戦いの矛盾
今日はミーナには関係ないけど、熊木杏里の「戦いの矛盾」について書こうと思う。
ミーナ「どうぞ、でもヒゲ触られるの好きだからやめないで」
私「ヒゲじゃなくてミスタシアル・パッドだろう。 じゃYouTubeからはじめるね」
最初に聴いたときは、やけに傲慢で挑戦的な歌詞だと
思いましたが、それでもどうしてもこのようなプロット
で歌いたいという決意をもって発表したのでしょう。
このPVもある意味すごい。
そのうちに 難解だけれど、ある種のもどかしさを表現
した歌だという結論に至りました。
「小さな足場を登りきるには
私は満たされすぎている」
毎日単調にコツコツと努力する
そんなことやらなくても
私は音楽の才能で生活できる
「欲しい物のために我慢をするにも
私は満たされすぎている」
まわりにはスーパー、コンビニ、
デパートがあるし、通販もある
お金もそこそこあるので、欲しいものは
買える状況に私はある
「お金がないこわさを知るには
私は満たされすぎている」
それは高校時代から同棲生活を
経験していたそうですから、知っている
はずですが、現時点ではそこそこお金は
あるってことかな
「食べるために働く気になるには
私は満たされすぎている」
ライブはあまり好きじゃないのかも
特に弾き語りはピアノの負担が大きいので・・・
グレン・グールドはライブをあるときから
やめました
ここで歌詞は突然内面的なものから
外の世界へと転換します
「働きたくても働けない人がいて
飢えて舌をかじってる」
突然この強烈なフレーズが出てきて
聴く者は動転します
「命とお金がつながらない場所にいて
お腹の中にももどれない」
ここが難解です。何をモチーフにしているのか?
働きたくてもはたらけないことと関係があるのか?
つまり「働きたくても働けない人は」はお金を
たくさん持っているのに働けなくて、飢えている
・・・とうことになります。それでいいの?
つまり敵に捕まって投獄され、食料が与えられない
とか、外に出ると銃殺されるため家にいるしかない
とか、そういう状況なのかな?
ガザの状況を思い浮かべるべきなの?
それにしても「お腹の中にももどれない」とは
ものすごい振幅でオーディエンスの精神をゆさぶる
表現です
「君は神様のすぐそばにいて
どんな話を聞いているの?」
さらに強烈にたたみかけます
ここでまた自分の内部に戻ります
「誰かに思いを訴えかけるには
私は満たされすぎている」
ここはよくわかります。日本は安全地帯なので
そこに安住するものが訴えかけたところで
どうなるものでもありません
「それでも私は私にしか
できないことがあると信じる」
そりゃシンガーソングライターという特殊な
職業なので オーディエンスはいます
「泣きたいときにも 泣けない人がいる
涙でのどが潤うの?」
「心と体が別々になりながら
いつか何かを叶えるの?」
たいていの人はそうだと思う
というか日本国がそうです
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