原爆の日 2024
私の父はまだ士官学校を出たばかりの将校で、呉から中国に向かうために広島から移動していました。しかし突然連絡が入り、小隊を率いて広島に戻れという指示があり、急遽広島に戻ることになりました。仕事は広島に落とされた原爆の後始末、具体的には死体の処理でした。もちろん被爆し、小隊のメンバーは若い人ばかりでしたが、戦後全員早死にして父だけ生き残りました。おそらく指揮官だったので、自分で作業しなかったためと思われます。
父は被爆したにもかかわらず、被爆者手帳は持っていませんでした。軍人だったからだと思います。それで終戦後結婚して私が生まれました。
父が所属していた部隊は船で中国に向かいましたが、米国の潜水艦により撃沈され全滅しました。ですからもし原爆が投下されなかったら父も亡くなっていたはずで、私が生まれることはなかったのです。その父も40台で病死しました。私は部下の早死になどを考えると、父の死にも被爆の影響があったと思っています。
私は仏教徒ではありませんが、原爆の日には父も含めて原爆犠牲者のために般若心経を朗読することにしています。
(画像はウィキメディアコモンズ 手前は瀬戸内海)
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