続・生物学茶話306:オピオイドと受容体 その3.オピオイド受容体と類縁分子群の進化
多細胞生物が存在せず、痛覚受容器や神経がまだなかった先カンブリア時代でも、生物は回避行動を行っていたと思われます。障害物があったら回避する、食べられそうになったら逃げるというメカニズムを持つ生物は、生き残るうえで大きなアドバンテージを持っていたに違いないからです。
それがどんなメカニズムだったかは、現在生きている単細胞生物の行動を観察・分析して類推するしかないのですが、ゾウリムシ paramecium は障害物にぶつかると、繊毛の運動を逆転させバックしてから方向転換します。これは障害物にぶつかったという機械的刺激によって繊毛基底部のカルシウムチャネルが開き脱分極がおこるからだとされています(1、2、図306-1A)。
また Didinium という生物はゾウリムシを漏斗状の構造物で吸い込んで餌にしますが、この捕食者と接触するとゾウリムシ表層のあるタンパク質がレセプターとなって感知し、繊毛基部の K+チャネル型アデニル酸シクラーゼ を活性化することによって、高速で逃避することができるそうです(3、図306-1B)。さらに Dileptus という生物は、吻を振り回して餌を探しますが、これが体に当たるとあるタイプのゾウリムシなどはトリコシストという針のようなものを散布して逃げます。トリコシストは化学刺激や電気刺激によっても放出されます。このようなシステムは、脱分極がひとつの契機になっていたとしてもかなり複雑なメカニズムを含有しています(2、図306-1C)。
ゾウリムシなど現在の単細胞生物から類推すると、痛覚受容器や神経がなかった時代から、刺激を感知して危機を回避するメカニズムは存在し、様々な経緯を経て今日まで進化を続けてきたと考えられます。またトリコシストの存在は、海綿動物を通り越して刺胞動物への進化の準備も行われていたことを想像させます。
図306-1 障害や危機へのゾウリムシの対応
単細胞生物が障害物や天敵による捕食を回避するためにさまざまなメカニズムを発達させてきたとして、ではそれを制御するためのオピオイドシステムも持っていたのでしょうか? テトラヒメナにオピオイドシステムが存在するという報告はあります(4、5)。またモルヒネはゾウリムシに集塊を形成させることがわかっています(6)。膜7回貫通型のタンパク質は原核生物の段階ですでに準備されていましたし(7)、単細胞真核生物は複数の膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体をもっているので(8)、モルヒネの受容体が存在していたとしても不思議ではありません。
最も始原的な多細胞生物である海綿動物はオピオイドシステムを持っているという報告があります(9、10、図306-2)。海綿動物は固着生活なので、単細胞生物のように天敵から逃げることはできません。神経も持っていません。しかし触ると近傍の細胞は強調して収縮しますし、なかには体の一部を針でつつくと体全体が収縮するような種も存在するようです(2)。そのような行動が何らかの役に立つのかもしれません。それにこのような生物であっても、おそらくイオンチャネルの状態を速やかに平常時に戻すためのオピオイドシステムが必要なのでしょう。
海綿はオピオイドシステムを使って逃走したり防御したりすることはできません。彼らは天敵に食べられないようにするため、全く別のストラテジーで現代まで生き延びてきました。それは毒を作る細菌を共生させて、食べた天敵にダメージを与えるという作戦です(11)。あるいは天敵が忌避する化合物を合成するという場合もあるでしょう。実際ヒトはあらゆる門の生物を食料にしますが、海綿はスーパーの棚にありません。
図306-2 海綿動物のオピオイドシステム
オピオイドシステムを広義に拡張して、分子進化的に関連する分子群全体をみると、今のところカルシトニン受容体が最も古いタイプの関連分子群であるとされています(10、図306-3)。海綿動物および他の門のすべての動物もこのカルシトニングループの膜7回貫通Gタンパク質受容体分子を持っていると思われます。カルシウムイオン濃度の調節がいかに動物にとって重要であるかということを意味していると思われます。海綿動物は他の門の生物と類似した分子以外に、独自の分子も持っています(図306-8)。
図306-3 オピオイド受容体および進化的に関連する受容体ファミリーの分子系統樹
カルシトニン・海綿独自グループの分子群が出現して以降、オピオイド受容体グループは(ガラニン・タキキニン・サブスタンスP受容体)グループと(オピオイド・ソマトスタチン・アラトスタチン受容体)グループの2つの分子群を生み出しました。それぞれの分子群についてその機能のレジメを図306-4と図306-5に記しました。
図306-4 ガラニン受容体・タキキニンおよびサブスタンスP受容体の機能
図306-5 ソマトスタチン受容体・アラトスタチン受容体・オピオイド受容体の機能
より詳細な分子系統樹はZhaiとWangが発表しているので(10)、図306-6~8に示しました。海綿からヒトまでの様々なオピオイド受容体関連分子の系統樹が示されています。図306-6をみるとこの幹の基部にはδ型の受容体があり、μ型とκ型はそこから派生したようです。オピオイド受容体は脊椎動物だけが持つとされていますが、ジョンソンのように海綿のファスカプリシンを内部オピオイドリガンドという人もいて混乱を招いています。ファスカブリシンはエンドルフィンとは分子構造が全然似ていません(図306-2)。整理が必要でしょう。
オピオイド受容体ともっとも近縁なのはソマトスタチン受容体のグループです(図306-6)。後者は前者と比べて分布範囲が圧倒的に広く、前口動物・後口動物の両者にまたがって存在しています。類縁のアラトスタチンも含めるとおそらくほとんどの動物に存在すると思われます。
図306-6 脊椎動物のオピオイド受容体・ソマトスタチン受容体グループの分子系統樹 分岐の肩の数字は分岐の信頼性を表しています(100は100%の信頼性を示す)
ガラニン受容体・タキキニン受容体・サブスタンスP受容体のグループも海綿からヒトまでの多くの動物が保有するタンパク質です。図306-7には示してありませんが、ガラニン受容体はもちろんヒトにも存在し、図306-4に示したような機能を持っています。タキキニン受容体も同様です。
図306-7 ガラニン受容体・タキキニン受容体・サブスタンスP受容体グループの分子系統樹
カルシトニン受容体のグループはすでに述べたように、今回の分子グループ進化の根底にあると思われます。ナメクジウオの分子がヤツメウナギの分子よりヒトに近い結果がでていますが、これはおそらくエラーで、今後修正されると思われます。
図306-8 カルシトニン受容体・カルシトニン類似物質受容体のグループの分子系統樹
参照文献
1)ウィキペディア:繊毛
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%8A%E6%AF%9B
2)小山なつ、横田敏勝 侵害受容の系統発生 日本生理誌 61巻 261-278頁 (1999)
http://physiology.jp/wp-content/uploads/2014/01/061070261.pdf
3)堀学, 石田正樹, 冨永貴志 RNA干渉でみえてきたゾウリムシが機械刺激に対して逃走反応を引き起こすしくみ 生物物理 vol.62(2),pp.114-115(2022)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/62/2/62_114/_html/-char/ja
4)CHIESA, R., SILVA, W.I. and RENAUD, F.L., Pharmacological Characterization of an Opioid Receptor in the Ciliate Tetrahymena. Journal of Eukaryotic Microbiology, vol.40: pp.800-804. (1993)https://doi.org/10.1111/j.1550-7408.1993.tb04478.x
5)RENAUD, F.L., COLON, I., LEBRON, J., ORTIZ, N., RODRIGUEZ, F. and CADILLA, C., A Novel Opioid Mechanism Seems to Modulate Phagocytosis in Tetrahymena. Journal of Eukaryotic Microbiology, vol.42: pp.205-207. (1995)
https://doi.org/10.1111/j.1550-7408.1995.tb01566.x
6)Seyed Sajad Shahrokhi, Manizheh Karami, Bahram Kazemi, Response to Morphine in a unicellular animal model (Paramecium caudatum)., Physiology and Pharmacology, vol.15 (3), pp.318-329 (2011)
https://web.archive.org/web/20180413161837id_/http://phypha.ir/ppj/article-1-715-en.pdf
7)続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質
https://morph.way-nifty.com/grey/2020/09/post-453128.html
8)続・生物学茶話138: GPCRの進化
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/04/post-e83f2e.html
9)Johnson TA, Milan-Lobo L, Che T, Ferwerda M, Lambu E, McIntosh NL, Li F, He L, Lorig-Roach N, Crews P, Whistler JL. Identification of the First Marine-Derived Opioid Receptor "Balanced" Agonist with a Signaling Profile That Resembles the Endorphins. ACS Chem Neurosci., vol.15;8(3): pp.473-485. (2017) doi: 10.1021/acschemneuro.6b00167.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27744679/
10)Rujun Zhai and Qian Wang, Phylogenetic Analysis Provides Insight Into the Molecular Evolution of Nociception and Pain-Related Proteins., Evolutionary Bioinformatics vol.19: pp.1–19 (2023)
DOI: 10.1177/11769343231216914
https://doi.org/10.1177/11769343231216914
11)Science Poral 共生細菌がカイメン気遣って毒を生産
https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20140702_02/
12)生体の科学 49巻5号 (1998年10月発行)
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.2425901617
13)脳科学辞典:サブスタンスP
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9P
14)Wikipedia: Somatostatin receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Somatostatin_receptor
15)Wikipedia: Allatostatin
https://en.wikipedia.org/wiki/Allatostatin
16)薬学用語解説 オピオイド受容体
https://www.pharm.or.jp/words/word00031.html
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