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2025年1月26日 (日)

続・生物学茶話259: カハールの間質細胞(介在細胞)

海綿動物は先カンブリア時代から数億年以上子孫を残し続け、現在も大繁栄している地球上の生物の中で有数の勝ち組と言えます。細孔を多数作って餌と水を取り込みながら栄養をとり、私たちの胃とは大きく違いますが中央に胃腔と呼ばれる空間をつくって、そこに流し込んで穴(肛門)から排出するというのが基本の形です。彼らは数億年以上の期間独自の進化を行ってきたので、ウィキペディアの海綿動物の項目を見ると、まるで高度な美術品のような複雑な構造をもつ多くの種の形態に驚嘆します。

彼らの胃腔と私たちの消化管にはひとつ共通の役割があります。それはその中で微生物を培養して共生するということです。微生物に快適な環境を提供する代わりに、彼らが作り出す有機物を利用して餌が少ない時にも生き延びるなど様々なメリットを得ることができます。

ウルバイラテリア(始原的左右相称動物)の祖先は、非常にシンプルなチクワのような構造の原始海綿動物から進化した生物だったと思われます。進化する過程で筋細胞を分化させて腸(チクワの穴)の周りに配置し、腸のなかに水流を作ることができれば、シンプルな構造であっても襟細胞のように鞭毛で水流を作るより圧倒的に強力な水流を起こすことが可能です。この時点では前後はあっても上下左右はない生物でしたが、我々の祖先が餌として目を付けたのはおそらく海底に付着している生物でした。もし餌にできれば大変効率的ですが、問題なのは浮遊しているプランクトンを吸い込む場合と違って、食べたら別の場所に移動しなければいけません。つまり海底を這って移動しなければいけません。そのために上下の概念を取り入れ、体の下部にも消化管で分化の様式を確立した筋肉を配置して、苔様植物など海底に付着している生物がいる場所に移動できるように進化する必要がありました。その進化に成功した結果、体に上下の区別ができるようになると同時に左右という概念が発生しました。それはウルバイラテリアの誕生を意味します。

想像ばかりでも仕方がないので。実験結果に基づく話に戻しましょう。まずカハールの間質細胞はどこから発生してくるかという問題ですが、これはラ・ドゥアランの研究室で c-Kit マーカーとお得意のウズラ‐ニワトリのキメラを使った実験で、中胚葉(間葉系細胞)から発生することが確認されました(1)。腸上皮は内胚葉、腸管神経系は神経堤から発生するので、カハールの間質細胞は腸上皮、神経細胞、グリア細胞などとは別起源ということになります。このことはマウスでも確かめられました(2)。鳥橋によると、マウスでは胎生17日目頃までは平滑筋細胞とカハールの間質細胞は共通の祖先細胞の状態であり、それは18日目に平滑筋細胞とカハールの間質細胞に分かれてそれぞれ分化するそうです(3、図259-1)。ヒトの場合このタイミングは胎生9週目くらいからになります(4)。鳥橋は「おそらく、消化管という古い器官が進化の過程で固有の律動運動を獲得するなかで、ペースメーカー細胞として機能する特殊な平滑筋というかたちでICCが平滑筋細胞から分かれたのではないか」と述べています(3)。

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図259-1 カハール間質細胞の分化

図259-1をみればカハール間質細胞の分化には SCF-cKit セットが必要と思われ実際にそうらしいのですが(3)、深部輪状筋(輪走筋)に埋め込まれているタイプの細胞(ICC-DMP)は SCF-cKit に依存しないとの報告もあり(5)、なかなか一筋縄ではいきません。神経叢と共存するカハール間質細胞ではリガンドであるSCFのシグナルをレセプターであるcKitが受けてチロシンキナーゼ活性を発動するわけですが、SCF のシグナルが来なくても常時c-Kitがチロシンキナーゼとして機能している場合、カハール間質細胞は癌化するようです(6)。

カハールの間質細胞の各消化管部位における分布を文献7に従って示しました(7、図259-2)。ここには示してありませんが食道における分布はほぼ胃の前半部に近いようです。小腸では縦走筋内部にカハール間質細胞がみられないのが特徴です。また輪状筋内部における配置が部位によって異なっています。食道と胃の前半部では筋層間神経叢にカハール間質細胞がみられません。

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図259-2 各消化管部位におけるカハール間質細胞の分布

カハールの間質細胞は主として筋層間神経叢(アウエルバッハ神経叢)に存在しますが、図259-2のように輪状筋や縦走筋の内部にも筋細胞に交じって存在しており、また輪状筋よりも内腔に近い粘膜下層やマイスナー神経叢にも存在します。そして存在する位置によって形態も異なります(図259-3)。神経叢にあるタイプは多数の分枝を持ち、全体として網状の構造をとりますが(9、図259-4)、筋肉に埋め込まれているタイプは2極性の細長い形態となります。図259-3は参照文献8を参考に作成しましたが、たとえば神経叢にも2極性細長型のカハール間質細胞が存在するので8と異なる部分もあります。

カハールの間質細胞同士はギャップ結合(gap junction、図259-1)でつながっており、電気パルスや代謝活動を共有しています。神経や筋肉とどのような形でコミュニケーションをとっているかわかりませんが、両者の近傍で異なる形態をとるのでコミュニケーションの方式も異なるのかもしれません。

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図259-3 カハール間質細胞の多様性

これは単なる想像ですが、もともとはカハールの間質細胞は縦走筋に埋め込まれているものだけであって、オンオフとペースメーキングだけをやっていればよかったのですが、輪状筋ができたことで制御が複雑となり、縦走筋と輪状筋の間で腸管神経系の統合的な制御を受けることになったと思われます。そしてカンブリア紀にはいると、脳神経系の制御を受けざるを得なくなりました。

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図259-4 筋層間神経叢のカハール間質細胞 ニューロンはオレンジ色、カハールの間質細胞は緑色

カハールの間質細胞の分化と多様性について、より詳細で最新の知識が必要な方はスウィートらの総説が役に立つかもしれません(10)。

 

参照

1)Laure Lecoin, Giorgio Gabella and Nicole Le Douarin, Origin of the c
-kit-positive interstitial cells in the avian bowel., Development vol.122, pp.725-733 (1996)
DOI: 10.1002/(SICI)1097-0029(19991201)47:5<303::AID-JEMT1>3.0.CO;2-T
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10602289/

2)H. M. Young, D. Ciampoli, B. R. Southwell, and D. F. Newgreen, Origin of Interstitial Cells of Cajal in the Mouse Intestine., DEVELOPMENTAL BIOLOGY vol.180, pp.97–107 (1996)
DOI: 10.1006/dbio.1996.0287
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8948577/

3)鳥橋茂子 ICCの発生 顕微鏡 vol.40, no,3, pp.145-149 (2005)
file:///C:/Users/Owner/Downloads/KENBIKYO_final-2.pdf

4)Goran Radenkovic, Vojin Savic, Dejan Mitic, Srdjan Grahovac, Marija Bjelakovic, Miljan Krstic, Development of c-kit immunopositive interstitial cells of Cajal in the human stomach., J.Cell.Mol.Med., vol.14, pp.1125-1134, (2010)
https://doi.org/10.1111/j.1582-4934.2009.00725.x
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1582-4934.2009.00725.x

5)Iino, S., Horiguchi, K. & Horiguchi, S. c-Kit-stem cell factor signal–independent development of interstitial cells of Cajal in murine small intestine. Cell Tissue Res 379, 121–129 (2020). https://doi.org/10.1007/s00441-019-03120-9
https://link.springer.com/article/10.1007/s00441-019-03120-9

6)兵庫医科大学プレスリリース Gastrointestinal stromal tumor (GIST)および
カハールの介在細胞(Interstitial cell of Cajal; ICC) に関する研究
https://www.hyo-med.ac.jp/department/hpth/study01.html

7)小室輝昌 ICC研究の歴史と展望 顕微鏡 vol.40, no.3, pp.140-144 (2005)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kenbikyo2004/40/3/40_3_140/_article/-char/ja/

8)Petru Radu et al., nterstitial Cells of Cajal—Origin, Distribution and
Relationship with Gastrointestinal Tumors., Medicina vol.59, no.63. (2023)
https://doi.org/10.3390/medicina59010063
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9865743/

9)堀口和秀, 飯野哲 カハーの介在細胞の微細構造 顕微鏡 vol.40, no.3, pp.150-156 (2005)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kenbikyo2004/40/3/40_3_150/_pdf/-char/ja

10)Tara Sweet, Christeen M. Abraham, Adam Rich, Origin and development of interstitial cells of Cajal., Int. J. Dev. Biol. vol.68: pp.93-102 (2024)
https://doi.org/10.1387/ijdb.240057ar
https://ijdb.ehu.eus/article/240057ar

 

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