続・生物学茶話305:オピオイドと受容体 その2.ノックアウトマウスを用いた研究
私たちは痛みを緩和する内在性のシステムを持っています。末梢で痛みを感じると、それは脊髄後角から脳に伝えられ、脳の指令あるいは経由する脳幹・延髄が検知してオピオイドシステムを起動し、痛みを緩和します(1、図305-1)。オピオイドシステムとは内因性オピオイドであるエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンなどのペプチドを神経細胞が合成し、それを神経伝達物質として放出して痛みを感じる神経の受容体に受け取らせ鎮静するというシステムです(2)。
図305-1 痛みと緩和の回路
前回述べたように(3)、オピオイド受容体にはμ(MOP)、δ(DOP)、κ(KOP)の3種類があり、類縁のORL1(NOP)も報告されています。これらの機能をノックアウトマウスを用いて調べるのは生物学の基本で、結果の解析がなかなか難しいとはいえ20世紀から多くの研究室でこの種の研究が進められています。
オピオイド受容体は基本的には膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体なので、膜貫通領域や細胞内領域の相同性は高く、細胞外領域の相同性は低いとされています(4)。したがって各受容体の差異について検討するにはエクソン1の部分を欠失した動物について調べることが重要です。このストラテジーに基づいたμ受容体ノックアウトマウスに関する初期の実験によると、このようなホモノックアウトマウスでは熱刺激・機械刺激・化学刺激に対するモルヒネの鎮痛効果が消失し、ヘテロマウスでは減弱することが示されました(5)。
またホモマウスではδ受容体作動薬の鎮痛効果にも消失・減弱がみられました。これはμ受容体とδ受容体が二量体として機能しているからだと解釈されています。μ受容体ホモKOマウスでは形態組織学的な異常は見出されず、繁殖,出産,育児機能をも含めた基本的な行動は正常でした。またδ,κ 受容体数には代償的な変化はありませんでした(5)。
μ(MOP)受容体の遺伝子 oprm1 には多くのスプライスバリアントがあり、タンパク質も膜7回貫通型のほかに1回貫通型と6回貫通型があります(6、図305-2)。このようなバリアントの存在はマウスに限られた現象ではなくヒトでも同様です(7)。ではなぜ膜1回貫通の非常に不完全な断片のようなタンパク質が進化的に保存されているのでしょうか? Luらによれば、このタンパク質は膜7回貫通タンパク質の分子シャペロンであり安定化に寄与しているそうです(6)。またエクソン11を含膜6回貫通型のタンパク質もそれなりの機能があるようです。
図305-2 マウスμ受容体遺伝子(A)・スプライスバリアント(B)・タンパク質(C)の構造
WieskopfらはIBNtxAという化合物(図305-3)がモルヒネより効き目がよく、かつ副作用が少ない鎮痛剤であることを発見しました(8)。実用化にはまだ至っていません。この化合物は膜6回貫通型に特異的に結合して効果を発揮していて、膜7回貫通型、膜1回貫通型、δ型、κ型を全部欠いたノックアウトマウスにおいても有効であることがわかっています(6)。このことはエクソン1だけがリガンドに特異的に反応するわけではないことを示唆しています。またエクソン11が進化的に保存されているということは、膜6回貫通型のμ受容体も生理的に機能していることを意味します。
図305-3 鎮痛剤(モルヒネ・IBNtxA)の化学構造
エクソン1、エクソン2、エクソン2-3のいずれかを欠く動物は、熱感受性が高まり、自発運動の抑制、モルヒネなどMOPアゴニストによる痛覚抑制が不可となるなどが起こることは多くの研究室で報告されています(9)。またエクソン2-3を欠く動物では、直腸を広げた時の腹部の収縮が増すという報告があります(10)。ホルマリンなど化学薬品に対する感受性も高まるようです(11)。
Lu らがまとめたμ受容体遺伝子ノックアウトマウスにおいて鎮痛効果が失われる結果(Lost)の表(6)を図305-4に示します。モルヒネだけでなくIBNtxA(3-iodobenzoyl naltrexamine)についての結果も示してあります。エクソン1とエクソン11を欠くノックアウトマウスにおいては、どちらの鎮痛剤の効果も失われます。
図305-4 μ受容体遺伝子各種ノックアウトマウスにおけるモルヒネおよびIBNtxAによる鎮痛効果の消失
δ(DOP)、κ(KOP)、ORL1(NOP)受容体遺伝子のノックアウトマウスについての結果は、Maldonadoらがまとめています(1、図305-5)。痛みの種類によって、その情報を受け取る受容体が異なる場合があることがわかります。たとえばκ受容体の場合ホルマリンによる痛みには関与していないようです。δ受容体の場合エクソンによっても関与する痛みに差があるようです。
ほとんどは予想される結果となっていますが、ひとつ不思議なのはNOP遺伝子(Oprl1)のノックアウトによって、神経障害性疼痛が減少していることです。オピオイド受容体の存在意義に反しているように思われますが、この意味がよくわかりません。
図305-5 δ(DOP)、κ(KOP)、ORL1(NOP)受容体遺伝子ノックアウトマウスについての研究結果
痛みを感じるということは、危機を察知するという意味で動物にとっては非常に重要な感覚です。しかしその危機を回避するためには「痛いのも忘れて=痛みを鎮静化して」、何らかの行動をとることが必要です。その意味で運動量が低下するとか(12)、記憶力や学習能力が低下する(13、14)とかのデメリットがあっても、オピオイドシステムは動物には必要なメカニズムであり続けたのでしょう。
参照文献
1)Maldonado R, Banos JE, Cabanero D. Usefulness of knockout mice to clarify the role of the opioid system in chronic pain. Br J Pharmacol. vol.175(14):pp.2791-2808. (2018) doi: 10.1111/bph.14088.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6016633/
2)脳科学辞典:内因性オピオイド
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%86%85%E5%9B%A0%E6%80%A7%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%89
3)続・生物学茶話304:オピオイドと受容体 その1.基本的メカニズムとバラエティ
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/06/post-385b3a.html
4)脳科学辞典:オピオイド受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%89%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
5)曽良一郎、渡邉秀和、畑春実 オピオイド受容体の分子生物学 日本ペインクリニック学会誌 Vol.11, No.4, pp.406-410 (2004)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspc1994/11/4/11_4_406/_article/-char/ja/
6)Lu Z, Xu J, Xu M, Rossi GC, Majumdar S, Pasternak GW, Pan YX. Truncated μ-Opioid Receptors With 6 Transmembrane Domains Are Essential for Opioid Analgesia. Anesth Analg. 2018 Mar;126(3):1050-1057. doi: 10.1213/ANE.0000000000002538.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5820199/
7)Pasternak GW, Pan YX. Mu opioids and their receptors: evolution of a concept. Pharmacol Rev., vol.65(4): pp.1257-1317, (2013)
http://dx.doi.org/10.1124/pr.112.007138
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3799236/
8)Wieskopf JS, Pan YX, Marcovitz J, Tuttle AH, Majumdar S, Pidakala J, Pasternak GW, Mogil JS. Broad-spectrum analgesic efficacy of IBNtxA is mediated by exon 11-associated splice variants of the mu-opioid receptor gene. Pain. 2014 Oct;155(10):2063-70. doi: 10.1016/j.pain.2014.07.014.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25093831/
9)Gavériaux-Ruff, Claire., Opiate-induced analgesia: contributions from mu, delta and kappa opioid receptors mouse mutants., Current pharmaceutical design vol.19 no.42, pp.7373-7381 (2014).
DOI: 10.2174/138161281942140105163727
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23448470/
10)Gaveriaux-Ruff C, Nozaki C, Nadal X, Hever XC, Weibel R, Matifas A, Reiss D, Filliol D, Nassar MA, Wood JN, Maldonado R, Kieffer BL. Genetic ablation of delta opioid receptors in nociceptive sensory neurons increases chronic pain and abolishes opioid analgesia. Pain., vol.152(6): pp.1238-1248. (2011) doi: 10.1016/j.pain.2010.12.031.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21295407/
11)Zhao CS, Tao YX, Tall JM, Donovan DM, Meyer RA, Raja SN. Role of micro-opioid receptors in formalin-induced pain behavior in mice. Exp Neurol., vol.184(2): pp.839-845. (2003)
doi:10.1016/S0014-4886(03)00346-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14769376/
12)中村和浩ほか オープンフィールドテストを用いたミューオピオイド受容体欠損マウスの運動評価
生体医工学/55Annual 巻 (2017) 3AM-Abstract
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/55Annual/3AM-Abstract/55Annual_138/_pdf/-char/ja
13)Le Merrer J, Rezai X, Scherrer G, Becker JA, Kieffer BL., Impaired hippocampus-dependent and facilitated striatum-dependent behaviors in mice lacking the δ opioid receptor. Neuropsychopharmacology., vol.38(6): pp.1050-1059. (2013)
doi: 10.1038/npp.2013.1.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23303070/
14)毛利彰宏,野田幸裕,鍋島俊隆 モデル動物を用いた水探索試験における潜在学習能の評価方法
日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.130,pp.141~146(2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/130/2/130_2_141/_pdf/-char/ja
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