続・生物学茶話247: シナプス後厚肥
前回記事(1)の電子顕微鏡写真をみると、シナプスの両側に電子密度の濃い領域が見られますが、シナプス前領域ではその厚みが数nmなのに対して、シナプス後領域(postsynaptic density)では40nmくらいあります。分子量60kDのタンパク質の半径は 2.7nm くらいだそうで(2)、だとするとシナプス前領域では1~2分子ぶんの厚みなのに対して、シナプス後領域(シナプス後厚肥)では多数の分子の集合体とか、スキャフォールドタンパク質やアクチン線維などが絡み合った構造の存在が予測されます。
ただしシナプス前領域は盛んにエキソサイトーシスを行う場所ですから、タンパク質が盛んに入れ替わる場所であるにもかかわらず、電子密度が高いというのはある意味驚異的です。それに対してシナプス後領域は受容体を安定的に設置して伝達物質が伝える情報を正しく細胞内に伝達する役割があります。ここで1つの問題はその受容体が「頭でっかち」、すなわち細胞外の部分がアンバランスに巨大であるということです。たとえばAMPA型グルタミン酸受容体は図247-1のような構造になっています。
図247-1 AMPA((α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メソオキサゾール-4-プロピオン酸)型グルタミン酸受容体の構造
受容体の「根」になっているのは主にアクチン線維であることがわかってきましたが(3)、ここでアクチン線維について少し復習しておきましょう。アクチンは筋肉ではほとんどが重合してアクチン線維を作り、ミオシンとの共同作業によって筋肉を動かすという作業をしています。しかしその他の細胞では単体と線維に半々程度に分布しており、どちらになるかは様々な制御因子によって臨機応変に決められています(4、5、図247-2)。
アクチンは重合するとマイクロフィラメントと呼ばれる線維を形成し、この際ATPと結合したアクチンモノマー(Gアクチン)は線維の+末端(反矢尻端)から線維に結合します。矢尻端のアクチンはADPと結合した形になっており、線維から解離します。この合成と分解は線維端をアダプターが細胞質側に露出している部分、特にC末を利用するしかありません。とは言っても受容体を直接アクチン線維と接続するのは制御が難しくなるので得策ではありません。アクチンは非常に多くの種類の仕事をしているので、シナプス関連の仕事は、その仕事にプロパーで関わっているリンカーやアダプターを介して行うことになります。そうすればそのリンカーやアダプターを制御することによって、シナプス関連システムを制御できます。
図247-2 アクチンとマイクロフィラメント
プロテオーム解析を行うとシナプス後領域には1000種類もタンパク質があるとされているので、ここでは神経細胞に豊富に含まれているグルタミン酸受容体とそこに結合するタンパク質をリストアップしてみました(3、6、図247-3)。イオンチャネル型グルタミン酸受容体には4つのタイプ(AMPA、NMDA、カイニン酸、デルタ)があり、それぞれに多くのサブタイプがあります。結合するタンパク質はそれぞれのサブタイプによって異なります。ここにリストアップした結合タンパク質はすべて直接または間接にアクチンとの結合を仲介すると考えられているので、これらのタンパク質を介して受容体はアクチン線維に係留されることになります。
ただリストアップされたからといって、これらがどのような構造を形成しているのかはわかりません。このリストにあるSNX27やDLG4(PSD95)はよく知られたタンパク質で、たとえば貝塚と内匠は受容体-PSD95-GKAP-SHANK-CONTACTIN-ACTINというチェーンを中心とした図表を発表していますが(7)、最近はFAM81Aを中心とした液滴にとじこめられた分子集積を考えているようです(8)。
図247-3 各種グルタミン酸受容体とそれらに結合するアクチン調節因子
つまりシナプス後厚肥の高電子密度領域は液相-液相の分離によってタンパク質が閉じ込められることによってできているというのが最近の考え方のようです。このようなシナプス直下の疎水性構造が受容体細胞質パートへの諸因子のアクセスを制限し、正しい情報伝達と受容体の安定に寄与しているのでしょう。このような考え方によれば、アクチン線維はむしろシナプスという構造を形成する段階で、神経細胞の一部を突出させるという形態変化に大きな役割を果たしていると思われます(9)。つまりシナプス後厚肥の構造というより、シナプス後細胞全体の形成と構造にかかわっていると考えた方がよさそうです。
たとえばJ-E Kim らの研究によるとPPLP/CIN(pyridoxal-5′-phosphate phosphatase/chronophin)というアクチン線維調節因子を過剰発現させると樹状突起の形成が阻害され、ノックアウトすると巨大で異常な樹状突起が形成されるそうです(10、図247-4)。液相-液相分離説と受容体-?-アクチン線維の結合の両者の折り合いをどうつけるかという問題はどうなるのでしょうか。やじうまとしてもはらはらします。
図247-4 マウス樹状突起の形態に及ぼすPLPP/CIN活性の影響
貝塚剛志氏がこの方面の研究を裏話も含めて、彼の研究ブログで解説してくれています(11)。近年のシナプス研究の1断面をビビッドに感じさせてもらいました。FAM81Aについては魚類のホモログは哺乳類と40%くらいしか配列が一致せず、魚類の場合シナプスにも局在しないそうで、シナプス後厚肥の一般的な構造という意味ではゴールはかなたのようです。
参照
1)続・生物学茶話246: シナプス前細胞のアクティヴゾーン
https://morph.way-nifty.com/grey/2023/05/post-2bdb34.html
2)大阪大学石島研究室HP
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/ishijima/Molecule-01.html
3)Priyanka Dutta, Pratibha Bharti, Janesh Kumar, and Sankar Maiti, Role of actin cytoskeleton in the organization and function of ionotropic
glutamate receptors., Curr Res Struct Biol., vol.3: pp.277–289 (2021)
doi: 10.1016/j.crstbi.2021.10.001
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8569634/
4)脳科学辞典:アクチン https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3
5)やぶにらみ生物論75: 細胞骨格2
https://morph.way-nifty.com/grey/2017/06/post-20be.html
https://morph.way-nifty.com/lecture/2020/01/post-c5c25b.html
6)続・生物学茶話152:グルタミン酸 その1 イオンチャネル型グルタミン酸受容体
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/07/post-148529.html
7)Takeshi Kaizuka and Toru Takumi, JB Special Review—Neuronal functions and disorders. Postsynaptic density proteins and their involvement in
neurodevelopmental disorder., J. Biochem., vol.163(6): pp.447–455 (2018) doi:10.1093/jb/mvy02
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29415158/
8) Takeshi Kaizuka, Taisei Hirouchi, Takeo Saneyoshi, Toshihiko Shirafuji, Mark O. Collins, Seth G. N. Grant, Yasunori Hayashi, Toru Takumi, FAM81A is a postsynaptic protein that regulates the condensation of postsynaptic proteins via liquid–liquid phase separation., PLOS Biology 22(3): e3002006 (2024)
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3002006
https://journals.plos.org/plosbiology/article%3Fid%3D10.1371/journal.pbio.3002006
9)Jessica C. Nelson, andrea K.H. Stavoe, and Daniel A. colón-Ramos, The actin cytoskeleton in presynaptic assembly., Cell adhesion & Migration vol.7:4, pp.379–387 (2013)
https://doi.org/10.4161/cam.24803
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.4161/cam.24803
10)Ji-Eun Kim, Yeon-Joo Kim, Duk-Shin Lee, Ji Yang Kim, Ah-Reum Ko, Hye-Won Hyun, Min Ju Kim & Tae-Cheon Kang, PLPP/CIN regulates bidirectional synaptic plasticity via GluN2A interaction with postsynaptic proteins. Sci. Rep. vol.6, article no.26576.,
DOI: 10.1038/srep26576
https://www.nature.com/articles/srep26576
11)貝塚剛志 研究ブログ
https://researchmap.jp/kaizuka/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0
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