« AI はキャッチコピーまで考えてくれるのか!? | トップページ | 戦いの矛盾 »

2026年8月30日 (日)

続・生物学茶話310:カンナビノイドと受容体 その4.食欲

前回カンナビノイドは刺胞動物にも存在し、食事行為を終了するシグナルとして用いられるという論文を紹介しました(1)。しかしヒトの場合、カンナビノイドによって食欲が刺激され、場合によっては肥満につながることが知られています(2)。正反対です。今回はわたしたちの食欲とカンナビノイドの関係について考えてみました。

進化の歴史の中でカンナビノイドの役割が変化してきたことは明らかです。カンナビノイドの役割を考えるうえで、カンナビノイド受容体遺伝子の制御はひとつの重要なステップです。カンナビノイド受容体はすでに述べたように、膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体で、なかでも細菌にも存在する最古のクラスAのグループに属します。哺乳類についていえば、CB1受容体を構成するアミノ酸の数はヒト472、ラット・マウス473で、97~99%のアミノ酸配列がこれらの種で一致しており、おそらく機能的にも極めて類似していると思われます。

カンナビノイド受容体CB1の遺伝子はCNR1という名で、ヒトの場合は4つのエクソン、ラット・マウスの場合は2つのエクソンで構成されています。いずれの場合もタンパク質に翻訳されるコード領域は、一番3’側の一つのエクソンにすべて含まれています。図310-1のように、制御領域にはヒトとマウスで違いがあります。ラットでは詳細が不明です。細かい話になりますが、ヒトの場合アミノ酸の数が411と439のアイソフォームがみつかっており、遺伝子のポリモルフィズムも存在します。またスプライスバリアントも存在します(3、4)。

3101a

図310-1 ヒト、ラット、マウスにおけるCB1遺伝子の構造

食事行為には2つの側面があって、ひとつは体重を一定に保つというホメオスタティックな側面、いま一つは食べるという快楽にひたるというヒダニック(hedonic)な側面です。前者は視床下部が中心となって、レプチンをはじめとする様々なホルモンや調節因子(そこにはエンドカンナビノイドも含まれます)によって制御されています。ヒダニックな食事行為はホメオスタティックな調節以外に、腹側被蓋野、側坐核、扁桃体、海馬、大脳皮質など脳のさまざまな部位の影響をうけます(4)。

ヒトの食欲とカンナビノイドの関係については、実は2000年代に人体実験のようなことがおこなわれたことがあります。短い期間(2008~2010年)ではありますが、CB1のアンタゴニストであるリモナバンが食欲抑制・抗肥満薬として用いられました(5、図310-2)。体内にある内因性のカンナビノイドは、食欲を司るCB1に作用することで食欲を起こしますが、リモナバンは逆にこれに拮抗して食欲を抑制します。これによって肥満を抑制しようというわけです。

その結果はウィキペディアによると「食事療法と併行し1年間継続的に服用した結果、5%の体重減少が約50%の頻度で、10%の体重減少が約27%の頻度でみられたとの報告がある。偽薬群は、5%の体重減少が19.7%の頻度で、10%の体重減少が7.8%の頻度であった」となっていて、はっきり有効だったようです(5)。しかし副作用としての抑うつ状態、自殺願望が無視できないくらいに発生して2年で薬としての使用は中止することになりました(6)。

3102a

図310-2 リモナバンの化学構造

CB1のアゴニスト(マリファナなど)が食欲を増進することは知られていましたが、アンタゴニストが食欲を抑制することがさらにわかったので、ヒトにおいてもカンナビノイド-受容体システムが食欲に深くかかわっていることが証明されました。さらに悲劇的な副作用の結果は、このシステムが心の明暗などヒトの精神活動にもかかわりがあることを示唆しました。

カンナビノイドと精神活動の関係を調べるために、レマースらはCB1受容体遺伝子の上流にストップカセットを組み込んでCB1遺伝子が発現不可となったマウスをベースにして、GABAergicな神経細胞にだけCB1が発現するレスキュードマウスを作成しました(7)。このような遺伝子改変マウスをベースで飼育しておいて、さらにその遺伝子発現を変換するような改変マウスを作成する実験はいろいろな意味で大変だと思いますが、このような実験に惜しみなく予算を投入したドイツ研究振興協会(Forschungsgemeinschaft)の見識を示したものとも言えます。

海馬で主にCB1を発現しているのはGABAergicな細胞ですが、図310-3のように、ストップカセットが存在する動物(STOP-CB1)の海馬ではほとんど発現していません。しかしレスキューしたマウス(GABA-CB1-RS)では、特に錐体細胞層などでそこそこの発現がみられます(図210-3)。

3103a

図310-3 ストップカセットをGABAergic な細胞においてコンディショナルに削除した遺伝子改変マウスの海馬 緑色はレスキューされたCB1タンパク質の発現 青色はDAPIによるDNAの染色

STOP-CB1マウスとGABA-CB1-RSマウス(レスキュードマウス)を比較すると、カイニン酸の投与によるてんかん発作の誘導は両者で起こりますが、後者では自然に起こるてんかん発作はなくすことができました。また後者では前者ではなかった正常な恐怖行動がとれるようになりました。ただし安全な場所に置くことによって恐怖記憶を消去するには至りませんでした(7)。恐怖行動と恐怖記憶の消去が別の場所で行われているのか、あるいはCB1の発現が完全でないためかはわかりません。

CB1の発現がないマウスは一般に小食で瘦せていてますが、それは食事の量がが少ないことと脂肪代謝が高いためで、運動量・体温・エネルギー消費は正常マウスと差がありません。血糖値やインシュリンは正常と変わりありませんが、食欲抑制ホルモンであるレプチンは必要性が少ないためか低下します(8、図210-4)

3104a

図310-4 CB1ノックアウトマウスの血糖・インシュリン・レプチン

ヒトの場合肥満になったり血糖値が高すぎたりして、それが疾病の原因になりますが、一般に野生動物はたいてい餌が欠乏している状態にあって、飢餓に備えて平常時の脂肪代謝はなるべく少なくするのがベターですし、食欲が旺盛である必要があります。恐怖に対処する能力も必要です。そのような生存に必要な能力を維持するためにCB1が存在し続けているのでしょう。地球温暖化によって食料が少なくなれば、ヒトにとってもCB1とエンドカンナビノイドの意義は高まるでしょう。

参照文献

1)続・生物学茶話309:カンナビノイドと受容体 その3.基本的メカニズムと進化上の広がり
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/08/post-ac5b59.html

2)Martin A. Lee, Project CB 食べ物とエンドカンナビノイド・システム
https://projectcbd.org/ja/health/diet-the-endocannabinoid-system/

3)Palermo, F.A., Angelini, M., Cottone, E., Virgili, M., Franzoni, M.F., Mosconi, G. and Polzonetti-Magni, A.M., Involvement of Endocannabinoid CB1 Receptor in the Modulation of Stress Responses Related to Xenoestrogen Exposure. Annals of the New York Academy of Sciences, vol.1163: pp.504-507. (2009)
https://doi.org/10.1111/j.1749-6632.2009.04455.x
https://nyaspubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1749-6632.2009.04455.x

4)Pucci M, Zaplatic E, Micioni Di Bonaventura MV, Micioni Di Bonaventura E, De Cristofaro P, Maccarrone M, Cifani C, D'Addario C. On the Role of Central Type-1 Cannabinoid Receptor Gene Regulation in Food Intake and Eating Behaviors. Int J Mol Sci., vol.22(1):398.(2021)
doi: 10.3390/ijms22010398. PMID: 33401515
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33401515/

5)ウィキペディア:リモナバン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A2%E3%83%8A%E3%83%90%E3%83%B3

6)Andrew Hockey, Sanofi letter (2007)
https://web.archive.org/web/20090628145711/http://www.mhra.gov.uk/home/idcplg?IdcService=GET_FILE&dDocName=con2031923&RevisionSelectionMethod=Latest

7)Remmers F, Lange MD, Hamann M, Ruehle S, Pape HC, Lutz B. Addressing sufficiency of the CB1 receptor for endocannabinoid-mediated functions through conditional genetic rescue in forebrain GABAergic neurons. Brain Struct Funct., vol.222(8): pp.3431-3452. (2017)
doi: 10.1007/s00429-017-1411-5.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28393261/

8)Daniela Costa et al., The endogenous cannabinoid system affects energy balance via central orexigenic drive and peripheral lipogenesis., J Clin Invest., vol.112(3): pp.423-431 (2003)
doi: 10.1172/JCI17725.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12897210/

 

| |

« AI はキャッチコピーまで考えてくれるのか!? | トップページ | 戦いの矛盾 »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« AI はキャッチコピーまで考えてくれるのか!? | トップページ | 戦いの矛盾 »