続・生物学茶話309:カンナビノイドと受容体 その3.基本的メカニズムと進化上の広がり
内因性カンナビノイドすなわちアナンダミド、2-AG(2-アラキドノイルグリセロール)などによる神経情報伝達は他の神経トランスミッターと比較すると風変りなものです。まず両者とも他のトランスミッターとちがって、細胞膜の内部で合成されます。さらに、通常の神経伝達はシナプス前細胞からシナプス後細胞にむけてシナプスを介して行われますが、内因性カンナビノイドはシナプスを介さず、シナプス後細胞からシナプス前細胞(神経前終末)に情報を伝えます(1、図309-1、図309-2)。いわゆる逆行性伝達です(2)。
使用する受容体は伝統的な膜7回貫通Gタンパク質共役受容体(GPCR)です。ただしリガンドが油溶性なので、GPCRとの結合部位は細胞膜に埋まっている内部にあるようです。内因性カンナビノイドは電位依存性Caチャネルの開放あるいはGq/11タンパク質共役型受容体の活性化によって合成されます(1)。すなわち細胞の興奮にともなって合成され、細胞外に出たのち近隣の細胞の受容体と結合して、その細胞の興奮を抑制するという形で作用します。近隣の細胞には放出した細胞自体も含まれるので、逆行性伝達とは言っていますが、特に逆行するためのメカニズムはないので、受容体があれば自分自身にも有効です。アナンダアミドについてはトランスポーターが存在する可能性があるようですが、詳細については研究が進行中のようです(1)。
まずアナンダミドについての代謝と作用システムの略図をTristyn L. Clarkeらのレビュー(3)から借用し、日本語解説をつけて図309-1に示します。次に2-AGにつても同様に図309-2として示します。
図309-1 アナンダミドの代謝系と作用機構の概略
アナンダミドの合成は、カルシウムイオンの存在下で、フォスファチジルエタノールアミンと1-アラキドニル-2‐アシルリン脂質がN-アシルトランスフェラーゼによって反応しN-アシルフォスファチジルエタノールアミンが合成され、これがさらにフォスフォリパーゼD(NAPE-PLD)によって切断されてアナンダアミドとなります(図309-1)。アナンダアミドは細胞外に出て、シナプス前細胞のCB1に結合し、Gタンパク質の働きでカルシウムチャネルが閉じます。
図309-1に示されているように、この経路とは別にNAPE-PLCによるもうひとつの合成経路もあることがわかります。その他にもあるようです(3)。FAAH(fattyacid amide hydrolase)による分解経路も示されています。
図309-2 2-AG(2-arachidonyl-glycerol ) の代謝系と作用機構の概略
2-AGについては細胞膜の構成要素であるフォスファチジルイノシトール4.5ビスリン酸がPLCβによってカルシウムイオンの存在下でジアシルグリセロールが生成し、さらにジアシルグリセロールリパーゼ(DAGL)で分解されて2-AGが生成します。DAGLノックアウトマウスでは2-AGの生成量は20%に低下します(4)。したがってすべてではありませんが、大部分はこの経路で合成されているようです。シナプス後細胞における分解経路は記載してありません。
2-AGはアナンダアミドと同じく、細胞外に出てシナプス前細胞のCB-1に結合し、その結果Gタンパク質の働きでカルシウムチャネルが閉じます。2-AGの場合シナプス前細胞におけるMGCL(モノアシルグリセロールリパーゼ)による分解経路が記載されています。この場所で分解されているというエビデンスがあるということでしょう。
図309-1、図309-2のいずれの場合も、内因性カンナビノイドは神経伝達のネガティブフィードバックシステムをになう要素として重要な働きをしていることが示唆されます。このような働きが主要な機能だとすると、神経網がない海綿動物にはなくていいはずです。実際に海綿動物では受容体は発見されていません。ただし海綿動物はさまざまな微生物と共生していて、カンナビノイドとしての働きを持つ分子は存在するようです(5)。
少し飛躍しますが、従属栄養生物は何らかのアクションを起こしてエサをとらえ食事をしなければなりません。栄養が足りればアクションは不要です。このメリハリを切り替えるメカニズムが必要です。単細胞生物においても食欲を制御するメカニズムは必要です。彼らにもそれぞれ適切なサイズというものがありますし、効率の問題からもある程度エサをとったらやめなければなりません。そのメカニズムはよくわかっていないようですが、AIに訊いたら、なんと高校生の実験結果を出してきました。食胞が満杯になったらゾウリムシの動きが鈍くなるそうです(6)。
多細胞生物になって最初にできた臓器は消化器官だと思われます。それは海綿ではある程度単細胞生物だった時のメカニズムを使って制御していたと思われますが、刺胞動物のような活発な生物になると、そのようなメカニズムでは制御できなくなって、器官を統率する新機軸の内分泌的あるいは神経的制御が必要になったに違いありません。海綿動物についで進化的に古い歴史を持つ刺胞動物ヒドラの摂食についてはいくつか論文があります。ヒドラはまずエサと思しき生物に毒針を発射し、還元型グルタチオンが出てくるのをセンサーで認識して摂食活動を行います(7)。生物が死ぬとグルタチオンは直ちに酸化されるので、ヒドラは生きている生物だけを食べるようです。摂食の様子を撮影した動画が YouTube にアップされています(8、9、図309-3)。
図309-3 ヒドラの摂餌
刺胞動物は進化上はじめて神経細胞のネットワークを形成したグループです。De Petrocellis らはヒドラが内因性カンナビノイド(アナンダアミド)、カンナビノイド受容体、内因性カンナビノイドを合成・分解する代謝系をすべて保有していることを示しました(10)。彼らによれば、アナンダアミドの濃度が高まるとヒドラは口を閉じ、摂食活動を終了するそうです(10)。内因性カンナビノイドシステムは当初から神経活動のネガティブフィードバックシステムとして使われていたわけです。
Clarke TL らの論文(3)からカンナビノイド受容体を持つと思われる動物をリストアップして図309-4にまとめました。様々な門をまたいでカンナビノイド受容体が存在し、内因性カンナビノイド-受容体のシステムが、これらの門の生物たちの共通祖先の段階で存在し、先カンブリア時代から受け継がれてきたことが示唆されています。脊椎動物はすべての生物が内因性カンナビノイド-受容体のシステムを持っていると思われるのでここには示していません。これらの受容体は遺伝子配列の分析によって、遠縁であっても脊椎動物の受容体と何らかの関連性が認められます(3)。
図309-4 脊椎動物以外の内因性カンナビノイド受容体
様々な多細胞生物の中で海綿と昆虫(多分すべての節足動物)はカンナビノイド受容体を持っていません(11)。海綿にはみつからないという点でカンナビノイド受容体はオピオイド受容体に遅れて出現したであろうと思われます。昆虫はアラキドン酸を合成しないので、リガンドをつくることができないようです。リガンドができないと、当然受容体は不要になって遺伝子も保持できなくなるでしょう。神経活動のネガティブフィードバックシステムはもちろんカンナビノイド-受容体系だけではないので、昆虫では他のシステムが代替しているのでしょう。
参照文献
1)脳科学辞典:エンドカンナビノイド
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%89%8D%E7%B5%82%E6%9C%AB
2)脳科学辞典:逆行性伝達
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%80%86%E8%A1%8C%E6%80%A7%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%89%A9%E8%B3%AA
3)Clarke TL, Johnson RL, Simone JJ, Carlone RL. The Endocannabinoid System and Invertebrate Neurodevelopment and Regeneration. Int J Mol Sci., vol.22(4): 2103. (2021)
doi: 10.3390/ijms22042103.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33672634/
4) Gao,Y.; Vasilyev, D., Goncalves, M., Howell, F.; Hobbs, C., Reisenberg, M., Shen, R.; Zhang, M., Strassle, B., Lu, P. et al., Loss of retrograde endocannabinoid signaling and reduced adult neurogenesis in diacylglycerol lipase knock-out mice., J. Neurosci., vol.30, pp.2017?2024 (2010)
DOI: 10.1523/JNEUROSCI.5693-09.2010
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20147530/
5)野川俊彦 STDD NMR によるカンナビノイド受容体/アゴニスト相互作用の検出 理研ジャーナルクラブ No.455 (2009)
https://www.npd.riken.jp/JC/JC455.pdf
6)高校生新聞 ゾウリムシは満腹になると泳ぎが遅くなる 高校生が実験重ねて突き止めた(2019)
https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/5304
7)日産財団 花井一光 坂口雅彦 岩橋徳二 動物の摂食と細胞殖因子様活性(日付不詳)
https://www.nissan-zaidan.or.jp/wp-content/uploads/185019.pdf
8)フィッシーサイエンス ミジンコを食べるヒドラを観察してみた
https://www.youtube.com/watch?v=I9Kj0s2GAd0
9)足立区生物園 ミジンコを食べたのは誰?
https://www.facebook.com/watch/?v=661266248539654
10)L. De Petrocellis, D. Melck, T. Bisogno, A. Milone, V. Di Marzo, Finding of the endocannabinoid signalling system in Hydra, a very primitive organism: possible role in the feeding response.,
Neuroscience vol.92, Issue 1, pp.377-387 (1999)
https://doi.org/10.1016/S0306-4522(98)00749-0
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306452298007490
11)McPartland J, Di Marzo V, De Petrocellis L, Mercer A, Glass M. Cannabinoid receptors are absent in insects. J Comp Neurol., vol.436(4): pp.423-429. (2001)
doi: 10.1002/cne.1078.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11447587/
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