« アラン・ギルバート&都響 ブラ4 世紀の名演 | トップページ | 喉元過ぎれば熱さを忘れる »

2025年7月27日 (日)

続・生物学茶話275: ドーパミンをめぐって

生物進化の過程において、神経伝達物質としてのドーパミンの歴史が非常に古いことは、プラナリア・昆虫・線虫などもドーパミンを使っていることから明らかです(1-3)。ですから遅くとも6億年位前にはドーパミンが神経伝達物質として使われていたことになります。神経伝達物質から離れると、バナナなどの植物にも存在することが知られています(4)。しかしここではそんなに手をひろげられません。

遠い過去から生物に利用されていたドーパミンですが、コスタとシェーンバウムの論文によると科学者がドーパミンの存在に気が付いたのは比較的新しく1910年のことだそうです(5)。この原著論文はみつかりませんでした。同じ年にドーパミンは化学合成されていています(6)。後者は論文を見ることができます。その後ドーパミンは長い間注目されず、2つの世界大戦を経て1952年にアドレナリンに似た交感神経興奮因子として報告され、ヘンリー・デイルによってドーパミンと名づけられたそうです(7)。

カールソンは1960年までにレセルピンを注射されて運動障害をおこした動物にL‐ドーパを注射すると回復すること、ドーパミンが脳基底核に集積していることなど多くの研究結果を発表して、ドーパミンが単にノルアドレナリンやアドレナリンの前駆体ではなく、それ自体が生理活性物質であることを示しました(8、図275-1)。このことはL-ドーパによるパーキンソン病の治療に直接つながり、カールソンは2000年のノーベル生理学医学賞を受賞しています。現在では哺乳類の脳に存在するカテコールアミンの80%がドーパミンであることがわかっています(5)。

2751a

図275-1 カールソンの実験

ドーパミンの主要な生産拠点である黒質緻密部と腹側被蓋野へは脳内のありとあらゆる部域から入力があります。これには前頭前野や小脳のようにこれらを興奮させてドーパミンの産生をうながす領域と線条体や淡蒼球のように産生を抑制する領域があります(5、9、図275-2)。しかし脳幹諸核や視床下部からは興奮・抑制の両者のシグナルがあるようで、これは出力側とともに黒質緻密部や腹側被蓋野をバルクとして考えるべきではない場合があり、シグナルを出す細胞と受け取る細胞それぞれ個別のネットワークがあると考えるべきなのかもしれません(図275-2)。

入力側と比べて出力側は比較的シンプルで、線条体・側坐核・辺縁系・大脳皮質などに限定されています。ある行動を起こすか起こさないかはこれらの部域によって決定されるのでしょう(図275-2)。特に黒質緻密部から線条体への投射はすさまじく、ひとつの黒質緻密部細胞の軸索が線条体でラットの場合で3万個、ヒトではその10倍のシナプスを形成するそうです(5)。

2752a


図275-2 ドーパミン系神経核(黒質緻密部・腹側被蓋野)の入出力一覧

文献5には面白い記述があります。たとえばドーパミン系の神経細胞は樹状突起の途中から軸索が出ている場合があるとか、シグナルが軸索から樹状突起へと逆行することがあるとか、特に驚いたのはドーパミンの受容体はシナプスだけでなく細胞全体に存在し、信号伝達はシナプスよりむしろ細胞全体で受け取られるという記述です。このことはドーパミンによるこのようなパラクライン的神経伝達が、シナプスができる前の原始的な生物においても利用されていたことを意味するのかもしれません。出力も軸索先端からのみ行われるのではなく、樹状突起からもドーパミンが放出されているようです(5)。

黒質緻密部と腹側被蓋野のドーパミンニューロンは覚醒時にも麻酔時にも一定の間隔で自動的に興奮しています(5,9)。このとき間接路に投射する線条体のD2受容体系ニューロンにはドーパミンが結合しますが、直接路のD1受容体には結合しません(5、図275-3)。ドーパミンニューロンがバースト発火すると高頻度の脱分極がおこり、このときには線条体D1受容体にもドーパミンが結合し(図275-3)、直接路が活性化されてその出力先である淡蒼球内節や黒質網様部の抑制活動が一時的に抑制され、それらの投射先である視床・大脳皮質が興奮して運動が引き起こされます。

黒質緻密部・腹側被蓋野の興奮がおさまると、一時的にパルスが消滅し(図275-3c)、線条体のD1・D2受容体共にドーパミンと結合していない状態となって、これが興奮終了のシグナルになります(図275-3)。このような複雑なメカニズムで行動の開始と終了が規定されていることにはわけがあるとおもわれますが、いまのところなぜだかはわかりません。淡蒼球内節や黒質網様部も常時抑制シグナルを出していてるという共通点があります。

2753a

図275-3 黒質緻密部・腹側被蓋野ニューロンの発火様式

哺乳類では垣間見ただけでもドーパミンは非常に複雑なメカニズムで行動を制御していて、学習・記憶・感情などにも関与していることからますます複雑怪奇な印象を受けますが、非常に単純な体の構造を持った線虫(C.elegance)にもドーパミン系のニューロンは存在します(線虫は雌雄同体の個体の場合302個しかニューロンを持っていません)。最近大阪大学で線虫がこのニューロンを「嫌い」の記憶に利用していることがわかりました(10)。

2-ノナノンという物質は線虫を殺す機能をもっていますが、線虫はこの物質から逃げる能力があります。そして一度この物質に接すると、2度目にはより迅速に逃げることができますが、ドーパミンの合成を妨げたり、D2受容体とドーパミンの結合を妨げるハロペリドール(抗精神病薬)を加えたり、D2受容体の遺伝子を変異させたりすると、この忌避すべき物質に接したという記憶ができなくなるそうです(10)。この実験系なら記憶のメカニズムの研究ができそうですね。単純な実験系で研究することも必要であると思います。

2754a

図275-4 線虫の記憶とドーパミン

 

参照

1)下山せいら RNAi を用いたプラナリアの摂食行動を制御する神経系の解明
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/server/api/core/bitstreams/aeb504a7-744b-4304-9328-ca2b4365b668/content

2)太田広人 生体アミンとその受容体から見た昆虫の摂食行動
蚕糸・昆虫バイオテック vol.80(3)、pp.171-180(2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/80/3/80_3_171/_pdf

3)宇佐美篤 ドパミンによる線虫 C. elegans の自発的な運動方向交替の調節
http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/data/h23/128357/128357-abst.pdf

4)Wikipedia: Dopamine
https://en.wikipedia.org/wiki/Dopamine

5)Kauê Machado Costa and Geoffrey Schoenbaum, Dopamine., Current Biology, Vol. 32, Issue 15, R817 - R824 (2022)
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(22)01022-3

6)G. Barger, H.H. Dale, Chemical structure and sympathomimetic action of amines, J Physiol. vol.41 pp.19–59. (1910) https://doi.org/10.1113/jphysiol.1910.sp001392

7)S.Sherr, The In-depth guide to dopamine. Troscriptions TX (2022)
https://troscriptions.com/blogs/main/dopamine?srsltid=AfmBOop1wGvlX5sboKwOMSYYcpP8pb6M3SgFUSWz3g6FnsFhZGxwdjgz

8)Arvid Carlsson  Nobel lecture A half-century of neurotransmitter reserch: Impact of neurology and psychiatry. (2000)
https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/carlsson-lecture.pdf

9)Ilaria Carta, Christopher H Chen, Amanda Schott, Schnaude Dorizan, Kamran
Khodakhah, Cerebellar Modulation of the Reward Circuitry and social behavior.,
Science. vol.363(6424):eaav0581 (2019). doi: 10.1126/science.aav0581.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6711161/

10)木村幸太郎、藤田 幸輔、桂勲 大阪大学プレスリリース ドーパミンが線虫の匂い学習に必要であることを発見 (2022)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20101201/index.html

 

| |

« アラン・ギルバート&都響 ブラ4 世紀の名演 | トップページ | 喉元過ぎれば熱さを忘れる »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« アラン・ギルバート&都響 ブラ4 世紀の名演 | トップページ | 喉元過ぎれば熱さを忘れる »