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2026年4月30日 (木)

続・生物学茶話300:神経細胞のアクチンとその周辺 8:SynGAP

続・生物学茶話も今回で no.300 となりました。それなりの感慨はありますが、no.101 以降を「続」としております。 no.101 以降はレクチャーではなくスタディノートなので、気楽にでもウソは書かないように気をつけて執筆しております。それでも誤りはあるに違いありませんので、ご指摘いただいて修正できれば有難いです。なお no.1~no.100 はPDF版もありますので、トップページのリンクからご利用ください。no.101 以降はトップページの 「続・生物学茶話 タイトル一覧とリンク」からそれぞれの話題に飛ぶこともできます。

さて今回も引き続きシナプス後膜肥厚のタンパク質で SynGAP(Synaptic Ras-GTPase activating protein) を取り上げます。このタンパク質は Ras-GTPase を活性化しますが、その結果Rasに結合していたGTPが加水分解されてGDPとなるのでRasは不活化されます。NMDA受容体がグルタミン酸のシグナルによって開口しCaイオンが流入するとカムキナーゼが活性化され、その結果 SynGAP がリン酸化されるとこのタンパク質はおそらく疎水性を失うためシナプス後膜肥厚から細胞の内部方向に移動します。その結果 Ras-GTPase(およびRap-GTPase) はGTPを結合したままとなって、このことがシナプス活性化やスパインの肥大化を引き起こすとされています(1)。

続・生物学茶話299で述べたように、SynGAPはシナプス後膜肥厚においてカムキナーゼについで2番目にメジャーなタンパク質です(2)。このタンパク質は図300-1のように、N末は転写開始部位のバリエーションがあり、C末は選択的スプライシングがあって非常に構造的なバラエティに富んでいます(3)。ここに記しただけでも3x4=12種類のアイソフォームがあって、実際にはもっとバラエティがあるそうなので、もとになる遺伝子が同じなだけと言って良いでしょう。精製するだけでも困難な生化学者泣かせのタンパク質です。これだけ構造的な差異があると、機能的にもかなりバラエティがあるかもしれません。まして分子進化などを論ずるのは難しいと思われます。

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図300-1 SynGAP タンパク質構造のバリエーション

一番N末寄りにはプレクストリンホモロジードメイン(PH)があります。このドメインはフォスファチジルイノシトールリン酸、ヘテロ3量体Gタンパク質のβγサブユニット、Cキナーゼという情報伝達の基盤となる分子群と親和性があり(4)、図300-1のABCのような構造の違いによって、それぞれ異なる機能を持つと思われます。

共通部分(薄茶色)のN末側にはC2ドメインがあります。このドメインは真核生物の共通祖先にまでさかのぼれるような古い歴史を持ち、たとえば細胞膜に結合している物質に酵素による操作を加えるような場合にこのドメインの膜親和性を利用するなどのプロセスに必要と考えられます(5)。これに隣接するGAPドメインはGTPaseを活性化する機能を持ち、 Ras/Rho/Rab などのGTP結合型タンパク質のGTP分解を促進し、不活性なGDP結合型に戻す役割があります。SynGAPの場合 Ras-GTPase、Rap-GTPase を活性化します(1)。これらの活性化は通常の酵素の活性化とは意味が異なり、自分が結合しているGTPを分解してGDPにし、そのGDPも保持しているわけですから、ルーチンに活性化されているとGDP結合体ばかりになってGTP結合体が常に少ない状態になります。ですからある意味不活化とも言えます。

SH3 や coiled coil(CC) ドメインにはリン酸化されるサイトがあり、ここがリン酸化されることによって SynGAP 分子がシナプス後膜肥厚を離脱することになるので、この部分は SynGAP の生理的意義に関して非常に重要な意味を持っています。C末領域については、α1型だけはPDZリガンドドメインを持っており、このタイプだけが特別な機能を持つことが予測されます。

SynGAP が通常樹状突起スパインのPSD(シナプス後膜肥厚)領域に局在することの生化学的・形態学的証拠は Gamache、Araki らによって示されました(6、7、図300-2)。

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図300-2 SynGAP ・・・PSD(シナプス後膜肥厚)への局在

Gamache, Araki らは、まず細胞分画法によって SynGAP は PSD-95 と同様主にPSD画分に存在することを示しました(図300-2B)。次にGFPを結合した SynGAP (緑)と形態マーカーの mCherry を用いて局在を調べると、SynGAP は主として樹状突起スパインの先端部(すなわちPSD=スパイン後膜肥厚)にあることがわかりました(図300-2A)。

さらにラット海馬の培養細胞に人為的にLTP(長期増強)を誘導し、誘導前後の状態を比較しました。この結果、誘導後数分のうちに SynGAP はPSDから消失し、拡散することがわかりました(7、図300-3)。SynGAP は細胞から消失するわけではなく、細胞内部に拡散します(図300-3C)。SynGAP が誘導前に存在した緑色部分は、水溶性の mCherry に置き換わっています(図300-2A、B)。これは SynGAP のPSDからの消失、あるいはその結果GTP結合型タンパク質がGTPをGDPに代謝しないでそのまま残っていることがLTPの引き金になっていることを示唆しています。

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図300-3 シナプス後膜が刺激されることによって SynGAP はシナプス後膜肥厚から失われる

では SymGAP がPSD局在を解消したのち、実際にスパインの体積は拡大するのでしょうか? 荒木らの研究によると、LTP誘導後1時間後には SynGAP の減少とスパインの体積増加がきれいに相関していることが示されました(7、図300-4)。

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図300-4 SynGAPのシナプス後膜肥厚からの離脱とスパイン体積の拡大の相関関係

荒木らはいくつかの実験的根拠も得て、次のようなストーリーを考えています・・・「後シナプスに強い刺激が加わると、NMDA型グルタミン酸受容体からMg2+が外れ,Ca2+が流入しCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ(CaMKII)が活性化する.Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIはさまざまな基質をリン酸化し長期増強に必要なシナプスの変化をひき起こすが,その基質のひとつがSynGAPである.リン酸化されたSynGAPはPSD-95との結合が外れ、後シナプスから離散する.これにより,Rasが活性化しAMPA型グルタミン酸受容体の後シナプス膜への挿入が促進される.また,RasはRac1などの活性化もひき起こし,キャップタンパク質が外れアクチンフィラメントの再構成および伸長が促進されることにより後シナプスの肥大化がひき起こされる」(8、図300-5)。

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図300-5 荒木陽一・Richard L. Huganir のスキーム

図300-5のスキームにおいてもまだ解明すべき謎は数多く残されています。たとえば、LTPが誘導されるとシナプス後膜にAMPA型グルタミン酸受容体が増加することが数十年前から知られていましたが、そのメカニズムは現在でも知られていません(9)。

Nowackaらはこの点に関して、TARP (Transmembrane AMPA receptor regulatory protein、10) のリン酸化が重要だと考えています(9)。TARPはAMPA型受容体に結合している調節因子ですが、NMDA型受容体が強いグルタミン酸リガンドの情報を受け取ってCaイオンが流入すると、カムキナーゼなどが活性化されて TARP はリン酸化され、図300-6のように+5のチャージが-13になるという劇的な変換もあり得ます。こうなると、それまで細胞膜を自由に移動していたTARP-AMPA受容体は PSD95ファミリーを介してアクチンと結合し、シナプス後膜に固定されます(図300-6)。TARP はPSD95につながるためのPDZリガンド領域を持っています(図300-6)。Nowacka らは diffusion によって巡回してきた受容体がシナプス後膜領域で次々とトラップされることによって密度が高まり、これによってスパインの機能が強化されると考えています。

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図300-6 AMPA受容体の係留

Ras や RAC1 がどのように樹状突起スパインの機能強化にかかわっているかについては、また別の機会に取り上げてみようと思います。低分子GTP結合たんぱく質については、まだまだ不明な点も多いようです。これらが細胞骨格の肥大化にどのようにかかわっているかも重要なポイントです。

 

参照文献

1)脳科学辞典:SYNGAP1
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/SYNGAP1

2)続・生物学茶話299:神経細胞のアクチンとその周辺 7:PSD95
https://morph.way-nifty.com/grey/2026/04/post-1dc0ed.html

3)Kilinc M, Creson T, Rojas C, Aceti M, Ellegood J, Vaissiere T, Lerch JP, Rumbaugh G., Species-conserved SYNGAP1 phenotypes associated with neurodevelopmental disorders., Mol Cell Neurosci., vol.91: pp.140-150. (2018)
doi: 10.1016/j.mcn.2018.03.008.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6128754/

4)Wikipedia: Pleckstrin homology domain
https://en.wikipedia.org/wiki/Pleckstrin_homology_domain

5)Wikipedia: C2 domain
https://en.wikipedia.org/wiki/C2_domain

6)Gamache TR, Araki Y, Huganir RL. Twenty Years of SynGAP Research: From Synapses to Cognition. J Neurosci., vol.40(8): pp.1596-1605. (2020)
doi: 10.1523/JNEUROSCI.0420-19.2020.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32075947/

7)Araki Y, Zeng M, Zhang M, Huganir RL. Rapid dispersion of SynGAP from synaptic spines triggers AMPA receptor insertion and spine enlargement during LTP. Neuron., vol.85(1): pp.173-189. (2015)
doi: 10.1016/j.neuron.2014.12.023.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4428669/

8)ライフサイエンス新着論文レビュー 荒木陽一・Richard L. Huganir 長期増強において後シナプスからのSynGAPの離散がAMPA型グルタミン酸受容体の後シナプス膜への挿入および後シナプスの肥大化をひき起こす
https://first.lifesciencedb.jp/archives/9793

9)Nowacka A, Getz AM, Bessa Neto D, Choquet D., Activity-dependent diffusion trapping of AMPA receptors as a key step for expression of early LTP. Phil. Trans. R. Soc. B vol.379: no.20230220. (2024)
https://doi.org/10.1098/rstb.2023.0220
https://royalsocietypublishing.org/rstb/article/379/1906/20230220/42881/Activity-dependent-diffusion-trapping-of-AMPA

10)脳科学辞典:膜貫通AMPA受容体調節性タンパク質
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%86%9C%E8%B2%AB%E9%80%9AAMPA%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93%E8%AA%BF%E7%AF%80%E6%80%A7%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA

 

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