続・生物学茶話296:神経細胞のアクチンとその周辺 4.ファシン
1975年 R.E.Kane はウニのアクチンを精製していましたが、 最後の精製段階までアクチンと結合していたタンパク質として、分子量58,000のファシンを単離しました。しかし彼はこのたんぱく質に名前をつけませんでした(1)。おそらくそのために、ほかの生物から同じタンパク質が精製されファシンと名付けられるまでに、なんと20年の歳月を要することになりました(2)。
ファシンは4つのβトレフォイルユニットと呼ばれるパーツからなり、それぞれのパーツが図296-1AのようにF-アクチンと結合します(3)。β-トレフォイル(trefoil)は3つのループが120°回転させると重なり合う3回対称のエレガントな構造をしています(図296-1B)。他のタンパク質ファミリーには見られないユニークな配列パターンをもつことから、β-トレフォイルファミリーは、突然変異によって新規に出現したと考えられていましたが、確かなことは分かっていませんでした。
東京工業大学(現 東京科学大学)地球生命研究所の Liam Longo と Shawn McGlynn は、イスラエルのHaifa大学の Rachel Kolodny と協力し、彼らに言わせれば自然界で最も美しい形のひとつであるβ-トレフォイル構造の起源を探索しました。研究グループは、β-トレフォイルの起源のヒントを得るために、何百万ものタンパク質配列との比較を行いました。ほとんどのタンパク質ファミリーはβ-トレフォイルとの類似性を示しませんでしたが、顕著な例外がありました。それが、免疫グロブリン様βサンドイッチタンパク質ファミリーです。β-トレフォイルの配列(緑)は、免疫グロブリン様βサンドイッチの配列(水色)と顕著に類似していました(4、図296-1B)。
図296-1 β-トレフォイルの構造
免疫グロブリン様βサンドイッチファミリーは地球上で生命が誕生した時期と識別できないくらい早い時期に出現したと考えらえている古いタンパク質ファミリーで、その起源は生命の共通祖先(LUCA)まで遡ることができると言われています。今回の結果から研究グループは、新たに出現したと思われた若いタンパク質であるβ-トレフォイルは、まるでフランケンシュタイン氏の作った怪物のように、古くから存在していた免疫グロブリン様βサンドイッチの部品を縫い合わして作られたのではないかという仮説を立てました(5)。
Sedeh らが提出しているヒトファシン1の構造モデルによると、ヒトファシン-1はふたつのローブ(lobe)からなり、それぞれF1/F2およびF3/F4のトレフォイルドメインで構成されています。それ以外に短いN末部、ローブ連結部、C末部があります(2)。
図296-2 ヒトファシン1の構造
Sedeh らによるファシンのF3/F4(ローブ2)のアミノ酸配列をヒト・ウニ・ショウジョウバエで比較した図を図290-3に示します(2)。ヒトの3つのアイソフォームも含めて、進化的に保存されている部分とされていない部分がはっきりと分かれています。このタンパク質はきっちり保存されていないと機能が果たされない部分と、構造的に自由な部分がはっきり分かれているようです。
ヒトファシンには3種類のアイソフォームがありますが、1は主に脳に、2は網膜特異的に、3は精巣特異的に分布しているようです。2は視細胞円板の形成に必要とされています(6)。3は精子の頭部に存在していて、受精の際の形態変化に関係していると考えられているようです(7)。ヒト以外の生物にもこれらのアイソフォームは存在すると思われますが、まだ研究が進んでいません。
図296-3 ファシン アイソフォームと進化的保存
ここで先に進む前に、F-アクチンの成長メカニズムについて少し復習します。そもそも仮足ができるためには、細胞表層近傍のF-アクチンが成長する必要がありますが、それは細胞膜側からG-アクチンが結合するのか、それとも細胞内部側から結合するのか、どちらでしょうか? 答えは細胞膜側から結合するというのが正解のようです(8)。
WASPによって活性化されたArp2/3は単量体アクチンを既存のF-アクチンに枝分かれのような形で反矢じり端からつぎ足すことができます(図296-4)。このような枝分かれ構造が数多くできることによってF-アクチンは細胞内に網目状の構造をつくることができ、これがいわゆる細胞骨格となります。この構造を基盤として、まず葉状仮足(ラメリポディア)が形成され(図296-4)、さらにファシンなどのはたらきによって糸状仮足(フィロポディア)が形成されます(9、図296-5)
図296-4 アクチンは細胞膜に対してどちらの方向から重合するか
図296-5 フィロポディア(糸状仮足)におけるFアクチンと関連タンパク質
最近 Hardin らはファシンが軸索の成長に重要な枠割を果たしていることを示唆する結果を発表しました(10)。図296-6はラット海馬ニューロンの培養系ですが、ファシンは特に軸索の先端部にアクチンとかぶって多く見られます(矢印およびカラーの二重染色図)。ただし多くの樹状突起にもみられます(二重矢印)。こちらは必ずしも先端部に局在しているわけではないので、神経伝達に必要なフィロポディアの形成にアクチンのバンドリングという形で関与するものと思われます。Hardin らは哺乳類のファシンに相当するショウジョウバエの Singed をもたない突然変異体を分離し、これが感覚運動機能を欠くことを示しました。そしてキノコ体だけでファシンを発現させると、キノコ体の形態が回復し感覚運動機能が正常になるとのことで(10)、ファシンが脳の中心的機能の発現に欠かせないことが示唆されています。
図296-6 ニューロンの成長とファシン
参照文献
1)Kane RE. Preparation and purification of polymerized actin from sea urchin egg extracts. J Cell Biol., vol.66(2): pp.305-315.(1975) doi: 10.1083/jcb.66.2.305.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2109559/
2)Sedeh RS, Fedorov AA, Fedorov EV, Ono S, Matsumura F, Almo SC, Bathe M. Structure, evolutionary conservation, and conformational dynamics of Homo sapiens fascin-1, an F-actin crosslinking protein. J Mol Biol., vol.16;400(3): pp.589-604. (2010)
doi: 10.1016/j.jmb.2010.04.043.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7141155/
3)Scholarly Community Encyclopedia: Fascom
https://encyclopedia.pub/entry/6530
4)Longo LM, Kolodny R, McGlynn SE (2022) Evidence for the emergence of β-trefoils by ‘Peptide Budding’ from an IgG-like β-sandwich.
PLoS Comput Biol 18(2): e1009833.
https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1009833
https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1009833
5)東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)HP:
新たなタンパク質ファミリーは、古いタンパク質の継ぎはぎから生まれるのかもしれない
https://wpi.elsi.jp/ja-JP/news_events/highlights/2022/frankensteins_protein.html
6)Wikipedia: FSCN2
https://en.wikipedia.org/wiki/FSCN2
7)Benjamin Tubb, David J. Mulholland 1, Wayne Vogl, Zi-Jian Lan, Craig Niederberger, Austin Cooney, Joseph Bryan, Testis Fascin (FSCN3): A Novel Paralog of the Actin-Bundling Protein Fascin Expressed Specifically in the Elongate Spermatid Head., Exp. Cell. Res., vol.275. pp.92-109 (2002)
https://doi.org/10.1006/excr.2002.5486
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0014482702954868?via%3Dihub
8)千住洋介・末次志郎 Arp2/3複合体とアクチン重合 細胞生物学用語 (細胞生物学会)
https://www.jscb.gr.jp/experiment/glossary/experiment_glossary-82/
9)荒牧慎二 電子顕微鏡法と画像の統計的解析を用いた細胞運動に関わる糸状仮足の成長メカニズム解明 九州工業大学リポジトリ 学位論文(2016)
file:///C:/Users/morio/Downloads/jou_k_315-2.pdf
10)Hardin KR, Penas AB, Joubert S, Ye C, Myers KR, Zheng JQ. A Critical Role for the Fascin Family of Actin Bundling Proteins in Axon Development, Brain Wiring and Function. bioRxiv [Preprint]. 2025 Jun 10:2025.02.21.639554. doi: 10.1101/2025.02.21.639554. Update in: Mol Cell Neurosci. 2025 Sep;134:104027. doi: 10.1016/j.mcn.2025.104027.
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