光学顕微鏡の分解能は100nm~200nmが理論上の限界と言われています(1)。ですからシナプス(20nm)やシナプス小胞(50nm)は見ることができません(2)。もちろん免疫組織化学でタンパク質の局在を見ることもできません。では電子顕微鏡でということになるのですが、一応それなりの構造はみることができますが、免疫電顕はなかなか難しい問題が多くて、光学顕微鏡レベルの免疫組織化学とは別世界です。
電子顕微鏡でわかったことは、シナプス前終末近傍にはシナプス小胞が集積していること、電子密度の高いアクティブゾーンと言われる部分があること、シナプス後膜近傍には電子密度が高い裏打ち構造(シナプス後厚肥 postsynaptic density=PSD)があることなどです〈2―4、図282-1))。

図282-1 シナプスの電子顕微鏡写真
そして場合によっては、シナプス間隙にはっきりとした電子密度の高い線状あるいはカラム状の構造がみえることがあります(5-7、図282-2の青い矢印)。また同じシナプス間隙のなかでも線状構造体など電子密度の高い部分が明瞭に見える部分と、見えない部分があることがあります(図282-2)。これは一体何を意味しているのでしょうか?

図282-2 シナプス架橋の電子顕微鏡写真
a:https://www.oist.jp/ja/news-center/photos/11850
b:https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%BE%8C%E8%82%A5%E5%8E%9A&mobileaction=toggle_view_desktop
c:https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E6%8A%91%E5%88%B6%E6%80%A7%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9&mobileaction=toggle_view_desktop
シナプス間隙など光学顕微鏡では見えない微小部分を解析するために、新たに Expansion Microscopy という技術が開発されました(8)。ニコンのサイトからダウンロードした解説書によると「標本に含まれるタンパク質のアミン基を架橋剤(Acryloyl-X, SEなど)で処理後、ポリアクリルアミドと吸水性ポリマーをベースにしたハイドロゲルで標本をゲル化する。ゲル化した標本は酵素消化または熱変性で物理的に均一化し、水を加えることで膨張する。ExMでは約4.5倍まで標本を拡大できるため、従来の光学顕微鏡の分解能を超えた解像度を得ることができる。また、拡大後の標本の組成は約99%が水となるため、長作動距離の水浸対物レンズを用いることで、深層部まで広域にわたって高解像度イメージングが可能である。」だそうです(9)。
光学顕微鏡自体も進歩して、100nm~200nmの分解能限界を超えるような製品が開発されてきました(10、11)。シュテファン・ザックスらはこれらの技術を駆使して、マウス海馬のニューロンのシナプスにおける足場タンパク質の免疫組織化学による可視化を行いました(12、図282-3)。
この結果は大変興味深いものでした。シナプス後厚肥の足場タンパク質 Homer1 とシナプス前アクティブゾーンの足場タンパク質 Basoon はそれぞれクラスターを形成しており、しかもそれらのクラスターはシナプスをはさんで対面しています。電位依存性カルシウムチャネルCaV2.1とBasoonは共同でクラスターを形成していることもわかります。シナプス空隙をはさんで、ある部分には Homer1および対面するBasoon/CaV2.1が存在し、ない部分(点線)には両者ともないということがわかりました(図282-3)。これは電子顕微鏡で見たシナプスに架かる橋の両端を思わせます。

図282-3 新技術によるシナプス周辺の免疫組織化学
Homer1:シナプス後厚肥の足場タンパク質、Basoon:シナプス前アクティブゾーンの足場タンパク質、CaV2.1:電位依存性カルシウムチャネル、AF647・CF568・AF488:蛍光色素、下右(Merge)は全タンパク質が灰色で染色してあります
現在ではシナプス空隙を架橋するタンパク質がいくつか発見されています。図282-4は深田優子らが提出しているモデルで、この架橋の中心になっているのはLGI1というタンパク質です(13)。LGI1の変異によって家族性てんかん症という遺伝性の疾患が発生することが知られています(14)。リガンドであるLGI1はシナプス前細胞および後細胞表層にある受容体ADAM22に結合し、これによってシナプス架橋が行われます。
ADAM22はシナプス前細胞ではCASKなど、シナプス後細胞ではPSD-95などの足場細胞に結合します。深田らによると、マウスを用いた実験で ADAM22は興奮性と抑制性の神経細胞のいずれで KO しても,致死性てんかんが必発するそうです。また辺縁系脳炎を引き起こす自己抗体の大部分がLGI1を標的としていると述べています(14)。ADAM22-LGI1がグルタミン酸のAMPA受容体を制御していることは昔から知られていました(15)。

図282-4 LGI1-ADAM22による架橋モデル
吴先登(Xiandeng WU)らは Neurexin-Neuroligin あるいは Neurexin-LRRTM(Leucine-rich repeat transmembrane neuronal protein) による架橋モデルを提唱しています(16、図282-5)。これらの架橋はシナプス前細胞および後細胞の双方に形成される液-液相分離によって形成された高分子集合体によって足場を与えられ、シナプスにおける情報伝達に影響を与えるとしています。

図282-5 Neurexin, Neuroligin, LRRTMによる架橋モデル
シナプス架橋を実行するタンパク質を transsynaptic protein、シナプス前後細胞の細胞膜周辺に集積されるこの架橋に関連するタンパク質群を含めた架橋全体の構造を trans-synaptic nanocolumn (シナプス間ナノカラム)と呼びます(17、18、図282-6)。この架橋は図282-2に示されているように、単独のタンパク質ではなく多数の分子が集合した構造と思われます。また架橋構造が長期記憶の分子生物学的実体を構成する重要なパーツである可能性があります。
参照
1)キーエンス 顕微鏡入門ガイド
https://www.keyence.co.jp/ss/products/microscope/beginner/study/principle.jsp
2)脳科学辞典 シナプス前終末
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%89%8D%E7%B5%82%E6%9C%AB
3)脳科学辞典 シナプス
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9
4)Heupel K, Sargsyan V, Plomp JJ, Rickmann M, Varoqueaux F, Zhang W, Krieglstein K. Loss of transforming growth factor-beta 2 leads to impairment of central synapse function. Neural Dev. Vol.3: no.25. (2008) doi: 10.1186/1749-8104-3-25.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18854036/
5)沖縄科学技術大学院大学 プレスリリース
https://www.oist.jp/ja/news-center/photos/11850
6)脳科学辞典:抑制性シナプス
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E6%8A%91%E5%88%B6%E6%80%A7%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9&mobileaction=toggle_view_desktop
7)脳科学辞典:シナプス後肥厚
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%BE%8C%E8%82%A5%E5%8E%9A&mobileaction=toggle_view_desktop
8)Chen F, Tillberg PW, Boyden ES. Optical imaging. Expansion microscopy. Science. 2015 Jan 30;347(6221):543-8. doi: 10.1126/science.1260088.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25592419/
9)ニコン アプリケーションノート Expansion microscopyを応用した、高速、深部、高解像度の多光子イメージング
https://www.microscope.healthcare.nikon.com/ja_JP/resources/application-notes/high-speed-deep-high-resolution-multiphoton-imaging-using-expansion-microscopy
10)菅原皓、岡部弘基、船津高志 超解像光学顕微鏡 Drug Delivery System vol.29, no.4, pp.354-356 (2014)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/29/4/29_354/_pdf
11)羽鳥研究室 超解像顕微鏡への道
https://khatori.yz.yamagata-u.ac.jp/dSTORM/dstorm2.html
12)Stefan Sachs, Sebastian Reinhard, Sebastian Reinhard, Janna Eilts, Markus Sauer, Christian Werner, Visualizing the trans-synaptic arrangement of synaptic proteins by expansion microscopy.,
Front. Cell. Neurosci., Sec. Cellular Neuropathology, vol.18 (2024)
https://doi.org/10.3389/fncel.2024.1328726
https://www.frontiersin.org/journals/cellular-neuroscience/articles/10.3389/fncel.2024.1328726/full
13)Fukata Y, Hirano Y, Miyazaki Y, Yokoi N, Fukata M. Trans-synaptic LGI1-ADAM22-MAGUK in AMPA and NMDA receptor regulation., Neuropharmacology. 2021 vol.194, no.108628. (2021)doi: 10.1016/j.neuropharm.2021.108628.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34089731/
14)横井紀彦,深田優子,深田正紀 てんかん発症を抑制するためのLGI1–ADAM22タンパク質複合体の量的制御機構 生化学 vol.95(3): pp.384-388 (2023) doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950384
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2023.950384/index.html
15)生理学研究所 プレスリリース けいれん・記憶障害をきたす自己免疫性辺縁系脳炎の病態を解明 ―てんかん関連分子LGI1の機能阻害が辺縁系脳炎をも惹起する―
https://www.nips.ac.jp/nips_research/press/2013/11/_lgi1.html
16)Xiandeng Wu,, Zeyu Shen and Mingjie Zhang, Phase Separation-Mediated Compartmentalization Underlies Synapse Formation and Plasticity., Annu. Rev. Neurosci. Vol.48: pp.149–168 (2025) doi: 10.1146/annurev-neuro-112723-040159.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39983028/
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