たのち近隣の細胞の受容体と結合して、その細胞の興奮を抑制するという形で作用します。近隣の細胞には放出した細胞自体も含まれるので、逆行性伝達とは言っていますが、特に逆行するためのメカニズムはないので、受容体があれば自分自身にも有効です。アナンダアミドについてはトランスポーターが存在する可能性があるようですが、詳細については研究が進行中のようです(1)。

まずアナンダミドについての代謝と作用システムの略図をTristyn L. Clarkeらのレビュー(3)から借用し、日本語解説をつけて図309-1に示します。次に2-AGにつても同様に図309-2として示します。

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図309-1 アナンダミドの代謝系と作用機構の概略

アナンダミドの合成は、カルシウムイオンの存在下で、フォスファチジルエタノールアミンと1-アラキドニル-2‐アシルリン脂質がN-アシルトランスフェラーゼによって反応しN-アシルフォスファチジルエタノールアミンが合成され、これがさらにフォスフォリパーゼD(NAPE-PLD)によって切断されてアナンダアミドとなります(図309-1)。アナンダアミドは細胞外に出て、シナプス前細胞のCB1に結合し、Gタンパク質の働きでカルシウムチャネルが閉じます。

図309-1に示されているように、この経路とは別にNAPE-PLCによるもうひとつの合成経路もあることがわかります。その他にもあるようです(3)。FAAH(fattyacid amide hydrolase)による分解経路も示されています。

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図309-2 2-AG(2-arachidonyl-glycerol ) の代謝系と作用機構の概略

2-AGについては細胞膜の構成要素であるフォスファチジルイノシトール4.5ビスリン酸がPLCβによってカルシウムイオンの存在下でジアシルグリセロールが生成し、さらにジアシルグリセロールリパーゼ(DAGL)で分解されて2-AGが生成します。DAGLノックアウトマウスでは2-AGの生成量は20%に低下します(4)。したがってすべてではありませんが、大部分はこの経路で合成されているようです。シナプス後細胞における分解経路は記載してありません。

2-AGはアナンダアミドと同じく、細胞外に出てシナプス前細胞のCB-1に結合し、その結果Gタンパク質の働きでカルシウムチャネルが閉じます。2-AGの場合シナプス前細胞におけるMGCL(モノアシルグリセロールリパーゼ)による分解経路が記載されています。この場所で分解されているというエビデンスがあるということでしょう。

図309-1、図309-2のいずれの場合も、内因性カンナビノイドは神経伝達のネガティブフィードバックシステムをになう要素として重要な働きをしていることが示唆されます。このような働きが主要な機能だとすると、神経網がない海綿動物にはなくていいはずです。実際に海綿動物では受容体は発見されていません。ただし海綿動物はさまざまな微生物と共生していて、カンナビノイドとしての働きを持つ分子は存在するようです(5)。

少し飛躍しますが、従属栄養生物は何らかのアクションを起こしてエサをとらえ食事をしなければなりません。栄養が足りればアクションは不要です。このメリハリを切り替えるメカニズムが必要です。単細胞生物においても食欲を制御するメカニズムは必要です。彼らにもそれぞれ適切なサイズというものがありますし、効率の問題からもある程度エサをとったらやめなければなりません。そのメカニズムはよくわかっていないようですが、AIに訊いたら、なんと高校生の実験結果を出してきました。食胞が満杯になったらゾウリムシの動きが鈍くなるそうです(6)。

多細胞生物になって最初にできた臓器は消化器官だと思われます。それは海綿ではある程度単細胞生物だった時のメカニズムを使って制御していたと思われますが、刺胞動物のような活発な生物になると、そのようなメカニズムでは制御できなくなって、器官を統率する新機軸の内分泌的あるいは神経的制御が必要になったに違いありません。海綿動物についで進化的に古い歴史を持つ刺胞動物ヒドラの摂食についてはいくつか論文があります。ヒドラはまずエサと思しき生物に毒針を発射し、還元型グルタチオンが出てくるのをセンサーで認識して摂食活動を行います(7)。生物が死ぬとグルタチオンは直ちに酸化されるので、ヒドラは生きている生物だけを食べるようです。摂食の様子を撮影した動画が YouTube にアップされています(8、9、図309-3)。

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図309-3 ヒドラの摂餌

刺胞動物は進化上はじめて神経細胞のネットワークを形成したグループです。De Petrocellis らはヒドラが内因性カンナビノイド(アナンダアミド)、カンナビノイド受容体、内因性カンナビノイドを合成・分解する代謝系をすべて保有していることを示しました(10)。彼らによれば、アナンダアミドの濃度が高まるとヒドラは口を閉じ、摂食活動を終了するそうです(10)。内因性カンナビノイドシステムは当初から神経活動のネガティブフィードバックシステムとして使われていたわけです。

Clarke TL らの論文(3)からカンナビノイド受容体を持つと思われる動物をリストアップして図309-4にまとめました。様々な門をまたいでカンナビノイド受容体が存在し、内因性カンナビノイド-受容体のシステムが、これらの門の生物たちの共通祖先の段階で存在し、先カンブリア時代から受け継がれてきたことが示唆されています。脊椎動物はすべての生物が内因性カンナビノイド-受容体のシステムを持っていると思われるのでここには示していません。これらの受容体は遺伝子配列の分析によって、遠縁であっても脊椎動物の受容体と何らかの関連性が認められます(3)。

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図309-4 脊椎動物以外の内因性カンナビノイド受容体

様々な多細胞生物の中で海綿と昆虫(多分すべての節足動物)はカンナビノイド受容体を持っていません(11)。海綿にはみつからないという点でカンナビノイド受容体はオピオイド受容体に遅れて出現したであろうと思われます。昆虫はアラキドン酸を合成しないので、リガンドをつくることができないようです。リガンドができないと、当然受容体は不要になって遺伝子も保持できなくなるでしょう。神経活動のネガティブフィードバックシステムはもちろんカンナビノイド-受容体系だけではないので、昆虫では他のシステムが代替しているのでしょう。

 

参照文献

1)脳科学辞典:エンドカンナビノイド
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%89%8D%E7%B5%82%E6%9C%AB

2)脳科学辞典:逆行性伝達
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%80%86%E8%A1%8C%E6%80%A7%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%89%A9%E8%B3%AA

3)Clarke TL, Johnson RL, Simone JJ, Carlone RL. The Endocannabinoid System and Invertebrate Neurodevelopment and Regeneration. Int J Mol Sci., vol.22(4): 2103. (2021)
doi: 10.3390/ijms22042103.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33672634/

4) Gao,Y.; Vasilyev, D., Goncalves, M., Howell, F.; Hobbs, C., Reisenberg, M., Shen, R.; Zhang, M., Strassle, B., Lu, P. et al., Loss of retrograde endocannabinoid signaling and reduced adult neurogenesis in diacylglycerol lipase knock-out mice., J. Neurosci., vol.30, pp.2017?2024 (2010)
DOI: 10.1523/JNEUROSCI.5693-09.2010
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20147530/

5)野川俊彦 STDD NMR によるカンナビノイド受容体/アゴニスト相互作用の検出 理研ジャーナルクラブ No.455 (2009)
https://www.npd.riken.jp/JC/JC455.pdf

6)高校生新聞 ゾウリムシは満腹になると泳ぎが遅くなる 高校生が実験重ねて突き止めた(2019)
https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/5304

7)日産財団 花井一光 坂口雅彦 岩橋徳二 動物の摂食と細胞殖因子様活性(日付不詳)
https://www.nissan-zaidan.or.jp/wp-content/uploads/185019.pdf

8)フィッシーサイエンス ミジンコを食べるヒドラを観察してみた
https://www.youtube.com/watch?v=I9Kj0s2GAd0

9)足立区生物園 ミジンコを食べたのは誰?
https://www.facebook.com/watch/?v=661266248539654

10)L. De Petrocellis, D. Melck, T. Bisogno, A. Milone, V. Di Marzo, Finding of the endocannabinoid signalling system in Hydra, a very primitive organism: possible role in the feeding response.,
Neuroscience vol.92, Issue 1, pp.377-387 (1999)
https://doi.org/10.1016/S0306-4522(98)00749-0
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306452298007490

11)McPartland J, Di Marzo V, De Petrocellis L, Mercer A, Glass M. Cannabinoid receptors are absent in insects. J Comp Neurol., vol.436(4): pp.423-429. (2001)
doi: 10.1002/cne.1078.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11447587/

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2026年8月 6日 (木)

続・生物学茶話308:カンナビノイドと受容体 その2.CB1受容体の局在

今回はカンナビノイド受容体CB1が存在する場所についてみてみます。CB1はすでに述べたように、おおまかには神経系の組織に存在します(1,2)。CB2は免疫系はじめ多くの組織に存在するようですが、細胞外に出ているペプチドが短くかつCB1と似ていることもあって免疫組織化学的には検出が難しいタンパク質です。その点CB1は細胞外部分が長いので検出は比較的容易なようです(1、2)。

まずCB1受容体は神経細胞の細胞体、樹状突起、軸索のすべての部分に見られます(3)。ここではラット脳における局在についての免疫組織化学の実験結果をみてみます。脳のどの場所にCB1受容体を持つ細胞があるかということですが、それを表現するためには座標があった方が便利です。その方法として、ラムダ縫合と矢状縫合が交わる点を基準とする方法があります。これは左右の耳の穴を結ぶ線(両耳間線)とも一致します(4、図308-1)。本稿ではラットを材料としているので図308-1もラットの図です。

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図308-1 ラットの頭蓋骨と両耳間線(左右の耳の穴を結んだ仮想的な直線) 原図に日本語説明などを付け加えております(以下同)

CB1受容体は鼻から延髄までの脳全域に分布していますが、濃淡はかなりあります。今回はモルドリッチとウェンガーの論文(3)に沿ってみていきましょう。まず脳の最前部に位置する嗅球と嗅覚情報を処理する前嗅核に比較的明確な局在が認められます。食物の匂いを嗅ぐと食物摂取量が増加するのは、嗅球に存在するCB1の働きに依存しているとの報告があります(5)。お腹がすいたり、マリファナを嗅いだりすると嗅覚は増強されます(6)。私たちが日常経験するのは、たとえばカレーライスのにおいがすると食欲がわいてくるということです。

梨状皮質(りじょうひしつ)は大脳の底面にある嗅覚に関する脳の領域であり、嗅球からの情報を受け取り、匂いの識別や記憶・感情との結びつきを担います。また側坐核は食欲と関係が深い領域です(おいしいものを食べて快感を得るなど)(7)。インバースアゴニスト作用(結合することによって受容体を無効化する)を持たないCB1のサイレントアンタゴニストであるO‐2050はラットの餌摂取量を著しく抑制することがわかっています(8)。このことは内在性カンナビノイドとCB1の作用によって食欲が調節されていることを示唆しています。

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図308-2 前脳領域におけるCB1の局在1

もう少し尾側の断面をみると、線条体(CPu=Caudate-Putamen)やLSS(線条体の一部である線条体外側帯)に強いシグナルがみられます(図308-3)。線条体は大脳基底核の主要な構成要素の一つであり、運動機能や意思決定に重要な役割を果たしていると考えられています(9)。またLSSは意欲の維持にかかわっているという報告があります。この部分を除去すると意欲、例えばランニングマシンで運動しようという意欲などの低下がみられます(10)。線条体におけるCB1受容体はカンナビノイド薬物の依存症にも深くかかわっていて、陶酔感や多幸感をもたらすと考えられています(11)。

脳室周囲の組織にも強い局在が認められます(図308-3)。なぜこの部分にCB1受容体が局在しているのかよくわかりません。ウィキペディアによると「脳室周囲器官には自律神経系や神経内分泌系の中枢が存在し、自律神経・内分泌の恒常性制御に必要なシステムが備わっている(12)」なのだそうで、これらのためにCB1が重要な役割を果たしているのかもしれません。

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図308-3 前脳領域におけるCB1の局在2

さらに後方に断面を進めると、強く染色されている海馬・淡蒼球・黒質網様部などが見えてきます(図308-4)。海馬についてはより詳細な図があります(図308-5)。海馬は記憶や空間認識など意識の中心となる脳のパーツであり、ここに局在するということは重要な意味を持っているに違いありません。実際マリファナを大量摂取すると記憶の障害や空間感覚の混乱が生ずることが知られています(13)。詳細図をみるとCA1~CA3の錐体細胞層が満遍なく染色されています。また錐体細胞層の細胞よりむしろ強く染色されている少数の細胞が層からはずれたところに散在します(図308-5 赤矢印)。

淡蒼球と黒質網様部も強く染色されています(図308-4)。両者とも大脳基底核の主要な出力部位です。おそらく出力後のフィードバック制御にCB1が必要なのでしょう。またカンナビジオールが黒質緻密部に作用して、パーキンソン病の発症を遅らせる効果があることがわかっています(14)。

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図308-4 中脳領域におけるCB1の局在

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図308-5 海馬組織のCB1免疫染色

小脳にも強く染色されている部位があります(図308-6)。一般的に信号が持続して出力されると不都合な場合に、カンナビノイド受容体のフードバック制御が脳で汎用されていると思われます。あと脳梁膨大後部皮質にも局在がみられますが、ここはエピソード記憶や意味記憶と深い関係にあります(15)。

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図309-6 後脳境域におけるCB1の局在

 

参照文献

1)続・生物学茶話307:カンナビノイドと受容体 その1.ミニ研究史
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/07/post-74866e.html

2)Denise A. Dove Pettit, Matthew P. Harrison, John M. Olson, Robert F. Spencer, Guy A. Cabral, Immunohistochemical localization of the neural cannabinoid receptor in rat brain., J Neurosci Res., vol.51(3): pp.391-402. (1998)
doi: 10.1002/(SICI)1097-4547(19980201)51:3<391::AID-JNR12>3.0.CO;2-A.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9486774/

3)Moldrich G and Wenger T., Localization of the CB1 cannabinoid receptor in the rat brain., An immunohistochemical study., Peptides., vol.21(11): pp.1735-1742. (2000)
doi: 10.1016/s0196-9781(00)00324-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11090929/

4)Marianna Nogueira Cecyn and Karina Possa Abrahao, Where do you measure the Bregma for rodent stereotaxic surgery? IBRO Neuroscience Reports, vol.15, pp.143-148 (2023)
https://doi.org/10.1016/j.ibneur.2023.07.003
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S266724212300060X

5)Soria-Gómez, E., Bellocchio, L., Reguero, L. et al. The endocannabinoid system controls food intake via olfactory processes. Nat Neurosci vol.17, pp.407–415 (2014). https://doi.org/10.1038/nn.3647
https://www.nature.com/articles/nn.3647

6)nature asia 匂いと食欲をつなぐカンナビノイド
https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/9097

7)ウィキペディア:側坐核
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%B4%E5%9D%90%E6%A0%B8

8)山本経之 カンナビノイド受容体─中枢神経系における役割
日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.130,pp.135~140(2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/2/130_2_135/_pdf

9)ウィキペディア:線条体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E6%9D%A1%E4%BD%93

10)慶応義塾大学病院:腹外側線条体の神経細胞が意欲の維持に関わる
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/science/201709/

11)舩田正彦 危険ドラッグの薬物依存性と細胞毒性基礎研究から探るその正体
YAKUGAKU ZASSHI vol.136(1) pp.65―72 (2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/136/1/136_15-00228-1/_pdf/-char/ja

12)ウィキペディア:脳室周囲器官
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E5%AE%A4%E5%91%A8%E5%9B%B2%E5%99%A8%E5%AE%98

13)日本薬理学会アーカイブ 2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)
:カンナビノイド受容体の内在性リガンド
https://pharmacol.or.jp/old/fpj/topic/topic116b.htm

14)カンナビジオール、パーキンソン病モデルで神経保護効果を示す
https://academia.carenet.com/share/news/3395630c-d3b6-4167-afc4-f21a5f62ceeb

15)ウィキペディア:脳梁膨大後部皮質
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%A2%81%E8%86%A8%E5%A4%A7%E5%BE%8C%E9%83%A8%E7%9A%AE%E8%B3%AA

 

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2026年7月26日 (日)

続・生物学茶話307:カンナビノイドと受容体 その1.ミニ研究史

麻という植物の学名は Cannabis sativa で、Cannabis は管、sativa は有用なという意味だそうです。1万年以上前から衣服の材料として栽培されており(1)、私も1着ブレザーを持っていますが洗濯は難しく、かといってクリーニング屋に出すと1000円以上とられるという難物ですが、古代の人々にとっては貴重な衣料だったのでしょう。

リネンやラミーはここでいう麻(カンナビスまたはヘンプ)とは別の植物(科が異なる)ですが、なんと現在の家庭用品品質表示法ではリネンやラミーのことを麻というそうです(2)。それには反しますが、ここでの麻(大麻)はバラ目アサ科カンナビス属の植物とします。カンナビス属の植物は文字による記録のない昔から人がかかわって品種改良してきたので、もともとあった種なのか、人がかかわって作った品種なのかがはっきりしませんが、主な種としては sativa 以外に図307-1に示した indica と ruderalis があります。

麻にはもうひとつの用途があります。それは医薬品あるいは麻薬(マリファナ)としての使用で、こちらも紀元前から利用されてきたそうです(3)。単に花冠や葉を乾燥したものや樹脂を採取したハシシなどがあります。マリファナは脳に作用し、多幸感をもたらし不安を低下させる効果があります(4)。しかし一方で薬物依存に陥り、肺や脳(幻覚・無気力・狂暴化)などに悪影響を及ぼすおそれがあります(4、9)。医薬品としては鎮痛・吐き気の抑止・てんかん予防などの効果が認められています(5、9)。

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図307-1 麻(Cannabis)という植物と、製品としての大麻

マリファナに含まれるカンナビノイドのひとつカンナビジオール(CBD)の構造解明を最初に行ったのはコーネル大学のロジャー・アダムスらで、1940年にさかのぼります(6、図307-2)。第二次世界大戦後1960年代になって、ヴァイツマン研究所のメクーラムらは強力な有効成分である Δ9テトラハイドロカンナビノール(Δ9-tetrahydrocannabinol THC)などの正確な構造を解明し、CBDやTHCの化学合成にも成功しました(7、8、図307-2)。

麻が合成するカンナビノイドは120種類以上あるそうで、その構造研究はもちろん日本でも行われています。研究を行うためには麻を栽培しなくてはいけません。学術論文を読んで爆笑することはまずありえませんが、これには思わず・・・引用「選抜育種栽培は隔離した場所でないと交雑が起こるため,九大演習林内の薬草園で行っていた.その栽培地で大量のアサの盗難事件が起こり,新聞,テレビで大騒ぎとなった.犯人との面通しも有り,結局7,8回警察署に呼び出され,事情聴取,始末書作成等が行われた.最終日には数十枚の映画入場券を迷惑料とのことで頂戴したことで苦い思い出も終わりとなった」引用終了(9)。研究材料の確保には皆さん苦労されているようです。

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図307-2 植物性カンナビノイドの化学構造

カンナビノイドの受容体CB1がみつかったのは意外に遅くて1990年です。National Institute of Mental Heath (NIHの一部)の Lisa Matsuda の率いるグループがラットの脳に発見し、クローニングして遺伝子構造を明らかににしました(10)。これによってカンナビノイドの作用機構の研究が飛躍的に進展することになりました。その2年後にもうひとつの受容体CB2が Lumir Hanus と William Devane によって発見されたという記述もあるのですが、ちゃんとした引用はありません。ここではきちんと論文を書いている Munro らの文献を引用しておきます(11)。彼らがCB2を発見したということでよいと思います。

CB1とCB2はどちらも膜7回貫通Gタンパク質共役受容体ですが(12、図307-3)、アミノ酸配列の類似性は44%でそれほど近縁ではありません(12)。CB1は脳に広く分布するほか、肺、肝臓、腎臓にも発現しています。一方CB2は免疫系・血液系・皮膚・末梢神経そのほか多くの細胞に分布しています(12)。ただCB2の抗体はなかなか特異性に満足がいくものがなかったらしく、CB2の分布(抗体を使って調べる)の問題は最近まで研究者の頭痛の種になっているようです。

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図307-3 カンナビノイド受容体の構造(ウィキペディア:カンナビノイド受容体より)

さて次に問題になるのは内在性のカンナビノイドについてです。麻薬の受容体が進化的に保存されているはずはありません。1992年に最初に発見された内在性カンナビノイドはアナンダミド(N-アラキドノイルエタノールアミド)でした(13、図307-4)。ウィキペディアによるとアナンダミドは特に脳に多く「中枢神経系ではワーキングメモリー、睡眠パターン、鎮痛、摂食の調節、動機づけや快感の形成など、心理・行動に対する多彩な役割があると考えられている。子宮での胚の着床にも重要とされる」と記述してあります(14)。しかしアナンダミドにはまだ謎が多くあります。

まず図307-4に示した合成経路を担当している酵素NAPE-PLD(N-アシルホスファチジルエタノールアミン選択的ホスホリパーゼD)のノックアウトマウスにおいて、脳のアナンダミドの量に大きな変化がなかったことから、別の合成経路があるのではないかと考えられていることです(15)。またアナンダミドはCB2には弱い作用しか示さず、CB1についても部分アゴニストです---アナンダミドはカンナビノイド受容体だけでなく唐辛子の成分であるカプサイシンの受容体であるバニロイド受容体にも作用します(16)。また後でみつかった2-AG(2-アラキドノイルグリセロール)にくらべて生体内含量が数百分の1しかないというのも悩みの種です。しかしアナンダミドを分解する酵素であるFAAH(脂肪酸アミドハイドロラーゼ)欠損マウスでは痛覚の低下がおこるそうなので、バニロイド受容体専用のリガンドではないようです(16)。

内在性リガンドの本命と考えられる2-AGは1995年に発見されました(17、18、図307-4)。この物質は脳においてアナンダミドの170倍存在し、その合成はカルシウムに依存しています(19)。すなわち神経細胞が脱分極してカルシウムイオンが流入すると2-AGが合成されるということになります。

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図307-4 内因性カンナビノイド

内因性カンナビノイドはシナプス後細胞の脱分極によるカルシウムイオンの流入、またはGq/11タンパク質共役型受容体の活性化(フォスフォリパーゼCを活性化するとともに細胞内カルシウムイオン濃度を増加させる)によって合成されます。合成されたカンナビノイドは細胞膜を透過してシナプス間隙に放出され、シナプス前細胞の受容体に結合してシナプス前細胞からの神経伝達物質の放出を抑制します。2-AGの場合だとCB1受容体と結合して、CB1の機能によってシナプス前細胞の活動が抑制されます。シナプス前細胞の2-AGはMGLによって分解されます(20、図307-5)。

2-AGは脂溶性であり、シナプス間隙のような短い距離でしか拡散によって移動できません。これが逆行性シナプス伝達の目的にかなっています。2-AGは脂溶性なので細胞膜に浸透し、細胞膜内部でCB1受容体と結合します(21)。ですからCB1(そしてCB2)の長い細胞外領域のペプチド(図307-3)がどのような役割を果たしているのかがわかりません。誰かが解決しなければならないこれからの課題です。

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図307-5 内因性カンナビノイドによる逆行性の情報伝達

参照文献

1)イラストでわかる麻の歴史-世界の麻の歴史
https://mashi.co.jp/world/history

2)ウィキペディア:麻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5

3)ウィキペディア:大麻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BA%BB

4)MSDマニュアル プロフェッショナル版 マリファナ(大麻)
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/24-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF/%E9%81%95%E6%B3%95%E8%96%AC%E7%89%A9%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E4%B8%AD%E6%AF%92%E6%80%A7%E8%96%AC%E7%89%A9/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8A-%E5%A4%A7%E9%BA%BB

5)竹田修三 医薬用大麻とは Web版医事新報 2026
https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_7643

6)Roger Adams, Madison Hunt, and J.H.Clark, Structure of cannabidiol, a product isolated from the marihuana extract of minnesota wild hemp.,
J. Am. Chem. Soc.,vol.62, pp.2204-2207 (1940)
https://www.thevespiary.org/rhodium/Rhodium/Vespiary/talk/files/4335-adams47c8.pdf

7)Gaoni Y, Mechoulam R., Isolation, structure and partial synthesis of an active constituent of hashish. J Am Chem Soc vol.86: pp.1646-1647. (1964)

8)R. Mechoulam, Y. Gaoni A,. Total Synthesis of dl-Δ1-Tetrahydrocannabinol, the Active Constituent of Hashish., J. Am. Chem. Soc., vol.87, no.14, pp.3273-3275 (1965)
https://doi.org/10.1021/ja01092a065

9)正山征洋 大麻研究の推移 生薬学雑誌 vol.78. no.1, pp.67-71 (2024)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspharm/78/1/78_67/_article/-char/ja/

10)Matsuda, L., Lolait, S., Brownstein, M. et al. Structure of a cannabinoid receptor and functional expression of the cloned cDNA. Nature vol.346, pp.561–564 (1990). https://doi.org/10.1038/346561a0

11)Munro, S., Thomas, K. & Abu-Shaar, M., Molecular characterization of a peripheral receptor for cannabinoids., Nature vol.365, pp.61–65 (1993).
https://doi.org/10.1038/365061a0

12)ウィキペディア:カンナビノイド受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%93%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

13)William A. Devane et al., Isolation and Structure of a Brain Constituent That Binds to the Cannabinoid Receptor., Science vol.258, Issue 5090, pp. 1946-1949 (1992)
DOI: 10.1126/science.1470919
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1470919

14)ウィキペディア:アナンダミド
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%9F%E3%83%89

15)Leung D, Saghatelian A, Simon GM, Cravatt BF. Inactivation of N-acyl phosphatidylethanolamine phospholipase D reveals multiple mechanisms for the biosynthesis of endocannabinoids. Biochemistry. vol.45(15): pp.4720-4726 (2006) doi: 10.1021/bi060163l.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16605240/

16)宇山徹 上田夏生 明らかになり始めた生理活性脂質N-アシルエタノールアミンの生合成機構 N-アシル転移酵素の構造と機能 化学と生物 vol.58, no.1, pp.599-605 (2020)
DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.58.599


17)Mechoulam, R., Ben-Shabat, S., Hanus, L., Ligumsky, M., Kaminski, N.E., Schatz, A.R., ..., & Compton, D.R., Identification of an endogenous 2-monoglyceride, present in704-714 gut, that binds to cannabinoid receptors. Biochemical pharmacology, vol.50(1), pp.83-90. (1995)
DOI: 10.1016/0006-2952(95)00109-d
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7605349/

18)Sugiura, T., Kondo, S., Sukagawa, A., Nakane, S., Shinoda, A., Itoh, K., ..., & Waku, K.,
2-Arachidonoylglycerol: a possible endogenous cannabinoid receptor ligand in brain. Biochemical and biophysical research communications, vol.215(1), pp.89-97. (1995)
DOI: 10.1006/bbrc.1995.2437
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7575630/

19)Stella, N., Schweitzer, P. & Piomelli, D. A second endogenous cannabinoid that modulates long-term potentiation., Nature vol.388, pp.773–778 (1997).
https://doi.org/10.1038/42015
https://www.nature.com/articles/42015

20)脳科学辞典:逆行性伝達物質
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%80%86%E8%A1%8C%E6%80%A7%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%89%A9%E8%B3%AA

21)谷村あさみ、橋本谷祐輝、狩野方伸 内因性カンナビノイドによる逆行性シナプス伝達調節のメカニズム 生化学 vol.83, no.8, pp.704-714 (2011)
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/83-08-03.pdf



 

 

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2026年7月16日 (木)

続・生物学茶話306:オピオイドと受容体 その3.オピオイド受容体と類縁分子群の進化

多細胞生物が存在せず、痛覚受容器や神経がまだなかった先カンブリア時代でも、生物は回避行動を行っていたと思われます。障害物があったら回避する、食べられそうになったら逃げるというメカニズムを持つ生物は、生き残るうえで大きなアドバンテージを持っていたに違いないからです。

それがどんなメカニズムだったかは、現在生きている単細胞生物の行動を観察・分析して類推するしかないのですが、ゾウリムシ paramecium は障害物にぶつかると、繊毛の運動を逆転させバックしてから方向転換します。これは障害物にぶつかったという機械的刺激によって繊毛基底部のカルシウムチャネルが開き脱分極がおこるからだとされています(1、2、図306-1A)。

また Didinium という生物はゾウリムシを漏斗状の構造物で吸い込んで餌にしますが、この捕食者と接触するとゾウリムシ表層のあるタンパク質がレセプターとなって感知し、繊毛基部の K+チャネル型アデニル酸シクラーゼ を活性化することによって、高速で逃避することができるそうです(3、図306-1B)。さらに Dileptus という生物は、吻を振り回して餌を探しますが、これが体に当たるとあるタイプのゾウリムシなどはトリコシストという針のようなものを散布して逃げます。トリコシストは化学刺激や電気刺激によっても放出されます。このようなシステムは、脱分極がひとつの契機になっていたとしてもかなり複雑なメカニズムを含有しています(2、図306-1C)。

ゾウリムシなど現在の単細胞生物から類推すると、痛覚受容器や神経がなかった時代から、刺激を感知して危機を回避するメカニズムは存在し、様々な経緯を経て今日まで進化を続けてきたと考えられます。またトリコシストの存在は、海綿動物を通り越して刺胞動物への進化の準備も行われていたことを想像させます。

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図306-1 障害や危機へのゾウリムシの対応

単細胞生物が障害物や天敵による捕食を回避するためにさまざまなメカニズムを発達させてきたとして、ではそれを制御するためのオピオイドシステムも持っていたのでしょうか? テトラヒメナにオピオイドシステムが存在するという報告はあります(4、5)。またモルヒネはゾウリムシに集塊を形成させることがわかっています(6)。膜7回貫通型のタンパク質は原核生物の段階ですでに準備されていましたし(7)、単細胞真核生物は複数の膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体をもっているので(8)、モルヒネの受容体が存在していたとしても不思議ではありません。

最も始原的な多細胞生物である海綿動物はオピオイドシステムを持っているという報告があります(9、10、図306-2)。海綿動物は固着生活なので、単細胞生物のように天敵から逃げることはできません。神経も持っていません。しかし触ると近傍の細胞は強調して収縮しますし、なかには体の一部を針でつつくと体全体が収縮するような種も存在するようです(2)。そのような行動が何らかの役に立つのかもしれません。それにこのような生物であっても、おそらくイオンチャネルの状態を速やかに平常時に戻すためのオピオイドシステムが必要なのでしょう。

海綿はオピオイドシステムを使って逃走したり防御したりすることはできません。彼らは天敵に食べられないようにするため、全く別のストラテジーで現代まで生き延びてきました。それは毒を作る細菌を共生させて、食べた天敵にダメージを与えるという作戦です(11)。あるいは天敵が忌避する化合物を合成するという場合もあるでしょう。実際ヒトはあらゆる門の生物を食料にしますが、海綿はスーパーの棚にありません。

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図306-2 海綿動物のオピオイドシステム

オピオイドシステムを広義に拡張して、分子進化的に関連する分子群全体をみると、今のところカルシトニン受容体が最も古いタイプの関連分子群であるとされています(10、図306-3)。海綿動物および他の門のすべての動物もこのカルシトニングループの膜7回貫通Gタンパク質受容体分子を持っていると思われます。カルシウムイオン濃度の調節がいかに動物にとって重要であるかということを意味していると思われます。海綿動物は他の門の生物と類似した分子以外に、独自の分子も持っています(図306-8)。

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図306-3 オピオイド受容体および進化的に関連する受容体ファミリーの分子系統樹

カルシトニン・海綿独自グループの分子群が出現して以降、オピオイド受容体グループは(ガラニン・タキキニン・サブスタンスP受容体)グループと(オピオイド・ソマトスタチン・アラトスタチン受容体)グループの2つの分子群を生み出しました。それぞれの分子群についてその機能のレジメを図306-4と図306-5に記しました。

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図306-4 ガラニン受容体・タキキニンおよびサブスタンスP受容体の機能

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図306-5 ソマトスタチン受容体・アラトスタチン受容体・オピオイド受容体の機能

より詳細な分子系統樹はZhaiとWangが発表しているので(10)、図306-6~8に示しました。海綿からヒトまでの様々なオピオイド受容体関連分子の系統樹が示されています。図306-6をみるとこの幹の基部にはδ型の受容体があり、μ型とκ型はそこから派生したようです。オピオイド受容体は脊椎動物だけが持つとされていますが、ジョンソンのように海綿のファスカプリシンを内部オピオイドリガンドという人もいて混乱を招いています。ファスカブリシンはエンドルフィンとは分子構造が全然似ていません(図306-2)。整理が必要でしょう。

オピオイド受容体ともっとも近縁なのはソマトスタチン受容体のグループです(図306-6)。後者は前者と比べて分布範囲が圧倒的に広く、前口動物・後口動物の両者にまたがって存在しています。類縁のアラトスタチンも含めるとおそらくほとんどの動物に存在すると思われます。

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図306-6 脊椎動物のオピオイド受容体・ソマトスタチン受容体グループの分子系統樹 分岐の肩の数字は分岐の信頼性を表しています(100は100%の信頼性を示す)

ガラニン受容体・タキキニン受容体・サブスタンスP受容体のグループも海綿からヒトまでの多くの動物が保有するタンパク質です。図306-7には示してありませんが、ガラニン受容体はもちろんヒトにも存在し、図306-4に示したような機能を持っています。タキキニン受容体も同様です。

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図306-7 ガラニン受容体・タキキニン受容体・サブスタンスP受容体グループの分子系統樹

カルシトニン受容体のグループはすでに述べたように、今回の分子グループ進化の根底にあると思われます。ナメクジウオの分子がヤツメウナギの分子よりヒトに近い結果がでていますが、これはおそらくエラーで、今後修正されると思われます。

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図306-8 カルシトニン受容体・カルシトニン類似物質受容体のグループの分子系統樹

 

参照文献

1)ウィキペディア:繊毛
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%8A%E6%AF%9B

2)小山なつ、横田敏勝 侵害受容の系統発生 日本生理誌 61巻 261-278頁 (1999)
http://physiology.jp/wp-content/uploads/2014/01/061070261.pdf

3)堀学, 石田正樹, 冨永貴志 RNA干渉でみえてきたゾウリムシが機械刺激に対して逃走反応を引き起こすしくみ 生物物理 vol.62(2),pp.114-115(2022)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/62/2/62_114/_html/-char/ja

4)CHIESA, R., SILVA, W.I. and RENAUD, F.L., Pharmacological Characterization of an Opioid Receptor in the Ciliate Tetrahymena. Journal of Eukaryotic Microbiology, vol.40: pp.800-804. (1993)https://doi.org/10.1111/j.1550-7408.1993.tb04478.x

5)RENAUD, F.L., COLON, I., LEBRON, J., ORTIZ, N., RODRIGUEZ, F. and CADILLA, C., A Novel Opioid Mechanism Seems to Modulate Phagocytosis in Tetrahymena. Journal of Eukaryotic Microbiology, vol.42: pp.205-207. (1995)
https://doi.org/10.1111/j.1550-7408.1995.tb01566.x

6)Seyed Sajad Shahrokhi, Manizheh Karami, Bahram Kazemi, Response to Morphine in a unicellular animal model (Paramecium caudatum)., Physiology and Pharmacology, vol.15 (3), pp.318-329 (2011)
https://web.archive.org/web/20180413161837id_/http://phypha.ir/ppj/article-1-715-en.pdf

7)続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質
https://morph.way-nifty.com/grey/2020/09/post-453128.html

8)続・生物学茶話138: GPCRの進化
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/04/post-e83f2e.html

9)Johnson TA, Milan-Lobo L, Che T, Ferwerda M, Lambu E, McIntosh NL, Li F, He L, Lorig-Roach N, Crews P, Whistler JL. Identification of the First Marine-Derived Opioid Receptor "Balanced" Agonist with a Signaling Profile That Resembles the Endorphins. ACS Chem Neurosci., vol.15;8(3): pp.473-485. (2017) doi: 10.1021/acschemneuro.6b00167.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27744679/

10)Rujun Zhai and Qian Wang, Phylogenetic Analysis Provides Insight Into the Molecular Evolution of Nociception and Pain-Related Proteins., Evolutionary Bioinformatics vol.19: pp.1–19 (2023)
DOI: 10.1177/11769343231216914
https://doi.org/10.1177/11769343231216914

11)Science Poral 共生細菌がカイメン気遣って毒を生産
https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20140702_02/

12)生体の科学 49巻5号 (1998年10月発行)
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.2425901617

13)脳科学辞典:サブスタンスP
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9P

14)Wikipedia: Somatostatin receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Somatostatin_receptor

15)Wikipedia: Allatostatin
https://en.wikipedia.org/wiki/Allatostatin

16)薬学用語解説 オピオイド受容体
https://www.pharm.or.jp/words/word00031.html

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2026年7月 1日 (水)

続・生物学茶話305:オピオイドと受容体 その2.ノックアウトマウスを用いた研究

私たちは痛みを緩和する内在性のシステムを持っています。末梢で痛みを感じると、それは脊髄後角から脳に伝えられ、脳の指令あるいは経由する脳幹・延髄が検知してオピオイドシステムを起動し、痛みを緩和します(1、図305-1)。オピオイドシステムとは内因性オピオイドであるエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンなどのペプチドを神経細胞が合成し、それを神経伝達物質として放出して痛みを感じる神経の受容体に受け取らせ鎮静するというシステムです(2)。

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図305-1 痛みと緩和の回路

前回述べたように(3)、オピオイド受容体にはμ(MOP)、δ(DOP)、κ(KOP)の3種類があり、類縁のORL1(NOP)も報告されています。これらの機能をノックアウトマウスを用いて調べるのは生物学の基本で、結果の解析がなかなか難しいとはいえ20世紀から多くの研究室でこの種の研究が進められています。

オピオイド受容体は基本的には膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体なので、膜貫通領域や細胞内領域の相同性は高く、細胞外領域の相同性は低いとされています(4)。したがって各受容体の差異について検討するにはエクソン1の部分を欠失した動物について調べることが重要です。このストラテジーに基づいたμ受容体ノックアウトマウスに関する初期の実験によると、このようなホモノックアウトマウスでは熱刺激・機械刺激・化学刺激に対するモルヒネの鎮痛効果が消失し、ヘテロマウスでは減弱することが示されました(5)。

またホモマウスではδ受容体作動薬の鎮痛効果にも消失・減弱がみられました。これはμ受容体とδ受容体が二量体として機能しているからだと解釈されています。μ受容体ホモKOマウスでは形態組織学的な異常は見出されず、繁殖,出産,育児機能をも含めた基本的な行動は正常でした。またδ,κ 受容体数には代償的な変化はありませんでした(5)。

μ(MOP)受容体の遺伝子 oprm1 には多くのスプライスバリアントがあり、タンパク質も膜7回貫通型のほかに1回貫通型と6回貫通型があります(6、図305-2)。このようなバリアントの存在はマウスに限られた現象ではなくヒトでも同様です(7)。ではなぜ膜1回貫通の非常に不完全な断片のようなタンパク質が進化的に保存されているのでしょうか? Luらによれば、このタンパク質は膜7回貫通タンパク質の分子シャペロンであり安定化に寄与しているそうです(6)。またエクソン11を含膜6回貫通型のタンパク質もそれなりの機能があるようです。

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図305-2 マウスμ受容体遺伝子(A)・スプライスバリアント(B)・タンパク質(C)の構造

WieskopfらはIBNtxAという化合物(図305-3)がモルヒネより効き目がよく、かつ副作用が少ない鎮痛剤であることを発見しました(8)。実用化にはまだ至っていません。この化合物は膜6回貫通型に特異的に結合して効果を発揮していて、膜7回貫通型、膜1回貫通型、δ型、κ型を全部欠いたノックアウトマウスにおいても有効であることがわかっています(6)。このことはエクソン1だけがリガンドに特異的に反応するわけではないことを示唆しています。またエクソン11が進化的に保存されているということは、膜6回貫通型のμ受容体も生理的に機能していることを意味します。

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図305-3 鎮痛剤(モルヒネ・IBNtxA)の化学構造

エクソン1、エクソン2、エクソン2-3のいずれかを欠く動物は、熱感受性が高まり、自発運動の抑制、モルヒネなどMOPアゴニストによる痛覚抑制が不可となるなどが起こることは多くの研究室で報告されています(9)。またエクソン2-3を欠く動物では、直腸を広げた時の腹部の収縮が増すという報告があります(10)。ホルマリンなど化学薬品に対する感受性も高まるようです(11)。

Lu らがまとめたμ受容体遺伝子ノックアウトマウスにおいて鎮痛効果が失われる結果(Lost)の表(6)を図305-4に示します。モルヒネだけでなくIBNtxA(3-iodobenzoyl naltrexamine)についての結果も示してあります。エクソン1とエクソン11を欠くノックアウトマウスにおいては、どちらの鎮痛剤の効果も失われます。

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図305-4 μ受容体遺伝子各種ノックアウトマウスにおけるモルヒネおよびIBNtxAによる鎮痛効果の消失

δ(DOP)、κ(KOP)、ORL1(NOP)受容体遺伝子のノックアウトマウスについての結果は、Maldonadoらがまとめています(1、図305-5)。痛みの種類によって、その情報を受け取る受容体が異なる場合があることがわかります。たとえばκ受容体の場合ホルマリンによる痛みには関与していないようです。δ受容体の場合エクソンによっても関与する痛みに差があるようです。

ほとんどは予想される結果となっていますが、ひとつ不思議なのはNOP遺伝子(Oprl1)のノックアウトによって、神経障害性疼痛が減少していることです。オピオイド受容体の存在意義に反しているように思われますが、この意味がよくわかりません。

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図305-5 δ(DOP)、κ(KOP)、ORL1(NOP)受容体遺伝子ノックアウトマウスについての研究結果

痛みを感じるということは、危機を察知するという意味で動物にとっては非常に重要な感覚です。しかしその危機を回避するためには「痛いのも忘れて=痛みを鎮静化して」、何らかの行動をとることが必要です。その意味で運動量が低下するとか(12)、記憶力や学習能力が低下する(13、14)とかのデメリットがあっても、オピオイドシステムは動物には必要なメカニズムであり続けたのでしょう。


参照文献

1)Maldonado R, Banos JE, Cabanero D. Usefulness of knockout mice to clarify the role of the opioid system in chronic pain. Br J Pharmacol. vol.175(14):pp.2791-2808. (2018) doi: 10.1111/bph.14088.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6016633/

2)脳科学辞典:内因性オピオイド
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%86%85%E5%9B%A0%E6%80%A7%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%89

3)続・生物学茶話304:オピオイドと受容体 その1.基本的メカニズムとバラエティ
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/06/post-385b3a.html

4)脳科学辞典:オピオイド受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%89%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

5)曽良一郎、渡邉秀和、畑春実 オピオイド受容体の分子生物学 日本ペインクリニック学会誌 Vol.11, No.4, pp.406-410 (2004)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspc1994/11/4/11_4_406/_article/-char/ja/

6)Lu Z, Xu J, Xu M, Rossi GC, Majumdar S, Pasternak GW, Pan YX. Truncated μ-Opioid Receptors With 6 Transmembrane Domains Are Essential for Opioid Analgesia. Anesth Analg. 2018 Mar;126(3):1050-1057. doi: 10.1213/ANE.0000000000002538.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5820199/

7)Pasternak GW, Pan YX. Mu opioids and their receptors: evolution of a concept. Pharmacol Rev., vol.65(4): pp.1257-1317, (2013)
http://dx.doi.org/10.1124/pr.112.007138
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3799236/

8)Wieskopf JS, Pan YX, Marcovitz J, Tuttle AH, Majumdar S, Pidakala J, Pasternak GW, Mogil JS. Broad-spectrum analgesic efficacy of IBNtxA is mediated by exon 11-associated splice variants of the mu-opioid receptor gene. Pain. 2014 Oct;155(10):2063-70. doi: 10.1016/j.pain.2014.07.014.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25093831/

9)Gavériaux-Ruff, Claire., Opiate-induced analgesia: contributions from mu, delta and kappa opioid receptors mouse mutants., Current pharmaceutical design vol.19 no.42, pp.7373-7381 (2014).
DOI: 10.2174/138161281942140105163727
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23448470/

10)Gaveriaux-Ruff C, Nozaki C, Nadal X, Hever XC, Weibel R, Matifas A, Reiss D, Filliol D, Nassar MA, Wood JN, Maldonado R, Kieffer BL. Genetic ablation of delta opioid receptors in nociceptive sensory neurons increases chronic pain and abolishes opioid analgesia. Pain., vol.152(6): pp.1238-1248. (2011) doi: 10.1016/j.pain.2010.12.031.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21295407/

11)Zhao CS, Tao YX, Tall JM, Donovan DM, Meyer RA, Raja SN. Role of micro-opioid receptors in formalin-induced pain behavior in mice. Exp Neurol., vol.184(2): pp.839-845. (2003) 
doi:10.1016/S0014-4886(03)00346-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14769376/

12)中村和浩ほか オープンフィールドテストを用いたミューオピオイド受容体欠損マウスの運動評価
生体医工学/55Annual 巻 (2017) 3AM-Abstract
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/55Annual/3AM-Abstract/55Annual_138/_pdf/-char/ja

13)Le Merrer J, Rezai X, Scherrer G, Becker JA, Kieffer BL., Impaired hippocampus-dependent and facilitated striatum-dependent behaviors in mice lacking the δ opioid receptor. Neuropsychopharmacology., vol.38(6): pp.1050-1059. (2013)
doi: 10.1038/npp.2013.1.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23303070/

14)毛利彰宏,野田幸裕,鍋島俊隆 モデル動物を用いた水探索試験における潜在学習能の評価方法
日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.130,pp.141~146(2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/2/130_2_141/_pdf/-char/ja

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