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2025年6月26日 (木)

続・生物学茶話273:基底核 6.視床下核

視床下核(subthalamic nucleus)はGABA作動性の抑制性投射を主とする淡蒼球や線条体と異なり、グルタミン酸作動性の興奮性投射を主とする脳基底核のなかではユニークな特徴を持つ組織です(1)。

視床と黒質の中間に位置し、間脳に所属します。サイズはヒトの場合よくトウモロコシの実一粒くらいといわれます。長径数ミリというところでしょうか(1、図273-1)。

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図273-1 視床下核の位置

視床下核は1865年にフランスの神経学者ジュール・ベルナール・リュイ(Jules Bernard Luys)が発見したとされていますが、20世紀末頃まではあまり注目されない組織でした。それが急激に着目されるようになった一因は、1978年にフランスの脳外科医ベナビド(図273-2)がこの組織に電極を埋め込こんでパルスを発生させることによってパーキンソン病患者の治療を行ったことにあります。この療法はかなり成果をあげ、現在ではDBS(deep brain stimulation)という一般的な治療法として普及するまでになりました(2、3)。また学術的には20世紀末に基底核の研究が進展し、視床下核の重要性が認識されるようになってきたことも見逃せません(4)。

それにしても、このような革命的な治療法を受け入れた最初の患者氏の勇気は見上げたものです。また患者との信頼感を築き上げた医師のパーソナリティや努力も素晴らしいと思います。

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図273-2 ベナビド博士

図273-3に脳科学辞典の図(1)をもとに、最近の成果もふくめた脳基底核ネットワークを示しました。視床下核には終脳皮質・辺縁系・淡蒼球外節・黒質緻密部(5)から入力があり、淡蒼球外節・淡蒼球内節・黒質網様部に出力しています(1)。出力の様式はグルタミン酸作動性の興奮性投射のみですが、入力にはグルタミン酸・GABA・ドーパミンの受容体が用意されています。

終脳皮質(大脳皮質)と視床(図には書いてありませんが一部脳幹にも淡蒼球内節・黒質網様部から出力があります)をつなぐ経路は3つありますが、次第にその重要性が認識されてきたハイパー直接路は必ず視床下核を経由します。また間接路も一部視床下核を経由します。したがってヒトが何らかの行動を行うときに、かなり多くの場合その情報は視床下核を経由すると考えられます。

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図273-3 脳基底核ネットワーク

施術の観点からいえば、視床下核のどの位置に電極を入れるかというのは非常に重要なテーマです。ですから視床下核機能の部域差についての知識は必要で、それにともなって関係する基礎研究も近年大きく進展しました。図273-4a に示されるように、部域によってどこから入力があるかについて差が認められました(6)。そして出力についても差があることがわかりました(図273-4a)。これにどのような意味があるのかはほとんどわかっていませんが、図273-4bc に見られるように、げっ歯類でも霊長類でも運動野からの入力が多い部分には Parvalbumin、辺縁系からの入力が多い部分には Calbindin2 が多いことがわかっています。これらはカルシウム結合タンパクなので、カルシウムが関与する情報伝達に差があると考えられています(6)。

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図273-4 視床下核の部域と入出力(入力については図273-6もみてください)

プラサドらはマウスを使って、さらに詳細にさまざまなmRNAの存否について視床下核の部域差を調べました。その結果先端部には Col24a1、Nxph4 が発現していないこと、後方部には Pvalb などが発現していないことがわかりました(6、図273-5)。Col24a1 はコラーゲンの一部を合成するためのmRNA、Nxph4 はNeurexophilin 4という分泌タンパク質を合成するためのmRNA、Pvalb はパルブアルブミンを合成するためのmRNAです。

パルブアルブミンは脳神経系にも多いカルシウム結合タンパク質で、情報伝達に関係し神経疾患や認知障害にもかかわっていることがわかっています(7)。Neurexophilin 4 はα-neurexin のリガンドで、シナプスの構築や活動にかかわっていると思われます(8)。Col24a1が視床下核の機能にどうかかわっているかは謎です。

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図273-5 視床下核各部域に発現するmRNA

最後に視床下核への入力、視床下核からの出力をまとめました(図273-6)。縫線核からのセロトニン性入力は初出ですが、脳科学辞典によると縫線核は脳のほぼ全域に投射しているそうです(9)。たとえば猫が歩いている間ずっと発火していて止まると発火も止まるそうなので(9)、運動に関与する視床下核もその影響を受けるのでしょう、

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図273-6 視床下核への入力・視床下核からの出力

参照文献

1)脳科学辞典:視床下核
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A6%96%E5%BA%8A%E4%B8%8B%E6%A0%B8

2)谷口真 横地房子 脳深部刺激療法(DBS)は どんな症例に有効か
脳外誌 JpnJ Neurosurg (Tokyo )vol.19 : pp.24 −31 ( 2010)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcns/19/1/19_KJ00005931727/_pdf

3)Wikipedia: Alim Louis Benabid
https://en.wikipedia.org/wiki/Alim_Louis_Benabid

4)Wikipedia: Basal ganglia
https://en.wikipedia.org/wiki/Basal_ganglia

5)ウィキペディア:黒質
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E8%B3%AA#:~:text=%E9%BB%92%E8%B3%AA%E7%B7%BB%E5%AF%86%E9%83%A8%20%EF%BC%88%E3%81%93%E3%81%8F,%E3%81%AE%E9%87%8F%E3%81%8C%E6%B8%9B%E5%B0%91%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%82

6)Asheeta A. Prasad & Åsa Wallén-Mackenzie, Architecture of the subthalamic nucleus., Communications Biology vol.7, article no.78, (2024)
https://doi.org/10.1038/s42003-023-05691-4
https://www.nature.com/articles/s42003-023-05691-4

7)ウィキペディア:パルブアルブミン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%96%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%9F%E3%83%B3

8)Xiangling Meng et al., Neurexophilin4 is a selectively expressed α-neurexin ligand that modulates specific cerebellar synapses and motor functions., eLife 2019 Sep 16;8:e46773. doi: 10.7554/eLife.46773
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6763262/

9)脳科学辞典:縫線核
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%B8%AB%E7%B7%9A%E6%A0%B8

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コメント

縫線核と一口に言っても尾側と吻側では(少なくともマウスでは)投射先が全く異なります。

歩行に関与する尾側核群は下降性投射なので、脊髄に直接働きかけるような役割があるものと思われます。

基底核に広く投射するのは吻側核群です。一説にはセロトニン神経系が時間割引率を調整する(^1)ともされているので、私は視床下核に時間割引率を伝達する役割があるのではないかと考えています。

^1 岡本ら 2012 遅延報酬の割引に対するセロトニンの効果https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1140020108.pdf

投稿: NiiiNonno | 2025年6月28日 (土) 09:42

NiiiNonno 様

ご教示有り難うございます。

monchan

投稿: monchan | 2025年6月29日 (日) 17:01

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