カテゴリー「書籍(books)」の記事

2024年12月 4日 (水)

真山仁 「地熱が日本を救う」

私たちは地球の表面に住んでいますが、地球は図1の濃い茶色で示してある地殻すなわち卵の殻のような薄い表層部分を除いて、すべて灼熱地獄です。この熱は人類が今の生活を続けるとしても、種の寿命が終わるまで(つまり人類が消滅するまで)使い続けても余りあるくらいのエネルギーを内包しています。そしてその一部は地殻をつきぬけてマグマとして噴出することがあります。

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図1 地球の内部構造 ウィキペディアより(1)

イタリアはヨーロッパの中では火山の国として有名ですが、地熱発電はそのイタリアで1913年に産声をあげました。火山としてはヴェスヴィオとかエトナがよく知られていますが、イタリアの地熱発電銀座はそれらから離れたフィレンツェ近郊のトスカーナ地方にあり、世界最初の地熱発電所であるラルデレロ発電所もここにあります。図2の地域に現在も二十数基が稼働しています(2、図2)。

Italy

Larderello

図2 ラルデレロの地熱発電所 〈独)エネルギー・金属鉱物資源機構のHPより

しかしそのはるか上を行くのはアイスランドで、必要な電力のほとんどを地熱と水力による発電でまかなっています(3)。それで大量の電力を使用するデータセンターなどを誘致して、世界でも最も豊かな国のひとつになっていて、住みたい国のランキングでもいつもトップクラスです。日本もアイスランドと同じくプレート境界の上にある国で、地熱発電のポテンシャルは高いはずです。

日本でも地熱発電は昭和時代に1時期盛り上がっていたのですが、1997年に新エネ法ができたときに、地熱はなんと新エネルギーからはずされ研究開発も発電所建設もボロボロになってしまいました(4、図3)。当時の役人も国会議員も本当に先見の明がなく愚かだったとしか言いようがありません。

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図3 真山仁 地熱が日本を救う

この状況=地熱暗黒時代が10年以上続いたあと、ようやく2010年になって環境省が国立公園内の地熱開発にゴーサインを出して、少し復活の兆しが見えてきましたが、そのときに2011年の大震災が起きました。福島の原発が爆発し、普通なら東京が住めない場所になるところが、奇跡的な幸運で使用済み核燃料の崩壊を免れ現在に至っています。

現在ではさすがに超党派の地熱発電普及推進議員連盟などもあって、ようやく軌道に乗ってきたようで、1日も早く原発のない日本にしてほしいと思います。原発がある限り、超音速ミサイルで爆破されたら日本はおしまいなので、いくら防衛予算を増やしても国家を防衛する方法はありませんよ。

真山仁さんの小説は昔から好きでよく読んでいたのですが、ニュース23に出演して解説をしていたのでびっくりしました(5)。

参照

1)ウィキペディア:マントル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AB

2)独立行政法人 金属鉱物資源機構 地熱資源情報
https://geothermal.jogmec.go.jp/information/plant_foreign/005.html

3)エコめがね 再エネ電力100%の国、アイスランドの地熱発電所体験
https://blog.eco-megane.jp/%E5%86%8D%E3%82%A8%E3%83%8D%E9%9B%BB%E5%8A%9B100%EF%BC%85%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%81%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E5%9C%B0%E7%86%B1%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80/

4)真山仁 「地熱が日本を救う」 角川学芸出版 p.122 (2013)

5)真山仁 HP
https://mayamajin.jp/index.html

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2024年10月29日 (火)

自律神経の科学 鈴木郁子著

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この本の著者鈴木郁子さんはお茶大理学部出身で日本保健医療大学の教授です。自律神経について学びたいと思っていたのですが、メカニズムに関心がある私としては、話を医療から始められるのは困ると思っていたのでこの本を選びました。

カバーが猫になっていますが、これは多分著者が猫好きのせいではなくて、昔は自律神経研究のための実験動物として猫がよくつかわれていたからだと思います(合掌)。このイラストの作者をみると小泉さよさんで、なんとこのブログの2つ前の記事「黒猫ダイアリー」とつながってしまってびっくり。

講談社ブルーバックス(2023年刊)なので一般向けのはずなのですが、読み始めてすぐ、これはかなりきちんとした教科書であることに気がつきます。それでとばした「はじめに」をあらためて読むと、著者の講義録をふくらませたものであると書いてありました。ならばそれなりの心構えで読まなければいけません。

そのつもりで読むと、とてもわかりやすい教科書です。脳神経系に関する予備知識がなくても読めると思います。私は特に内臓求心性線維(第3の自律神経)について興味深く拝読しました。また腎臓の健康のためにはコーヒーがよいという研究論文が複数あるとか、実用上のメリットもありました。排尿とか排便のメカニズムについては特に詳しく書いてあって、この問題を抱えている人は一読に値します。

 

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2024年9月18日 (水)

本を読まない人

もうニュースでも報道されている話題ですが、このことを知って日本の未来に不安を感じるのは私だけではないでしょう。文化庁の調査によると、1ヶ月に1冊も本を読まない人の割合がここ数年で激増し60%を超えたそうです。

平成 25 年度「国語に関する世論調査」の結果の概要
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h25_chosa_kekka.pdf

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電子書籍について (文化庁の発表)↓

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私は本を読まない人というのは文章を書けないと思います。おそらく大学生でもつじつまの合ったまともなレポートは書けないのではないかと思います。青木理が劣等民族という言葉を使って批判されていますが、知らず知らずのうちにそれが本当になってしまうという不安を感じます。

YouTube で知識を得るのは悪くありませんが、所詮動画は通り過ぎるものであり、ノートを取りながら動画を見るなんてことはめったにないでしょう。動画はその正確性や妥当性で評価されるものではなく見た人の数でだけ評価されるので、不正・大げさ・偏向・虚偽・宣伝などが跳梁跋扈する伏魔殿です。タイトルと中味が合っていないことなど日常茶飯事です。日本の安全保障を論じているのに、その一丁目Ⅰ番地であるサンフランシスコ平和条約の話が全く出てこないというのも普通です。

本が高価で買えないと言う人はSNSや動画ではない「静止画+文章 が主体のウェブサイト」を見るというのも良いと思います。例えば最新の科学の進歩は「Nature ダイジェスト」というサイトを見るとわかります。文章を読む練習にもなります。

https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/


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サラ・ミーナ「私たちには関係ない話ね」

私「まあそうだけど、それは君たちが飼い猫だからであって、野良猫だったら必死で情報収集しないと生きていけないところだよ。本は読めないにしてもね」

余談:小泉進次郎はその全く本を読まない60%に含まれるのだろうか?

 

 

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2024年4月25日 (木)

もしもねこがそらをとべたら

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もしもねこがそらをとべたら

絵:黒田征太郞 文:西島三重子

NHK出版 2024年 1,800円

想像力はサイエンスやテクノロジーにも大切です

この本の中に猫が空を飛んで鳥を襲うという話がでてきますが、鳥を襲う鳥というのは結構いるそうです。不思議なのは、鳩やカモはいっぱいいるのにそれをエサにしているオオタカやハヤブサはめったにみかけませんし、スズメやシジュウカラはいっぱいいるのにそれをエサにしているハイタカやツミもめったにみかけません。まして実際に襲って食べているところなどはみたことがありません。猛禽類が営巣する場所が都会にはみつからないのでしょうか? 文京区役所の屋上に営巣しているらしきハヤブサはみたことがあります。猛禽類が棲みにくいという意味では、都会は小鳥たちのオアシスなのかもしれません。

 

 

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2024年2月24日 (土)

都響とデジタル・ファシズム

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東京芸術劇場や東京文化会館管理を運営している組織のトップは東京都歴史文化財団です。この財団を運営している人々のリスト(役員名簿)はウェブで閲覧できます(1)。

理事長は日枝久氏で、ご存じの方も多いと思いますがフジサンケイグループ代表です。故石原慎太郎が都知事だったときから東京都の文化活動は読売グループ・フジサンケイグループが差配しています。しかも日枝氏は東京文化会館の館長でもあります。昔東京文化会館の館長だった三善晃氏が、石原の策謀で辞任を余儀なくされたのは古い都響ファンならよく知っていることです(2)。実際系列の団体が利用することもある施設を、その民間団体の総帥が管理するなどということは好ましいことではありません。

そして唯一の常勤理事で副理事長の堤雅史氏がどんな人物であるかというと、都政新報の記事を読む限り(3)、東京都における行政デジタル化推進の総帥のようです。ならば都響が上野の事務所でチケットの販売をやらない、当日券を会場で売らないというような無茶をやっていることも理解できます。彼らは常にプロバイダー目線・上から目線で仕事をしていて、カスタマー目線ではやっていないのです。最近東京都でカスハラ条例をつくるという話になっていますが、事実上電話での応対はなくメールだけでカスタマーに対応する企業も多いというのが現実です。メールだとリターンメールを出さないとか見当違いのリターンで泣き寝入りを期待するという手が使えるので、プロバイダーにはとても好都合です。プロバイダー(行政・会社)は非道なカスタマーの排除には熱心ですが、普通のカスタマーが困っている状況には真面目に対応しないこともあります(実は解決できないのですが、そうは言わないで四の五の言ってごまかそうとする)。

チケットの件も買う側の立場には立ってなくて、売る側の都合で現金決済を避けるという金科玉条を徹底しようとしている訳です。これをデジタル・ファシズムといいます。実際ウェブが使えなくてチケットが買えない人、上演直前に会場に来て無駄足になる人のことは無視します。さらに問題なのはデジタルファシズムの推進者は現金の「匿名性」、買う側の「主権」、プライバシーを侵害されない「自由」を無視することです(4、上の写真)。たとえばわざと過激な反政府的演劇をやって、そのチケットを購入した人を瞬時にリストアップすることだってできるわけです。

堤未果氏は「デジタル・ファシズム」という本を出版しているので、アンチデジタルと思われがちですが、中身をよく読んでみるとそうではなくて、デジタル化そのものは容認している人だと言うことがわかります。要するに行政・企業に都合の良いデジタル化ではなく、カスタマーや市民の主権を確保すればOKだということです。例えばエストニアというデジタル化先進国では、誰が自分の個人情報にどのような理由でアクセスしたかをいつでも知ることができますし、いつでも自分に関する情報を削除することができるなど、厳密にカスタマーや市民のプライバシーに配慮したシステムになっているそうです(4)。

とりあえず都響は事務所でのチケット販売、当日券の会場窓口販売を再開すべきです。当日会場に来て空席が一杯あるのにチケット買えないなんておかしいでしょう。堤氏も都政の効率化で押しまくって十分出世は果たせたわけですから、これからはデジタル化の負の側面やユーザーの便宜と主権にも十分配慮した行政を行って欲しいと思います。

デジタル化にはここで述べたようなことよりもっと巨大な問題点がありますが、私は詳細を知らないのでひとつだけ文献(5)を紹介しておきます。

1)https://www.rekibun.or.jp/about/outline/committee/list/

2)https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/diary/200502190000/

3)http://www.newstokyo.jp/index.php?id=1424

4)堤未果「デジタル・ファシズム」 NHK出版新書 2021年

5)内田聖子 「日米貿易協定と日米デジタル貿易協定の何が問題なのか」
https://www.jichiken.jp/article/0164/



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2024年1月 1日 (月)

カール・ダイセロス 「こころ」はどうやって壊れるのか (Karl Deisseroth: Projections a story of human emotions)

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カール・ダイセロス著 「こころ」はどうやって壊れるのか 最新「光遺伝学」と人間の脳の物語
大田直子訳 光文社 2023年刊

Projections by Karl Deisseroth : Penguin Random House LLC (2021)

このブログで以前に多光子顕微鏡について記したことがあります。多光子顕微鏡を用いれば、頭蓋骨に穴を開ければ、1mmくらいの深度まで生きたままの脳の組織を検鏡できるようです。マウスの場合大脳皮質の厚みは1mm以下なので、ほとんどの皮質の細胞が観察できます(1)。ということはそこまで光が届くと言うことで、この赤外光に反応するロドプシン(タンパク質の部分はオプシン)の遺伝子を神経細胞のゲノムに組み込んでおけば、特定の細胞に光を当てることによってロドプシンを活性化することができます。

ヒトの場合ロドプシンは膜7回貫通型のいわゆるGタンパク質結合受容体ファミリーであり、Gタンパク質が光が当たったという情報を細胞に伝えて視覚情報処理が行われます。ところが2002年にペーター・ヘーゲマンがクラミドモナスという藻類に光が当たると陽イオンを透過させるチャネルロドプシンがあることを発見し、この遺伝子を生物に組み込めば光をあてることによって神経細胞を興奮させることができるようになりました(2)。誰も気にとめないような藻類の研究が、神経生物学の革命的進展ひいては精神病の治療に光明をもたらすことになったのです。

組織の深部に光を届かせるには赤外光に反応するチャネルロドプシンが必要ですが、その開発は日本で行われています。井上圭一らはロドプシンのアミノ酸を改変することで、従来より長波長の光で操作が可能な新しい人工ロドプシンタンパク質を作製することに成功しています(3)。その他多くの研究者の努力によって、光遺伝学というジャンルの科学が発展しました(4)。その中心人物がこの本の著者カール・ダイセロスです(5)。

ダイセロスはもともと精神科の医師であり、この本も光遺伝学の解説書という体裁ではなく、病気の種類によって章をわけてある精神医学の本という形をとっています。それはいいのですが、彼は文学にも造詣が深いらしく、たとえば「だがその瞬間、記憶の、というか私自身の物語の、細くて切れやすい巻きひげが表面に這い出てきた」などというまわりくどい文学的表現に満ち満ちていて、読んでいてイライラします。とはいえアンドリュー・パーカーの「眼の誕生」ほどひどくはないので、我慢して最後まで読んでみました。

ひとつ驚いたのはダイセロスが医師なのに、まるで生物学者のようにいつも進化について考えていることです。人はサルから急激に脳だけ巨大化した特殊な生物です。ですからその進化の過程で無理が発生していることは十分に考えられ、ダイセロスはそのことに注目しているようです。確かにそれは急激な変化であり、自然淘汰によって整理されるにはまだ時間が必要だと思われます。ヒトは人権の問題があるので、自然淘汰はしにくい生物ですが、その分遺伝子工学や医療の進展によってそれを補うことができます。

境界性人格障害について述べた第4章には驚きました。この精神障害の原因が、幼少期のストレスと無力感が松果体の手綱の活動を強めたためという可能性があるという記述は、非常に興味深いものがあります。手綱の活動はドーパミンニューロンを抑制し、人をネガティヴにするのです。ならばその手綱の活動を抑制すればこの病気を治療できるのではないかと思いますが、著者はそこまで言及していません。現時点ではそれはできないからでしょう。

拒食症や過食症には進化上の意味があると思います。前者は少ない食料でも生きられる個体を選別するシステムのエラーだと思われますが、これは飢えを経験しない動物は地球の歴史上なかったに違いないので、いかにもありそうな病気です。後者は過度な食事によって体内に蓄えを作ることができる個体を作るためだと推測されます。熊のように体内に蓄えをすることができれば、冬眠が可能になります。冬眠できる動物は、種が絶滅しそうな大災害が起きたときにも個体を残すことができます。これは少ない食料でも生きられる個体を作るより、さらに種の存続に有効かもしれません。

統合失調症については、誰かに操られるという感覚は宗教と密接に結びついていると思います。急激に脳が発達する過程で十分に全体を統合できず、統合できない部分が脳にできやすくなったということは進化のプロセスとして理解できます。欧米人は子供の頃から聖母マリアや家畜小屋で生まれたジーザスや東方の3賢人などをはじめとする聖書の話をさんざんきかされて育つので、自分以外に神があやつる自分という部分が脳に形成されるようトレーニングされています。

では日本はどうでしょうか? 日本国憲法も一条から八条までは天皇に関するもので、非科学的な実体によって心があやつられることを宣言し容認しています。憲法第二十条では「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」という規定があるにもかかわらずです。それでも太平洋戦争以前に比べると大幅に「進化」したとは言えるでしょう。生物学的タイムスパンでは進化など語るのもおこがましい千数百年前の最近まで、日本は卑弥呼などのシャーマンが支配する国であって、そのお告げによって人が操られていたのです。最近でも文鮮明によって操られている人々がいることが問題になりました。そんな人々を統合失調症とは言わないのでしょうか? いや人は自分という統合体とは別の脳の部位によって操られる危険性を誰でも持っているのでしょう。

この本は光遺伝学について知りたいという人にとっては期待外れですが(実は巻末に東大の加藤秀明氏が「オプシンと光遺伝学」というタイトルでかなり長い解説を書いています)、脳の進化と病気についていろいろと考えさせてくれるという意味では良書だと思います。最後に専門家としてひとこと言わせてもらえば、鬚が先にあってその後体毛ができたというような考え(p159)は間違っていると指摘したいです。というのは鬚の構造は体毛より圧倒的に複雑で、これが体毛より先にできたというのは進化的にあり得ないと思います。鬚で暗闇を探るような生活をする前から、キノドンなどの単弓類の一部は寒さをしのぐために体毛を持っていたに違いありません。キノドンが繁栄していたのは恐竜が繁栄するひと時代前のことです。


参照

1)続・生物学茶話220:多光子顕微鏡
https://morph.way-nifty.com/grey/2023/09/post-c627c3.html

2)ウィキペディア:ペーター・ヘーゲマン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%9E%E3%83%B3

3)科学技術振興機構プレスリリース 光でイオンを輸送するタンパク質、ロドプシンの吸収波長の長波長化に成功~脳深部の神経ネットワークを解明する技術へ~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190510/index.html

4)ウィキペディア:光遺伝学
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%A6

5)カール・ダイセロス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%82%B9

 

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2023年10月31日 (火)

「遠い昨日、近い昔」 森村誠一

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森村誠一氏が今年の7月に他界されました。私は特にミステリーファンでもなかったので、はじめて彼の作品に出会ったのは角川映画の「人間の証明」でした。これはただのミステリーではない強烈な感情の高揚をともなう作品で、特別に深い印象を残してくれました。映画を見た後で小説本を読んだ記憶があります。ジョー山中の主題歌も忘れられません。

https://www.youtube.com/watch?v=tIq3mwcbnJ8

この本「遠い昨日、近い昔」は彼の自伝ですが、もうひとつの目的は反戦を訴えることです。小学校時代に太平洋戦争が勃発し、彼は小学生の頃から英語が話せたせいでひどい目にあったことが反戦思想の基盤になっています。また熊谷にあった彼の家も爆撃で消失し、父親のとっさの判断で命だけは助かったという経験もしたそうです。

そして「悪魔の飽食」執筆後に右翼団体などから受けた激しいバッシングもその思いに拍車をかけました。この作品は太平洋戦争の間に満州で731部隊によって行われた細菌兵器による作戦と、人間をマウスのような実験動物として行った人体実験について記したノンフィクションです。

森村氏は「これを世界に恥をさらす自虐的行為だと言う者もいるが、日本が犯した非人道的戦争犯罪を、くさいものに蓋をするように隠す行為こそ日本の恥をさらすものである」と述べています。

私が好きだったのはTVドラマで三浦友和氏が主演した「街」シリーズです。彼の演じたキャラの緩さが独特の雰囲気を醸し出していました。

https://thetv.jp/program/0000892226/

 

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2023年10月20日 (金)

多和田葉子 「百年の散歩」

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ドイツというのはきちんとした国です。田舎に行くと4つ辻は几帳面にロータリーになっていて、真っ直ぐに進めないのでスピードは落ちますが信号待ちはありません。実に合理的です。日本人は車などめったに通らない交差点でも、人も車も青になるのをじっと待っています。几帳面のように見えますがこれは非効率です。日本では農業をやっているのはほとんど年配者ですが、ドイツではちゃんと若い人もやっています。行き当たりばったりじゃなくて、きちんと居るべきところに人が配置されるように、計画的に政治が行われているのです。サステナビリティとはそういうことでしょう。本当に人が足りなくなってきてから、バタバタやっている日本の政府とはわけが違います。

ドイツに住んでいる神保町の本屋の娘がノーベル賞候補になっているという話を聞いて興味をそそられ、その人=多和田葉子の作品「百年の散歩」を買って読んでみました。

この本のレネー・シンテニス広場の章をみると、雪が降ると早朝に誰かが来てきれいに雪かきしてくれると書いてあります。ベンチに落ち葉一つありません。そういう人を市が雇用しているからで、ドイツ人はたとえ右翼が反対しても必要な人は移民を入れて補充し、きちんと街を運営します。東京も昔は早朝に清掃車が主要な道路を回ってゴミを回収していました。ですからみんなが活動を始める頃にはチリ一つ落ちていない道路になっていました。ベルリンにはホームレスのための食堂があって、お金のない人は無料、ある人は3ユーロで食事を提供してくれるそうです(この本にもでてきます)。それはもちろん市が補助金を出しているからで、民間団体が公園で長い行列を作るホームレスに食事を配っている東京とは雲泥の差です。ホームレスが列をつくるのがみっともないと思うなら、山手線の駅ごとにひとつづづくらいこんな食堂を設置しなさい。

この本で初めて知ったのですが、ベルリンはフランスを追い出されたユグノー派(プロテスタント)のフランス人が作った街だそうです。レネー・シンテニスはゴールデンベアー賞で授与されるゴールデンベアーの彫刻を制作したアーティストだそうです。著者はどこかドイツ的でないものが散在するベルリンの街をあてもなく散歩しながら、デラシネのようでもあり、現代の鏡のようでもある心の情景を果てしなく放出します。

読者の何割かはグーグルマップで著者が歩いた道をたどりながらこの本を読むと思いますが、私もそのひとりです。これは天才小説家が思うままに書いたエッセイではなくて、バックグラウンドには常に歴史とか文学とか政治とかについて、アカデミズムの立場から吟味しているという通奏低音が流れています。巨大な根の上に気ままに咲いた花でしょうか。著者の経歴をみると博士の学位を持った人だそうで、なるほどね。でも著者は部屋でアカデミズムに浸っていられる人ではなくて、散歩する人なのです(部屋にこもっているとひからびるそうで)。

著者は森羅万象、食べ物から社会評論までさまざまなことに言及していますが、不思議なことに私の知らないことは別として「それは違うよね」と反論したくなるような記述がありませんでした。私の印象に残ったフレーズを紹介します「私は都会の木が好きだ。それぞれが孤独に大陸を歩いて横切って、やっとベルリンに到着したように見える・・・・・そして、わたしのようになぜきたのか説明はできないけれどもベルリン以外のどんな町にも住みたくないといつのまにか思い込んでいる木もあるだろう」「私は一生どこにもいきつかないことを誓います!」 ただ衝撃的なフレーズがひとつありました。それは「これまでの人生を振り返ってみても充たされた時間は、一人知らない土地を彷徨っていた時間ばかりだ」。著者は自分とは全く違う人種だと思い知らされました。

最終章はマヤコフスキー・リングという名前で、マヤコフスキーという人は知らなかったので調べてみたら、ロシアの詩人で葬儀の際には15万人の人が参列したという著名人でびっくりしました。リングという構造が街のあちこちにあるというのは良いデザインだと思います。用のある車はリングには進入しないので、静かな場所になります。この章でこの本にたびたび登場する「あのひと」の正体が明かされます。

この本で知ったのですがベルリンの通りや広場には歴史が刻み込まれており、そのネーミングには歴史を忘れないようにしようという意図が強く感じられます。歴史を忘れ去ろうとする日本人は、また同じ失敗を繰り返すのではないかと危惧します。少なくとも太平洋戦争に反対して命を落とした人々を記念する公園はひとつ存在するべきだと思いますね。

 

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2023年7月 3日 (月)

ウェブサイトの文章 文頭とパラグラフ間の処理について

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最近はあまり紙本をみなさん読まなくなっているようですが、写真のように日本文でも英文でも文頭はスペースを空けて、パラグラフ間にスペースは置かないというのが紙本では当たり前でした。

しかしウェブに文章がアップされるのが当たり前になってから、なぜかパラグラフ間にスペースを空けるのが当たり前になりました。パラグラフ間にスペースが空くのなら、文頭にスペースを置く必要はありません。

しかしメジャーな新聞の多くはなぜかオンラインでも1文字スペースを空けています。ただ日経ニュースは多分読者に液晶画面で文字を読むのが当たり前の人が多いのでしょう。1文字スペースを空けるという形式を採用していません。

読売新聞オンライン  1文字あける パラグラフ間は1行あける
朝日新聞オンライン  1文字あける パラグラフ間は1行あける
デイリースポーツ   1文字あける パラグラフ間は1行あける
日経ニュース 左詰め パラグラフ間は1行あける

もともとオンラインのウェブサイトは文頭スペースを使っていません。これは英文でも和文でも変わりません。パラグラフ間は1行開けるのがお約束なので、文頭にスペースを置くのは違和感があるんですね。ただなぜか Wall street journal の日本語版は1文字スペースを空けています。これはちょっと不思議。

ヤフーニュース  左詰め パラグラフ間は1行あける
グーグルニュース(J) 左詰め パラグラフ間は1行あける
goo ニュース 左詰め パラグラフ間は1行あける
@nifty ニュース 左詰め パラグラフ間は1行あける

Time 左詰め パラグラフ間は1行あける
Time(J) 左詰め パラグラフ間は1行あける
Wall street journal 左詰め パラグラフ間は1行あける
Wall street journal(J) 1文字あける パラグラフ間は1行あける
Nature 左詰め パラグラフ間は1行あける
Nature(J) 左詰め パラグラフ間は1行あける

(J)は日本語版

確かにパラグラフ間にスペースを空けるとウェブサイトの文章は読みやすい感じがします。ただそれは左脳的感覚で、感情移入とか文章のリズムとかは無視されているようにも思います。実際後者を大事にするような人々は「左詰め パラグラフ間は1行あける」という定番の形式に反旗をひるがえしています。

Tree(講談社) 文頭(パラグラフではなくセンテンス)は1文字あける パラグラフ間は筆者の感覚であけないまたは1行あける
https://tree-novel.com/works/episode/a7adeecc394f16af9ac1fba1edd39135.html

作詞家みろくブログ 文頭は絵文字でパラグラフ間は気分による
http://blog.livedoor.jp/misono369/

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2023年3月13日 (月)

玄侑宗久著 般若心経

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この本の著者 玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)氏は臨済宗妙心寺派の指導的地位にある高僧であると同時に、新潟薬科大学の客員教授であり、小説家でもあるという変わり種です。

そういうスタンスの人なので、たとえば同じ花でも人が見る場合と鳥が見る場合とでは全く異なるので、絶対的認識というものは存在しないという科学的な説明をします(般若心経では色即是空・空即是色)」。そして量子論の粒子と波動の二重性をしばしば引用し、人間の認識の無意味を指摘して般若心経の正しさを強調しています。

また事物は刻々と変化しているのである時点における認識には意味がないとし、私たちが宇宙の一部であり、一体であることを実感することによって解脱できるというのが臨済宗の考え方のようです。不思議なのは著者が科学的認識の意義を否定しているにもかかわらず、教義の正しさを証明するために科学の成果を引用したり、自ら理系大学の教師をしていることです。

般若心経の最大の問題点は不生不滅と書いてある点で、天文学者のコンセンサスとして138億年前に宇宙はビッグバンによって誕生したことになっているので、これは決定的な矛盾点です。著者はこの点には言及していません。ローマ教皇はビッグバンを認めているそうです。

とはいえ釈迦は紀元前の哲学者としては、古代ギリシャの哲学者たちを凌駕するような偉大な人物だったと思います。不増不減というのは質量保存の法則を示唆しているように思いますし、認識の相対性というのは視覚についていえば、前述のように鳥、昆虫、人間、マウスみんな目の構造は違っていて色彩を認識できるスペクトラムも違うので、当然正しいわけです。聴覚や嗅覚も同じく相対的なものです。釈迦はソクラテスと同じく著書を残さなかったのが残念です。

 

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より以前の記事一覧