続・生物学茶話249: 樹状突起スパイン2
樹状突起スパインの形成と可塑性にアクチン繊維がかかわっていることを最初に指摘したのはおそらくマトゥスなのでしょうが(1)、コロボヴァとスヴィトキナは海馬の細胞(ラットかマウスか不明)を培養し、樹状突起スパインの成長を観察しながらアクチン繊維の形成について詳しく調査しました。そして2010年の論文(2)の中で次のように述べています -Surprisingly, the spine necks and bases, as well as dendritic filopodia, also contained a network, rather than a bundle, of branched and linear actin filaments that was immunopositive for Arp2/3 complex, capping protein, and myosin II, but not fascin-。スパインにはアクチンのネットワークが存在し、Arp2/3 が存在するので枝分かれが可能で、ミオシンIIがあるので収縮も可能です。しかしアクチン線維のバンドリングに必要なファシンは存在しません。つまり図249-1のような細かく枝分かれした細いアクチン線維のネットワーク構造があります。
彼らの観察によると、まず糸状の細い突起ができて、それが次第にふくらみマッシュルーム型のスパインに成長するということです。これは in vivo の観察と一致しています。2020年の Jung らのレヴューではネックの部分にミオシンのリングが描いてあります(3)。マッシュルーム型のスパインができるためにミオシンがどのような役割をはたしているかはまだわかりません。いずれにしても傘の上部が広いほど多くの受容体を配置できるので、強いシグナルを樹状突起に伝えることができます。
図249-1 樹状突起スパインの成長
樹状突起スパインが多くのシナプスを作って効率的な情報伝達を行うためには、その形態が細長い突起のようではいけませんし、球形でもだめで、頂上に広場のような平らな部分がなくてはいけません。このためには直接的にはシナプス前領域とシナプス後領域をつなぎとめる橋のような構造が考えられます。脳科学辞典を見ると Ephrin/EphR やβ-neurexin/Neuroligin がその役割を果たしているような図がありました(4、図249-2)。一方 N-cadherin を重要視する考え方もあります(5)。
図249-2 シナプス後領域で働くタンパク質一覧(脳科学辞典)
ただそのような橋構造自体はシナプスの安定化に寄与しても、樹状突起スパインの頂点に広場をつくったり、スパインの構造自体を平ぺったくするような機能を持つとは考えられません。奈良先端科学技術大の稲垣研究室では20年位前からシューティン(shootin)というタンパク質の研究を行っていて、 フルサイズのものをシューティン1b、スプライシングバリアントをシューティン1aと命名しました。このうち1a は脳に特異的に存在していることがわかっていました(6,7)。
図249-3(写真上、5)はラット海馬培養細胞の樹状突起をファロイジンでF-アクチンの染色をしたものですが、先端に行くにつれてF-アクチンが少なくなっていることがわかります。先端のほうでF-アクチンが染色されているのはほぼスパイン領域に限られます。シューティン1a もF-アクチンと同じくスパインに局在していることがわかります(図249-3写真下、5)。Kastian らはシューティン1をノックアウトすると、スパイン自体の数が6割くらいに減り、その多くがやせたフィロポディア型になってしまうことを示しました(5)。
図249-3 樹状突起におけるF-アクチンとシューティン1aの局在
シューティン1a はF-アクチンとL1-CAM(細胞接着因子)の両者に結合する能力があるので、スパインの外側の細胞やマトリクスとL1-CAMを介して結合し、同時にF-アクチンとも結合することによって(クラッチカップリング)、アクチンの重合によって発生する力を細胞外に伝えることができます。つまりスパイン内でアクチン繊維が増えると外に押すことができるということです。したがって頭をシナプスで抑えられていると、クラッチカップリングが壁を移動させるような役割を果たしてスパインが横に膨張し、切り株のような(stubby)形のスパインを形成することができます。Kastian らはこれを図249-4に示しています(5)。
クラッチカップリングの存在はシナプスにストレスを与えないよう、位置がずれないよう、あるいは剝がれてしまわないように安定化し、記憶が安定的に保持されるうえでも有意義なのではないかと思われます。
図249-4 Kastian らのスキーム
参照
1)A.Matus, Actin-based plasticity in dendritic spines. Science, vol.290(5492): pp.754-758. (2000) doi: 10.1126/science.290.5492.754.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11052932/
2)Farida Korobova and Tatyana Svitkina, Molecular Architecture of Synaptic Actin Cytoskeleton in Hippocampal Neurons Reveals a Mechanism of Dendritic Spine Morphogenesis., Molecular Biology of the Cell
vol.21, pp.165–176, (2010) doi: 10.1091/mbc.E09-07-0596
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2801710/
3)Minkyo Jung, Doory Kim and Ji Young Mun, Direct Visualization of Actin Filaments and Actin-Binding Proteins in Neuronal Cells., Front. Cell Dev. Biol. vol.8:588556. (2020)
doi: 10.3389/fcell.2020.588556
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33324645/
4)脳科学辞典:PSD-95
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/PSD-95
5)Ria Fajarwati Kastian et al., Shootin1a-mediated actin-adhesion coupling generates force to trigger structural plasticity of dendritic spines., Cell Reports vol.35, issue 7, no.109130 (2021)
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.109130
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211124721004691
6)Toriyama, M., T. Shimada, K.B. Kim, M. Mitsuba, E. Nomura, K. Katsuta, Y. Sakumura, P.Roepstorff, and N. Inagaki. Shootin 1: A protein involved in the organization of an asymmetric signal for neuronal polarization. J. Cell Biol. vol.175: p.147–157 (2006)
DOI: 10.1083/jcb.200604160
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17030985/
7)Ria Fajarwati Kastian, Shootin1a mediates an F-actin-adhesion clutch for dendritic spine formation and synaptic plasticit., (2019) Doctoral Thesis.
奈良先端科学技術大学院大学学術リポジトリ
https://naist.repo.nii.ac.jp/records/9529
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