ゾルゲと花子1
この本の著者石井花子は倉敷の出身で、幼い頃に父親を亡くし母親は地元の資産家に家をもらって第2夫人となりました。花子はその新しい父親の籍にはいりましたが、生活の援助はしてもらえず、貧困のため高等女学校を中退し岡山大学の看護婦養成所に移って卒業し、その後上京しました。
ゾルゲと石井花子が出会ったドイツ式ビアホール「ラインゴールド」があった銀座の電通旧本社ビルは現在も存在し、電通のグループ企業などが入居しているそうです(1)。石井花子はこのビアホールにホステスとしてアグネスという名前で勤務していました。
ラインゴールドは外国人はもとより政府高官や政治家なども出入りする特殊な場所で、ホステスもそれなりの知識を持っていなければお相手はできません。花子も英語やドイツ語を少し話せるくらいのインテリジェンスはありました。ある日客のひとりとして、花子は店主のケテルに紹介されてゾルゲとはじめて会いました。1935年のことです。
早速次の日デートをしてゾルゲは花子にモーツァルトのレコードをプレゼントしています。お互いに一目惚れだったのでしょう。夜は今でも銀座にあるレストラン「ローマイア」で食事をしています。ローマイアは戦後日本橋などで営業していましたが、2019年に再び銀座に移転し、現在も営業しています(2)。
そして翌年の1936年には二二六事件が勃発し、花子はゾルゲとこの事件についてローマイヤで議論しています。花子はこの事件についての感想をゾルゲに話しました。ゾルゲの表の仕事はドイツの新聞社の特派員でした。ある種の取材だったのかもしれません。
ゾルゲの自宅は麻布永坂町にあり、そこで彼は古事記・日本書紀・源氏物語などを読んでいました。彼は日本の仏像が好きで写真をたくさん集めていたそうです。また宮城与徳の絵が好きでした。そしてフクロウをペットとして飼育していました。
花子には恋人がいましたが、ゾルゲの自宅で彼と結ばれました。ゾルゲは42才、花子は26才でした。花子は「彼の私への接し方はいつもノルマルで、決して遊戯型ではなかった」と書いています。また精力絶倫であったとも書いています。花子は恋人がいた大阪へ自分の気持ちが変わったことを伝えに出かけています。
1936年ゾルゲの事実上の妻となった花子は、実母を呼んで一軒家に住み、ピアノを買ってゾルゲの友人である武蔵野音大教授のユンケルに習ったりしました。まるで上流階級のような生活です。1937年になって花子は仕事もやめて、ゾルゲのお金で生活するようになりました。この年には盧溝橋事件が勃発し、日本は戦争への道に突き進んでいきます。この頃ゾルゲは花子に「日本の男は喧嘩好き ダメです」と言ったそうで、花子もそれには同意しました。
1938年ゾルゲはオートバイで交通事故を起こし重傷を負って聖路加病院に入院しました。この頃からゾルゲは憲兵に目をつけられていて、花子のところにも探りを入れに来るというようなことがありました。
ある時子供を作ろうとしないゾルゲに、花子はどうしてかと訊いてみました。そうするとゾルゲは「私は早く死ぬから子供がかわいそう」と答えたそうです。
1939年に自宅を訪ねてきた元の恋人に花子は「ひとつの民族、ひとつの国家に属するものは、たとえなぐさめはあっても時代とともに滅び去り、人類永遠の福祉という崇高な目的に到達する偉大さはないでしょう」と話しています。また花子はこの思想は自分の生活から感得したと述べています。立派なアンチ右翼の思想であり、現代においても右翼を忌避する者すべての原点でもあります。私も右翼は嫌いです。花子は彼とともに銀座に出かけて、喫茶店でショパンのピアノソナタを聴いています。
この年ゾルゲはルフトハンザの経営者であるガブレツと上海・香港を視察しています。帰国後花子に日本と中国の戦争は長引き、どちらも負けることになると話しています。日本は中国で泥棒をやっているとも話しています。8月には突然独ソ不可侵条約が締結されヒトラーとスターリンが手を握るという事件がおこりました。驚天動地の平沼内閣は「複雑怪奇」の言葉を残して総辞職しました。当時の日本は満州周辺でソ連軍の強い圧力を受けていて(実際ノモンハンの戦闘で壊滅的な打撃をうけたりしています)、これと対抗するためにドイツと同盟を結んだのに、そのドイツとソ連が手を結ぶなどとは全く想定外だったのでしょう。
9月にはドイツ軍がポーランドに侵入し、英仏がドイツと開戦するという事態になりました。第2次世界大戦の勃発です。ゾルゲは花子をドイツに留学させて、危険な仕事をすることになる自分の身辺から遠ざけようとしていましたが、それも不可能になりました。
花子は子供を作ろうともしないし、結婚もしないゾルゲを不審に思っていましたが、それがエゴイズムのせいではないことは確信していました。しかし仕事に精魂尽くすゾルゲという男はいったい何者なんだろうかという疑問は抱いていました。
1)ウィキペディア:電通銀座ビル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E9%80%9A%E9%8A%80%E5%BA%A7%E3%83%93%E3%83%AB
2)ローマイヤレストラン 創業の地 銀座に移転リニューアルオープン
https://pdf.irpocket.com/C8043/bFn0/JQLc/whvS.pdf
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