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2025年12月21日 (日)

続・生物学茶話289:記憶の固定をめぐって 1.MRTF

GPCR(Gタンパク質共役受容体)は、動物だけでなく植物や細菌にも存在する非常に進化的に古いタンパク質で、外界と細胞をつなぐ重要な役割を果たしています(1)。神経も成長、分化、機能発現にこのたんぱく質が受け取り発信するシグナルによって起動されるシステムを利用しています(2)。図289-1に示したCdc42・Rac・RhoAはいずれもRhoファミリーに所属するいわゆる低分子量Gタンパク質で、GPCRが受け取った情報を細胞内に伝える役割を果たしています。神経細胞はこれらのGタンパク質を使って、図289-1のような経路で細胞骨格を形成するアクチンやチュブリンの集合を調節し、細胞の成長・増殖・分化を制御しています。

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図289-1 細胞骨格を制御するRhoファミリーのタンパク質

記憶を安定的に保存するためにはシナプスの構造変化が必要です(3、4)。どのような方法で神経細胞の構造を変化させてシナプスを増強安定化させるか、その基本はアクチン分子(Gアクチン)を重合させて繊維状のアクチン(Fアクチン)を形成させることにあります。すなわち図289-1に示したようなメカニズムを利用することによって神経の可塑化が実現されています。

実際にはグルタミン酸などの神経伝達物質が受容体の構造変化を引き起こし、その結果RhoAなどが活性化されてアクチンが重合を開始します(5)。カルシウムの流入なども重要なイベントですが、いずれ取り上げる予定です。このような状況下ではGアクチンとMRTF複合体は解離し、Gアクチンはアクチン繊維の素材として使われることになります。一方Gアクチンと分離したMRTF(myocardin-related transcription factor)は核に移行し、SRF(serum response factor)と複合体を形成して遺伝子発現の調整を行います(6、7、図289-2)。マイオカルディンは筋肉にしか発現しませんが、MRTFはニューロンを含む様々な細胞に発現します。

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図289ー2 MRTFの細胞質および核内での役割

Serum response factor=SRF とは意味の分かりにくいネーミングですが、この由来を知るにはまず最初期遺伝子という概念を知る必要があります。最初期遺伝子とは細胞が増殖や分化など何らかの活動を開始する上で、最も上流にある(初期に転写される)遺伝子群です。シャーレの中で静かな状態にある細胞に血清を加えると、通常まず最初期遺伝子が転写され、細胞は活動を開始します(8)。その最初期遺伝子である fos やβアクチンなどの遺伝子の上流にある転写制御領域に結合して転写を開始させる役割を持っているのでSRFと命名されたのでしょう。つまりSRFが活動を始めないと最初期遺伝子が転写されません。

MRTFはそのSRFと結合し、SRFと共同で遺伝子発現の制御を行います。MRTFタンパク質のドメイン構造は図289-3のようになっています。アイソフォームであるMRTFBはMRTFAよりN末が少し長くなっていますが、その他の構造はAとBでほとんど変わりがありません。1番N末に近い部分に、Rhoシグナルが弱い環境においてGアクチンと結合する部分があり、続いて転写因子SRFと結合して核内で機能するための部位があります。それよりC末側には染色体・DNAとかかわりのあるサイトが並んでいます。

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図289-3 MRTFタンパク質のドメイン構造

SRF複合体転写因子は軸索の成長やガイダンスの役割を担っているエフリンAやセマフォリンの
発現に関わっていると思われます。SRFが脳で発現しないコンディショナルノックアウトマウスを作成し、海馬の歯状回からCA3領域に投射する苔状線維(特殊軸索)を染色した切片を観察すると、整然とした構造が失われ、図289-4bおよびdのようにランダムな方向に伸長しているようにみえます(9)。

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図289-4 海馬歯状回ニューロンから伸びる軸索の構造(ニューロフィラメントに結合するタンパク質α-NFAPの免疫染色)

エフリンとその受容体は接触依存性の反発を行う機能を持っており、軸索が伸びる方向を決める役割を果たしています(10)。SRFが発現していないコンディショナルノックアウトマウスのニューロンはエフリンの誘導(赤ストライプ)に従った軸索の伸長ができず、図289-5bのように網状構造になってしまいます。SRFが発現しているコントロールでは一定の方向性をもって伸長しています(図289-5a)。

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図289-5 細胞培養系での軸索誘導実験

このようなことから、長期記憶の固定には海馬の苔状線維が正常な構造を持つことが重要であると思われます。SRFが脳で発現していないマウスでは記憶の固定がうまくできません(11)。

 

参照文献

1)ウィキペディア:Gタンパク質共役受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA%E5%85%B1%E5%BD%B9%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

2)Eve-Ellen Govek, Sarah E. Newey, and Linda Van Aelst, The role of the Rho GTPases
in neuronal development., Genes & Dev. vol.19: pp.1-49 (2005)  doi: 10.1101/gad.1256405
https://genesdev.cshlp.org/content/19/1/1.short

3)東洋大学 医学博士に聞く、記憶力・学習力アップに影響する脳機能「シナプス可塑性」とは? https://www.toyo.ac.jp/link-toyo/life/synapticplasticity

4)脳科学辞典:Rhoファミリー低分子量Gタンパク質
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Rho%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%BC%E4%BD%8E%E5%88%86%E5%AD%90%E9%87%8FG%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA

5)Murakoshi, H., Wang, H., & Yasuda, R., Local, persistent activation of Rho GTPases during plasticity of single dendritic spines. Nature, vo.472(7341), pp.100-104. (2011)
http://doi.org/10.1038/nature09823
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3105377/

6)伊原大輔 神経形態・遺伝子発現に関わる転写因子のシナプス活性化による制御に基づく神経可塑性メカニズムの解明 YAKUGAKU ZASSHI vol.145, pp.931-936 (2025)
https://doi.org/10.1248/yakushi.25-00136
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/145/12/145_25-00136/_html/-char/ja

7)森田強 和歌山県立医科大学生物学・分子細胞制御学HP
https://www.wakayama-med.ac.jp/med/lasbiology1/morita/research.html

8)脳科学辞典:血清応答因子
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A1%80%E6%B8%85%E5%BF%9C%E7%AD%94%E5%9B%A0%E5%AD%90

9)Knöll B, Kretz O, Fiedler C, Alberti S, Schütz G, Frotscher M, Nordheim A. Serum response factor controls neuronal circuit assembly in the hippocampus. Nat Neurosci. vol.9(2): pp.195-204 (2006) doi: 10.1038/nn1627
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16415869/

10)脳科学辞典:Eph受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Eph%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

11)Amit Etkin, Juan Marcos Alarcón, Stuart P. Weisberg, … Yan You Huang, Alfred Nordheim, Eric R. Kandel, A Role in Learning for SRF: Deletion in the Adult Forebrain Disrupts LTD and the Formation of an Immediate Memory of a Novel Context.,
Neuron, vol.50, Issue 1, pp.127 - 143 (2006) DOI 10.1016/j.neuron.2006.03.013
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(06)00210-8

 

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コメント

一‧二段落と三‧四段落とがまるまる重複してますよ!

投稿: NiiiNonno | 2025年12月29日 (月) 16:22

>NiiiNonno 様

ご指摘ありがとうございます
ケアレスミスです
修正いたしました

monchan(管理人)

投稿: monchan | 2025年12月30日 (火) 00:12

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