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2025年9月23日 (火)

続・生物学茶話281: 大脳辺縁系 5.Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡの発見

レモ、ホラー、河西らによって、ある条件の刺激がニューロンに加えられると、その刺激を受けたスパインのサイズが拡大し、それはすぐにはもとにもどらないということが記憶の実像であることが明らかになりました(1)。モザーらの実験結果は特に見事です(2、3、図281-1)。彼らはラットを水槽で泳がせ、空間認識によってある足が着く場所にたどり着かせるという学習(モリスの水迷路試験)をさせることによって、海馬CA1錐体細胞樹状突起のスパインが拡大することを示しました(図281-1)。

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図281-1 水迷路試験による学習の結果 増加拡大する海馬CA1樹状突起スパイン ラットは壁の図形を見て、水面下にある足場にたどり着き休むことができます。

次に問題になるのは、そのような構造的変化が起こるために必要な生化学的なメカニズムはどのようなものなのかということです。山内卓(やまうちたかし)らはカテコールアミンやセロトニンの生合成が律速酵素のリン酸化によって調節されていることを研究していましたが、その過程でCa++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡを発見し(4)、この酵素はATP、カルシウム+カルモジュリン、14-3-3タンパク質の存在下で活性化されることがわかりました(5、6、図281-2)。

さらにこの酵素は酵素でありながら海馬の全たんぱく質の約2%の重量を占め、しかもシナプス後肥厚(post synaptic density = PSD)の主要構成成分であり、シナプスの肥大化や新生の際にはこの酵素が活性化されることが必要であることがわかりました(5、6)。

現在では哺乳類のCa++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡには4つの遺伝子α、β、γ、δが存在し、α、βは特に脳・記憶に重要な役割を果たすことが分かっています(7、8)。スプライスバリアントが存在する関係でアイソフォームは非常に多く、文献7によると28種類あるそうです。図281-2にα、βの遺伝子構造を示します。触媒領域と調節領域の相同性は非常に高く、αとちがってβは調節領域と会合領域の間に挿入部分があります(図281-2)。

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図281-2 Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡα・βの活性化と遺伝子構造

この酵素の4タイプのタンパク質の構造を図281-3に示しました(9)。上記のようにスプライスバリアントが存在するので細かな違いはありますが、大まかには4つの遺伝子に対応したこの4タイプのタンパク質になります。γ型とδ型はあらゆる臓器にみられますが、α型とβ型は脳の神経細胞に局在します。緑の四角形はリン酸化部位で、薄緑色の調節ドメインに集中的に存在し、ここが自己リン酸化されることによってこの酵素は活性化します。ヒトとラットでこのような局在やメカニズムは変わりません。

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図281-3 ヒト Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡのアイソフォーム 左端灰色:N末領域、灰青:触媒ドメイン、薄緑:調節ドメイン、右端青紫:会合ドメイン・C末  (Salaciak et al., 2021)

Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡは、調節ドメインにCa++/カルモジュリンが結合すると、自己リン酸化してコンフォーメーションが変化することによって活性化します(10、図281-4A・C)。図281-4Bはホロ酵素の立体構造を示したものです(10)。触媒ドメインと調節ドメインが12のユニットを形成していますが、リンカーの中間領域を経て中央の会合ドメインは2つの分子づつがからまりあって6つのユニットを形成しています。美しい構造です。

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図281-4 Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡの自己リン酸化による活性化(A、C)と立体構造(B)

Ca++/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡの進化上の保存性は高く、図281-5は特に保存性の高い部分をとりあげたわけではなく、触媒ドメインから全く適当にピックアップしたのですが、βの例ではカエル・ニワトリ・マウス・ヒトで同じです。γδでも同じことが言えます。つまりデボン紀から全く変わってないということです。ハエ・線虫・ウニ・カニでも差はわずかでほとんど同じです(11)。

そして神経細胞がない海綿動物 (sponge) とも強い相同性が認められます。つまりこの酵素はすでに先カンブリア時代から存在していて、神経細胞ができたときに流用されたと考えられます。

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図281-5 各種動物におけるCa2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡのアミノ酸配列(一部)

林らの論文(10)を読んでいて少し気になることがありました。彼らは「CaMKII はセロトニン合成の律速段階酵素であるトリプトファン水酸化酵素の活性化因子として藤澤仁,山内卓らによよって,またほぼ同時期にその他いくつかのグループによっても独立に発見された.」と書いていますが、彼らが引用している山内グループの論文は1983年からです。1980年の論文(4)は引用していません。山内らは(4)の論文をもって自分たちが発見したと言っているわけですから、なかなかデリケートな話です。個人的には山内氏がノーベル賞を受賞していても不思議じゃないのにと思います。

参照文献

1)続・生物学茶話280: 大脳辺縁系 4.記憶のメカニズム解明の第1歩
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/09/post-4753b2.html

2)M B Moser, M Trommald, T Egeland, P Andersen, Spatial training in a complex environment and isolation alter the spine distribution differently in rat CA1 pyramidal cells.,
J Comp Neurol, vol.380(3) pp.373-381 (1997)
doi: 10.1002/(sici)1096-9861(19970414)380:3<373::aid-cne6>3.0.co;2-#
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9087519/

3)脳科学辞典:迷路 
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%BF%B7%E8%B7%AF

4)Takashi Yamauchi, Hitoshi Fujisawa, Evidence for three distinct forms of calmodulin-dependent protein kinases from rat brain., FEBS Letters vol.116, pp.1873-3468 (1980)
https://doi.org/10.1016/0014-5793(80)80628-4
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1016/0014-5793%2880%2980628-4

5)山内卓 カムキナーゼ II から記憶・学習の分子的基盤へ
薬学雑誌 vol.127(8), pp.1173-1197 (2007)
https://doi.org/10.1248/yakushi.127.1173
https://yakushi.pharm.or.jp/FULL_TEXT/127_8/pdf/1173.pdf

6)Lisman J, Schulman H, Cline H. The molecular basis of CaMKII function in synaptic and behavioural memory. Nat Rev Neurosci., vol.3(3): pp.175-90. (2002)
https;//doi: 10.1038/nrn753
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11994750/

7)脳科学辞典:カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BE%9D%E5%AD%98%E6%80%A7%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA%E3%82%AD%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BC

8)ウィキペディア:Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII
https://ja.wikipedia.org/wiki/Ca2%2B/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BE%9D%E5%AD%98%E6%80%A7%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BCII

9)Kinga Salaciak, Aleksandra Koszałka, Elzbieta Zmudzka and Karolina Pytka, The Calcium/Calmodulin-Dependent Kinases II and IV asTherapeutic Targets in Neurodegenerative and Neuropsychiatric Disorders, Int. J. Mol. Sci., vol.22, 4307 (2021)
https://doi.org/10.3390/ijms22094307
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33919163/

10)林康紀,細川智永,劉品吾,實吉岳郎 CaMKIIの新しいシナプス可塑性機構
生化学 第 93 巻第 2 号,pp. 191‒202(2021)
https://doi:10.14952/SEIKAGAKU.2021.930191
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2021.930191/index.html

11)Robert M. Tombesa, M. Omar Faisona, J.M. Turbeville, Organization and evolution of multifunctional Ca2+/CaM-dependent protein kinase genes., Gene vol.322, pp.17–31 (2003)
https://doi: 10.1016/j.gene.2003.08.023
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14644494/

 

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