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2025年11月20日 (木)

続・生物学茶話287:感情とは 4.社会的認知

前稿では前頭前野や扁桃体の恐怖反応における機能についてのべましたが(1)、前頭前野や扁桃体は社会性についての機能も持つと考えられています。生まれてから思春期まで社会経験を剥奪された場合、人間関係・協調性・社交性・感情表現などに影響があることは良く知られていますが(2)、それを測定して実験科学の俎上に載せるということはなかなか困難です。

この困難を突破する道を最初に切り開いたのは、ハリー・ハーロウらが1965年に発表したサルを使った研究でした(3)。彼らは実験によって、社会的隔離を行った場合に学習能力は維持されるにも関わらず、6ヵ月の隔離を行うと他者に対する行動が著しく変化する、すなわち威嚇が増え、遊びが減るという実験結果を発表しました(3、図287-1)。成長してから隔離してもこのようなことはおこりません。ヒトにおきかえてみれば、幼少期のネグレクトなどが大きな影響を及ぼすことを示唆しています。

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図287-1 サルを使った社会的孤立の影響についての実験

脳の研究にはサルを実験動物として使うことがままあるようですが、まずは比較して知能が低いげっ歯類を使って「いけるところまで行く」のは倫理的にみて当然です。図287-2は Gangopadhyay らが示したヒト・サル・マウスの脳を比較した図で、社会的認知に関係している可能性が高い部域を灰青色に塗っています(4)。

この図にはひとつ問題があって、ヒトやサルでは扁桃体 (amygdala) と海馬(HIPP=hippocampus)が近接していますが、マウスでは離れているように見えます。しかしそれはひとつの断面でみているからであって、実際にはマウスの海馬は立体的に見ると図287-2右下のようにマウスの脳の中では巨大な組織であり、扁桃体とも近接している領域があります(5、右上図の点線部分ー私が加筆 も参照)。またマウスにおいてもヒト・サルと同様に扁桃体海馬境界領域は存在します。

ヒト、サル、マウスの大きな違いは、ヒトは上側頭溝(STS=superior temporal sulcus)と側頭頭頂接合部(TPJ=temporal parietal junction)が灰青色に塗られている、サルではSTSだけ塗られている、マウスでは両者とも存在しないということです。社会的認知に関与すると考えられている dmPFC(背内側前頭前野)・ACC(前帯状皮質)・OFC(眼窩前頭皮質)・NAcc(側坐核)・Amygdala(扁桃体)・HIPP(海馬)あるいはそれらに相当する領域はこれらの動物に共通に存在することが示されています(図287-2)。

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図287-2 ヒト・サル・マウスの社会的認知に関係すると思われる脳領域の比較

さてげっ歯類の社会行動を研究するに際して重要なのは、サルやヒトにとって社会的認知を行うに際して最も重要なのは視覚による認識であるのに対して、げっ歯類では嗅覚による認識であることです。げっ歯類の社会行動を研究するために3室社会性テストという定番の実験があって、Leeらもこれを使って脳の活動を調べました(6)。

実験には図287-3Aのような3室チェンバーを用意します。部屋の間には網が設置してあって通ることはできません。データをとるマウスは脳に電極をつけて真ん中の部屋に入れます。マウスの行動はビデオで撮影しておいてあとで解析します。

最初は左右両側の部屋は空室です。真ん中の部屋で10分間過ごさせ、少しのお休みをはさんで、次は左の部屋(S)に別のマウスを入れ、右の部屋(O)には首振り人形を入れます。10分間データをとります。さらに少しのお休みをおいて、次は左に首振り人形、右にマウスを入れます。同様に10分間データをとります。

図287-3Bの縦軸は Nose-poke となっていますが、これは鼻を動かして臭いをかぐ行動をしている時間を意味します。図で in zone となっている10cm幅の領域でのこの行動時間を測定します。つまり別の生体マウスの近傍で臭いかぎ行動を行なっている時間と、首振り人形に近傍で臭いかぎ行動を行っている時間を測定した結果が図287-3Bです。予想される通りマウスの近傍でクンクンやっている時間が圧倒的に長いですが、場所を入れ替えての2回目となるともう慣れてしまって差は小さくなります。Cはそれぞれの近傍領域(In zone)に滞在する時間です。1回目はマウスの近傍に居る時間が長いですが、2回目には差は小さくなります。

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図287-3 3室社会性テスト

図287-4は前辺縁皮質(ヒトの内側前頭前野に相当する)に埋め込んだ電極で検出されたスパイクの状況ですが、マウスに対して臭いかぎ行動を行っている場合に顕著なスパイクが観察されました(橙色のスパイク)。なにも無い時や首振り人形に対して臭いかぎ行動をとっているときには、社会性行動に関わると考えられている脳の領域では顕著なスパイクは観察されないことが示されています。前辺縁皮質(ヒトの場合のmPFC=内側前頭前野)が社会性行動に関わっているであろうことを示唆するデータです。

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図287-4 社会的認知とmPFC相当領域のスパイク

雌雄異体の生物は、最低でも交配する相手を見つけて性的接触をしなければいけませんし、多くの場合子育ても必要です。集団で行動する生物はもちろん、一時的にでも家族で生活する生物、縄張りを持つ生物は他の個体や集団の中での作法が必要であり、社会的認知が必要です。ヒトやサルはそれを主に視覚を基盤として成立させますが、げっ歯類では主に嗅覚を基盤とします。マウスももちろん交配相手を見つけて交尾し、子育てを行わなければなりませんし、集団で生活させると多くの場合順位が発生します(7)。

たとえばオスとメスを出合わせると、嗅覚を通じてお互いにほとんど同じタイプの電位変動のパターンが背内側前頭前野にみられ、前頭眼窩野では社会的認知に基づく行動を優先するようなシグナルが発生します。興味深いのは扁桃体の細胞にはオスの場合だけ興奮する細胞、メスの場合だけ興奮する細胞、両者で興奮する細胞、子供の場合も含めて興奮する細胞などがあることです。性特異的に興奮する細胞はおそらく性ホルモンなどの分泌に関連していると思われます(4、図287-5)。

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図287-5 マウスの社会性行動に脳の各部位がどのように寄与するか

谷水らはマウスについて社会的認知に必要な記憶は転写因子であるCREBによって転写されるc-fosとArcを必要とすることを示しました。これらが海馬・内側前頭前野・前帯状皮質・扁桃体で合成されることによって長期記憶が形成されるとしています(8)。

参照

1)続・生物学茶話286:感情とは 3.扁桃体周辺
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/11/post-92a54b.html

2)りとる愛らんど 社会性の発達 幼少期から思春期までの変化と友人関係の重要性
https://little-i-land.com/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%80%A7%E3%81%AE%E7%99%BA%E9%81%94%E3%80%80%E5%B9%BC%E5%B0%91%E6%9C%9F%E3%81%8B%E3%82%89%E6%80%9D%E6%98%A5%E6%9C%9F%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%A4%89%E5%8C%96%E3%81%A8%E5%8F%8B/

3) Total social isolation in monkeys., H F Harlow, R O Dodsworth, and M K Harlow
Proc. NAS., vol.54, no.1, pp.90-97 (1965)
https://doi.org/10.1073/pnas.54.1.90
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.54.1.90

4)Gangopadhyay P, Chawla M, Dal Monte O, Chang SWC. Prefrontal-amygdala circuits in social decision-making. Nat Neurosci. vol.24 (1), pp.5-18. (2021)
doi: 10.1038/s41593-020-00738-9.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33169032/

5)石龍徳(SEKI Tatsunori)の研究ページ
https://sekitatsulab.jimdofree.com/

6)Lee E, Rhim I, Lee JW, Ghim JW, Lee S, Kim E, Jung MW. Enhanced Neuronal Activity in the Medial Prefrontal Cortex during Social Approach Behavior. J Neurosci., vol.29, pp.6926-36.(2016)
doi: 10.1523/JNEUROSCI.0307-16.2016.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27358451/

7)猪貴義, 吉川早紀男 マウスの社会的順位と体重, 副腎, 胸腺, 睾丸, 包皮腺重量との関係
実験動物 15 巻 2号 p. 49-53 (1996)
DOI: https://doi.org/10.1538/expanim1957.15.2_49
https://www.jstage.jst.go.jp/article/expanim1957/15/2/15_2_49/_article/-char/ja/

8)Tanimizu T, Kenney JW, Okano E, Kadoma K, Frankland PW, Kida S. Functional Connectivity of Multiple Brain Regions Required for the Consolidation of Social Recognition Memory. J Neurosci., vol.12;37(15) pp.4103-4116, (2017)
doi: 10.1523/JNEUROSCI.3451-16.2017.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28292834/

 

 

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