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2025年7月30日 (水)

喉元過ぎれば熱さを忘れる

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福島第一原発の事故が起こったのは2011年ですからもう14年を経過しました。まだデブリを取り出す作業にはとりかかっていません。今までに取り出せた量は1g以下で、それをサンプルとして取り出す方法を検討中です。TEPCOのロードマップによれば、取り出しは2036年以降も続くことになっています(!)。嘘だと思うなら下のテプコ資料を「燃料デブリ取り出し-今後の主要な作業プロセス(4/5)」までスクロールしてみてください。まあ永遠に続くのでしょう。

要するに本当に取り出せるかどうかもわかっていません。これまでは原発はできるだけ少なくしていこうという政府の方針でしたが、これが転換されて原発を積極的に使おうということになりました。国民民主党や維新は原発利用に積極的ですから、自公が少数になってもこれは実行されるでしょう。

昨日カムチャッカで巨大地震が発生しましたが、南海・東南海でもいつ巨大地震が発生しても不思議ではありません。これでよく古い原発をずるずる延長利用しようという気になりますねえ。新設機も巨大地震に対応できるかどうか怪しいものです。そしていったん事故が起こると国家存亡の危機におちいり、事故処理も事実上できないのです。会社経営者や労組は結局自分の会社がより大きな利益を上げたいということしか考えていないので、それらのエージェントである政党もその集合体として活動しているだけなのです。だから経団連や連合から政治資金をもらうのがダメなのでしょう。

現在も東京が存在するのは、あの時4号機の使用済み核燃料プールに偶然水が流れ込んでいたという僥倖のおかげです。空焚きになっていたら、今でも東京は人が住めない場所になっていたでしょう。もちろん私が現在住んでいる千葉もです。

菅直人や枝野幸男はさすがに当事者だっただけに(菅直人は関東にもう人は住めない。皆さんの無事を祈るというある種政府の遺書まで用意していました)、大きい政党のなかでは立憲民主党だけが原発には消極的ですが、他党に押し切られてしまうでしょう。これを防ぐには党がつぶれるのをおそれずに自公と連立政権をつくるしかありませんが、その度胸も覚悟も野田佳彦にはないでしょう。原発以外のエネルギーを真剣に開発しよう、そのことに政治生命をかけようという政治家が出てきてほしいと思います。

資料

写真はウィキペディアより

TEPCO 廃炉中長期実行プラン2025
こちら1

FoE Japan 各党マニフェストを比較してみました
こちら2

朝日新聞論説委員 村山 知博 それでも脱原発をめざすべき三つの理由
こちら3



 

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2025年7月27日 (日)

続・生物学茶話275: ドーパミンをめぐって

生物進化の過程において、神経伝達物質としてのドーパミンの歴史が非常に古いことは、プラナリア・昆虫・線虫などもドーパミンを使っていることから明らかです(1-3)。ですから遅くとも6億年位前にはドーパミンが神経伝達物質として使われていたことになります。神経伝達物質から離れると、バナナなどの植物にも存在することが知られています(4)。しかしここではそんなに手をひろげられません。

遠い過去から生物に利用されていたドーパミンですが、コスタとシェーンバウムの論文によると科学者がドーパミンの存在に気が付いたのは比較的新しく1910年のことだそうです(5)。この原著論文はみつかりませんでした。同じ年にドーパミンは化学合成されていています(6)。後者は論文を見ることができます。その後ドーパミンは長い間注目されず、2つの世界大戦を経て1952年にアドレナリンに似た交感神経興奮因子として報告され、ヘンリー・デイルによってドーパミンと名づけられたそうです(7)。

カールソンは1960年までにレセルピンを注射されて運動障害をおこした動物にL‐ドーパを注射すると回復すること、ドーパミンが脳基底核に集積していることなど多くの研究結果を発表して、ドーパミンが単にノルアドレナリンやアドレナリンの前駆体ではなく、それ自体が生理活性物質であることを示しました(8、図275-1)。このことはL-ドーパによるパーキンソン病の治療に直接つながり、カールソンは2000年のノーベル生理学医学賞を受賞しています。現在では哺乳類の脳に存在するカテコールアミンの80%がドーパミンであることがわかっています(5)。

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図275-1 カールソンの実験

ドーパミンの主要な生産拠点である黒質緻密部と腹側被蓋野へは脳内のありとあらゆる部域から入力があります。これには前頭前野や小脳のようにこれらを興奮させてドーパミンの産生をうながす領域と線条体や淡蒼球のように産生を抑制する領域があります(5、9、図275-2)。しかし脳幹諸核や視床下部からは興奮・抑制の両者のシグナルがあるようで、これは出力側とともに黒質緻密部や腹側被蓋野をバルクとして考えるべきではない場合があり、シグナルを出す細胞と受け取る細胞それぞれ個別のネットワークがあると考えるべきなのかもしれません(図275-2)。

入力側と比べて出力側は比較的シンプルで、線条体・側坐核・辺縁系・大脳皮質などに限定されています。ある行動を起こすか起こさないかはこれらの部域によって決定されるのでしょう(図275-2)。特に黒質緻密部から線条体への投射はすさまじく、ひとつの黒質緻密部細胞の軸索が線条体でラットの場合で3万個、ヒトではその10倍のシナプスを形成するそうです(5)。

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図275-2 ドーパミン系神経核(黒質緻密部・腹側被蓋野)の入出力一覧

文献5には面白い記述があります。たとえばドーパミン系の神経細胞は樹状突起の途中から軸索が出ている場合があるとか、シグナルが軸索から樹状突起へと逆行することがあるとか、特に驚いたのはドーパミンの受容体はシナプスだけでなく細胞全体に存在し、信号伝達はシナプスよりむしろ細胞全体で受け取られるという記述です。このことはドーパミンによるこのようなパラクライン的神経伝達が、シナプスができる前の原始的な生物においても利用されていたことを意味するのかもしれません。出力も軸索先端からのみ行われるのではなく、樹状突起からもドーパミンが放出されているようです(5)。

黒質緻密部と腹側被蓋野のドーパミンニューロンは覚醒時にも麻酔時にも一定の間隔で自動的に興奮しています(5,9)。このとき間接路に投射する線条体のD2受容体系ニューロンにはドーパミンが結合しますが、直接路のD1受容体には結合しません(5、図275-3)。ドーパミンニューロンがバースト発火すると高頻度の脱分極がおこり、このときには線条体D1受容体にもドーパミンが結合し(図275-3)、直接路が活性化されてその出力先である淡蒼球内節や黒質網様部の抑制活動が一時的に抑制され、それらの投射先である視床・大脳皮質が興奮して運動が引き起こされます。

黒質緻密部・腹側被蓋野の興奮がおさまると、一時的にパルスが消滅し(図275-3c)、線条体のD1・D2受容体共にドーパミンと結合していない状態となって、これが興奮終了のシグナルになります(図275-3)。このような複雑なメカニズムで行動の開始と終了が規定されていることにはわけがあるとおもわれますが、いまのところなぜだかはわかりません。淡蒼球内節や黒質網様部も常時抑制シグナルを出していてるという共通点があります。

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図275-3 黒質緻密部・腹側被蓋野ニューロンの発火様式

哺乳類では垣間見ただけでもドーパミンは非常に複雑なメカニズムで行動を制御していて、学習・記憶・感情などにも関与していることからますます複雑怪奇な印象を受けますが、非常に単純な体の構造を持った線虫(C.elegance)にもドーパミン系のニューロンは存在します(線虫は雌雄同体の個体の場合302個しかニューロンを持っていません)。最近大阪大学で線虫がこのニューロンを「嫌い」の記憶に利用していることがわかりました(10)。

2-ノナノンという物質は線虫を殺す機能をもっていますが、線虫はこの物質から逃げる能力があります。そして一度この物質に接すると、2度目にはより迅速に逃げることができますが、ドーパミンの合成を妨げたり、D2受容体とドーパミンの結合を妨げるハロペリドール(抗精神病薬)を加えたり、D2受容体の遺伝子を変異させたりすると、この忌避すべき物質に接したという記憶ができなくなるそうです(10)。この実験系なら記憶のメカニズムの研究ができそうですね。単純な実験系で研究することも必要であると思います。

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図275-4 線虫の記憶とドーパミン

 

参照

1)下山せいら RNAi を用いたプラナリアの摂食行動を制御する神経系の解明
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/server/api/core/bitstreams/aeb504a7-744b-4304-9328-ca2b4365b668/content

2)太田広人 生体アミンとその受容体から見た昆虫の摂食行動
蚕糸・昆虫バイオテック vol.80(3)、pp.171-180(2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/80/3/80_3_171/_pdf

3)宇佐美篤 ドパミンによる線虫 C. elegans の自発的な運動方向交替の調節
http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/data/h23/128357/128357-abst.pdf

4)Wikipedia: Dopamine
https://en.wikipedia.org/wiki/Dopamine

5)Kauê Machado Costa and Geoffrey Schoenbaum, Dopamine., Current Biology, Vol. 32, Issue 15, R817 - R824 (2022)
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(22)01022-3

6)G. Barger, H.H. Dale, Chemical structure and sympathomimetic action of amines, J Physiol. vol.41 pp.19–59. (1910) https://doi.org/10.1113/jphysiol.1910.sp001392

7)S.Sherr, The In-depth guide to dopamine. Troscriptions TX (2022)
https://troscriptions.com/blogs/main/dopamine?srsltid=AfmBOop1wGvlX5sboKwOMSYYcpP8pb6M3SgFUSWz3g6FnsFhZGxwdjgz

8)Arvid Carlsson  Nobel lecture A half-century of neurotransmitter reserch: Impact of neurology and psychiatry. (2000)
https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/carlsson-lecture.pdf

9)Ilaria Carta, Christopher H Chen, Amanda Schott, Schnaude Dorizan, Kamran
Khodakhah, Cerebellar Modulation of the Reward Circuitry and social behavior.,
Science. vol.363(6424):eaav0581 (2019). doi: 10.1126/science.aav0581.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6711161/

10)木村幸太郎、藤田 幸輔、桂勲 大阪大学プレスリリース ドーパミンが線虫の匂い学習に必要であることを発見 (2022)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20101201/index.html

 

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2025年7月24日 (木)

アラン・ギルバート&都響 ブラ4 世紀の名演

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久しぶりで上野のコンサートに出かけました。TOWA(蕎麦屋)はもう営業やめたのかと思っていましたが、なんと内装リニューアルで営業していました。うれしい。

都響のコンサート@東京文化会館 ブラームスの交響曲第3番・第4番をアラン・ギルバートの指揮で聴きました。これが世紀の名演。特に第4番はあまりの素晴らしさに圧倒されました。

言葉にならない感動なのですが、あえてひとこと言わせていただければ、松木さん(都響)や多久和さん(TCPO)はフルートという楽器のイメージを超越した演奏をなさっていると思います。

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2025年7月23日 (水)

参議院選挙

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先進国の旧来製品はいつかは安価に作れる新興国に負けることは明らかで、自由貿易をやっていては当然自国産業は衰退し海外製品が溢れるという結果になります。自民党はなんとか自由貿易によって自動車などの旧来産業を守ろうとしているうちに、国内は海外の製品であふれるようになりました。スーパーで買ってきた商品のラベルをみればわかります。

つまり自民党の退潮はどうしても管理貿易を主張する人=日本のトランプをトップにできなかったことに原因があります。もし参政党がカルト宗教的戦前懐古主義を薄め、神谷が日本のトランプになれれば政権を握ることすら可能だと思いますが、支持者はそれを認めないような気がします。それは参政党の支持者が貧困労働者や失業者ではなく、古谷経衡によると結構な収入がある中間層が多いからです。

石破という人は相変わらず自由貿易を推進しようという姿勢のようにみえますが、実は管理貿易を可能にする条件をさぐっていて、たとえば鈴木宗男を復党させたこともロシアに対するサインだと思いますし、原発復興もそうでしょう(私は地熱発電派ですが、ようやく最近になって政府も本格的に地熱発電に取り組もうとはしています・・・この点では私は石破政権を高く評価しています)。中国とうまくつきあっていくことも重要で、石破政権はそのための良いスタッフを持っていますが、自民党の右派が足を引っ張るので身動きが取れず中国訪問すらできません。

日本の次世代の政権は、米国だけでなく中国やロシアの政権中枢にコネクションを持って、またその他の国ともうまく管理貿易を行うことに務め、自由貿易の呪縛から抜け出さないといけません。また物価高騰を抑制する手だてを提示しなければなりません。食料品の消費税を下げる、まして給付金を配るというのは小手先の技術であって本質的ではありません。

 

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2025年7月19日 (土)

ゾルゲと花子2

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石井花子

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リヒャルト・ゾルゲ

1940年にゾルゲは満州を視察しています。以前にモンゴル・中国の視察もやっているので、中国大陸における日本軍の動向を探るというのも彼の仕事に含まれていたと思われます。

花子はヒトラーの「わが闘争」を読んで、ユダヤ人排斥はよくないとゾルゲに意見を求めると、ゾルゲは同意しました(当時ゾルゲはナチス党員でした)。しかしそれと同時にスターリンは偉大だと語り、このあたりから花子に本音を語るようになりました。おそらく花子をドイツに疎開させることが不可能になって、ゾルゲは花子を自分の仲間として運命を分かち合うこともやむを得ないと考えたのでしょう。実際彼女をキリスト教会に行かせて英語の勉強をさせ、自分の仕事を手伝ってもらおうとしました。しかしその教会の牧師が花子の体を触りに来たというようなことがあって、手伝いの話は立ち消えになりました。それは花子にとって幸運でした。

1941年になってゾルゲは身辺が危険な状態になってきたことを自覚するようになりました。夜中に急に泣き出したり、私には親友がいないとふさぎ込んだり、花子を日本人と結婚させようとしたりと異常な行動が目立ちました。そしてゾルゲがいないときに鳥居坂署の警察官が来て花子は署に連行され、事情聴取されました。そのあとゾルゲが鳥居坂署の刑事をなぐりましたが、それで逮捕されなかったのは不思議です。泳がせておきたかったのかもしれません。

ゾルゲは花子を上海に疎開させようとしますが、花子がパスポートを持っていないことがわかってその話は立ち消えになりました。ゾルゲは花子に「私と一緒に死にたいですか」と訊いたりします。またあなたと一緒に眠りたい、ゾルゲたくさん生きるのむつかしいなどとも言ったりします。

8月末にゾルゲと花子はドイツ大使館の通訳を交えて、日本橋の料亭で特高警察と宴会をやっています。そのうちのひとりはゾルゲが殴った警察官でした。おそらくそこで警察はゾルゲを常に見張っていると宣言したものと思われます。ゾルゲは花子に「後でゾルゲ何しましたかあなた知ります。私話しません」と宣言しました。実際逮捕されてから彼は花子が逮捕されないよう細心の注意を払って尋問に答えていたようです。彼はまた「私生きますなら、日本駄目になります。私死にますなら、日本人後で幸福あります」と語りました。彼は自分がスパイとして良い仕事ができて、日本が早く敗戦を迎えれば、日本人は幸福になれると考えていました。

彼は花子に日本はいずれアメリカと戦争することになり負けると語っています。そしてこれからは自分の家には来ないように言います。花子はそれに従って東中野の実家にひきこもることになりました。そんなある日彼女を取り調べた特高警察主任がやってきて、彼はゾルゲと花子が好きなので調書を無効にすると言って、彼女の目の前で火鉢で調書を焼きました。

ゾルゲと花子が最後に会ったのは警察が見守る中でのレストラン・ローマイヤで、日米開戦の危険性などについて話しました。しばらくして特高の主任が花子を訪ねてきてゾルゲが逮捕されたことを告げました。そして調書を焼いたことの口止めもしていきました。彼はまた後日やってきて、ゾルゲはソ連のスパイだ、死刑になると告げました。花子はその話を聞いても「日本国中が彼を敵視しようと、私は彼を愛し、彼を信じ、世界の果てまでついていく」という信念に生きる人でした。

1941年12月8日、ゾルゲが予想した通り日米は開戦しました。1942年の正月にまた特高主任がやってきて「もう駄目だ」と知らせてくれました。花子は兄に「ゾルゲを殺すであろう私の国の野蛮人どもが勝つか、物質文明を誇るアメリカが勝つか見とどける」と語りました。

1943年花子はゾルゲの女として逮捕され淀橋署に6日間拘置されますが、件の特高主任に自分がゾルゲと別れて東中野に引きこもっていたことを証言してもらって、ようやく解放されるという事件がありました。

花子がゾルゲの処刑を知ったのは終戦後1945年の新聞報道でした。しかし彼の遺体の消息は全く報道されませんでした。花子はおそらくドイツかソ連にひきわたされたのだろうと思いました。しかし1947年「尾崎ゾルゲ赤色スパイ事件の真相」という本が出版され、その中になんと「ゾルゲの死体は引き取り手がなく、拘置所の手で雑司ヶ谷の共同墓地に土葬された。木標がたてられたが燃料にされた」という記述があったのです。

花子は大きなショックを受けましたが、やがて「ゾルゲが私を待っている」と確信しました。花子は苦心してゾルゲの弁護士を探し当てましたが、彼は墓地のことは何も知りませんでした。雑司ヶ谷の共同墓地にも行きましたが、彼がどこに埋められているか知る人はいませんでした。木標は本当に燃料にされていました。

花子がすごいのはそれであきらめず東京拘置所まで調べに出かけたことです。そしてついに1949年の1月に米軍憲兵隊(MP)とともに共同墓地の調査をした人に会えそうなところまでこぎつけましたが、課長が米国に気を遣って会うことはできませんでした。

5月になって花子がゾルゲについて書いた文章が雑誌社から出版されました。それをGHQが読んで、花子は尋問されるという事件がありました。その後花子は単行本も出版しました。この年は下山事件や三鷹事件があって、GHQの反ソ連の姿勢が明確になっていく時代でした。それは花子にとっては好ましいことではありませんでした。何しろゾルゲはソ連のスパイだったわけですから。案の定小菅の東京拘置所に行ってもらちがあきませんでした。

そして目的もなくまた雑司ヶ谷の共同墓地に行ったときに、なんと管理人がゾルゲらしいと思われる遺体を掘り出してくれていたのです。墓地がないと改葬はできないということだったので、花子は多磨霊園に墓地を買い11月にいよいよ骨となったゾルゲの遺体と対面することになりました。ゾルゲが第一次世界大戦で大腿骨を骨折したこと、オートバイの事故で歯が入れ歯になっていたことを確認し、骨がゾルゲであることは明らかでした。花子は心の中で「おおゾルゲ、あなたは私の手に帰ったのだ」と叫びました。

ゾルゲは骨になっていましたが、制度上やむなくお棺に入れ霊柩車で運んで下落合で火葬し、骨灰を入れた桐箱を抱いて花子は帰宅しました。これらのことはお金のかかることでもありました。1950年11月に多磨霊園に納骨し、すべてが終了しました。しかしお墓は木標の粗末なものでした。

1953年になると花子は結核で苦しみ、治療代がままならず生活は困難を極め、さらに1954年には日赤で肺の空洞切開手術を受けました。1年近い入院生活を経て1955年の1月にようやく退院しました。そしてこの年のゾルゲの命日(11月7日)には関係者が集まって墓参が行われました。

1956年にはゾルゲの墓碑を建設しようという動きがあり、花子も本を出版してカンパに参加しました。墓碑は同年に建設され、ゾルゲ・尾崎墓参会が11月に開催されました。

ゾルゲはソ連のスパイだったのですが、彼の上司がスターリンに粛清されたことや、ドイツとの2重スパイだったという疑いが晴れず、ソ連は無視していました。しかしトップがフルシチョフに変わったころから再評価が進み、1964年にはロシアの関係者が花子の自宅を訪れ共に墓参しました。ゾルゲの処刑から20年もの月日が経っていました。同年プラウダ、イズベスチャ、タス通信の支局長も自宅に訪れました。そして11月にはゾルゲにソ連邦英雄の称号が与えられました。1965年花子はソ連政府の招待で訪ソを実現しました。

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多磨霊園にあるゾルゲの墓

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追記

ウィキペディアのリヒャルト・ゾルゲの項目を読むと、彼は本当に気の毒なひとだったということがわかります。中国ではかなり大規模な諜報団を作って、毛沢東、蒋介石、スメドレー、尾崎秀実などとも親交を得てめざましい活躍をしていたのですが、なぜか1933年に何も有力なコネクションがない日本に転勤になり、苦労してもらちがあかず、1939年にはソ連への帰国を希望していますが認められませんでした。しかも本国の上司ベルジンが粛清されて、帰国を強行すれば自分も粛清されるというどうしようもない立場に立たされました。そんな中でドイツ大使館に友人を作って食い込み、大使館で得た情報をソ連に送るというやり方を確立しました。日本に戻っていた尾崎秀実も出世して情報源になりました。

そして1940年から1941年にかけてドイツがソ連と開戦する準備を進めているという重要な情報をソ連に送りましたが無視され、その結果独ソ戦の緒戦はソ連の大敗となりました。唯一ソ連政府に採用された情報は、日本は南進が主眼でありソ連との戦争を始める確率は低いというものでした。これだけの重要な情報を送りながら、そして日本で処刑されたにもかかわらず、戦後20年間も無視され続けたたというのは気の毒というしかありません。

ゾルゲを逮捕した後、日本政府はソ連に日本人捕虜との交換を何度も要求しましたが、その都度ソ連に拒否されたそうです。ソ連政府はゾルゲが日本で得た情報をしばしばドイツ政府にも報告していたため、二重スパイだとして日本で死刑にされた方がよいと考えていたようです。これも気の毒というしかありません。

驚いたのはプーチンがフランスで制作されたゾルゲの映画を見てKGBをめざしたという記事です。

 

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2025年7月18日 (金)

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この本の著者石井花子は倉敷の出身で、幼い頃に父親を亡くし母親は地元の資産家に家をもらって第2夫人となりました。花子はその新しい父親の籍にはいりましたが、生活の援助はしてもらえず、貧困のため高等女学校を中退し岡山大学の看護婦養成所に移って卒業し、その後上京しました。

ゾルゲと石井花子が出会ったドイツ式ビアホール「ラインゴールド」があった銀座の電通旧本社ビルは現在も存在し、電通のグループ企業などが入居しているそうです(1)。石井花子はこのビアホールにホステスとしてアグネスという名前で勤務していました。

ラインゴールドは外国人はもとより政府高官や政治家なども出入りする特殊な場所で、ホステスもそれなりの知識を持っていなければお相手はできません。花子も英語やドイツ語を少し話せるくらいのインテリジェンスはありました。ある日客のひとりとして、花子は店主のケテルに紹介されてゾルゲとはじめて会いました。1935年のことです。

早速次の日デートをしてゾルゲは花子にモーツァルトのレコードをプレゼントしています。お互いに一目惚れだったのでしょう。夜は今でも銀座にあるレストラン「ローマイア」で食事をしています。ローマイアは戦後日本橋などで営業していましたが、2019年に再び銀座に移転し、現在も営業しています(2)。

そして翌年の1936年には二二六事件が勃発し、花子はゾルゲとこの事件についてローマイヤで議論しています。花子はこの事件についての感想をゾルゲに話しました。ゾルゲの表の仕事はドイツの新聞社の特派員でした。ある種の取材だったのかもしれません。

ゾルゲの自宅は麻布永坂町にあり、そこで彼は古事記・日本書紀・源氏物語などを読んでいました。彼は日本の仏像が好きで写真をたくさん集めていたそうです。また宮城与徳の絵が好きでした。そしてフクロウをペットとして飼育していました。

花子には恋人がいましたが、ゾルゲの自宅で彼と結ばれました。ゾルゲは42才、花子は26才でした。花子は「彼の私への接し方はいつもノルマルで、決して遊戯型ではなかった」と書いています。また精力絶倫であったとも書いています。花子は恋人がいた大阪へ自分の気持ちが変わったことを伝えに出かけています。

1936年ゾルゲの事実上の妻となった花子は、実母を呼んで一軒家に住み、ピアノを買ってゾルゲの友人である武蔵野音大教授のユンケルに習ったりしました。まるで上流階級のような生活です。1937年になって花子は仕事もやめて、ゾルゲのお金で生活するようになりました。この年には盧溝橋事件が勃発し、日本は戦争への道に突き進んでいきます。この頃ゾルゲは花子に「日本の男は喧嘩好き ダメです」と言ったそうで、花子もそれには同意しました。

1938年ゾルゲはオートバイで交通事故を起こし重傷を負って聖路加病院に入院しました。この頃からゾルゲは憲兵に目をつけられていて、花子のところにも探りを入れに来るというようなことがありました。

ある時子供を作ろうとしないゾルゲに、花子はどうしてかと訊いてみました。そうするとゾルゲは「私は早く死ぬから子供がかわいそう」と答えたそうです。

1939年に自宅を訪ねてきた元の恋人に花子は「ひとつの民族、ひとつの国家に属するものは、たとえなぐさめはあっても時代とともに滅び去り、人類永遠の福祉という崇高な目的に到達する偉大さはないでしょう」と話しています。また花子はこの思想は自分の生活から感得したと述べています。立派なアンチ右翼の思想であり、現代においても右翼を忌避する者すべての原点でもあります。私も右翼は嫌いです。花子は彼とともに銀座に出かけて、喫茶店でショパンのピアノソナタを聴いています。

この年ゾルゲはルフトハンザの経営者であるガブレツと上海・香港を視察しています。帰国後花子に日本と中国の戦争は長引き、どちらも負けることになると話しています。日本は中国で泥棒をやっているとも話しています。8月には突然独ソ不可侵条約が締結されヒトラーとスターリンが手を握るという事件がおこりました。驚天動地の平沼内閣は「複雑怪奇」の言葉を残して総辞職しました。当時の日本は満州周辺でソ連軍の強い圧力を受けていて(実際ノモンハンの戦闘で壊滅的な打撃をうけたりしています)、これと対抗するためにドイツと同盟を結んだのに、そのドイツとソ連が手を結ぶなどとは全く想定外だったのでしょう。

9月にはドイツ軍がポーランドに侵入し、英仏がドイツと開戦するという事態になりました。第2次世界大戦の勃発です。ゾルゲは花子をドイツに留学させて、危険な仕事をすることになる自分の身辺から遠ざけようとしていましたが、それも不可能になりました。

花子は子供を作ろうともしないし、結婚もしないゾルゲを不審に思っていましたが、それがエゴイズムのせいではないことは確信していました。しかし仕事に精魂尽くすゾルゲという男はいったい何者なんだろうかという疑問は抱いていました。

1)ウィキペディア:電通銀座ビル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E9%80%9A%E9%8A%80%E5%BA%A7%E3%83%93%E3%83%AB

2)ローマイヤレストラン 創業の地 銀座に移転リニューアルオープン
https://pdf.irpocket.com/C8043/bFn0/JQLc/whvS.pdf

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2025年7月13日 (日)

生協

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生協や農協は営利を目的としない非資本主義的なシステムであり、農協はやや独占的なところがありますが生協はそういうところはないので、もしこのようなシステムで事足りるなら会社はいらないわけです。

私が加盟しているのはミーナの写真にあるパルシステムです。パルシステムに加入しているとそれで事足りるかというとそうはいきません、なぜなら店舗がないので一週間前に商品を選ばなければならないからです。ですからどうしてもメインは近所のスーパーということになります。

それでも生協ならではの商品、たとえば亜硝酸ナトリウムが含まれていないけれどそこそこ品質が良いハムやベーコン、などがあるので利用価値はあります。亜硝酸ナトリウムはWHOが発癌剤としている危険な物質なので、どうしてこんなものをほとんどのメーカーが添加するのかわかりません。殺菌剤ならほかにもいろいろあるでしょうに。生協は原発事故の時にも安全性には注意を払っていたようです。

あと重いものやかさばるものを玄関まで持ってきてくれるというメリットもあります。コロナの時には人ごみに外出せずに済むというのは有難く感じました。加齢によって外出できなくなったときにも便利かもしれません。最近ではスーパーなども宅配するようになってはきましたが。

もし生協がコンビニやアマゾン式の通販を始めたら、小売業の資本主義は崩壊するんじゃないかと思いますがどうでしょう。ただ数多くの生協があったとしても、競争の結果統合されて寡占になってしまうと、資本主義における寡占と同じ弊害が生まれるに違いありません。

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2025年7月 8日 (火)

続・生物学茶話274:基底核 7.黒質

黒質はなにしろ色付きの神経細胞なので目立ちます。最初に報告したのは18世紀フランスの解剖学者フェリックス・ヴィック・ダジール(Felix Vicq d'Azyr)で1786年のことです(1)。なぜ黒いのかというと、黒質にはドーパミンを産生する細胞が集積しており、ドーパミンを素材としてこの集積した細胞に含まれるさまざまな酵素によってメラニン色素が合成されるからです。

三毛猫は黒いメラニン(ユーメラニン)と茶色のメラニン(フェオメラニン)を持っていますが、黒質のメラニンは両者の構造部分を持っているそうです(2)。これは既知の例えば皮膚のメラニンとは異なる特異な構造を持つメラニンで、ニューロメラニンと呼ばれています。現在ではニューロメラニン顆粒は分離可能で、顆粒に含まれる514種類のたんぱく質がこの種の顆粒に特異的なたんぱく質として同定されています(3)。

ドーパミンを産生するニューロンはみんなニューロメラニンをもっているかというと、そんなことはなくて、例えば腹側被蓋野は黒質とならぶドーパミン産生領域ですが黒くありません。つまりニューロメラニンを合成する酵素セットを持っていない細胞が一般的であり、黒質は特異であるわけです。皮膚の細胞がメラニンを合成するのは、紫外線によるダメージを防ぐという生理的意義がありますが、なぜ黒質の神経細胞がこのような酵素セットを持っていて、それがどのような意義を持つのかは不明です。

黒質は大脳基底核の構成要素とされていますが、それがある場所は中脳です(4)。ドーパミン系の神経伝達物質をもつニューロンが豊富で主に線条体に投射しています。トーパミン系のニューロンは近傍の腹側被蓋野にも多く存在しますが、こちらは主に前頭前野に投射しています(5、図274-1)。

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図274-1 ヒト脳におけるドーパミン系の神経細胞が集積する黒質および腹側被蓋野の位置

黒質は中脳室の腹外側に形成された網様体から発生します(6)。円口類にも相同と思われる神経核が存在するので、黒質は生命史のなかでは脊椎動物の共通祖先にも存在していた非常に古いタイプの組織と思われます(7、8)。赤核が円口類にはなく、ヒレや特に四肢の発達とともに進化してきた新規の組織であることとは対照的です(9)。赤核は四肢の運動に深くかかわっているのに対して、黒質のドーパミン系細胞はウィキペディアにも「当初考えられていたように運動制御に直接関わるものではない」と記されており、むしろ報酬予測にかかわるとされています(4)。おそらくこれは以前にあまりにも黒質=運動制御というドグマが強烈だったので、そればかりではないよという意味だと私は解釈しています。

脊索動物ですが脊椎動物ではないもっと古いタイプの生物に近いと思われるナメクジウオには黒質に相当する組織はないので、黒質は脊椎動物が誕生するとほぼ同時期に生まれたと考えられます。ただしナメクジウオやホヤにもドーパミン系ニューロンは存在するので、ドーパミンによる神経伝達はプレカンブリア紀に生きていた彼らの共通祖先にも存在したのでしょう(10‐12)。

ところで黒質はドーパミン系の細胞だけでできているのではありません。マウスでもヒトでも黒質ははっきりと緻密部(pars compacta) と網様部(pars reticulata)にわかれていて、網様部はGABA系の細胞がメインになっています。図274-2の(C)図をみると、緻密部がほとんどドーパミン系の細胞からなり、網様部はほとんどGABA系の細胞からなることがわかります(矢頭で少しだけ存在するドーパミン系の細胞が示されています)。網様部には緻密部から伸びたドーパミン系細胞の軸索や樹状突起の束が多数存在するので、染色した場合ドーパミン系の染色もはっきり出ます。

黒質緻密部が脳基底核の線条体に基底核内部投射するのに対して、黒質網様部は線条体などからの入力を受けて基底核外の視床・脳幹に投射します。黒質網様部は常時運動に対する抑制シグナルを出しており、このシグナルが抑制されることによって運動が開始されるとされています(4)。

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図274-2 マウス黒質の位置と構造 緻密部と網様部

ドーパミンの機能について、多くの実験によってはっきりとしていることがあります。たとえば石田らはラットの片側黒質から線条体に投射する神経線維を6-OHDAという薬剤で破壊する操作を行い、人工的なパーキンソン病動物を作成しました。この動物は興奮剤(メタンフェタミン)を投与すると、ぐるぐると一方向に回り続けます。しかしこの動物の線条体にドーパミン系の中脳神経細胞を移植すると、この病気は完治します(13、図274-3右側図1 ■が移植した動物 □は非移植コントロール)。

実際パーキンソン病の治療にはL-ドーパが有効です(14、図274-3左図)。ドーパミンそのものは脳血液関門を通過できないので、通過できる前駆体L-ドーパが使用されます。しかしそれですべて問題解決とはいきません。L-ドーパ服用は深刻な副作用をもたらすので、さらなる治療法の改善が必要とされています(15)。

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図274-3 ドーパミンの合成およびドーパミン産生細胞が行動に関与していることの証明

黒質ドーパミン系ニューロンから線条体・終脳への投射経路の解剖学論文が21世紀になってから出版されてるのには少し驚きましたが、プレンサらの論文の図を引用しておきます(16、図274-4)。この図をみて気付いたのは、ドーパミン系ニューロンは視床には全く投射していませんが、視床網様核には投射しているかもしれないということです。実際ごく最近視床網様核とドーパミンシグナルに関係した論文が出版されています。著者によると視床‐大脳皮質のリレー回路を介して、覚醒や注意喚起のプロセスに影響を与える可能性があるそうです(17)。

ドーパミンシグナルは成功体験の記憶と再現をになっていて(脳科学ではTD誤差情報の伝搬などという)、生物が生きていくための方策を学習によって蓄積していく際の重要なツールとなっているようです(18)。ただ四肢動物が生まれてから、四肢の活動は赤核がになうようになったとはいえ、赤核がないヤツメウナギもヒレはもっているわけで、そのような原始的脊椎動物から哺乳類まで黒質は存在するので、当然過去に獲得した手足の制御機構の一部は黒質の機能として残っているはずで、だからこそその機能低下によってパーキンソン病のような疾病を発症すると思われます。

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図274-4 ヒト脳におけるドーパミンの投射経路

実際ヤツメウナギのドーパミン系ニューロンに損傷を与えると、うまく泳げなくなりますし。嗅覚からの情報にしたがって餌の方向に泳ぎだすということもできなくなってしまいます(19)。すなわち初期脊椎動物の基本的行動についてはドーパミン系ニューロンがその責任を負っていたと思われ、それは進化の原則を考えると、哺乳類においてもそのシステムはリプレースはされないで、追加とつぎはぎによって引き継がれていると考えられます。

ペレス‐フェルナンデスらはヤツメウナギとラットの脳におけるドーパミン系ニューロンの位置を示してくれています(8、図274-5)。確かに哺乳類における黒質緻密部に相当する組織はヤツメウナギにも存在し、哺乳類と同様に上行性、すなわち線条体相当の組織への投射をおこなっています(緑の矢印)。

ここで一つ驚いたのは、ヤツメウナギでは間脳にあった黒質緻密部相当の組織が、ラットでは後ろにずれて中脳に移動していることです。これは発生生物学的な説明が必要ですし、そうなった生理学的・形態学的事情も説明されなければならないでしょう。

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図274-5 ヤツメウナギおよびラットにおけるドーパミンによる情報伝達経路

哺乳類ではドーパミン系ニューロンの情報は基底核のGタンパク質共役受容体であるD1およびD2で受け止められます。D1はGsと共役し、アデニルシクラーゼの活性化を起点とした情報カスケードを発動し、D2はGiと共役しフォスフォジエステラーゼの活性化を起点とした情報カスケードを発動します(20)。

D1とD2はヤツメウナギにも存在し、2種類のドーパミン受容体による脳基底核制御は、現生するすべての脊椎動物の祖先から受け継いだ共通のメカニズムであることが示唆されます(8、図274-6)。D1およびD2がどのような形で動物の行動にかかわっているかはまだ解明途上にありますが、興味深いテーマです(21)。

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図274-6 脊椎動物におけるドーパミン受容体の変遷 (Rは全ゲノム倍化イベントを示す)

 

参照文献

1)ウィキペディア:フェリックス・ヴィック・ダジール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%AB

2)若松一雅 ヒト脳内に存在するニューロメラニン色素の構造とその生成過程の解明 平成24年科学研究費助成事業研究成果報告書
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-21500358/21500358seika.pdf

3)Maximilian Wulf et al., Laser Microdissection-Based Protocol for the LC-MS/MS Analysis of the Proteomic Profile of Neuromelanin Granules., J. Vis. Exp. (178), e63289, doi:10.3791/63289 (2021)
https://app.jove.com/t/63289/laser-microdissection-based-protocol-for-lc-msms-analysis-proteomic

4)ウィキペディア:黒質
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E8%B3%AA

5)ウィキペディア:腹側被蓋野
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%B9%E5%81%B4%E8%A2%AB%E8%93%8B%E9%87%8E

6)神戸学院大学講義資料
https://db.kobegakuin.ac.jp/kaibo/has_pp/txt/chu4.html

7)滋野修一・野村真・村上安則著 遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界 一色出版(2020年刊)p.271

8)Pérez-Fernández J, Barandela M, Jiménez-López C. The Dopaminergic Control of Movement-Evolutionary Considerations. Int J Mol Sci., vol.22(20):11284 (2021) doi: 10.3390/ijms222011284.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34681941/

9)大屋知徹、関和彦 中脳赤核と運動機能 ―系統発生的観点から― Spinal Surgery vol.28(3)pp.258-263,(2014)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/spinalsurg/28/3/28_258/_pdf

10)Elia Benito-Gutierrez, Giacomo Gattoni, Manuel Stemmer, Silvia D. Rohr, Laura N. Schuhmacher, Jocelyn Tang, Aleksandra Marconi, Gaspar Jekely and Detlev Arendt, The dorsoanterior brain of adult amphioxus shares similarities in expression profile and neuronal composition with the vertebrate telencephalon., BMC Biology vol.19: article no:110 (2021)
https://doi.org/10.1186/s12915-021-01045-w
https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-021-01045-w

11)続・生物学茶話187: ナメクジウオ脳の部域化
https://morph.way-nifty.com/grey/2022/08/post-277eea.html

12)Horie T, Horie R, Chen K, Cao C, Nakagawa M, Kusakabe TG, Satoh N, Sasakura Y, Levine M. Regulatory cocktail for dopaminergic neurons in a protovertebrate identified by whole-embryo single-cell transcriptomics. Genes Dev. 2018 Oct 1;32(19-20):1297-1302. doi: 10.1101/gad.317669.118.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30228204/

13)石田康、上田勇人、三山吉夫 中枢ドーパミン系の破壊・移植に伴う線条体 L-DOPA・5-HTP およびカテコラミン・アミノ酸活性の変化:脳内微小透析法によるドーパミンおよびセロトニン生合成過程の同時測定を中心とした包括的研究 宮崎大学学術情報リポジトリ (2020)
http://hdl.handle.net/10458/2141

14)難病情報センター パーキンソン病(指定難病6)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/169

15)パーキンソン病治療薬の長期服用で生じる副作用のメカニズムを解明
NIPS プレスリリース (2021)
https://www.nips.ac.jp/release/2021/03/post_433.html

16)Prensa L, Cossette M, Parent A, Dopaminergic innervation of human basal ganglia. J Chem Neuroanat., vol.20(3-4): pp.207-213. (2000)
doi: 10.1016/s0891-0618(00)00099-5.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11207419/

17)Mitchell J. Vaughn, Nandini Yellamelli, R. Michael Burger, and Julie S. Haas, Sensory ProcessingDopamine receptors D1, D2, and D4 modulate electrical synapses andexcitability in the thalamic reticular nucleus., J Neurophysiol vol.133: pp.374–387, (2025) doi:10.1152/jn.00260.2024
https://journals.physiology.org/doi/epdf/10.1152/jn.00260.2024

18)吉本潤一郎・伊藤真・銅谷賢治 脳の意思決定機構と強化学習 計測と制御 第 52 巻 第 8 号 2013 年 8 月号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl/52/8/52_749/_pdf

19)R H Thompson, A Ménard, M Pombal, S Grillner, Forebrain dopamine depletion impairs motor behavior in lamprey., Eur J Neurosci vol.27(6): pp.1452-1460 (2008). DOI: 10.1111/j.1460-9568.2008.06125.x
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18336565/

20)ウィキペディア:ドーパミン受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

21)齋藤奈英ほか D1 および D2 ドーパミン受容体を介する神経伝達による
運動制御と学習記憶の仕組みの理解 日本生物学的精神医学会誌 33 巻 3 号 100-105ページ(2022)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/33/3/33_100/_pdf/-char/ja

 

 

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2025年7月 5日 (土)

Walk down the memory lane 16: The covers by Angels

Anri

Heap the plate with traditional japanese pops

シティーポップの女王といわれた杏里もいまや63才。彼女の名曲の数々をカバーする歌手が期待されますが、私が大好きな「Summer Candles」を圧倒的な歌唱力でカバーしてくれる Angels というユニットをみつけました。これは杏里の自作曲で歌詞は吉元由美さんの作品。夏になると聴きたくなる哀愁のバラードです。

Angelsは日本にもこんなに素晴らしい曲がたくさんあったのだということを思い出させてくれます。これは私の想像ですが、YouTubeの出どころから見てBBCと契約しているのかな?

Instagram: https://www.instagram.com/p/CvHSQyRx1Cw/?igsh=MXJ6cGM2aGVicW9mNg%3D%3D

まず私押しのバラード

杏里 SUMMER CANDLES(サマー・キャンドルズ)
こちら

古内東子 誰より好きなのに
こちら

高橋真梨子 for you...
こちら

徳永英明 レイニーブルー
こちら

============

その他 名曲てんこもり

中森明菜 北ウィング
こちら

久保田早紀 異邦人
こちら

チューリップ 青春の影
こちら

ゴダイゴ 銀河鉄道999 (The Galaxy Express 999)
こちら

辛島美登里 サイレント・イヴ
こちら

ペドロ&カプリシャス ジョニィへの伝言
こちら

テレサ・テン 空港
こちら

 

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2025年7月 2日 (水)

海水温が上昇すると原発は使えなくなる

Stefan-khn

(原発 シュテファン・キューン氏撮影-ウィキペディア)

欧州では熱波のため海水温が上昇し、原発の冷却不良で出力をカットし始めたそうです。
玉木雄一郎氏は原発を増やしたいそうですが、考え直した方が良いと思います。

現在:

France Cuts Nuclear Output Amid Mediterranean Heatwave ? Water 5°C Above Normal
こちら


過去:

アングル:北欧の原発にも熱波影響、海水温上昇で一時停止も
https://jp.reuters.com/article/world/-idUSKBN1KN0ZJ/

温暖化で使えなくなる? 原発
https://www.ccnejapan.com/documents/2019/20190320_CCNE_1-2.pdf

猛暑で米国の原発停止 海水温上昇、冷却に使えず(福島民報)
https://rief-jp.org/ct10/15376

1993年に冷夏によるコメ不足でタイ米を食べた記憶がありますが、今年はこんな猛暑でコメができるんだろうか・・・備蓄米も使ってしまった日本は大丈夫なんだろうかと心配になります。

そもそも備蓄米を放出したといっても、見たこともない人も多いのではないでしょうか。ということはいざコメが本格的に足りないということになったときに、みんなにゆきわたることなどありえないことが明らかになりました。備蓄量が全然足りないのです。その足りない量の備蓄も使ってしまって、またコメ不足になったらどうするのでしょう? カリフォルニアから輸入しても今年の有様をみると、なかなかみんなに行き渡るところまではいかないのではないかと強く危惧されます。

 

 

 

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