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2026年9月29日 (火)

続・生物学茶話313:てんかん その2.脳波とてんかん

イタリアの解剖学者ルイージ・ガルヴァーニは、18世紀末に2種類の異なる金属をカエルの脚の神経と筋肉に触れさせると、筋肉がけいれんすることを発見しました。彼はこれを体内に生まれる「動物電気」によるものと考えました。アレッサンドロ・ボルタはこの動物電気説、すなわち「動物の筋肉にはたとえばカエルの筋肉を駆動することができるような電気が含まれている」という考え方に賛同できず、2種類の金属片を筋肉に当てたときに、自動的に金属Aから金属Bに流れる電気によって筋肉が収縮していることを証明し、これがやがてボルタ電堆(ある種の電池)の発明につながりました(1、2)

しかし動物が電気を持っているというガルバーニの考えはある意味正しかったわけで、脳波ももちろん人間が電気を発生していることの証でもあります。具体的には直径約1cmの電極を複数個頭皮に装着して電流を測定すれば、数百万個の神経細胞の集合電位すなわちガルヴァーニが言っていた「動物電気」を測定することができます。これが通常の脳波測定です(3)。

脳波の存在を最初に証明したのはリチャード・ケイトン(Richard Caton)だとされています。ウィキペディアによれば、彼は1874年にイヌとサルの脳に電極を当ててガルバノメータで電流を測定し、覚醒時と睡眠時、生存時と死後などについて比較していたそうです(4)。彼の研究はハンス・ベルガーによって引き継がれ、ヒトにおけるα波やてんかんにおける脳波の変化の発見に至りました(5)。ベルガーはナチ親衛隊の賛助会員だったので(特に戦争犯罪的なことをやっていたわけではない)、戦後研究を再開することができず失意のうちに首つり自殺をしています(6)。ハンス・ベルガーとさらに先駆者であるアンジェロ・モッソの仕事については、このブログでもすでに取り上げてやや詳しく記述しています。興味のある方はご覧ください(7)。

健常者が安静で目を閉じている覚醒時に、頭皮上から記録される最も基本的な脳波を基礎律動(背景脳波)といいます(8)。基礎律動は周波数帯域ごとに図313-1のようにδ波からγ波まで名前が付けられています。まあ歴史的経緯があるのだとは思いますが順不同になっています。しかも何Hzから何Hzまでを何波にするかというのもアバウトですが、ここではとりあえずウィキペディア(8)と白澤(3)の定義を採用します。それでもβ2とγの帯域は重なっています。孔子が言っているように、言葉をきちんと定義しないと何を言っているのかわからないと批判したくもなりますが、図313-1のように、脳波はきれいなサインカーブではなく基本的に不定形なので、厳密に定義しても意味はない=アバウトで良い、という考え方もできます。

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図313-1 健常人のさまざまな覚醒時脳波

各波長の脳波について現在わかっていることを図313-2のリストにまとめました。まとめるにあたって(9ー12)の情報を参考にしました。ヒトの脳波は通常図313-3のような形で測定しますが(後述)、例えば海馬のΘ波などは動物実験やヒトの場合は病気などの特殊な状況下で脳に電極を差し込むなどの方法で確認することが必要です。

図313-2は、覚醒時と睡眠時にデータをとるとか、暗算させたり、何かを記憶させたり、運動させたり、驚かせたりして脳波の変化を測定して考察した結果です。

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図313-2 各種脳波の特徴を示すリスト

医療の観点から言えば、常に同じ位置に電極を配置して脳波(EEG=Electroencephalography)のデータをとり、どの位置にどのような異常が出ればどのような疾病の可能性があるかを判定できるようにすることが非常に重要です。そのために表皮で測定する際の電極の配置は国際基準によって図313-3のように定められています。このような配置法を国際10-20法といいます(8)。

10-20の意味は鼻根 (NASION)と後頭結節 (INION)、および左右耳介の距離をそれぞれ計測し、それぞれの中点より正中中心を求めたうえで、鼻根と後頭結節の間、および左右耳介の間を10,20,20,20,20,10%に分割し電極を配置するという方式を意味します(8)

ここでどうして耳に電極を配置するかが不思議ですが、これは脳波は頭皮の微弱な電気を捉えますが、1つの電極だけでは電圧の大きさを測れないため、電気的にゼロに近い(脳の活動影響を受けにくい)耳を基準にして、頭の電極との差(電位差)を記録するのが普通の方法(単極誘導)だからです。

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図313-3 国際基準による電極の配置

脳波にはっきりとした差があらわれる典型例は覚醒時と睡眠時です。覚醒している時は、小さな速い揺れの波(速波)が現れます。安静時やリラックスしている時には図313-2に示したアルファ波が現れ、注意集中している時はもう少し早いベータ波が現れます(13、図313-4)。

レム睡眠時には覚醒時よりも振幅は小さく安定した速波が観察されますが、ノンレム睡眠時には睡眠が深くなるほどデルタ波およびてんかん時のような棘波・鋭波が観察されます。脳細胞がそれぞれに与えられた仕事をしていないときは同調性が高くなることが、こうした覚醒時と睡眠時の差を生じる要因とされています(14)。

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図313-4 睡眠と脳波

てんかんを実験動物で人為的に発生させ、てんかんの実験的研究をはじめたのはロシアのパヴェル・カウフマン(1877-1951)という人物です。日本語版のウィキペディアにはありませんが、当時の状況を記載した論文があり三川によって翻訳されています(15)。1912年、カウフマンは「てんかん発作(痙攣)が起きるとき、脳内では異常な電気放電(電気的な変化)が起きているはずだ」という仮説を立てました。そして、大脳皮質へ電気刺激を与える実験などを行い、これを科学的に検証しました。

実験てんかんにおける最初の脳波の写真は1914年にポーランドの Cybulskiと助手の Jelenska-Macieszyna によって撮影ましたが、第一次世界大戦のため発表は遅延し1917年に行われました(16)。

てんかん患者の脳波に特徴があることは、ハンス・ベルガーが脳波の測定をおこなって、その結果を1931年に「Über das Elektrenkephalogramm des Menschen. Dritte Mitteilung」第3報で初めて発表しました(16)。ちなみに彼は同じタイトルの論文を14報書いています。そのすべての論文のレジメが文献16に日本語で記載してあります。

てんかん患者の脳波の特徴とは、覚醒時に棘波(spike 鋭くとがった波形 20-70ms)あるいは鋭波(sharp wave 棘波ほどするどくない 70-200ms)がしばしばみられることです(17、18、図313-5)。

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図313-5 てんかん患者に特徴的な脳波

臨床関係のデータは私が取り扱える範囲ではありませんが、参考としててんかん患者の脳波チャートを図313-6(部分的な異常、19)、および図313-7(脳全体の異常、18)に示しておきます。

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図313-6 てんかんと脳波(部分的な異常)

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図313-7 てんかんと脳波(脳全体の異常)

 

参照文献

1)アレッサンドロ・ボルタ - カエルを信じなかった伯爵
https://www.tme.com/jp/ja/news/library-articles/inventors/page/43025/aressandoroboruta-kaeruwoshinjinakattahakushaku/

2)続・生物学茶話 126: 電池の起源 
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/01/post-dc54cc.html

3)白澤厚 いまさら聞けない脳波(生体計測2)
生体医工学 vol.63(1): pp.53-64, (2025)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/63/1/63_53/_pdf/-char/ja

4)Wikipedia: Richard Caton
https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Caton

5)ウィキペディア:ハンス・ベルガー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC

6)宮内哲 脳波の発見: ハンス・ベルガーの夢
岩波科学ライブラリー 293 (2020年刊行)

7)続・生物学茶話158:脳波
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/09/post-505971.html

8)ウィキペディア:脳波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%B3%A2

9)ウィキペディア:デルタ波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E6%B3%A2

10)ウィキペディア:アルファ波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E6%B3%A2

11)脳科学辞典:シータ波
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BF%E6%B3%A2

12)塩野義 脳波とは? 5種類の脳波の特徴と脳の状態からわかることを簡単に解説
https://gammawavesound.com/article/article04#index_3fMzpTsB

13)小山純正 ノンレム睡眠とレム睡眠 日本睡眠学会HP
https://jssr.jp/basicofsleep2

14)本城咲季子 TSUKUBA FUTURE #105:睡眠中の脳で起きていること (2019)
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20190301000145.html

15)Mary A.B. Brazier:The EEC in epilepsy. A historical note.
Epilepsia vol.1, pp.328-336, 1959/60. てんかんの脳波- 歴史的覚え書き 訳:三川博

16)山口成良 Hans Bergerのヒトの脳波の発見とその後の脳波学の発展
―― Hans Bergerの年代記も含めて―― 精神経誌(2008)110 巻 2号 pp.134-143
https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1100020134.pdf

17)奈臨技生理機能検査部門 脳波の手習いシリーズ
https://naraamt.or.jp/Academic/kensyuukai/2005/kirei/nouha_mon/nouha_mon.html

18)九州大学脳研臨床神経生理 飛松省三 脳のピットフォール 6.てんかんと脳波
https://www.med.kyushu-u.ac.jp/neurophy/nk/mini_lecture/6_epilepsy_and_eeg.pdf

19)赤松直樹 高齢者てんかんと脳波 臨床神経生理学 vol.46, no.1, pp.16-24 (2018)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jscn/46/1/_contents/-char/ja

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