続・生物学茶話290:記憶の固定をめぐって 2.芳香族アミノ酸水酸化酵素
神経伝達に必要なカテコールアミンのなかで、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンの生合成経路を図290-1に示しました(1)。これらの主要な神経伝達物質は芳香族アミノ酸のひとつであるチロシンから合成されます。このほかにセロトニンは別の芳香族アミノ酸であるトリプトファンから合成されます。これは図290-4に示してあります(2)。
L‐ドーパはアミノ酸ですが通常はタンパク質の構成要素とはなりません。しかし細菌や植物を含む神経をもたない生物にもこの分子は存在するので、神経伝達物質の前駆体という役割以外にも機能が存在するに違いありません。おそらくGPCR(Gタンパク質共役受容体)を介して情報伝達にかかわっていると思われます。
図290-1 カテコールアミンの主要な生合成経路
チロシンを出発点とするカテコールアミン生合成経路の律速酵素はチロシン水酸化酵素(TH)とされています(3)。この酵素を含めて一般に芳香族アミノ酸を水酸化する酵素はヘムを構成しない2価鉄イオンを含み、反応にはテトラヒドロビオプテリンと酸素を必要とします(図290-2)。すなわちこれらの酵素は、非常に類似した反応機構をもつ一つのグループと思われます。またシアノバクテリアが大量発生する前の酸素がきわめて薄い地球大気のもとでは、このような酵素による反応は存在しなかったと思われます。ただし進化的系譜の根元には嫌気的細菌があるという矛盾点もあります(図290-5)。
芳香族アミノ酸水酸化酵素は特異性がよくわかっていないグループ(AAAH:aromatic amino acid hydrolase)、フェニルアラニン-4-水酸化酵素(PAH)、チロシン水酸化酵素(TH)、トリプトファン水酸化酵素(TPH)などがありますが、これらは進化的に密接な関係があることがわかっています。カオらが最初にこれらの酵素群の進化的関係について発表したのは2010年ですが、その論文の中で彼らは「Given the relatively high amino acid sequence similarity found among AAAH proteins(4), surprisingly, few studies haveinvestigated their relationships. 」(5)と述べています。重要な酵素群でありながら、長い間それらの関係性はネグレクトされていたことがうかがえます。
図290-2 チロシン水酸化酵素とフェニルアラニン水酸化酵素
カテコールアミン類を合成するおおもとのアミノ酸は必須アミノ酸の一つフェニルアラニンです(6、図290-3)。チロシンはフェニルアラニンから合成されます。これらのアミノ酸から神経伝達物質としてよく知られている物質以外ににも多くの種類の分子が合成されます。これらの物質も神経に何らかの作用を及ぼす可能性がありますが、詳しくはわかりません。たとえば Synephrine という物質はミカンに含まれていて、交感神経を刺激する作用があることが知られていますが、ヒトの生体内で生合成される量のこの物質が、実際どのような役割を果たしているのかは不明なようです。
図290-5でわかりますが、フェニルアラニンをチロシンに変えるフェニルアラニン-4-水酸化酵素(PAH、図290-4)はチロシン水酸化酵素(TH)より歴史は古く、このおかげでチロシンは必須アミノ酸ではなくなったわけです。
図290-3 フェニルアラニンの代謝経路
カオらはAAAH、PAH、TH以外にトリプトファン水酸化酵素(TPH)についても調べました。この酵素はトリプトファンを5-ハイドロキシトリプトファンに代謝し、さらに別に酵素によってセロトニンが生成されます(290-4)。セロトニンは様々な生理作用を持つ神経伝達物質です(7)。
図290-4 フェニルアラニン-4-水酸化酵素とトリプトファン水酸化酵素
カオらは既に報告されている遺伝子情報をまとめた細菌のデータベースを調査することによって、AAAH、PAH、TH、TPHがどのような関係にあるかを明らかにしました(5)。その結果を図290-5に示します。データベースを用いた調査なので、実際に酵素活性や特異性を調べたものではありません。しかしこれら4群の酵素が予想通り進化的に相同であり密接に関係があることがわかりました。発生した順でいえばAAAHからPAHが生まれ、PAHからTHとTPHが生まれたということになります。
これらすべての酵素群は細菌においてすでに用意されていたということになります。ひとつだけコル古細菌からも発見されています(図290-5緑四角)。古細菌についてはもっと詳しい調査が行われるべきだと思います。もしごく一部の古細菌からしか芳香族アミノ酸水酸化酵素がみつからないとなれば、その生物群から真核生物が進化したことが示唆されます。ともあれ細菌の中にすでにL-ドーパやセロトニンを使っていた者がいたわけで、これらが神経細胞の発生とともに現れたのではないということは明らかです。
図290-5 芳香族アミノ酸水酸化酵素の進化的系譜 Cao et al (2010) 文献5
残念ながらCao氏もZhou氏も2010年に論文を発表したのち、芳香族アミノ酸水酸化酵素についての仕事をしている形跡がありません。このほか例えば古細菌の芳香族アミノ酸水酸化酵素についての研究も進展していません。
参照
1)Izel Tekin, Robert Roskoski Jr., Nurgul Carkaci-Salli, Kent E. Vrana, Complex molecular regulation of tyrosine hydroxylase., Journal of Neural Transmission, vol.121, no.6 (2014) DOI 10.1007/s00702-014-1238-7
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24866693/
2)Wikipedia: serotonin
https://en.wikipedia.org/wiki/Serotonin
3)脳科学辞典:カテコールアミン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3
4)Teigen, K., McKinney, J.A., Haavik, J. and Martinez, A., Selectivity and affinity determinants for ligand binding to the aromatic amino acid hydroxylases. Curr. Med. Chem. vol.14, pp.455-467 (2007)
5)Cao J, Shi F, Liu X, Huang G, Zhou M. Phylogenetic analysis and evolution of aromatic amino acid hydroxylase. FEBS Lett. vol.584(23), pp.4775-4782 (2010).
doi: 10.1016/j.febslet.2010.11.005.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21073869/
6)Wikipedia: Catecholamine
https://en.wikipedia.org/wiki/Catecholamine
7)ウィキペディア:セロトニン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3
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