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2025年4月14日 (月)

続・生物学茶話266:視床と大脳皮質1

「意識」という現象は昔は哲学や心理学で取り扱われていましたが、今では自然科学の研究対象でもあります。医学では意識レベルという段階が定義されています(Japan Coma Scale, Glasgow Coma Scale, 1)。視床という脳の領域は「意識」と深いかかわりがあり、この部分の損傷によって「意識」は障害されます(2-4)。

「意識」といっても救急医学で定義されているレベルとは違った意味で、動物によって異なるレベルがあり、それは視床や関連領域の発達の程度によって異なると思われます。また「意識」は視床という脳のパートが単独で担うものではなく、視床と大脳皮質との神経連絡を中心としたネットワークが担っていると思われます。この意味で視床と大脳皮質をつなぐ中間地点に位置する尾状核被殻領域も「意識」とは深いかかわりがあると思われます。

今回登場する関連部域(マウス脳のパーツ)の一覧を図266-1に示します。一次とか二次とかがありますが、二次というのは脳の他の領域で得た情報と照合するとか、より複雑で高級な処理をする脳の領域です。たとえば予測に基づいて環境の変化に対応する行動をとるとか(5)、音の高さや強さだけでなくハーモニー・メロディ・リズムのパターン処理をするとか(6)を受け持つ部分です。まあ実際にはそんなに単純ではないと思いますが。

視床と大脳皮質一次体性感覚野・一次視覚野は相互に投射するニューロンによって密接なネットワークを構築しています(図266-1c、7)。

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図266-1 マウス大脳皮質と視床

視床から大脳皮質への軸索の伸長、逆に大脳皮質から視床への軸索の伸長は、意識の成立のためにも非常に重要なことなので胎生期に行われます。マウスなら胎生13.5日目にはそのネットワーク構築は開始されています。軸索は大脳皮質と基底核の境界や間脳と終脳との境界を乗り越え、方向転換したのち、相互にすれ違うという形をとって進行します。

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図266-2 胎生13.5日目のマウス脳縦断面

そして胎生18.5日目には、それぞれターゲットである大脳皮質と背側視床に到達します。

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図266-3 胎生18.5日目のマウス脳縦断面

背側視床のニューロンから出発する軸索は、間脳終脳境界に至るとそれまで視床下部に向かっていた進行方向を
転換して間脳終脳境界を乗り越え、線条体方向に延びていきます。このような方向転換を実現するために視床下部領域に負の誘導因子が存在するというのが脳発生生物学が到達した結論です(8、図266-4)。

終脳領域に侵入した軸索はさらに、終脳腹側の負の誘導因子、背側の正の誘導因子に導かれて pallial–subpallial boundary を乗り越え、ようやく大脳皮質に到達します。大脳皮質から出発した軸索も同様な誘導因子に導かれて背側視床に到達します(図266-4)。

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図266-4 神経軸索ガイダンス

誘導因子の実体は遺伝子ノックアウトマウスを使った実験によって次々と明らかになってきましたが、ここではロペス=ベンディトらの論文の一部を紹介します(7)。

まずEmx2-KOマウスでは大脳皮質からの軸索、背側視床からの軸索共に遠回りしています。なかにはターゲットに到達できなかった軸索もあります。これは本来終脳間脳境界の腹側にあるはずの負の誘導因子がなかったことによるものと思われます。Tbr1-KOマウスの場合、大脳皮質からおよび背側視床からの軸索共に途中で伸長が止まっています。これは正の誘導因子が欠損していたためと思われます(図266-5)。Gbx2やMash1についても同様と思われます。Pax6も細胞移動に関わる因子とされていますが、ここでどのようにかかわっているかは図266-5からは判断できません。

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図266-5 遺伝子ノックアウトマウスによる誘導物質の探索

ニューロンのネットワークはもちろん正負の誘導因子だけで決まるものではなく、細胞接着、シナプス形成、刈込みなどそのほか多くの要因がかかわって形成されるもので、総合的な見方が必要です。

 

参照文献

1)【意識レベル評価】JCS・GCSとは?意識障害時の対応は?
https://motoyawata.clinic/blog/jcs-gcs/

2)管るみ 失語症,そして復職─私の闘病経験─
高次脳機能研究 vol.42(2):pp.207 ~ 211 (2022)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/42/2/42_207/_article/-char/ja

3)日坂ゆかり、柿田さおり 意識障害と高次脳機能障害や片麻痺のある脳出血患者の
発症時からの意識障害の回復に伴う自己の障害に対する認識の変化
日本救急看護学会雑誌 vol.23, pp.1-8 (2020)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaen/23/0/23_1/_article/-char/ja/

4)田上雄大 他 もやもや病に合併した穿通枝動脈瘤に対して塞栓術を施行した 1 例
脳卒中 vol.45: pp.270-276, (2023)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/45/3/45_11115/_article/-char/ja/

5)Kosuke Hamaguchi, Hiromi Takahashi-Aoki and Dai Watanabe, Prospective and retrospective values integrated in frontal cortex drive predictive choice., Proc. Natl. Acad, Sci. USA, vol.119 (48) e2206067119 (2022)
https://www.pnas.org/doi/epub/10.1073/pnas.2206067119

6)ウィキペディア:1次聴覚野
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%AC%A1%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%87%8E

7)Guillermina Lopez-Bendito and Zoltan Molnar, Thalamocortical development: how are we going to get there? Nature Rev Neuroscience vol.4, pp.276-289 (2003)
https://doi.org/10.1038/nrn1075
https://www.nature.com/articles/nrn1075

8)新明洋平 軸索ガイダンス分子 Draxin が担う脳神経回路形成機構 金沢大学十全医学会雑誌 第125 巻 第 2 号 55 -59(2016)
https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/records/16615

 

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コメント

今日初めてサイトを拝見しました。
「脳の発生と発達」という本を丁度読んでまして、正負の誘導因子に関する説明で、異常時の図が欲しいなあと思っていたところだったのでとても有難いです。

投稿: NiiiNonno | 2025年4月14日 (月) 16:29

>NiiNonno さま

はじめまして よろしくお願いします。

投稿: monchan | 2025年4月14日 (月) 22:56

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