続・生物学茶話312:てんかん その1.定義と概要
グーグルのAIによるとWHO(世界保健機関)によるてんかんの定義は、「種々の成因によってもたらされる慢性の脳疾患であって、大脳ニューロンの過剰な発射から由来する反復性の発作を主徴とし、それに様々な臨床症状ならびに検査所見を伴うもの」とされています。
しかしWHOの英文のサイト(1)をみると「Epilepsy is a chronic noncommunicable disease of the brain that affects around 50 million people worldwide. It is characterized by recurrent seizures, which are brief episodes of involuntary movement that may involve a part of the body (partial) or the entire body (generalized) and are sometimes accompanied by loss of consciousness and control of bowel or bladder function.」となっており、どこにも cerebrum という言葉はでてきません。慢性で、伝染しない、「brain」 の病気であるとしています。
その次は「Seizure episodes are a result of excessive electrical discharges in a group of brain cells. Different parts of the brain can be the site of such discharges. Seizures can vary from the briefest lapses of attention or muscle jerks to severe and prolonged convulsions. Seizures can also vary in frequency, from less than one per year to several per day.」
てんかん発作は脳細胞のあるグループにおいて過剰な放電が行われた結果である。脳の様々な部分がこのような放電を行う可能性がある。過剰なてんかん発作の症状は、ごく短い注意力の低下や筋肉のピクつきから、重度で長時間のけいれんまで様々である。発作の頻度は1年に1回以下から1日に数回まで様々である。
さらにこのあとに「発作は1回起こってもてんかんとは言わない。2回以上おこってはじめててんかんと言う」という定義があって、以下各論に移行します。
日本の厚生労働省の定義では・・・「「てんかん」とは、「てんかん発作」を繰り返し起こす状態です。「てんかん発作」は、脳にある神経細胞の異常な電気活動により引き起こされる発作のことで、突発的に運動神経、感覚神経、自律神経、意識、高次脳機能などの神経系が異常に活動することで症状を出します。そのため、「てんかん発作」ではそれぞれの神経系に対応し、体の一部が固くなる(運動神経)、手足がしびれたり耳鳴りがしたりする(感覚神経)、動悸や吐き気を生じる(自律神経)、意識を失う、言葉が出にくくなる(高次脳機能)などのさまざまな症状を生じます。」となっていて、こちらもWHOと同じく、大脳ではなく「脳」の神経細胞の異常な電気活動によるとしています。
日本の多くの文献には「大脳皮質の過剰な発射ではない」ものはてんかんとは言えない・・・などという記述がありますが(3)、たとえば山口成良によれば・・・「山口は無麻酔・無拘束イヌの視床の内側中心核、網様核、腹側核の電気刺激で、強直性および間代性の全身けいれんを6例に誘発した。和田はネコの視床の外側膝状体背側核の連日くり返し電気刺激により、外側膝状体キンドリングネコを作成した。かかるネコに閃光刺激を加え、その光過敏性について検討し、光過敏てんかんの優れた実験モデルになる可能性を指摘した。最近の脳画像診断法(MRI、SPECT、PET、fMRI、MRSなど)の発展により、欠神発作中の視床の血流増加などの賦活がみられることが報じられている(Prevettら)一方で、小児欠神てんかんにおける視床の萎縮(Chanら)や、徐波睡眠中の連続棘徐波複合(CSWS)を伴ったてんかんにおける早期の視床損傷(Guzzettaら)も報じられている。また、難治性てんかんの治療として、視床前核(Kerriganら)や、centromedian核(Velascoら)の電気刺激も試みられており、脳深部電気刺激療法(DBS)が新しいてんかんの外科治療として注目されている」と記述しています(4)。
視床は間脳にあるので、旧来の定義ではこれらはてんかんではないということになります。科学的に考えれば、神経細胞の集団が過剰な興奮を反復する慢性疾患であれば、その神経細胞の集団がどこにあろうと原因やメカニズムに共通性があって当然であり、同じ病名が与えられてもいいのではないかと思います。その中で大脳皮質の過剰な興奮だけを「てんかん」と呼んだとして、実はその中に間脳の過剰な興奮もふくまれていたなどということがあったりするとイライラしますし落ち着きが悪いと思います。ならばWHOの脳のどこが焦点であってもてんかんに含まれるという定義がしっくりくると思います。
ただWHOも厚生労働省も、てんかんは脳(大脳皮質から脳幹まで)の病気であり、脊髄において同じ原因の発作がおこってもてんかんとはみなさないとしていると解釈できます。このあたりは今後の議論となるようです。
厚生労働省によると「てんかんのある方は1000人に5~8人(日本全体で60万~100万人)と言われています。乳幼児から高齢者のいずれの年齢層でも発症します。特に小児と高齢者で発症率が高くなりますが、30~40代の方でも発症することもあります。」(2)。このような発症状況の調査については、いろいろなサイトで同じグラフが引用されています(図312-1)。これは米国のミネソタ州で昔(1935~1974)行われた調査で、1430205例を対象とした信ぴょう性が高い調査のようです。ただオリジナルと異なるサイトからの引用が多いようです。オリジナルはおそらく(5)で、執筆者自身の引用が(6)です。このグラフを借用するなら、どちらかを引用すべきでしょう。
図312-1 1935~1974ミネソタにおけるてんかんの
年齢別罹患率、累積罹患率、有病率(古典的なデータ)
図312-1からわかることは、乳幼児と高齢者が発症する確率が高いことで、後者は脳血管障害などが原因になることが多いので(7)、この2者では発症の原因が異なるものと思われます。乳幼児で発症した場合、成人になる前になおることがあるそうですが、ほとんどは治療を継続することが多いそうです(7)。また成人が発症した場合、死ぬまで治療(多くの場合投薬)は続きます。治療を続けていれば寿命まで生き延びることができます。ですからクリニックにとって糖尿病や高血圧の患者と同様一生涯の固定客ということで、こうした患者をいかに多数囲い込むかということが死活的に重要になります。完全に治癒することはほとんどない(またはそういうことにされている)ので、当然累積発症率や有病率は高齢になるに伴って上昇します。
2016年版の比較的新しいデータがWHOから提供されています(8、図312-2)。これには男女別に有病率が示されています。図312-1の頃(紫色のグラフ)より、調査が精密になり、治療法も進んでいるので、異なる点もいくつかあります。新しいデータでは、まず5才までに急激に有病率が上昇していて、その後5才~10才では横ばいです。そして図312-1でははっきりしなかった、40才台での落ち込みがはっきりみられます(図312-2)。そして高齢者では男女の差がかなりあるようにみえます。女性(青線)は頭打ちになりますが、男性(赤線)では年齢が上昇するにしたがって有病率が上昇しています。
図312-2 WHO報告書による最新の男女別特発性てんかんの有病率
(特発性てんかん:脳腫瘍や脳梗塞、頭部外傷といった明らかな脳の障害(キズ)がみられない原因不明のてんかん)
一昔前にはてんかん(特発性)の発症率は民族や地域によっての差はないなどと書いてあった文献もありましたが、WHOの集計によると、てんかんを罹患する確率は国や地域によって大きな差があります(8)。図312-3をみると、例えばチリでは同じ国であっても北部と南部で大きな差があります。南アフリカ周辺や中南米(メキシコ、ベネズエラ、コロンビアなど)はホットスポットと言えます。またインドとスリランカにも大きな差があります。これは特発性てんかんのみについての図ですから、たとえば脳の寄生虫の影響や戦争による脳の損傷などによる発症は除外されています。
図312-3 世界各国において10万人づつのサンプルで調査した特発性てんかんの分布
ダウン症候群の人がアルツハイマー症になるとてんかんの発症率が異常に上昇するという最近の報告は、染色体や遺伝子とも関連があることを示唆しています(9)。
参照文献
1)WHO Epilepsy
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/epilepsy
2)厚生労働省HP:てんかん対策
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000070789_00008.html
3)今高城治、白石秀明 基礎・臨床てんかん学に関する包括的概説
Dokkyo Journal of Medical Sciences 51 (1), pp.67-72, 2024-07-25
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050582883012144256
4)山口成良 「てんかんと視床」てんかん研究25巻4号 pp.394-405 (2007-2008) の抄録
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjes/25/4/25_4_394/_article/-char/ja/
5)Haut SR, Swick C, Freeman K, Spencer S. Seizure clustering during epilepsy monitoring. Epilepsia. 2002 Jul;43(7):711-5.
doi: 10.1046/j.1528-1157.2002.26401.x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12102673/
6)Sheryl R Haut, Marcelo E Bigal, Richard B Lipton, Chronic disorders with episodic manifestations: focus on epilepsy and migraine., Lancet Neurol., vol.5(2): pp.148–157. (2006)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1457022/pdf/nihms-8744.pdf
7)てんかんinfo
https://www.tenkan.info/about/epilepsy/
8)WHO Epilepsy: a public health imperative
https://www.who.int/publications/i/item/epilepsy-a-public-health-imperative
9)ダウン症候群成人のてんかん自然歴:アルツハイマー病発症後に急増
2026年9月5日
https://academia.carenet.com/share/news/016a2f77-e29b-4c65-ae90-39a4302cd3eb
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