続・生物学茶話307:カンナビノイドと受容体 その1.ミニ研究史
麻という植物の学名は Cannabis sativa で、Cannabis は管、sativa は有用なという意味だそうです。1万年以上前から衣服の材料として栽培されており(1)、私も1着ブレザーを持っていますが洗濯は難しく、かといってクリーニング屋に出すと1000円以上とられるという難物ですが、古代の人々にとっては貴重な衣料だったのでしょう。
リネンやラミーはここでいう麻(カンナビスまたはヘンプ)とは別の植物(科が異なる)ですが、なんと現在の家庭用品品質表示法ではリネンやラミーのことを麻というそうです(2)。それには反しますが、ここでの麻(大麻)はバラ目アサ科カンナビス属の植物とします。カンナビス属の植物は文字による記録のない昔から人がかかわって品種改良してきたので、もともとあった種なのか、人がかかわって作った品種なのかがはっきりしませんが、主な種としては sativa 以外に図307-1に示した indica と ruderalis があります。
麻にはもうひとつの用途があります。それは医薬品あるいは麻薬(マリファナ)としての使用で、こちらも紀元前から利用されてきたそうです(3)。単に花冠や葉を乾燥したものや樹脂を採取したハシシなどがあります。マリファナは脳に作用し、多幸感をもたらし不安を低下させる効果があります(4)。しかし一方で薬物依存に陥り、肺や脳(幻覚・無気力・狂暴化)などに悪影響を及ぼすおそれがあります(4、9)。医薬品としては鎮痛・吐き気の抑止・てんかん予防などの効果が認められています(5、9)。
図307-1 麻(Cannabis)という植物と、製品としての大麻
マリファナに含まれるカンナビノイドのひとつカンナビジオール(CBD)の構造解明を最初に行ったのはコーネル大学のロジャー・アダムスらで、1940年にさかのぼります(6、図307-2)。第二次世界大戦後1960年代になって、ヴァイツマン研究所のメクーラムらは強力な有効成分である Δ9テトラハイドロカンナビノール(Δ9-tetrahydrocannabinol THC)などの正確な構造を解明し、CBDやTHCの化学合成にも成功しました(7、8、図307-2)。
麻が合成するカンナビノイドは120種類以上あるそうで、その構造研究はもちろん日本でも行われています。研究を行うためには麻を栽培しなくてはいけません。学術論文を読んで爆笑することはまずありえませんが、これには思わず・・・引用「選抜育種栽培は隔離した場所でないと交雑が起こるため,九大演習林内の薬草園で行っていた.その栽培地で大量のアサの盗難事件が起こり,新聞,テレビで大騒ぎとなった.犯人との面通しも有り,結局7,8回警察署に呼び出され,事情聴取,始末書作成等が行われた.最終日には数十枚の映画入場券を迷惑料とのことで頂戴したことで苦い思い出も終わりとなった」引用終了(9)。研究材料の確保には皆さん苦労されているようです。
図307-2 植物性カンナビノイドの化学構造
カンナビノイドの受容体CB1がみつかったのは意外に遅くて1990年です。National Institute of Mental Heath (NIHの一部)の Lisa Matsuda の率いるグループがラットの脳に発見し、クローニングして遺伝子構造を明らかににしました(10)。これによってカンナビノイドの作用機構の研究が飛躍的に進展することになりました。その2年後にもうひとつの受容体CB2が Lumir Hanus と William Devane によって発見されたという記述もあるのですが、ちゃんとした引用はありません。ここではきちんと論文を書いている Munro らの文献を引用しておきます(11)。彼らがCB2を発見したということでよいと思います。
CB1とCB2はどちらも膜7回貫通Gタンパク質共役受容体ですが(12、図307-3)、アミノ酸配列の類似性は44%でそれほど近縁ではありません(12)。CB1は脳に広く分布するほか、肺、肝臓、腎臓にも発現しています。一方CB2は免疫系・血液系・皮膚・末梢神経そのほか多くの細胞に分布しています(12)。ただCB2の抗体はなかなか特異性に満足がいくものがなかったらしく、CB2の分布(抗体を使って調べる)の問題は最近まで研究者の頭痛の種になっているようです。
図307-3 カンナビノイド受容体の構造(ウィキペディア:カンナビノイド受容体より)
さて次に問題になるのは内在性のカンナビノイドについてです。麻薬の受容体が進化的に保存されているはずはありません。1992年に最初に発見された内在性カンナビノイドはアナンダミド(N-アラキドノイルエタノールアミド)でした(13、図307-4)。ウィキペディアによるとアナンダミドは特に脳に多く「中枢神経系ではワーキングメモリー、睡眠パターン、鎮痛、摂食の調節、動機づけや快感の形成など、心理・行動に対する多彩な役割があると考えられている。子宮での胚の着床にも重要とされる」と記述してあります(14)。しかしアナンダミドにはまだ謎が多くあります。
まず図307-4に示した合成経路を担当している酵素NAPE-PLD(N-アシルホスファチジルエタノールアミン選択的ホスホリパーゼD)のノックアウトマウスにおいて、脳のアナンダミドの量に大きな変化がなかったことから、別の合成経路があるのではないかと考えられていることです(15)。またアナンダミドはCB2には弱い作用しか示さず、CB1についても部分アゴニストです---アナンダミドはカンナビノイド受容体だけでなく唐辛子の成分であるカプサイシンの受容体であるバニロイド受容体にも作用します(16)。また後でみつかった2-AG(2-アラキドノイルグリセロール)にくらべて生体内含量が数百分の1しかないというのも悩みの種です。しかしアナンダミドを分解する酵素であるFAAH(脂肪酸アミドハイドロラーゼ)欠損マウスでは痛覚の低下がおこるそうなので、バニロイド受容体専用のリガンドではないようです(16)。
内在性リガンドの本命と考えられる2-AGは1995年に発見されました(17、18、図307-4)。この物質は脳においてアナンダミドの170倍存在し、その合成はカルシウムに依存しています(19)。すなわち神経細胞が脱分極してカルシウムイオンが流入すると2-AGが合成されるということになります。
図307-4 内因性カンナビノイド
内因性カンナビノイドはシナプス後細胞の脱分極によるカルシウムイオンの流入、またはGq/11タンパク質共役型受容体の活性化(フォスフォリパーゼCを活性化するとともに細胞内カルシウムイオン濃度を増加させる)によって合成されます。合成されたカンナビノイドは細胞膜を透過してシナプス間隙に放出され、シナプス前細胞の受容体に結合してシナプス前細胞からの神経伝達物質の放出を抑制します。2-AGの場合だとCB1受容体と結合して、CB1の機能によってシナプス前細胞の活動が抑制されます。シナプス前細胞の2-AGはMGLによって分解されます(20、図307-5)。
2-AGは脂溶性であり、シナプス間隙のような短い距離でしか拡散によって移動できません。これが逆行性シナプス伝達の目的にかなっています。2-AGは脂溶性なので細胞膜に浸透し、細胞膜内部でCB1受容体と結合します(21)。ですからCB1(そしてCB2)の長い細胞外領域のペプチド(図307-3)がどのような役割を果たしているのかがわかりません。誰かが解決しなければならないこれからの課題です。
図307-5 内因性カンナビノイドによる逆行性の情報伝達
参照文献
1)イラストでわかる麻の歴史-世界の麻の歴史
https://mashi.co.jp/world/history
2)ウィキペディア:麻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5
3)ウィキペディア:大麻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BA%BB
4)MSDマニュアル プロフェッショナル版 マリファナ(大麻)
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/24-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF/%E9%81%95%E6%B3%95%E8%96%AC%E7%89%A9%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%E4%B8%AD%E6%AF%92%E6%80%A7%E8%96%AC%E7%89%A9/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8A-%E5%A4%A7%E9%BA%BB
5)竹田修三 医薬用大麻とは Web版医事新報 2026
https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_7643
6)Roger Adams, Madison Hunt, and J.H.Clark, Structure of cannabidiol, a product isolated from the marihuana extract of minnesota wild hemp.,
J. Am. Chem. Soc.,vol.62, pp.2204-2207 (1940)
https://www.thevespiary.org/rhodium/Rhodium/Vespiary/talk/files/4335-adams47c8.pdf
7)Gaoni Y, Mechoulam R., Isolation, structure and partial synthesis of an active constituent of hashish. J Am Chem Soc vol.86: pp.1646-1647. (1964)
8)R. Mechoulam, Y. Gaoni A,. Total Synthesis of dl-Δ1-Tetrahydrocannabinol, the Active Constituent of Hashish., J. Am. Chem. Soc., vol.87, no.14, pp.3273-3275 (1965)
https://doi.org/10.1021/ja01092a065
9)正山征洋 大麻研究の推移 生薬学雑誌 vol.78. no.1, pp.67-71 (2024)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspharm/78/1/78_67/_article/-char/ja/
10)Matsuda, L., Lolait, S., Brownstein, M. et al. Structure of a cannabinoid receptor and functional expression of the cloned cDNA. Nature vol.346, pp.561–564 (1990). https://doi.org/10.1038/346561a0
11)Munro, S., Thomas, K. & Abu-Shaar, M., Molecular characterization of a peripheral receptor for cannabinoids., Nature vol.365, pp.61–65 (1993).
https://doi.org/10.1038/365061a0
12)ウィキペディア:カンナビノイド受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%93%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
13)William A. Devane et al., Isolation and Structure of a Brain Constituent That Binds to the Cannabinoid Receptor., Science vol.258, Issue 5090, pp. 1946-1949 (1992)
DOI: 10.1126/science.1470919
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1470919
14)ウィキペディア:アナンダミド
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%9F%E3%83%89
15)Leung D, Saghatelian A, Simon GM, Cravatt BF. Inactivation of N-acyl phosphatidylethanolamine phospholipase D reveals multiple mechanisms for the biosynthesis of endocannabinoids. Biochemistry. vol.45(15): pp.4720-4726 (2006) doi: 10.1021/bi060163l.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16605240/
16)宇山徹 上田夏生 明らかになり始めた生理活性脂質N-アシルエタノールアミンの生合成機構 N-アシル転移酵素の構造と機能 化学と生物 vol.58, no.1, pp.599-605 (2020)
DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.58.599
17)Mechoulam, R., Ben-Shabat, S., Hanus, L., Ligumsky, M., Kaminski, N.E., Schatz, A.R., ..., & Compton, D.R., Identification of an endogenous 2-monoglyceride, present in704-714 gut, that binds to cannabinoid receptors. Biochemical pharmacology, vol.50(1), pp.83-90. (1995)
DOI: 10.1016/0006-2952(95)00109-d
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7605349/
18)Sugiura, T., Kondo, S., Sukagawa, A., Nakane, S., Shinoda, A., Itoh, K., ..., & Waku, K.,
2-Arachidonoylglycerol: a possible endogenous cannabinoid receptor ligand in brain. Biochemical and biophysical research communications, vol.215(1), pp.89-97. (1995)
DOI: 10.1006/bbrc.1995.2437
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7575630/
19)Stella, N., Schweitzer, P. & Piomelli, D. A second endogenous cannabinoid that modulates long-term potentiation., Nature vol.388, pp.773–778 (1997).
https://doi.org/10.1038/42015
https://www.nature.com/articles/42015
20)脳科学辞典:逆行性伝達物質
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%80%86%E8%A1%8C%E6%80%A7%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%89%A9%E8%B3%AA
21)谷村あさみ、橋本谷祐輝、狩野方伸 内因性カンナビノイドによる逆行性シナプス伝達調節のメカニズム 生化学 vol.83, no.8, pp.704-714 (2011)
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/83-08-03.pdf
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