続・生物学茶話257: 腸神経細胞の形態学
腸管神経系の形態学については、19世紀の半ば頃にマイスナーがマイスナー神経叢(現在は粘膜下神経叢と呼ばれることが多い)、アウエルバッハがアウエルバッハ神経叢(現在は筋層間神経叢または腸管筋神経叢と呼ばれることが多い)を発見したことが端緒になっていますが(図257-1)、これらを構成する神経細胞の形態については、ロシアの神経学者アレクサンダー・ドギエルの19世紀末から20世紀初頭にかけての研究が現在でも基準となっています。しかし現在手軽に読めるドギエルの論文はとても少なく、唯一1895年の「Zur Frage uber den feineren Bau des sympathischen Nervensystems bei den Saugethieren」(1)という論文も4980円支払わないと読めないので諦めました。その代わりにエルランゲン‐ニュルンベルク大学のブレーマーの総説(2)を手がかりとして、腸神経細胞の形態学を探訪したいと思います。
図257-1 腸縦断面の模式図
図257-1は前回の図256-1と同じものです。256では腸の蠕動運動は神経がなくてもカハール間質細胞がペースメーカーとなって自動的に行われることを述べました(3)。では腸神経は何をやっているのでしょうか? おそらく先カンブリア時代からやっていたことが2つあると思います。ひとつは餌が腸にあることを感知して腸をはたらかせ、無い時には休ませるということです。これは大きなエネルギーの節約になります。いまひとつは有害なものを取り込んだときに排出する作業です。これらの作業を行うためには神経だけでなく、センサーとしての上皮細胞の分化も必要です。たとえば痛みを感じたときに全力で蠕動運動を開始することは有益だったでしょう。
腸神経がどのような形態をとっているかは現在でも完全には解明されておらず、議論の対象になっています。たとえば脳科学辞典の腸管神経系の項目には筋層間神経叢における一酸化窒素を神経伝達物質とする神経の形態が示されています(4、図257-2)。これによれば数個の細胞が近接して集合体を作り、それぞれの集合体は軸索や樹状突起を出して連絡しています(図257-2A)。また集合体は1種類のニューロンで構成されるのではなく、別の神経伝達物質を使用するニューロンも共存しています(図257-2B)。
図257-2 モルモット腸管筋神経叢の免疫染色
ドギエルが報告したとされている TypeI、TypeⅡ、TypeⅢ のニューロンの形態図が脳科学辞典にあったので貼っておきます(4、図257-3)。TypeI は普通のニューロンで、1本の軸索と多数の樹状突起がみられます。TypeⅡ は軸索が枝分かれしているか複数本あって、樹状突起は極めて少ないタイプです。TypeⅢ は軸索は多分1本ですが枝分かれしていて、樹状突起も非常に長く複雑に枝分かれしています。Portbury らが1995年に報告したTypeⅢの図には、軸索が消化管と並行の方向に延びていること、軸索が枝分かれして複数のニューロンに接続していることなどが示されています(5、図257-4)。
図257-3 ドギエルの古典的な神経細胞形態図と分類
図257-4 ドギエルTypeIIIニューロンの模式図
細胞の形態が現在でも議論になっているというのは珍しい例だと思いますが、ブレーマーは腸神経系のニューロンの形態をまとめた総説を2021年に出版しています(2)。その中で筋層間神経叢(アウエルバッハ神経叢)にみられるとされているニューロンの一部を図257-5に示します。
TypeI は樹状突起の形態によって"stubby"型と"spiny"型に分けられています。TypeⅡは軸索が複数あるタイプと枝分かれしているタイプがあり、さらに樹状突起があるタイプとないタイプがあります(2、図257-5)。複数の軸索状突起が本当に軸索かどうかについては、1990年にヘンドリクスらが軸索であることを電気生理学的にモルモットで確認しています(6)。その伝達読度は0.23m/秒ということです。腸神経のニューロンは一般的にミエリン鞘で覆われていないので、伝達速度は高速ではありません。実は図257-5では軸索はカットしてあり、最後までトレースすると異常に絡まりあったり分岐している長大で複雑な構造であることが分かっています(11)。
TypeⅡは変わったタイプのニューロンですが、ヒトの全筋層間ニューロンの10%位を占めコリナージックであること、カルレチニン、ソマトスタチン、サブスタンスP、CGPR(calcitonin gene-related peptide)などが検出されることなどが分かっています。TypeⅡのニューロンは実は感覚ニューロンで軸索における情報伝達が逆行性であることが示されているのですが(11)、両行性かもしれません。このあたりは稿を改めてとりあげたいと思っています。
TypeⅢもドギエルが1899年にモルモットの大腸にあることを報告しましたが、スタックがブタの小腸にもあることを報告したのは100年近く経過した1982年でした(7)。ヒトの小腸での存在が確認されたのは2004年です(8)。いかに腸神経系の研究が軽視されてきたかがわかります。TypeⅢの特徴は軸索は1本で、樹状突起がよく発達していて長いことです(図257-5)。TypeⅤはブタの小腸でスタックが発見しました(9)。ヒトにも存在することは確認されています。コリナージックなニューロンですが、樹状突起の途中から軸索が出ているように見えます(図257-5)。
図257-5 筋層間神経叢ニューロンの形態 ax:axon
ここまで述べてきた様々な形態のニューロンは、筋層間神経叢(アウエルバッハ神経叢)で見つかったものですが、では粘膜下神経叢(マイスナー神経叢)のニューロンはどのような形態なのかを図257-6に示します。筋層間神経叢のニューロンの形態もドギエルの時代から報告はあるのですが、それほど詳しくは研究されてないようです。軸索は概ね1本で、樹状突起は発達しているタイプとほとんどないタイプがあるようです(2、図257-6)。またコリナージックなタイプと一酸化窒素性を使うタイプがあります(2)。
図257-6 粘膜下神経叢ニューロンの形態
参照
1)Dogiel, A.S. Zur Frage uber den feineren Bau des sympathischen Nervensystems bei den Saugethieren. Archiv f. mikrosk. Anat. 46, 305?344 (1895).
https://doi.org/10.1007/BF02906657
2)Axel Brehmer, Classification of human enteric neurons., Histochemistry and Cell Biology vol.156, pp.95-108 (2021)
https://doi.org/10.1007/s00418-021-02002-y
3)続・生物学茶話256: 蠕動運動
https://morph.way-nifty.com/grey/2024/12/post-d46b60.html
4)脳科学辞典: 腸管神経系
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%85%B8%E7%AE%A1%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB
5)Portbury, A.L., Pompolo, S., Furness, J.B., Stebbing, M.J., Kunze, W.A., Bornstein, J.C., & Hughes, S., Cholinergic, somatostatin-immunoreactive interneurons in the guinea pig intestine: morphology, ultrastructure, connections and projections. Journal of anatomy, vol.187 ( Pt 2), pp.303-321 (1995)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1167426/pdf/janat00130-0045.pdf
6)Hendriks R, Bornstein JC, Furness JB, An electrophysiological study of the projections of putative sensory neurons within the myenteric plexus of the guinea pig ileum. Neurosci Lett., vol.110(3): pp.286–290 (1990)
doi: 10.1016/0304-3940(90)90861-3
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2325901/
7)Stach W., Neuronal organization of the myenteric plexus (Auerbach) in the swine small intestine. III. Type III neurons. Z Mikrosk Anat Forsch vol.96(3): pp.497–516 (1982)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7148094/
8)Brehmer A, Blaser B, Seitz G, Schrödl F, Neuhuber W., Pattern of lipofuscin pigmentation in nitrergic and non-nitrergic, neurofilament immunoreactive myenteric neuron types of human small intestine. Histochem Cell Biol vol.121(1): pp.13–20 (2004)
DOI: 10.1007/s00418-003-0603-7
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14663589/
9)Stach W., Neuronal organization of the myenteric plexus (Auerbach's) in the pig small intestine. V. Type-V neurons. Z Mikrosk., Anat Forsch vol.99(4):pp.562–582 (1985)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7210798/
10)Kustermann A, Neuhuber W, Brehmer A., Calretinin and somatostatin immunoreactivities label different human submucosal neuron populations. Anat Rec (hoboken) 294(5):858–869. (2011)
https://doi.org/10.1002/ar.21365
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21416629/
11)John B. Furness . Heather L. Robbins . Junhua Xiao .Martin J. Stebbing . Kulmira Nurgal., Projections and chemistry of Dogiel type II neurons in the mouse colon., Cell Tissue Res vol.317: pp.1–12 (2004)
DOI 10.1007/s00441-004-0895-5
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15170562/
| 固定リンク | 0
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話258: ドギエルⅡ型ニューロンの謎(2025.01.13)
- 続・生物学茶話257: 腸神経細胞の形態学(2025.01.05)
- 続・生物学茶話256: 蠕動運動(2024.12.24)
- 続・生物学茶話255: 腸の起源をさぐる(2024.12.13)
- 続・生物学茶話254: 動物分類表アップデート(2024.12.07)
コメント