ドスコイ氏の冒険ーペトロパブロフスク・カムチャツキー
サブスクライバー40万人を誇るドスコイ氏のトラベローグを拝見しました。
彼がカムチャッカ半島の先端にあるペトロパブロフスク・カムチャツキーを旅した記録です。
こちら
モスクワやサンクトペテルブルクから最も離れた辺境の都会であるペトロパブロフスク・カムチャツキーという街に興味をそそられました。この街は地図でわかるように北方領土からクリル諸島の島伝いに移動した先にあります。この街のすぐ南西に占守(シュムシュ)島という島があって、第2次世界大戦前までここは日本の領土でした。その目と鼻の先にあったロシアの辺境都市が、今どうなっているか知りたいと思いました。
この街の近郊には3つの巨大火山があり観光地にもなっています。火山の爆発で被害を受けたことはないようですが、地震とそれに伴う津波では何度も被害を受けたという記録があります(1)。
第二次世界大戦後捕虜収容所があった場所でもありますが、1990年以降はソ連政府の開放政策で、日本人も多く訪れ1998年には釧路市と姉妹都市になっています(1)。それがロシア-ウクライナ戦争で航空便もなくなり、人の往来は途絶えてしまいました。ドスコイ氏はそんな街に潜入しました。
現在日本からロシアには直接いけないので、他の国を経由していかなければなりません。ドスコイ氏が旅したルートは、日本(関西空港)→上海→ウラジオストク→ペトロパブロフスク・カムチャッキーでした。ウラジオストクの入国審査官には日本語が話せる人がいたとのこと。ウラジオストクも少し歩いていましたが、地下街にはストリートミュージシャンもいて結構にぎやかなようした。戦争やっている国とは思えないくらいいつも通りのようです。
ペトロパブロフスクは人口が16万人で、千葉ニュータウンと同じくらいの規模の街です。昨年マグニチュード8.8の大地震があったそうで、インフラなどに被害が出て今再建中のようです。空港の様子を映写していましたが、他には見かけないくらいモダンなつくりで、素晴らしい空港のように見えました。これには本当にびっくりしました。
なかなかにぎやかな街で、人通りもまあ千葉ニュータウンと同じくらいはあるようです。旧市街には石造りの落ち着いた中層ビル、新市街はモダンな高層ビル(超高層ではない)がみられます。もともとアイヌ系のイテリメン人やコリャーク人が住んでいたようですが、今はロシア系の人が多く、街の雰囲気は圧倒的にヨーロッパです。原住民は鉢巻のような布を頭に巻いているのですぐわかるそうです。あとは中国系や朝鮮系の人をたまにみかけるくらいだそうです。ただ日本料理店もあって、実際このトラベローグにも出てきます。
私が一番うらやましいと思ったのは、路線バスが頻繁に行き来していることです。あとレナ・カムチャッカ鉄道の計画があるそうで、イルクーツクのウスチ=クートからこの街までつなぐ予定とのこと。千葉ニュータウンなんて、いまでもスカスカの時刻表なのに、さらにそのバスをなくそうという計画が進んでいるくらいです。北海道もどんどん鉄道を廃止して、北半分なんて宗谷本線だけですからね。住民も減って、領土いらないのかという雰囲気ですから・・・・・。 どうしてこんな国になったのかよく考えましょう。
あと日本は憲法で戦争を放棄しているのですから、ウクライナに武器を輸出してロシア-ウクライナ戦争にかかわるなんてもってのほかです。
宮沢喜一 自民党総裁 「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」
現在・・・落ちぶれてしまいました(泣)
1)ウィキペディア:ペトロパブロフスク・カムチャツキー
こちら
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