続・生物学茶話265: 活動電位にまつわる話
生物が生まれた非常に初期のころから、外界と細胞との境界膜にNa・Kポンプは設置されていたと思われます。実際細菌や古細菌もこれを保有しています。このポンプは次のような反応を触媒します(1)。
3Na(in)+2K(out)+水1分子+ATP=3Na(out)+2K(in)+ADP+Pi
これはATP1分子と水1分子を消費して、ナトリウムイオン3つを細胞から放出し、同時にカリウムイオン2つを細胞に取り込むという意味です。この結果外界と細胞に電位差が発生し、それを使って糖・アミノ酸、リン酸などの栄養物質のとりこみ、様々なイオンの出し入れ、細胞のpHや体積の調節などが行われます(2)。Na・Kポンプはまさに細胞を電池化する革命的なアイテムでした。
神経細胞もこの電位差を使って作業することになりました。その作業の肝は活動電位の発生です。Na・Kポンプによって細胞内は常にNaイオンの濃度が外界より低く保たれているので、細胞膜に穴をあけるチャネル分子=電位依存性ナトリウムチャネル(3)があれば細胞膜からNaイオンが細胞内に流入し、電流を発生させることができます(4、図265-1)。
図265-1 活動電位(アクションポテンシャル)
図265-1は高校の教科書などにでてくるアクションポテンシャル(活動電位)のグラフです。このグラフを見ているといろいろ疑問がわいてきます。まずその活動電位を発生させるためのチャネル=電位依存性ナトリウムチャネルの最初の活動は誰が指示しているのでしょうか? 隣のチャネルが活動すればナトリウムが細胞内に流れ込みそれが刺激となってチャネルが開き、それがまた隣に伝搬するわけですが最初はどうなのでしょう。
通常軸索末端のシナプスから放出された神経伝達物質はシナプス後細胞表層のレセプターと結合して情報は伝達されます。レセプターがリガンド依存性イオンチャネルであった場合、リガンドが結合することによってチャネルが開き、イオンが細胞内に流入します(5、図265-2)。代表的なリガンド依存性イオンチャネルの例として、ニコチン性アセチルコリン受容体などがあげられます(6)。この受容体がリガンドと結合しナトリウムイオンが流入した結果、一定の閾値に達すると電位依存性ナトリウムチャネルが開いてアクションポテンシャルが発生するというわけです。
しかし実際にはそれほど単純ではなく、リガンド依存性チャネルの分布なども影響して、まだ知られていないメカニズムも関与しているようです。脳科学辞典の「閾値」という項目をみると「樹状突起の比較的近い部位の興奮性シナプスが一定数以上同時に活性化すると、各々による脱分極の線形和を越えた脱分極が起こり、それが細胞体に伝わる」という報告がとりあげられています(7、8)。シナプスには抑制性のものもあるので、それぞれの数やクラスター化の程度、軸索起始部との距離など複数のパラメータが関与してアクションポテンシャルの起動が決定されるものと想像できます。
図265-2 リガンド依存性イオンチャネル 実際に通過するのはカチオン
リガンド結合型チャネルのはたらきによってナトリウムイオンが流入し、ある程度神経細胞の電位が上昇すると、電位依存型のチャネルが開口し、さらにナトリウムイオンが流入してアクションポテンシャルが発生します。リガンド結合型チャネルによるナトリウムイオンの流入は加算的である―すなわちリガンドが結合したチャネルだけが開口し二つ開口すれば流入量が2倍になるという様式なのに対して、ナトリウムイオンの細胞内濃度が閾値を超えるとそれを感知した電位依存型チャネルは原則的にはすべてが一気に開口しアクションポテンシャルを発生させます(図265-3)。
図265-3 シナプスにおける情報伝達から活動電位発生まで
しかしここでひとつ不思議なことがあります。活動電位(アクションポテンシャル)が発生すると細胞内のナトリウムイオン濃度が爆上がりするので、電位依存型チャネルは開きっぱなしになってしまい、電位を生理的レベルに落とすことができなくなるのではないかと思うのですが、実際にはそんなことはありません。なぜなのでしょうか?
図265-4は故意に膜電位を50mⅤに維持して電位依存型ナトリウムチャネルが開放したままになるかどうか試した実験ですが、そうはならないことがわかりました(9)。電位依存型ナトリウムチャネルが開口するのはわずか10mSという短い時間だけで、すぐ自動的に閉じてしまうのです(図265-4)。この閉じたチャネルのコンフォメーションは膜電位が生理的レベルだった最初とは違った状態(不活化状態)なのですが、ナトリウムイオンが通過できないことに変わりはありません。膜電位を正常レベルに戻すとコンフォメーションも元に戻ります。つまり膜電位が上昇したときの本来のコンフォメーションは不活化状態に相当するものであり、ナトリウムイオンが通過できるのは途中の遷移段階に相当する間だけということです(図265-4)。
一方電位依存型カリウムチャネルは、ナトリウムチャネルが電位変化に素早く反応して開口するのに対して、開口まで10mS前後の時間がかかります。なので活動電位の発生を妨害することはありません。このカリウムチャネルは電位が高い間は開きっぱなしで、電位が生理的レベルに下がれば閉じるというシンプルなメカニズムで活動します。つまりナトリウムチャネルの特殊な活動と、カリウムチャネルのシンプルな活動の組み合わせによってアクションポテンシャルが発生するわけです。
図265-4 電位依存型ナトリウムチャネルと電位依存型カリウムチャネルの作動様式
電位依存型ナトリウムチャネルのメインサブユニットはαでそれを2次元に広げた模式図が図265-5です(10)。他のサブユニットがない状態でも電位依存型ナトリウムチャネルとして機能します。前記したようにこのチャネルは膜電位が上昇すると自動的にチャネルを閉じますが、それはウィキペディアを引用すると、「ナトリウムチャネルは不活性化ゲート(inactivation gate)を閉じることで自身を不活性化する。不活性化ゲートは、αサブユニットのドメインIIIとIVをつなぐ細胞内の領域が「プラグ」のように機能することで開閉が行われていると考えられている。不活性化ゲートが閉じるとNa+の流れが止まり、膜電位の上昇は止まってチャネルは不活性化状態となる」(10)ということです。図265-5のIの部分が不活性化に関与する領域です(11)。
詳しくは不活性化はⅢ-Ⅳリンカー領域中に存在する疎水性アミノ酸配列 Ile-Phe-Met (IFMモチーフ)が IFM モチーフのレセプターである2つのリンカー(ドメインⅢのセグメント4とセグメント5を結ぶリンカー(ⅢS4-S5)及びドメインⅣのセグメント4とセグメント5を結ぶリンカー(ⅣS4-S5)と疎水性相互作用すること
により生ずると考えられているそうです(12)。
図265-5 電位依存型ナトリウムチャネルαサブユニットの模式図
不活性化を含む電位依存型ナトリウムチャネルの立体構造に関する最新のデータについては参照文献13をご覧ください。
参照文献
1)ウィキペディア:Na+/K+-ATPアーゼ
https://ja.wikipedia.org/wiki/Na%2B/K%2B-ATP%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BC
2)上野晋、泉太、川村越 ナトリウムポンプの構造と機能―βサブユニットの役割―
膜 (MEMBRANE), 20 (2), 115-125 (1995)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane1976/20/2/20_2_115/_pdf/-char/ja
3)続・生物学茶話190: 電位依存性ナトリウムチャネル
https://morph.way-nifty.com/grey/2022/09/post-b7024f.html
4)やぶにらみ生物論118: 活動電位
https://morph.way-nifty.com/grey/2018/12/post-cf21.html
5)Wikipedia: Ligand-gated ion channel
https://en.wikipedia.org/wiki/Ligand-gated_ion_channel#:~:text=Ligand%2Dgated%20ion%20channels%20(LICs,a%20ligand)%2C%20such%20as%20a%E8%84%B3%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%BE%9E%E5%85%B8%E3%80%80:%E9%96%BE%E5%80%A4
6)続・生物学茶話135: アセチルコリンによる情報伝達
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/03/post-5df6c6.html
7)脳科学辞典:閾値
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%96%BE%E5%80%A4
8)Schiller, J., Major, G., Koester, H.J., & Schiller, Y. , NMDA spikes in basal dendrites of cortical pyramidal neurons. Nature, 404(6775), pp.285-289 (2000)
9)岡良隆 基礎から学ぶ神経生物学 オーム社 (2012) p.56
10)ウィキペディア:ナトリウムチャネル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB
11)上坂伸宏 電位依存性Na+チャネルの生理機能と構造
膜(MEBRANE), vol.20(6), pp.398-405(1995)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane1976/20/6/20_6_398/_pdf/-char/ja
12)宮本和英 ナトリウムチャネルの不活性化ゲート関連ペプチドの立体構造
YAKUGAKU ZASSHI vol.122(12) pp.1123―1131 (2002)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/122/12/122_12_1123/_pdf
13)Daohua Jiang, Jiangtao Zhang and Zhanyi Xia, Structural advances in voltage-gated sodium channels., Frontiers in Pharmacology., 13:908867. doi: 10.3389/fphar.2022.908867. (2022)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9204039/
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