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2025年3月 7日 (金)

続・生物学茶話263:半索動物の神経系

生物学でいう動物を大きく分けると、前口動物・後口動物・口と肛門の区別がない動物の3つのグループになります。ヒトは後口動物(新口動物ともいう)のグループにはいります(図263-1)。前口動物(旧口動物ともいう)のグループには万単位の種が存在する節足動物門をはじめとして非常に多くの門が所属しますが、後口動物に含まれるのは脊索動物・半索動物・棘皮動物の3つの門しかありません。これらの門がいつ分岐したかは先カンブリア時代のことなので謎のままです。

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図263-1 後口動物の系統樹

このなかでもギボシムシとナメクジウオはかなり後口動物共通祖先の特徴を残した動物と考えられています。特にギボシムシはヒトでいえば脊髄神経に相当する神経索が背側と腹側にあるという特殊な生物で、背側にある後口動物と腹側にある前口動物の中間に位置する特徴を持つという点で、後口動物と前口動物の分岐点となる生物に近いという可能性を感じさせます(1)。ただし半索動物と呼ばれる要因となった口盲管(ストモコード)は脊索と相同ではないという指摘もあります(2)。

ギボシムシの形態や臓器は田川が公開してくれているので図263-2にお借りしました(3)。最も近い棘皮動物門の生物とは大きく異なりますが、幼生(トルナリア)はかなり似ています。さらに軟体動物の幼生(トロコフォア)とも似ています(4)。棘皮動物は変態するときに五放射相称になるので、後口動物の本来の形とはかけ離れた形態となります。しかし2015年にギボシムシの全ゲノム配列が解明されて、形態的にはかけ離れているように見える棘皮動物と実は近縁であることが明らかになりました(5,6)。

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図263-2 ギボシムシの形態

ギボシムシに近いと思われる生物の化石がカンブリア紀の地層からみつかっています。その名前はユンナノゾーン(雲南の虫)。脊索動物の起源的動物という説もありますが、D.Shuらは半索動物としています(7)。そうではなかったにしてもギボシムシの祖先はカンブリア紀にも生きていたのでしょう。彼らはおそらく武器も防具も俊敏性も持たなかったので、吻という海底に穴を掘る道具を獲得して生き延びたのでしょう(図263-2)。

のどから袋状の口盲管(ストモコード)が伸びているのは半索動物の特徴ですが、これの機能は未知です。吻の主要な目的は穴を掘ることなので、強力な筋肉が存在します。さらに吻の内部にはヒトでいえば糸球体のような脈球があり、また心臓に相当する心胞があります。襟部には下に口があり、明らかに上下が識別できる左右相称動物です。口に続いて咽頭があり、ここから口盲管が吻にのびています。体幹部には中心に消化管があり、外から消化管につながる鰓裂があります。鰓裂があることが後口動物のアイデンティティーです。体幹にはその

ロペスらは主に in situ hybridization の手法を用いて神経マーカーの遺伝子発現を観察し、ギボシムシの神経系について詳しい調査を行いました(8)。まず汎神経マーカーの Elav の発現を3鰓裂期の幼生でみたところ、吻(proboscis)・襟(collar)・体幹(trunk) を通して背側中央に神経索があり、体幹には腹側にも神経索があることがわかりました(図263-3)。また吻の最後部皮膚近傍にはかなり神経細胞の密度が濃い領域がありました(図263-3 O、N)。

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図263-3 Elav marker によるギボシムシ神経の探索

次にカテコールアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)のマーカーであるチロシンハイドロキシラーゼの発現をみると、吻の前部と最後部、襟の前部、体幹最前部に強い発現が見られます(図263-4B・B’)。この図は生体のものですが幼生でもほぼ同じです。特に襟の前部にあるリング状の発現は顕著で、この付近にカテコールアミン系の神経細胞が集中し、散在神経系から逸脱しつつある神経システムの存在を示しています。

私が特に目を見張ったのはヒスタミンのマーカーであるヒスチジンデカルボキシラーゼの局在で、非常に明快な局在が吻後部および腹部神経索にみられます(図263-4E’)。ヒスタミナージックなニューロンはヒトでは脳の乳頭体に局在し、脳のほとんどの部位に投射して強い影響力を持っています。また胃はヒスタミンによって胃酸分泌をうながされます(9)。私たちの神経機能とも何らかのつながりがあるかもしれません。

襟前部の中抜き△の染色をよく見るとダブルになっています。これで思い出すのはクラゲの傘の円環神経系です。なんらかのつながりがあるのでしょうか?

グルタミン酸デカルボキシラーゼはGABA系ニューロンのマーカーは幼生のステージが進むほどはっきりとした局在を示します。図263-4G’は3鰓裂期のステージですが、吻の最前部と最後部、襟の最前部に局在がみられます。また発現している細胞の数が少ないので見にくいですが背側神経索とのどの後部にも染色がみられます(図263-4G’)。

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図263-4 神経伝達物質マーカーの発現

ロペスらは神経ペプチドのマーカーについても調べています。その一部を図263-5で紹介します。汎マーカーであるPC2(prohormone convertase 2)やGPC(glutaminyl-peptide cyclotransferase)の発現が吻後部や襟前部にみられることは、神経伝達物質の分布とも考えあわせると、この領域がこの生物では神経によるコントロールセンターの役割を果たしていることを示唆しています(図263-5D’E’)。

さまざまな神経ペプチドが特異的な発現を示していることは、まだそれぞれの意味はわかりませんが興味深く感じられます。図263-5F’ のVLamide は、本文ではVIamide となっていて、どちらかがエラーだと思いますが、分布は非常に特異的で吻の特定の部域にしか発現していません。これはなにをやっているのでしょうか? 

Luqin は脊椎動物では失われた神経伝達物質ですが、ギボシムシでは立派に発現しています(図263-5G’)。NNFアミドは吻だけで発現しています。GnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)は背側神経索には全く発現が見られないにもかかわらず、腹側神経索では盛大に発現しているという興味深い特異性が観察されています(図263-5L)。

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図263-5 神経ペプチドの発現

これまで使ってきたマーカーよりさらに特異性が少ない汎用マーカーとして、シナプスによる伝達を行う細胞には必ずあるはずのシナプトタグミンのモノクローナル抗体を使った、3鰓裂期ギボシムシ免疫組織化学の結果が図263-6A~Eです。意外にも吻における神経細胞の密度が高いことがわかります。吻の内部では軸索が前に向かって伸び、辺縁部では外側に向かって伸びているように見えます。

図263-6Aとセロトニンの発現(図283-6、5HT)を比較すると、セロトニンは襟にダブルのリングそして体幹の最前部と腹側神経索の前半分に濃厚に発現することがわかります。腹側神経索と背側のセロトニン発現細胞は連結しています5HT-E。拡大図をご覧になりたい方は原著をみてください(8)。セロトニンは私たちの腸管蠕動運動にかかわっています。ギボシムシでも同じ機能があるとすればまさしく伝統の機能と言えます。ただ体幹の前半にだけ集中していることが気になりますが。

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図263-6 シナプトタグミン抗体を用いた全神経の可視化とセロトニン

ロペスらの研究結果を見て私が感じるのは、ギボシムシの祖先はカンブリア紀からはじまった弱肉強食の世界を「吻」という新機軸に大量の神経と筋肉を投入することによって土遁術を身に着け、海底砂泥の中で生活することによって生き延びて現在に至っているのだろうということです。脊索動物は泳ぐことに集中したのに対し、ギボシムシの祖先は這うという生き方を一度も捨てなかったため、腹部神経索が現在まで保存されているのでしょう。川島らは様々な生物のゲノムを比較した結果、後口動物の祖先はギボシムシのような生物だったとまで言っています(11)。

 

参照

1)続・生物学茶話162:半索動物における神経誘導
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/10/post-d2946f.html

2)Noriyuki Satoh, Kunifumi Tagawa, Christopher J. Lowe, Jr-Kai Yu, Takeshi Kawashima, Hiroki Takahashi, Michio Ogasawara, Marc Kirschner, Kanako Hisata, Yi-Hsien Su, John Gerhart,On a possible evolutionary link of the stomochord of hemichordates to pharyngeal organs of chordates., Genesis vol.52, issue 12, pp.925-934 (2014)
https://doi.org/10.1002/dvg.22831
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/dvg.22831

3)田川訓史 ギボシムシ海砂泥地に潜む面白い新口動物群 Kagaku to Seibutsu vol.55(5): pp.308-310 (2017)
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=782

4)ウィキペディア:プランクトスフェラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9

5)Oleg Simakov et al., Hemichordate genomes and deuterostome origins., Nature vol.527, pp.459-465 (2015)
https://www.nature.com/articles/nature16150

6)私たちの遠い祖先の謎が明らかに!
https://www.hiroshima-u.ac.jp/koho_press/press/2015/2015_083_2

7)Shu, D., Zhang, X. & Chen, L. Reinterpretation of Yunnanozoon as the earliest known hemichordate. Nature vol.380, pp.428-430 (1996).
https://doi.org/10.1038/380428a0
https://www.nature.com/articles/380428a0

8)Jose M. Andrade Lopez, Ariel M. Pani, Mike Wu, John Gerhart, Christopher
J. Lowe, Molecular characterization of nervous system organization in the hemichordate acorn worm Saccoglossus kowalevskii., PLoS Biol vol.21(9): e3002242. (2023)
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3002242
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37725784/

9)脳科学辞典:ヒスタミン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3

10) Luis Alfonso Yanez-Guerra and Maurice R. Elphick, Evolution and Comparative Physiology of Luqin-Type Neuropeptide Signaling., Front. Neurosci., vol.14, (2020)
https://doi.org/10.3389/fnins.2020.00130
https://www.frontiersin.org/journals/neuroscience/articles/10.3389/fnins.2020.00130/full

11)川島武士 et al., ギボシムシのゲノムから考察する新口動物の起源
DOI: 10.7875/first.author.2015.117
http://first.lifesciencedb.jp/archives/11802


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