続・生物学茶話271:基底核 4. 淡蒼球
線条体や淡蒼球はおそらく脊椎動物が地球に出現したときから存在する組織で、脳全体の形が進化によって変化しても、ずっと保守的に存在して機能を保持してきたと思われます(1)。Stephenson-Jones らは円口類・肉鰭類・条鰭類・軟骨魚類のすべてに線条体と淡蒼球が存在することを示しました(2、3)。線条体と淡蒼球はともに背側は運動に、腹側はモチベーションにかかわっていると言われています。さらにそれらのサイズが変わったりアンバランスが発生したりすると脳の機能に重大な影響があり、統合失調症などを発生させると言われています(4)。ただ線条体・淡蒼球の機能はまだまだ未知な部分が多く、アプローチも難しい状況だと思います。
まずマウスでの基底核発生の状況をみていきましょう。胎生期13.5日目において、基底核原基は Islet1 をつくるLGE(外側基底核原基)と Nkx2.1/Lhx6 をつくるMGE(内側基底核原基)からなっていますが、線条体(尾状核・被殻)は主に前者、淡蒼球は主に後者から発生します(5、図271-1)。後者は視床下核・黒質網様部・マイネルト基底核などの細胞のソースにもなっているようで、より多様な可能性を包含しているように思われます(図271-1)。
図271-1 出生前(a)と出生後(b)のマウス脳基底核周辺図(水平断面)
基底核の分化について述べる前に、基底核原基を形成するために必要なホメオボックス遺伝子について触れておくと、重要なのはLGEおよびMGEの両者に発現する DLX1/DLX2 で、これらがつくる転写因子は DLX5およびDLX6 両ホメオボックス遺伝子の中間の位置にあるエンハンサーに結合し、両遺伝子の発現をサポートすることによって基底核の分化を促進しているようです(図271-2)。DLX1/DLX2 のダブルノックアウトマウスは基底核の形成に失敗し致死となります(6)。これらの遺伝子は基底核原基が分化する以前のおおもとの細胞クラスターが形成されるために必要だと思われます。
図271-2 Dlx遺伝子群について
LGEおよびMGEを特徴づける各遺伝子についてリストアップしたのが図271-3です。特徴づけるとはいっても、例えばPax6が線条体原基に発現しているからと言って、Pax6は眼や膵臓の発生にもかかわっているわけで、この遺伝子のプロダクトがどのように線条体の発生にかかわっているかというのはわかりません。
Parvalbumin や Enkephalin は転写因子ではないので、直接的にニューロンの機能にかかわっている物質です。ただ例えば Parvalbumin を発現しているニューロンがどのような機能を持つかということについては非常に多くの研究がありますが(7)、では Parvalbumin が機能にどうかかわっているかのプロセスについてはまだまだ不明な点が多いと思います。このたんぱく質にはカルシウムと結合する性質があるので、フリーなカルシウムの濃度を低下させ、ニューロンを発火させやすくするという効果はあるようです。
図271-3 基底核原基に関する重要因子の一覧表
ここまではマウスの基底核原基について述べてきましたが、では他の動物ではどうなのでしょう。Medinaらはさまざまな脊椎動物の淡蒼球ついて総説でまとめています(5)。この一部を図271-4に示します。
図271-4からわかるように、どの生物も硬骨魚類を除き少なくとも Nkx2.1系とIslet1系(爬虫類はPax6)に導かれて分化した2系統の細胞群が混在する組織であることがわかります。硬骨魚類の場合もLxh7誘導ではありますが、他のグループと同様 Enkephakin を発現する細胞群を持っています。このリストから考えて、淡蒼球は少なくとも2~3種類の異なる細胞群がそれぞれ別の仕事をしていると思われます。そしてそれはおそらく先カンブリア時代から引き継がれて来たメカニズムなのでしょう。
図271-4 様々な脊椎動物脳基底核淡蒼球に発現する転写因子とマーカーからみた淡蒼球 (参照文献5に基づくリスト)
Islet1系の細胞は淡蒼球全細胞の1/3位を占めますが、これはが一体何をやっているかというと Medina らによると線条体に投射しているそうです(5)。このことは彼らの実験から明らかですが、まだ多くの教科書にはかいてありませんし、私も基底核1の図には勉強不足で書きませんでした(8)。実際には図271-5のようになっているようです。
もし線条体から終脳皮質へ投射する経路がないのなら、淡蒼球から線条体への投射経路があることは、線条体が独自に行動するかしないかを決定する役割を持つことを意味するかもしれないので、線条体の脳における地位は今考えられているより高い可能性があります。
図271-5 線条体と淡蒼球の関係
Medinaらがまとめたさまざまな脊椎動物の脳基底核原基の縦断面によるマップを図271-6に示します。脳基底核原基の基本的なボディプランは主な脊椎動物すべてにおいて大きな変化はないことが示されています。
彼らは視床下部の一部とされている視索前野(赤の部分)が、発生学的には淡蒼球と近縁であることを示しています。淡蒼球と視索前野の境界を終脳と間脳の境界とするのは議論があるように思います。淡蒼球と視索前野との関係についてはまだまだ研究が必要なのではないかと思います。
図271ー6 様々な脊椎動物における脳基底核原基
私が驚いたのは、脳科学辞典に淡蒼球という項目がないことでした。業界の事情はよくわかりませんが、何を書いても反論が多く出そうで書きにくいということでしょうか? 困ったものです。
参照文献
1)続・生物学茶話270:基底核 3: 終脳と基底核 哺乳類・爬虫類・鳥類
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/05/post-0ecc28.html
2)Stephenson-Jones M, Ericsson J, Robertson B, Grillner S., Evolution of the basal ganglia: dual-output pathways conserved throughout vertebrate phylogeny. J Comp Neurol vol.520: pp.2957-2973 (2012) DOI: 10.1002/cne.23087
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22351244/
3)Stephenson-Jones M, Samuelsson E, Ericsson J, Robertson B, Grillner S., Evolutionary conservation of the basal ganglia as a common vertebrate mechanism for action selection. Curr Biol vol.21: pp.1081-1091 (2011)
https://doi.org/10.1016/j.cub.2011.05.001
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982211005288
4)日本医療研究開発機構 プレスリリース
統合失調症の大脳皮質下領域の特徴を発見―淡蒼球の体積に左右差がある―
https://www.amed.go.jp/news/release_20160119.html
5)Loreta Medina Antonio Abellán Alba Vicario Ester Desfilis, Evolutionary and Developmental Contributions for Understanding the Organization of the Basal Ganglia., Brain Behav Evol vol.83: pp.112–125 (2014) DOI: 10.1159/000357832
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24776992/
6)Qing-Ping Zhou et al., IdentiÆcation of a direct Dlx homeodomain target in the developing mouse forebrain and retina by optimization of chromatin immunoprecipitation., Nucleic Acids Research, Vol. 32, No. 3, pp.884-892 (2004) DOI: 10.1093/nar/gkh233
https://europepmc.org/article/med/14769946
7)橋本隆紀,金田礼三,坪本真 大脳皮質パルブアルブミン陽性ニューロンと統合失調症の認知機能障害 Japanese Journal of Biological Psychiatry Vol.28, No.1, pp.32-40 (2017)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/28/1/28_32/_pdf
8)続・生物学茶話268:基底核 1:イントロダクション
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/05/post-56976e.html
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コメント
> 後者は視床下核・黒質網様部・マイネルト基底核などの細胞のソースにもなっている
とのことですが、視床下核は間脳由来ではないですか?当方も(5)の資料を当たりましたが、「基底核原基が視床下核の細胞のソース」であるという記述は見受けられませんでした。軸索入力のソースということでしょうか?他の典拠などありましたらご教授お願いします。
淡蒼球と一口に言っても腹側淡蒼球・外節・内節では構成や接続および役割が大きく異なると思いますが、ここで述べられているのは外節の話でしょうか?それとも淡蒼球全部に当てはまることと考えてよいのでしょうか?
脳科学辞典に有るべき項目が無いのは困りものですが(なんと視床も無いです!)、wikiと違って書き手が限られるので単に適任の人がいないだけかもしれません。
投稿: NiiiNonno | 2025年6月23日 (月) 21:13
NiiiNonno 様
コメント有難うございます。ご指摘の件は Medina らの論文のFig.1bの図で、MGE(薄紫色の部分)から出ている矢印の先にSTN/SNrという表記があるからだと思います。またここでは腹側淡蒼球については全く除外しております。きちんと書いていなくて申し訳ありません。
monchan より
投稿: monchan | 2025年6月24日 (火) 16:26