続・生物学茶話308:カンナビノイドと受容体 その2.CB1受容体の局在
今回はカンナビノイド受容体CB1が存在する場所についてみてみます。CB1はすでに述べたように、おおまかには神経系の組織に存在します(1,2)。CB2は免疫系はじめ多くの組織に存在するようですが、細胞外に出ているペプチドが短くかつCB1と似ていることもあって免疫組織化学的には検出が難しいタンパク質です。その点CB1は細胞外部分が長いので検出は比較的容易なようです(1、2)。
まずCB1受容体は神経細胞の細胞体、樹状突起、軸索のすべての部分に見られます(3)。ここではラット脳における局在についての免疫組織化学の実験結果をみてみます。脳のどの場所にCB1受容体を持つ細胞があるかということですが、それを表現するためには座標があった方が便利です。その方法として、ラムダ縫合と矢状縫合が交わる点を基準とする方法があります。これは左右の耳の穴を結ぶ線(両耳間線)とも一致します(4、図308-1)。本稿ではラットを材料としているので図308-1もラットの図です。
図308-1 ラットの頭蓋骨と両耳間線(左右の耳の穴を結んだ仮想的な直線) 原図に日本語説明などを付け加えております(以下同)
CB1受容体は鼻から延髄までの脳全域に分布していますが、濃淡はかなりあります。今回はモルドリッチとウェンガーの論文(3)に沿ってみていきましょう。まず脳の最前部に位置する嗅球と嗅覚情報を処理する前嗅核に比較的明確な局在が認められます。食物の匂いを嗅ぐと食物摂取量が増加するのは、嗅球に存在するCB1の働きに依存しているとの報告があります(5)。お腹がすいたり、マリファナを嗅いだりすると嗅覚は増強されます(6)。私たちが日常経験するのは、たとえばカレーライスのにおいがすると食欲がわいてくるということです。
梨状皮質(りじょうひしつ)は大脳の底面にある嗅覚に関する脳の領域であり、嗅球からの情報を受け取り、匂いの識別や記憶・感情との結びつきを担います。また側坐核は食欲と関係が深い領域です(おいしいものを食べて快感を得るなど)(7)。インバースアゴニスト作用(結合することによって受容体を無効化する)を持たないCB1のサイレントアンタゴニストであるO‐2050はラットの餌摂取量を著しく抑制することがわかっています(8)。このことは内在性カンナビノイドとCB1の作用によって食欲が調節されていることを示唆しています。
図308-2 前脳領域におけるCB1の局在1
もう少し尾側の断面をみると、線条体(CPu=Caudate-Putamen)やLSS(線条体の一部である線条体外側帯)に強いシグナルがみられます(図308-3)。線条体は大脳基底核の主要な構成要素の一つであり、運動機能や意思決定に重要な役割を果たしていると考えられています(9)。またLSSは意欲の維持にかかわっているという報告があります。この部分を除去すると意欲、例えばランニングマシンで運動しようという意欲などの低下がみられます(10)。線条体におけるCB1受容体はカンナビノイド薬物の依存症にも深くかかわっていて、陶酔感や多幸感をもたらすと考えられています(11)。
脳室周囲の組織にも強い局在が認められます(図308-3)。なぜこの部分にCB1受容体が局在しているのかよくわかりません。ウィキペディアによると「脳室周囲器官には自律神経系や神経内分泌系の中枢が存在し、自律神経・内分泌の恒常性制御に必要なシステムが備わっている(12)」なのだそうで、これらのためにCB1が重要な役割を果たしているのかもしれません。
図308-3 前脳領域におけるCB1の局在2
さらに後方に断面を進めると、強く染色されている海馬・淡蒼球・黒質網様部などが見えてきます(図308-4)。海馬についてはより詳細な図があります(図308-5)。海馬は記憶や空間認識など意識の中心となる脳のパーツであり、ここに局在するということは重要な意味を持っているに違いありません。実際マリファナを大量摂取すると記憶の障害や空間感覚の混乱が生ずることが知られています(13)。詳細図をみるとCA1~CA3の錐体細胞層が満遍なく染色されています。また錐体細胞層の細胞よりむしろ強く染色されている少数の細胞が層からはずれたところに散在します(図308-5 赤矢印)。
淡蒼球と黒質網様部も強く染色されています(図308-4)。両者とも大脳基底核の主要な出力部位です。おそらく出力後のフィードバック制御にCB1が必要なのでしょう。またカンナビジオールが黒質緻密部に作用して、パーキンソン病の発症を遅らせる効果があることがわかっています(14)。
図308-4 中脳領域におけるCB1の局在
図308-5 海馬組織のCB1免疫染色
小脳にも強く染色されている部位があります(図308-6)。一般的に信号が持続して出力されると不都合な場合に、カンナビノイド受容体のフードバック制御が脳で汎用されていると思われます。あと脳梁膨大後部皮質にも局在がみられますが、ここはエピソード記憶や意味記憶と深い関係にあります(15)。
図309-6 後脳境域におけるCB1の局在
参照文献
1)続・生物学茶話307:カンナビノイドと受容体 その1.ミニ研究史
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/07/post-74866e.html
2)Denise A. Dove Pettit, Matthew P. Harrison, John M. Olson, Robert F. Spencer, Guy A. Cabral, Immunohistochemical localization of the neural cannabinoid receptor in rat brain., J Neurosci Res., vol.51(3): pp.391-402. (1998)
doi: 10.1002/(SICI)1097-4547(19980201)51:3<391::AID-JNR12>3.0.CO;2-A.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9486774/
3)Moldrich G and Wenger T., Localization of the CB1 cannabinoid receptor in the rat brain., An immunohistochemical study., Peptides., vol.21(11): pp.1735-1742. (2000)
doi: 10.1016/s0196-9781(00)00324-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11090929/
4)Marianna Nogueira Cecyn and Karina Possa Abrahao, Where do you measure the Bregma for rodent stereotaxic surgery? IBRO Neuroscience Reports, vol.15, pp.143-148 (2023)
https://doi.org/10.1016/j.ibneur.2023.07.003
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S266724212300060X
5)Soria-Gómez, E., Bellocchio, L., Reguero, L. et al. The endocannabinoid system controls food intake via olfactory processes. Nat Neurosci vol.17, pp.407–415 (2014). https://doi.org/10.1038/nn.3647
https://www.nature.com/articles/nn.3647
6)nature asia 匂いと食欲をつなぐカンナビノイド
https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/9097
7)ウィキペディア:側坐核
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%B4%E5%9D%90%E6%A0%B8
8)山本経之 カンナビノイド受容体─中枢神経系における役割
日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.130,pp.135~140(2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/2/130_2_135/_pdf
9)ウィキペディア:線条体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E6%9D%A1%E4%BD%93
10)慶応義塾大学病院:腹外側線条体の神経細胞が意欲の維持に関わる
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/science/201709/
11)舩田正彦 危険ドラッグの薬物依存性と細胞毒性基礎研究から探るその正体
YAKUGAKU ZASSHI vol.136(1) pp.65―72 (2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/136/1/136_15-00228-1/_pdf/-char/ja
12)ウィキペディア:脳室周囲器官
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E5%AE%A4%E5%91%A8%E5%9B%B2%E5%99%A8%E5%AE%98
13)日本薬理学会アーカイブ 2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)
:カンナビノイド受容体の内在性リガンド
https://pharmacol.or.jp/old/fpj/topic/topic116b.htm
14)カンナビジオール、パーキンソン病モデルで神経保護効果を示す
https://academia.carenet.com/share/news/3395630c-d3b6-4167-afc4-f21a5f62ceeb
15)ウィキペディア:脳梁膨大後部皮質
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%A2%81%E8%86%A8%E5%A4%A7%E5%BE%8C%E9%83%A8%E7%9A%AE%E8%B3%AA
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