続・生物学茶話270:基底核 3. 終脳と基底核 哺乳類・爬虫類・鳥類
両生類のある種が羊膜を生み出し完全に陸上で生活できるようになって、しばらくすると単弓類と双弓類というグループに分かれて進化することになりました。ペルム紀になると酸素濃度が大幅に減少し、単弓類は横隔膜、双弓類は気嚢でこれに対応するように進化しました(1)。なぜ酸素濃度が減少したかは参照文献1および7をご覧ください。
ペルム紀末の大絶滅時代を経て、両系統ともわずかな種が生き残り、三畳紀から再出発することになりました。その後単弓類は単孔類・有袋類・哺乳類(学術的には単孔類・有袋類も哺乳類に含まれる)という現存グループを生み出し、双弓類は爬虫類・鳥類という現存グループを生み出しました(2、図270-1)。
図270-1 有羊膜類における終脳の構造と進化 日本語はすべて管理人がつけたものです。図の哺乳類というのは便宜的で、正しくは有袋類も単孔類も哺乳類に含まれます。
現存する単弓類の子孫と双弓類の子孫の2つのグループの終脳における神経細胞の分布は、それぞれ大きく異なります。単弓類を祖先とする生物群では神経細胞の細胞体は脳の辺縁に層状の構造を形成して集積し(灰白質)、内側に向かって軸索を伸ばすような構造をとっています。これに対して、双弓類を祖先とする生物群ではそのような特殊な構造はありません(3、図270-2)。
哺乳類では層ごとに類似した神経細胞が集積し、爬虫類・鳥類では類似した神経細胞は集塊を形成しています(3、図270-2)。なぜこのような差異が発生したのかはわかりませんが、終脳-視床-脳基底核のネットワークがエディアカラ時代から保存されていることを考えると(4、5)、終脳の基本的な機能とは別の派生的な分化だと思われます。しかしそれによってヒトという異常に知能が高い生物が生み出されたという事実があります。
図270-2 有羊膜類終脳における興奮性神経細胞の分布(野村ら 2020)
単弓類子孫の終脳皮質に特異的な層状構造が形成されるようになったのがいつからかは興味深い課題です。現存のこの系統の生物の中では単孔類が最も原始的な形態と考えられますが、彼らの終脳皮質は層状構造をとっています。しかし東工大(現東京科学大学)のプレスリリースによりますと、単孔類が分岐したのは1億8760万年前のジュラ紀となっています(6)。もっと古い時代三畳紀末のハドロコディウムが終脳皮質の層状構造を保有していたかもしれません(2、図270-3)。
三畳紀からジュラ紀にかけては特に酸素濃度が低く(12~15%、7)、効率的な呼吸補助器官である気嚢を持つ恐竜が台頭し、持たない生物たちはサイズや身体能力が劣るため、彼らから隠れてひっそりと生きなければならなくなりました。おそらくそのために知能を発達させなければ生き残れないような状況だったと推測されます。このための進化が終脳皮質の層状構造だったのではないでしょうか。
図270-3 哺乳類独特の終脳皮質はいつの時代にはじまったのか? (野村ら 2014 とウィキペディアより)
図270-4は哺乳類(ラット)と鳥類(ハト)・爬虫類(カメ)の終脳領域垂直断面図です。相対的に線条体と淡蒼球が非常に大きく見えます。これらのまわりを新皮質(ヒトにおける大脳皮質に相当する)が取り囲んでいるような構造です。一方ハトやカメではDVR(背側脳室隆起)というふくらみが新皮質に相当する構造で層状にはなっていません。彼らの終脳は線条体と淡蒼球の上にDVRが乗っているような構造になっています(8、図270-4)。鳥類には特にWULSTという隆起がありますが、これもマウスの新皮質に相当するような機能を持っています。ただしやはり層状構造ではありません。
図270-4 終脳における線条体と淡蒼球(ラット、ハト、カメ)
カエル・ハイギョ・硬骨魚類のような歴史の古い動物においても、終脳に線条体と淡蒼球は大きな存在感を持って存在します(図270-4)。ただ両生類は食物連鎖が確立していた海洋からドロップアウトに成功し、当初は捕食を免れるための運動機能はあまり必要ではなく、陸上という新環境に耐えることが生存の条件だったと考えられるので、淡蒼球はむしろ退化したのではないかと思われます。小脳も退化しています。彼らはその後おそらく舌での捕食と跳躍能力などの運動機能を集中単純化して、現代まで生き延びてきたのではないかと思います。
図270-5 終脳における線条体と淡蒼球(カエル、ハイギョ、硬骨魚類)
新皮質あるいはDVR、線条体、淡蒼球を構成する神経細胞は先カンブリア時代からそれぞれ機能が定められており、発生過程での細胞移動も一定の規則性をもって行われていると考えられます。マリンとルビンシュタインはマウス終脳の発生過程での細胞移動を観察し、まず増殖によって必要な細胞が作られた後、新皮質へ向かう細胞は放射状に、線条体や嗅葉にむかう細胞は表層に平行に(tangential)移動することを示しました(9、図270-6)。このような移動を正しく行うことが、ここまで述べてきたような脳の構造を正常に構築する上で重要です。
図270-6 胎生15.5日目マウス終脳における細胞の移動
参照文献
1)ウィキペディア:単弓類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%98%E5%BC%93%E9%A1%9E
2)Tadashi Nomura, Yasunori Murakami, Hitoshi Gotoh, Katsuhiko Ono, Reconstruction of ancestral brains: Exploring the evolutionary process of encephalization in amniotes.,
Neuroscience Research vol.86, pp.25-36 (2014) DOI: 10.1016/j.neures.2014.03.004
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24671134/
3)野村真 羊膜類の脳進化機構の解明??遺伝子発現機構の可塑性と細胞型の相同性 J.Biochem., vol.92, pp.200-209 (2020)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2020.920200
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2020.920200/data/index.html
4)Marcus Stephenson-Jones, Ebba Samuelsson, Jesper Ericsson, Brita Robertson, and Sten Grillner, Evolutionary Conservation of the Basal Ganglia as a Common Vertebrate Mechanism for Action Selection., Current Biology vol.21, pp.1081?1091, (2011)
DOI 10.1016/j.cub.2011.05.001
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21700460/
5)続・生物学茶話269:基底核 2:進化
https://morph.way-nifty.com/grey/2025/05/post-246d6d.html
6)東工大ニュース(東工大は現在は東京科学大学になっています)
カモノハシとハリモグラの全ゲノム解読に成功!
https://www.titech.ac.jp/news/2021/048809
7)長谷川政美 進化の目で見る生き物たち 第14話 酸素濃度の極端な増減
https://kagakubar.com/creature/14.html
8)Anton Reiner, Loreta Medina, C. Leo Veenman, Structural and functional evolution of the basal ganglia in vertebrates.,Brain Research Reviews vol.28 pp.235–285 (1998)
DOI: 10.1016/s0165-0173(98)00016-2
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9858740/
9)Oscar Marín and John L. R. Rubenstein、A long remarkable journey : Tangential migration in the telencephalon., Nat Rev Neurosci 2, 780–790 (2001). https://doi.org/10.1038/35097509
https://www.nature.com/articles/35097509
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