カテゴリー「書籍(books)」の記事

2026年1月 4日 (日)

記憶と学習をささえる分子 カムキナーゼⅡの発見

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お正月に本を1冊読みました。山内卓(やまうちたかし)の著書です。内容はなつかしい昭和の生化学の本ですが、出版は2021年ですから令和になります。どうしてこんなすでにはるか昔に論文になっている仕事を、あらためて本にまとめたのかは「はじめに」を読んでもわかりませんでした。

私の勝手な想像では、彼らが発見し精製したCaMKII(カムキナーゼII)に関する最近の総説で、彼らの論文が引用されていないのはまだしも、彼らが発見者であることをあいまいにするような記述が増えてきて腹に据えかねたというのがほんとうのところではないでしょうか。

ちなみに脳科学辞典には「1980年代初頭にトリプトファン水酸化酵素やシナプシンIを基質として、カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII(Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II, CaMKII)が同定され(山内を含む複数の論文を引用)、複数のグループにより精製分離された」と書いてあります(1)。しかし山内としては、自分たちが他の研究室に先んじて最初に精製・同定したのであって、この記述は不当であると言いたかったのだと思いました。

山内はこの本の63~64ページにコラム12として、どうして他の研究室に先駆けて彼らが精製に成功したのかを詳しく記しています。要はカルモデュリンアフィニティーカラムを使ってカルシウムの存在下ですべてのカルモデュリン結合タンパク質を吸着させることが重要であり、山内らはそれに成功したことによってうまく精製できたと説明しています。80ページにもさらに追加した記述があります。

彼らが到達した結論の図を下に示します(この本の78ページの図)。チロシン水酸化酵素およびトリプトファン水酸化酵素はカムキナーゼでリン酸化されますが、それにくわえて活性化タンパク質が結合することによって活性化されることが示されています。

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カムキナーゼIIを脳で欠損させると空間学習が著しく低下することが、いちはやく利根川らの研究室で明らかにされており、この酵素が記憶の固定に重要であることは現在でも認められています(2)。

1)脳科学辞典:カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ
こちら

2)続・生物学茶話281: 大脳辺縁系 5.Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡの発見
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/09/post-61ef70.html



 

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2025年12月14日 (日)

極北の幻想画集

Konndoukouhei

ここは知らないけれど、知っている場所
近藤康平 著
発行所 月とコンパス 2020年刊

著者略歴
1975年生まれ 鳥取大学大学院農学科修士課程卒業

インスタグラム:
https://www.instagram.com/kondo1975/

2026年1月11日(日)~1月25日(日)
ライブペインティングパフォーマー/絵描きとして
全国的に活動する近藤康平が、
50歳の節目を記念した特別企画
「近藤康平 50祭(ごじゅっさい) 15DAYS 20 STROKES」
Tokyo Guesthouse Oji Music Loungeにて開催予定

この絵にふさわしい音楽は
アラン・ペッテションの交響曲第7番かな?
こちら

アラン・ギルバート-都響 ペッテション交響曲第7番
@サントリーホール2021/07/01
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/07/post-9b9c4f.html

 

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2025年10月21日 (火)

2030-2040年 医療の真実 熊谷頼佳著

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政府は高齢化社会を高齢者に仕事をさせることによって乗り切ろうとしていますが、著者(認知症の専門医)の調べでは85歳以上の高齢者の割合は2040年まで増加し続けるそうです。そして85歳以上の要介護認定率は57.7%だそうです(2022年度の「介護保険事業状況報告」から算出)。

これで予算を増やさないとどうなるかというと、これはすでに起こっていることですが、一人暮らしで全盲かつ半身まひの人が要介護から要支援にレベルを引き下げられ亡くなってしまう(1)・・・というようなことが日常茶飯事になってしまいます。

いまでも介護施設は人手不足です。これは物価上昇しても介護業界の給料を上げないという政府の方針によります(2)。これに加えて、人手不足を外国人の導入によって補おうとしても、右翼が抵抗するという面倒な問題があります。そんなことを言ってられるような事態じゃないし、ますます事態は緊迫の一途をたどることは明らかなのにです。しかも本日右翼に支持されている政党が政権を握るという事態となりました。ただし私は高市氏は必ずしもこの問題に後ろ向きだとは思っていません。

医療や看護の世界もこの本によれば非常に厳しいものがあるようです。この世界はさすがに外国人に頼るというわけにもいきません。私は9月にある病院で手術を受けましたが、どうみても医師や看護師が昼食をとっている時間がない日があると思いました。昼抜きで午後手術というのはつらいと思います。開業医は昼休み3時間も取っているのとはえらい違いです。

特に外科医の不足はひどいらしくて、年寄に仕事をさせるといっても70歳代の外科医が手術をするというのはさすがに問題でしょう。このままだと癌の手術も半年待ちという事態になりそうです。

この本の著者も私も特にこれからのキーポイントだと思うのは、ホームヘルパーの報酬と人数を増加させるべきだということです。またこの分野への外国人の導入に躊躇すべきではありません。これによって老人も最低限の文化的生活が可能になり、憲法がかろうじて守られることにもなります。神奈川県は積極的にやっているようです(3)。

1)https://www.youtube.com/watch?v=D8RnCQerQ8g&t=48s

2)https://www.ekaigotenshoku.com/ekaigowith/2024/10/21/bukka_jyosho/

3)こちら

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2025年8月26日 (火)

銀河鉄道の夜

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カンパネルラはジョバンニ自身にとってただ一人の友人であり、親友だと考えていました。しかしカンパネルラはジョバンニをいじめているザネリともつるんでいて、それがジョバンニには不満に思えていたわけです。

しかしジョバンニの夢の中では、カンパネルラは自分と二人で銀河鉄道に乗って、信仰と幻想と科学満載の楽しい旅をします。でも目が覚めて現実に帰ってみると、カンパネルラは川に転落したザネリを助けるために命を落としていました。

自分が親友だと思っていても、その相手には相手の全く別の世界があって、自分の思い通りにはなりません。それが現実であることを人はいつか知らなければなりません。

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銀河鉄道 BUMP OF CHICKEN
https://www.youtube.com/watch?v=_-OjjCZOe7I&list=RD_-OjjCZOe7I&start_radio=1

銀河鉄道 BUMP OF CHICKEN coner by melodycat
https://www.youtube.com/watch?v=N7gzaH7xjvg&list=RDN7gzaH7xjvg&start_radio=1

銀河鉄道の夜 GOING STEADY
https://www.youtube.com/watch?v=EhEzTs7qNUo

銀河鉄道の夜 GOING STEADY cover by goose house
https://www.youtube.com/watch?v=fI3av1fRiYE&list=RDfI3av1fRiYE&start_radio=1

銀河鉄道の夜 GOING STEADY cover by mihoro
https://www.youtube.com/watch?v=Z3YAXYuTmew&list=RDZ3YAXYuTmew&start_radio=1

♪銀河鉄道999♪ ゴダイゴ
https://www.youtube.com/watch?v=vb_JwSMP9Kg&list=RDvb_JwSMP9Kg&start_radio=1

♪銀河鉄道999♪ ゴダイゴ cover TrySail  🌸
https://www.youtube.com/watch?v=MOIQ68JGYlw&list=RDMOIQ68JGYlw&start_radio=1

ゴダイゴ「銀河鉄道999」おとラジ Band Cover【atagi ✕ ゆゆうた】
https://www.youtube.com/watch?v=Uaun9S6QA68&list=RDZ3YAXYuTmew&index=2


星めぐり 西島三重子 🌷
https://www.youtube.com/watch?v=CVM6x-QQsns


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2025年7月19日 (土)

ゾルゲと花子2

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石井花子

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リヒャルト・ゾルゲ

1940年にゾルゲは満州を視察しています。以前にモンゴル・中国の視察もやっているので、中国大陸における日本軍の動向を探るというのも彼の仕事に含まれていたと思われます。

花子はヒトラーの「わが闘争」を読んで、ユダヤ人排斥はよくないとゾルゲに意見を求めると、ゾルゲは同意しました(当時ゾルゲはナチス党員でした)。しかしそれと同時にスターリンは偉大だと語り、このあたりから花子に本音を語るようになりました。おそらく花子をドイツに疎開させることが不可能になって、ゾルゲは花子を自分の仲間として運命を分かち合うこともやむを得ないと考えたのでしょう。実際彼女をキリスト教会に行かせて英語の勉強をさせ、自分の仕事を手伝ってもらおうとしました。しかしその教会の牧師が花子の体を触りに来たというようなことがあって、手伝いの話は立ち消えになりました。それは花子にとって幸運でした。

1941年になってゾルゲは身辺が危険な状態になってきたことを自覚するようになりました。夜中に急に泣き出したり、私には親友がいないとふさぎ込んだり、花子を日本人と結婚させようとしたりと異常な行動が目立ちました。そしてゾルゲがいないときに鳥居坂署の警察官が来て花子は署に連行され、事情聴取されました。そのあとゾルゲが鳥居坂署の刑事をなぐりましたが、それで逮捕されなかったのは不思議です。泳がせておきたかったのかもしれません。

ゾルゲは花子を上海に疎開させようとしますが、花子がパスポートを持っていないことがわかってその話は立ち消えになりました。ゾルゲは花子に「私と一緒に死にたいですか」と訊いたりします。またあなたと一緒に眠りたい、ゾルゲたくさん生きるのむつかしいなどとも言ったりします。

8月末にゾルゲと花子はドイツ大使館の通訳を交えて、日本橋の料亭で特高警察と宴会をやっています。そのうちのひとりはゾルゲが殴った警察官でした。おそらくそこで警察はゾルゲを常に見張っていると宣言したものと思われます。ゾルゲは花子に「後でゾルゲ何しましたかあなた知ります。私話しません」と宣言しました。実際逮捕されてから彼は花子が逮捕されないよう細心の注意を払って尋問に答えていたようです。彼はまた「私生きますなら、日本駄目になります。私死にますなら、日本人後で幸福あります」と語りました。彼は自分がスパイとして良い仕事ができて、日本が早く敗戦を迎えれば、日本人は幸福になれると考えていました。

彼は花子に日本はいずれアメリカと戦争することになり負けると語っています。そしてこれからは自分の家には来ないように言います。花子はそれに従って東中野の実家にひきこもることになりました。そんなある日彼女を取り調べた特高警察主任がやってきて、彼はゾルゲと花子が好きなので調書を無効にすると言って、彼女の目の前で火鉢で調書を焼きました。

ゾルゲと花子が最後に会ったのは警察が見守る中でのレストラン・ローマイヤで、日米開戦の危険性などについて話しました。しばらくして特高の主任が花子を訪ねてきてゾルゲが逮捕されたことを告げました。そして調書を焼いたことの口止めもしていきました。彼はまた後日やってきて、ゾルゲはソ連のスパイだ、死刑になると告げました。花子はその話を聞いても「日本国中が彼を敵視しようと、私は彼を愛し、彼を信じ、世界の果てまでついていく」という信念に生きる人でした。

1941年12月8日、ゾルゲが予想した通り日米は開戦しました。1942年の正月にまた特高主任がやってきて「もう駄目だ」と知らせてくれました。花子は兄に「ゾルゲを殺すであろう私の国の野蛮人どもが勝つか、物質文明を誇るアメリカが勝つか見とどける」と語りました。

1943年花子はゾルゲの女として逮捕され淀橋署に6日間拘置されますが、件の特高主任に自分がゾルゲと別れて東中野に引きこもっていたことを証言してもらって、ようやく解放されるという事件がありました。

花子がゾルゲの処刑を知ったのは終戦後1945年の新聞報道でした。しかし彼の遺体の消息は全く報道されませんでした。花子はおそらくドイツかソ連にひきわたされたのだろうと思いました。しかし1947年「尾崎ゾルゲ赤色スパイ事件の真相」という本が出版され、その中になんと「ゾルゲの死体は引き取り手がなく、拘置所の手で雑司ヶ谷の共同墓地に土葬された。木標がたてられたが燃料にされた」という記述があったのです。

花子は大きなショックを受けましたが、やがて「ゾルゲが私を待っている」と確信しました。花子は苦心してゾルゲの弁護士を探し当てましたが、彼は墓地のことは何も知りませんでした。雑司ヶ谷の共同墓地にも行きましたが、彼がどこに埋められているか知る人はいませんでした。木標は本当に燃料にされていました。

花子がすごいのはそれであきらめず東京拘置所まで調べに出かけたことです。そしてついに1949年の1月に米軍憲兵隊(MP)とともに共同墓地の調査をした人に会えそうなところまでこぎつけましたが、課長が米国に気を遣って会うことはできませんでした。

5月になって花子がゾルゲについて書いた文章が雑誌社から出版されました。それをGHQが読んで、花子は尋問されるという事件がありました。その後花子は単行本も出版しました。この年は下山事件や三鷹事件があって、GHQの反ソ連の姿勢が明確になっていく時代でした。それは花子にとっては好ましいことではありませんでした。何しろゾルゲはソ連のスパイだったわけですから。案の定小菅の東京拘置所に行ってもらちがあきませんでした。

そして目的もなくまた雑司ヶ谷の共同墓地に行ったときに、なんと管理人がゾルゲらしいと思われる遺体を掘り出してくれていたのです。墓地がないと改葬はできないということだったので、花子は多磨霊園に墓地を買い11月にいよいよ骨となったゾルゲの遺体と対面することになりました。ゾルゲが第一次世界大戦で大腿骨を骨折したこと、オートバイの事故で歯が入れ歯になっていたことを確認し、骨がゾルゲであることは明らかでした。花子は心の中で「おおゾルゲ、あなたは私の手に帰ったのだ」と叫びました。

ゾルゲは骨になっていましたが、制度上やむなくお棺に入れ霊柩車で運んで下落合で火葬し、骨灰を入れた桐箱を抱いて花子は帰宅しました。これらのことはお金のかかることでもありました。1950年11月に多磨霊園に納骨し、すべてが終了しました。しかしお墓は木標の粗末なものでした。

1953年になると花子は結核で苦しみ、治療代がままならず生活は困難を極め、さらに1954年には日赤で肺の空洞切開手術を受けました。1年近い入院生活を経て1955年の1月にようやく退院しました。そしてこの年のゾルゲの命日(11月7日)には関係者が集まって墓参が行われました。

1956年にはゾルゲの墓碑を建設しようという動きがあり、花子も本を出版してカンパに参加しました。墓碑は同年に建設され、ゾルゲ・尾崎墓参会が11月に開催されました。

ゾルゲはソ連のスパイだったのですが、彼の上司がスターリンに粛清されたことや、ドイツとの2重スパイだったという疑いが晴れず、ソ連は無視していました。しかしトップがフルシチョフに変わったころから再評価が進み、1964年にはロシアの関係者が花子の自宅を訪れ共に墓参しました。ゾルゲの処刑から20年もの月日が経っていました。同年プラウダ、イズベスチャ、タス通信の支局長も自宅に訪れました。そして11月にはゾルゲにソ連邦英雄の称号が与えられました。1965年花子はソ連政府の招待で訪ソを実現しました。

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多磨霊園にあるゾルゲの墓

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追記

ウィキペディアのリヒャルト・ゾルゲの項目を読むと、彼は本当に気の毒なひとだったということがわかります。中国ではかなり大規模な諜報団を作って、毛沢東、蒋介石、スメドレー、尾崎秀実などとも親交を得てめざましい活躍をしていたのですが、なぜか1933年に何も有力なコネクションがない日本に転勤になり、苦労してもらちがあかず、1939年にはソ連への帰国を希望していますが認められませんでした。しかも本国の上司ベルジンが粛清されて、帰国を強行すれば自分も粛清されるというどうしようもない立場に立たされました。そんな中でドイツ大使館に友人を作って食い込み、大使館で得た情報をソ連に送るというやり方を確立しました。日本に戻っていた尾崎秀実も出世して情報源になりました。

そして1940年から1941年にかけてドイツがソ連と開戦する準備を進めているという重要な情報をソ連に送りましたが無視され、その結果独ソ戦の緒戦はソ連の大敗となりました。唯一ソ連政府に採用された情報は、日本は南進が主眼でありソ連との戦争を始める確率は低いというものでした。これだけの重要な情報を送りながら、そして日本で処刑されたにもかかわらず、戦後20年間も無視され続けたたというのは気の毒というしかありません。

ゾルゲを逮捕した後、日本政府はソ連に日本人捕虜との交換を何度も要求しましたが、その都度ソ連に拒否されたそうです。ソ連政府はゾルゲが日本で得た情報をしばしばドイツ政府にも報告していたため、二重スパイだとして日本で死刑にされた方がよいと考えていたようです。これも気の毒というしかありません。

驚いたのはプーチンがフランスで制作されたゾルゲの映画を見てKGBをめざしたという記事です。

 

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2025年7月18日 (金)

ゾルゲと花子1

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この本の著者石井花子は倉敷の出身で、幼い頃に父親を亡くし母親は地元の資産家に家をもらって第2夫人となりました。花子はその新しい父親の籍にはいりましたが、生活の援助はしてもらえず、貧困のため高等女学校を中退し岡山大学の看護婦養成所に移って卒業し、その後上京しました。

ゾルゲと石井花子が出会ったドイツ式ビアホール「ラインゴールド」があった銀座の電通旧本社ビルは現在も存在し、電通のグループ企業などが入居しているそうです(1)。石井花子はこのビアホールにホステスとしてアグネスという名前で勤務していました。

ラインゴールドは外国人はもとより政府高官や政治家なども出入りする特殊な場所で、ホステスもそれなりの知識を持っていなければお相手はできません。花子も英語やドイツ語を少し話せるくらいのインテリジェンスはありました。ある日客のひとりとして、花子は店主のケテルに紹介されてゾルゲとはじめて会いました。1935年のことです。

早速次の日デートをしてゾルゲは花子にモーツァルトのレコードをプレゼントしています。お互いに一目惚れだったのでしょう。夜は今でも銀座にあるレストラン「ローマイア」で食事をしています。ローマイアは戦後日本橋などで営業していましたが、2019年に再び銀座に移転し、現在も営業しています(2)。

そして翌年の1936年には二二六事件が勃発し、花子はゾルゲとこの事件についてローマイヤで議論しています。花子はこの事件についての感想をゾルゲに話しました。ゾルゲの表の仕事はドイツの新聞社の特派員でした。ある種の取材だったのかもしれません。

ゾルゲの自宅は麻布永坂町にあり、そこで彼は古事記・日本書紀・源氏物語などを読んでいました。彼は日本の仏像が好きで写真をたくさん集めていたそうです。また宮城与徳の絵が好きでした。そしてフクロウをペットとして飼育していました。

花子には恋人がいましたが、ゾルゲの自宅で彼と結ばれました。ゾルゲは42才、花子は26才でした。花子は「彼の私への接し方はいつもノルマルで、決して遊戯型ではなかった」と書いています。また精力絶倫であったとも書いています。花子は恋人がいた大阪へ自分の気持ちが変わったことを伝えに出かけています。

1936年ゾルゲの事実上の妻となった花子は、実母を呼んで一軒家に住み、ピアノを買ってゾルゲの友人である武蔵野音大教授のユンケルに習ったりしました。まるで上流階級のような生活です。1937年になって花子は仕事もやめて、ゾルゲのお金で生活するようになりました。この年には盧溝橋事件が勃発し、日本は戦争への道に突き進んでいきます。この頃ゾルゲは花子に「日本の男は喧嘩好き ダメです」と言ったそうで、花子もそれには同意しました。

1938年ゾルゲはオートバイで交通事故を起こし重傷を負って聖路加病院に入院しました。この頃からゾルゲは憲兵に目をつけられていて、花子のところにも探りを入れに来るというようなことがありました。

ある時子供を作ろうとしないゾルゲに、花子はどうしてかと訊いてみました。そうするとゾルゲは「私は早く死ぬから子供がかわいそう」と答えたそうです。

1939年に自宅を訪ねてきた元の恋人に花子は「ひとつの民族、ひとつの国家に属するものは、たとえなぐさめはあっても時代とともに滅び去り、人類永遠の福祉という崇高な目的に到達する偉大さはないでしょう」と話しています。また花子はこの思想は自分の生活から感得したと述べています。立派なアンチ右翼の思想であり、現代においても右翼を忌避する者すべての原点でもあります。私も右翼は嫌いです。花子は彼とともに銀座に出かけて、喫茶店でショパンのピアノソナタを聴いています。

この年ゾルゲはルフトハンザの経営者であるガブレツと上海・香港を視察しています。帰国後花子に日本と中国の戦争は長引き、どちらも負けることになると話しています。日本は中国で泥棒をやっているとも話しています。8月には突然独ソ不可侵条約が締結されヒトラーとスターリンが手を握るという事件がおこりました。驚天動地の平沼内閣は「複雑怪奇」の言葉を残して総辞職しました。当時の日本は満州周辺でソ連軍の強い圧力を受けていて(実際ノモンハンの戦闘で壊滅的な打撃をうけたりしています)、これと対抗するためにドイツと同盟を結んだのに、そのドイツとソ連が手を結ぶなどとは全く想定外だったのでしょう。

9月にはドイツ軍がポーランドに侵入し、英仏がドイツと開戦するという事態になりました。第2次世界大戦の勃発です。ゾルゲは花子をドイツに留学させて、危険な仕事をすることになる自分の身辺から遠ざけようとしていましたが、それも不可能になりました。

花子は子供を作ろうともしないし、結婚もしないゾルゲを不審に思っていましたが、それがエゴイズムのせいではないことは確信していました。しかし仕事に精魂尽くすゾルゲという男はいったい何者なんだろうかという疑問は抱いていました。

1)ウィキペディア:電通銀座ビル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E9%80%9A%E9%8A%80%E5%BA%A7%E3%83%93%E3%83%AB

2)ローマイヤレストラン 創業の地 銀座に移転リニューアルオープン
https://pdf.irpocket.com/C8043/bFn0/JQLc/whvS.pdf

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2025年2月24日 (月)

続・生物学茶話262:脳の不思議な世界(一色出版)について 後半

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第6章は脊椎動物に近縁な生物群の中枢神経系について述べられています。対象の動物(ギボシムシ、ホヤ、ナメクジウオなど)はみな非常に興味深く、この本の中心的課題を取り扱う章と言えます。しかしこの章のライターは調子に乗って話をどんどん進め、読者のわかりやすさを顧みないという悪癖があり、エディターがもっと手を入れて文章を整理し、わかりやすくするという努力をすべきだったと思います。異論はあると思いますが、個人的にはホヤは変異が著しいグループなので概ね省いて、ギボシムシとナメクジウオをメインに構成した方が良かったように思います。230ページの図14をみてもホヤの異様さはよくわかります。

ギボシムシ(半索動物)が脊索・神経管・下垂体・甲状腺とそれぞれ相同の組織を持つことがはるか昔から知られていたとは驚きでした。また運動ニューロンの軸索が交差するというのも興味深いお話です。軸索交差は私は合理的ではなく、進化過程の事情でやむなくそうなってしまったのではないかと思いますがどうでしょうか。

ナメクジウオが保有している4つの目のうち2つが前口動物型だというのは非常に興味深く、この動物が後口動物が分岐する前の始原的左右相称動物の特徴を保持していることを思わせます。体型的にも竹輪型です。

第7章はいよいよ脊椎動物の登場です。

260ページから261ページにかけて非常に重要なことが述べられています。従来脊椎動物の脳と無脊椎動物の脳は起源を異にするものであり、相同ではないと考えられていたのですが、近年の分子発生学の進展によって、両者を作る遺伝子の組み合わせがよく似ていることから、前口動物と後口動物の共通祖先の段階から始原的な脳が準備されていたことが明らかになったということです。

ロンボメア形成と脳の機能は、脳の形成過程を知る上で非常に重要であり、私も「続・生物学茶話212:ロンボメア」で取り上げました。興味のある方はご覧ください
https://morph.way-nifty.com/grey/2023/05/post-9ee757.html

私がこの本を購入した一つの理由は両生類の脳についてまとまった知識が欲しいと思ったからですが、それは空振りに終わりました。特にどうして両生類の小脳が魚類に比べて著しく退化しているように見えるのはなぜか知りたかったのですが、全く記載がなく、そもそも小脳に関する記載が非常にプアなのにはがっかりしました。おそらく著者が得意ではない領域だからだと思いますが、両生類の件については論文が非常に少ないのかもしれません。推察するに両生類は非常に限られた極限環境に生きる魚類から進化したため、その誕生の原点から小脳が退化した状態だったのでしょう。カエルやイモリより動きが鈍い爬虫類や哺乳類はいくらでもいますが、彼らは本来小脳がやるべき仕事を脳の他の部分で代替しているのかもしれません。

視床下部が終脳より前方という新しい考え方は興味深いものがありました。また円口類の終脳が非常に進化した構造を持つことにも驚かされました(多分収斂の結果だと思われます)。

第8章は魚類について。脊椎動物の繁栄の基盤は魚類によって作られました。魚類以外の脊椎動物は海から追い出されたいわば負け組の子孫です。脊椎動物成立直後の始原的イメージを継承する円口類と別れて顎を持つ魚類が生まれた後、初期に分岐した軟骨魚類(サメ・エイ)、普通に魚と呼ばれている条鰭類、私たちと条鰭類の中間にある肉鰭類(シーラカンス・ハイギョ)などが魚類に相当しますが、えこひいきなくフラットな分類学の目で見ると、私たち四肢動物を魚類に含めても不思議ではありません。

魚類の脳の構造は私たちの脳と非常によく似ています。特に橋・小脳・中脳・間脳・終脳という並びは同じです。延髄の構造は私たちより複雑で、終脳の前に臭葉があるなどの相違点はあります。ただ基本構造は同じでも各パーツの大きさには大きな違いがあり、環境に適応して脳のパーツのサイズを変えることによって、特に条鰭類は大繁栄してきたと言えます。この章を読むことによって私たちの脳についての基本的な知識を得ることができます。出発点は293ページの脳の俯瞰図です。でもこの図を見ていると、ヒトの脳は本当に奇形だなあと感じます。

ただこの章のタイトル「水生に最適化した脳の多様化」には違和感があります。魚類およびその祖先はすべて水生なのですから、水の中以外の環境はなかったわけですからこのタイトルの意味はよくわかりません。それに最適化したのに多様化するのはなぜと言いたくなります。ところで私たちの脳は陸生に最適化されているのでしょうか?

第9章は両生類かと思いきや、スキップして爬虫類。とはいえ爬虫類の脳についてはほとんど何も知らなかったので、いろいろ学ぶことができました。特にDVR領域についてのカルテンとブエイエスの論争は興味深く読みました。コラムのマムシは赤外線を感知するピット器官というのを持っていて、この情報は視覚の一部として認識されているという話は、全く知らなかったのでびっくりしました。若い頃に沢を歩いていると、周りに昼寝しているマムシがいっぱいいたことがあり、恐ろしい記憶が蘇りました。

第10章は鳥類の脳です。これは各部位がほとんど英語の3文字略語で表記されているので慣れるまでが大変です。例えば図6は日本語で表記してあるのは「大脳基底核」だけで、RA・NCM・HVC・CMM・LMAN・AreaX・DLMなどと並べられると、この本は一体どんな読者を想定しているのだろうと首をかしげます。最低でもどこかに略さないフルネームと略号の対照表を示すべきでしょう。

とはいえ鳥のさえずりを制御する脳の部位についての記述はとても興味深いものがありました。仲間のさえずりを模倣するための部位と、自分の独自性を加味するための部位が異なることなどがわかっているようです。鳥の鼻の穴の形から、いつ恒温化がはじまったかを推定するというお話にはちょっと感動しました。

第11章は脳研究のコアともいうべき哺乳類の脳についてです。膨大な知識がコンパクトにまとめられていて素晴らしい章です。さらに哺乳類の祖先動物にもふれられていて、ジュラ紀のハドロコディウムには立派な大脳皮質があったが、三畳紀のモルガノコドンの大脳皮質は非常に小さく、哺乳類に特異的な6層構造はできていなかったという情報は新知識でした。

ただ全体的な情報量としてはやや物足りないものがありました。なにしろクジラについてのモノグラフである次の12章よりもページ数が少ないのです。クジラの脳については全く知らなかったのであとでじっくり読んでみようと思っていますが、この本の構成として、両生類についての章がないのにクジラについて1章を割くというのはいかにもアンバランスで奇形的です。これがこの本の最大の欠点です。

フィナーレは第12章で人類に関するものですが、小難しい話はあまりなくて気軽に読める内容です。ただ私は毛の研究をしていたことがあるので、ケラチン遺伝子の周辺にネアンデルタール人由来の遺伝子が多いというお話にはびっくりしました。

人類の歴史は700万年前頃からはじまっているそうですが、400万年前頃に生きていたとされるアウスロラピテクスまであまり脳の進化はなく、250万年前のホモ・ハビリスから急速に進化したそうです。

最近スペインのマルトラヴィエソ洞窟で、ホモ・サピエンスがヨーロッパに現れるはるか以前に描かれた手形が発見されて研究されています(1)。これはもちろんネアンデルタール人によるものです。

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1)Christopher D. Standish et al., The age of hand stencils in Maltravieso cave (Extremadura, Spain) established by U-Th dating, and its implications for the early development of art., J.Archael.Sci., vol.61 (2025)
https://doi.org/10.1016/j.jasrep.2024.104891
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352409X24005194

 

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2025年2月22日 (土)

続・生物学茶話261:脳の不思議な世界(一色出版)について 前半

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脳の研究史からはじまって、脳の起源からあらゆる生物の脳について言及するという、まさしく動物の脳について知られていることを全面展開した内容豊富な本です。しかも学術的にきちんと書いてあるので気持ちいいですが、それだけにタイトルから想像できるような一般向けの本ではなく、生物学・医学を学ぼうとする学生あるいはマニア向けと言えます。

第1章はイントロダクションで、カハールとゴルジの論争などが書いてあります。ただ「心の研究」についての著者の意見や立場は明らかにされていません。

第2章で動物系統樹に沿った説明がされていますが、ここで「らせん卵割動物」とされている分類群が出版後大幅にリニューアルされたので改訂が必要かもしれません。腸管神経系について触れられていないのはやや不満があります。腸管神経系は腸を外界として認識し、運動機関として使用する、という脳のプロトタイプとして利用していた先カンブリア時代の動物群がいて、脊椎動物はそこにルーツがあると思うからです。

第3章はプラナリアの脳を中心としたお話で、この生物は栄養吸収を必ずしも腸に頼らないタイプの生物で、腸管神経系を発達させたグループとは別系統だと思いますが、脳を独自に発展させていったようです。体細胞の15%がニューロンだそうでちょっと驚きました。ここでは専門用語がバンバン出てくるので、かなりの知識がないと理解できないと思います。少なくともオプシンとイオンチャネルの関係については図を使って説明すべきだと思いました。

第4章は昆虫の脳についてです。まずこの章の執筆者である上川内あづさ氏・石川由希氏の文章の素晴らしさに舌を巻きました。わかりやすく退屈させません。必要な場所にわかりやすい図が配置されているところにも感心します。ハエの求愛歌の話とか、ハエは交尾したときに精液の味がわかるとか、ミツバチの連合学習とか、シロアリではカーストによって脳の構造が異なるとか、内容的にも興味深いお話が満載です。

第5章はほぼタコの脳についてのモノグラフです。現生動物で最大サイズの脳を持つのはダイオウイカだそうですが、タコの脳もあなどれません。マダコの視覚情報を処理するアマクリン細胞は2500万個あり、それに何しろ足(腕)は8本あってそれぞれの吸盤を制御できるというわけですから、人間には想像不可能なような運動・感覚神経の複雑な制御が行われているに違いありません。それに足には18万個の化学受容細胞があり、何に触ったかがわかるようです。

専門的になりますが、脊椎動物では最も原始的なナメクジウオから哺乳類に至るまでに2回の全ゲノム重複があり、たとえば体の構造を基本的に規定するHоx遺伝子も4倍になっているのですから、様々なバリエーションを作る上で有利でした。それに対して軟体動物ではそのような全ゲノム重複はおこらなかったそうです。にもかかわらずタコと貝では非常に形態が異なります。私たちの体の構造は基本的に魚のヒレを手足に変えると似たようなものなのですが、タコと貝にそのような類似性はありません。

タコのHоx遺伝子はなんとクラスターを形成せず分離して存在することがわかりました(下図)。一度も全ゲノム重複なく進化を成し遂げた理由としてトランスポゾンの作用と、RNA編集によってバラエティに富んだタンパク質がつくられたことが挙げられています。これはホヤについても同様です。ホヤのHox遺伝子もクラスターを形成しておらず、これによって他の脊索動物とはかけ離れた形態をとるようになったと思われます。

QRコードのリンクが切れていたのは残念。軟体動物は私たちとはかけ離れた体の構成を持つ動物なので、研究する意義などないのではないかという考えもあるかもしれませんが、アメフラシの神経やイカの巨大軸索が脳神経系の機能を知る上で果たした巨大な貢献を考えると、このような考えが愚かであることがわかるでしょう。ハエや線虫についても同様です。

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2025年1月28日 (火)

西鋭夫(にし・としお) 新説・明治維新

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西鋭夫(にしとしお)氏はスタンフォード大学の教授だそうですが、本の冒頭その自分の大学の自慢からはじめるのは品がないと思います。ただスタンフォード大学など米国の一流大学に比べて、日本を代表する諸大学の予算が非常に乏しくレベルが低いというのは事実なので、そのことは受け入れざるを得ません。

この本は講演録だそうですが、言いたいことは一言でまとめられます。それは「明治維新とは、すべてイギリスのアジア戦略です」ということで、文章はとてもうまくまとめられていて、何のストレスもなくすぐに読めましたし理解もできました。

私が特に興味深かったのは、徳川慶喜が大阪城で維新軍を迎え撃とうとしたときに、イギリスのエージェントが通訳を連れてやってきて慶喜を説得し、逃げ出す手伝いまでして江戸に帰らせたというお話で、エビデンスが示されていないのは残念ですが、ちょっとびっくりしました。これが本当ならこの説得が契機になって、江戸城の無血開城につながったのでしょう。

でもより興味深いのは付録でついているコラム(p.69~)です。ここには著者がCIAのエージェントにならないかと誘われた時の様子が生々しく書いてあります。ほぼ決断しかかったとき、最後に日本国籍を捨てて米国籍を取得するように言われて断念したそうです。CIAの予算が年間10兆円以上あるとか、国会議員に10人以上のCIAエージェントがいるというのは多分本当でしょう。民社党の結党をCIAがサポートしたという事実は、米国国務省の資料公開で明らかになっています(1)。小沢一郎の失脚もCIAの工作でしょう(2)。CIAは政党や国会議員、そして現在では特にSNSのインフルエンサーたちと接触しているに違いありません。

著者の意見には賛成できる部分も多いですが、故三宅久之氏に強引に誘われたからとはいえ、安倍応援団に参加してしまったのはいただけませんね。


1)ウィキペディア:民社党
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E7%A4%BE%E5%85%9A

2)板垣英憲 マスコミに出ない政治経済の裏話
https://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/be8935d525a9ad223135074e5e9c7553

 

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2024年12月 4日 (水)

真山仁 「地熱が日本を救う」

私たちは地球の表面に住んでいますが、地球は図1の濃い茶色で示してある地殻すなわち卵の殻のような薄い表層部分を除いて、すべて灼熱地獄です。この熱は人類が今の生活を続けるとしても、種の寿命が終わるまで(つまり人類が消滅するまで)使い続けても余りあるくらいのエネルギーを内包しています。そしてその一部は地殻をつきぬけてマグマとして噴出することがあります。

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図1 地球の内部構造 ウィキペディアより(1)

イタリアはヨーロッパの中では火山の国として有名ですが、地熱発電はそのイタリアで1913年に産声をあげました。火山としてはヴェスヴィオとかエトナがよく知られていますが、イタリアの地熱発電銀座はそれらから離れたフィレンツェ近郊のトスカーナ地方にあり、世界最初の地熱発電所であるラルデレロ発電所もここにあります。図2の地域に現在も二十数基が稼働しています(2、図2)。

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図2 ラルデレロの地熱発電所 〈独)エネルギー・金属鉱物資源機構のHPより

しかしそのはるか上を行くのはアイスランドで、必要な電力のほとんどを地熱と水力による発電でまかなっています(3)。それで大量の電力を使用するデータセンターなどを誘致して、世界でも最も豊かな国のひとつになっていて、住みたい国のランキングでもいつもトップクラスです。日本もアイスランドと同じくプレート境界の上にある国で、地熱発電のポテンシャルは高いはずです。

日本でも地熱発電は昭和時代に1時期盛り上がっていたのですが、1997年に新エネ法ができたときに、地熱はなんと新エネルギーからはずされ研究開発も発電所建設もボロボロになってしまいました(4、図3)。当時の役人も国会議員も本当に先見の明がなく愚かだったとしか言いようがありません。

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図3 真山仁 地熱が日本を救う

この状況=地熱暗黒時代が10年以上続いたあと、ようやく2010年になって環境省が国立公園内の地熱開発にゴーサインを出して、少し復活の兆しが見えてきましたが、そのときに2011年の大震災が起きました。福島の原発が爆発し、普通なら東京が住めない場所になるところが、奇跡的な幸運で使用済み核燃料の崩壊を免れ現在に至っています。

現在ではさすがに超党派の地熱発電普及推進議員連盟などもあって、ようやく軌道に乗ってきたようで、1日も早く原発のない日本にしてほしいと思います。原発がある限り、超音速ミサイルで爆破されたら日本はおしまいなので、いくら防衛予算を増やしても国家を防衛する方法はありませんよ。

真山仁さんの小説は昔から好きでよく読んでいたのですが、ニュース23に出演して解説をしていたのでびっくりしました(5)。

参照

1)ウィキペディア:マントル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AB

2)独立行政法人 金属鉱物資源機構 地熱資源情報
https://geothermal.jogmec.go.jp/information/plant_foreign/005.html

3)エコめがね 再エネ電力100%の国、アイスランドの地熱発電所体験
https://blog.eco-megane.jp/%E5%86%8D%E3%82%A8%E3%83%8D%E9%9B%BB%E5%8A%9B100%EF%BC%85%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%81%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E5%9C%B0%E7%86%B1%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80/

4)真山仁 「地熱が日本を救う」 角川学芸出版 p.122 (2013)

5)真山仁 HP
https://mayamajin.jp/index.html

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