青斑核(Locus coeruleus ローカス・シルーリアス)は、フランスの解剖学者フェリックス・ヴィック・ダジール(Felix Vicq d’Azyr)が18世紀に発見した、橋の背側上部に存在する神経核です。名前の由来はウィキペディアによると実際に青く見えるからだそうで、それはメラニンを含むからだと記述してあります(1)。メラニン色素は本来黒色か橙色なので不思議だなと思っていたら、メラニンが青く見えることもあるそうです(2)。
前回取り扱った赤核も含め、脳脊髄系の興奮性神経伝達の多くはグルタミン酸系のシナプスによって行われています。しかし青斑核にはノルアドレナリン系の神経伝達を行う特別なニューロンが集合しています。その数は脳科学辞典によると「ヒトでは10,000~19,000個の細胞が存在するが、ラットでは1,000~1,600個、ゼブラフィッシュでは3から10個の細胞が存在する」とされています(3)。
脳科学辞典によると、青斑核は図238-1のように多くの脳神経系に投射していますが、入力は非常に限られており、主な入力は巨細胞性網様体傍核(nucleus paragigantocellularis: PGI)と舌下神経前位核(nucleus prepositus hypoglossus: PH)とされていると記述してあります。前者からはグルタミン酸を介した興奮性入力、後者からはGABAを介した抑制性入力があるようです(3)。ただし後にも述べるように、ニューロンへの入力はシナプスだけでなく神経ペプチドによっても行われます。青斑核にとってこのことは重要な意味を持ちます。
図238-1 青斑核(Locus coeruleus)の入出力
青斑核にあるニューロンの形態は清水らによって報告されています(4、図238-2)。大きな細胞(Aタイプ、20x35μmくらい)と小さな細胞(Bタイプ、10x15μmくらい)が混在していて、いずれも細胞体や樹状突起に鋸歯構造といわれる突起があることが特徴です(赤矢印)。軸索は私にはよくわかりませんでしたが、論文には説明があります(4)。紡錘形の細胞体が多いですが、きれいな紡錘形ではなくひずんでいる感じですし、ピラミッド型の細胞体もあります(図238-2)。
図238-2 青斑核(Locus coeruleus)ニューロンの形態
図238-1はヒトの場合ですが、では一般的に脊椎動物についてはどうなのでしょうか? 青斑核は同じカテコールアミンであるドーパミン系のシステムを含めると、円口類を含めてすべての脊椎動物が似たようなニューロンを持っているようで、さまざまな進化の過程を経てもよく保存されているシステムです(5)。ヤツメウナギの脳神経系にノルアドレナリンを持つ細胞が存在するという報告もあります(6)。参照文献6は昔の論文ですが、最近これを支持する結果も報告されています(7)。硬骨魚類がノルアドレナリン系の神経伝達システムをもっていることは明らかです(5,8,9)。
Wang らが発表した図がありますので引用します(10、図238-3)。青斑核は脳幹部(この図では Rhombencephalon と表記してありますが、こう書いた場合脳幹部だけでなく小脳も含まれます)にありますが、すべての脊椎動物において後方(脊髄方向)のみならず前方のすべての脳葉に投射しています。すなわち青斑核の興奮はほぼ脳神経系全体に直接伝わることが示されています。そして脊髄を経由して全身の臓器や筋肉にも伝わります。
図238-3 脊椎動物各グループにおける青斑核の投射
青斑核は神経伝達物質としてノルアドレナリンを使いますが、ここでノルアドレナリンの生合成径路を図238-4で復習しておきましょう。原材料はアミノ酸のチロシンで、ここからチロシン水酸化酵素(TH)によってL-ドーパが生成されます。THは図238-4の反応経路における律速酵素です。L-ドーパはアミノ酸であり、神経伝達物質ではありません。芳香族アミノ酸デカルボキシラーゼによってL-ドーパはドーパミンに変換され、いわゆるカテコールアミンとなります。
ドーパミンを神経伝達物質として使うニューロンもありますが、青斑核のニューロンはさらにドーパミンβ水酸化酵素によってノルアドレナリンを合成し、これを神経伝達物質として使用します。アドレナリンを使用するニューロンもあります。
図238-4 カテコールアミン生合成の径路
青斑核-ノルアドレナリン神経系は標的とする細胞へα1、α2、およびβ1の受容体を介して作用します(3、10、11)。基本的にノルアドレナリンは末梢において
眼: 瞳孔散大筋 収縮
血管平滑筋: 収縮
肝臓: グリコーゲン分解 血糖上昇
膵臓: β細胞 分泌抑制
膀胱: 括約筋 収縮
唾液腺: 粘稠性増加、少量分泌
脂肪細胞:脂肪分解促進
のような反応を引き起こします。これらは生物が活発に活動するあるいは戦闘(逃走)態勢にはいるための準備といえます。このほか青斑核の刺激によって脊髄を介して痛みをやわらげる効果があるとされています(12)。
ここまではわかりやすいですが、実は青斑核はむしろ図238-1のように、脳に多く投射しています。これはどのような意味を持つのでしょうか? 長谷川らはオレキシン(=ハイポクレチン)受容体を欠損するマウスを作成しましたが、このマウスはナルコレプシー(眠り病)という睡眠発作を起こす病気になります。しかし青斑核の受容体を回復することによって、この病気が治ることがわかりました(13)。
オレキシンは視床下部で合成され分泌される脳ホルモン(神経ペプチド)であり、青斑核はこの受容体を持っていて情報を受け取ると、脳全体に神経伝達物質ノルアドレナリンによる覚醒の指令を出していると考えられます(14)。
このような青斑核による覚醒システムは魚類にも存在することがしられています。シンらはゼブラフィッシュの視床下部に相当する部分が光に反応してオレキシン(ハイポクレチン)を合成するようにしたトランスジェニック動物を作成し、光を当てると青斑核が活性化され、覚醒状態が維持されることを証明しました(15、図238-5)。
図238-5 魚類におけるオレキシンと青斑核 原図は Chanpreet Singh(2022)らの論文(参照文献15)より。書き込みは管理人による。
多くの研究によって、青斑核の発火はアラートや筋肉・感覚器に対するムチのほか、覚醒状態の維持に必要であることが判明しました。青斑核ニューロンの発火頻度はノンレム睡眠時に減少し、レム睡眠時では発火はほとんど消失するそうです(3)。
アドレナリン、ノルアドレナリンの同義語にエピネフリン、ノルエピネフリンという言葉がありますが、後者はエイベルという犯罪的な科学者がつけた名前であり、絶対に使うべきではないということを付記しておきます(16)。そのあたりの事情は参照文献16の記事を管理人が書いておりますので、お時間のある方は是非お読み下さい。
参照文献
1)ウィキペディア:青斑核
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E6%96%91%E6%A0%B8
2)小杉町クリニック 青いアザとはなんですか?
https://yism.or.jp/kosugicho/faq/bruise_q2/
3)脳科学辞典:青斑核
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%9D%92%E6%96%91%E6%A0%B8
4)Nobuo Shimizu, Satoko Ohnishi, Keiji Satoh and Masaya Tohyama, Cellular Organization of Locus Coeruleus in the Rat as Studied by Golgi Method
Arch. histol. jap., Vol. 41, No. 2 (1978) p. 103-112
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aohc1950/41/2/41_2_103/_article/-char/ja/
5)Wilhelmus Smeets and Agustin Gonzalez, Catecholamine systems in the brain of vertebrates: new perspectives through a comparative approach., Brain Res. Reviews vol.33, pp.308-379 (2000)
https://doi.org/10.1016/S0165-0173(00)00034-5
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0165017300000345?via%3Dihub
6)H W Steinbusch, A A Verhofstad, B Penke, J Varga, H W Joosten, Immunohistochemical characterization of monoamine-containing neurons in the central nervous system by antibodies to serotonin and noradrenalin. A study in the rat and the lamprey (Lampetra fluviatilis) .,
Acta Histochem Suppl vol.24, pp.107-122 (1981)
7)Brittany M Edens, Jan Stundl, Hugo A Urrutia, Marianne E Bronner, Neural crest origin of sympathetic neurons at the dawn of vertebrates., Nature vol.629(8010): pp.121-126 (2024)
doi: 10.1038/s41586-024-07297-0
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38632395/
8)Peter Ekström, Maria Reschke, Harry Steinbusch, Theo Van Veen, Distribution of noradrenaline in the brain of the teleost gasterosteus aculeatus L.: An immunohistochemical analysis., J Comparative Neurology vol.254, pp.297-313 (1986)
https://doi.org/10.1002/cne.902540304
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cne.902540304
9)J. Meek, H. W. J. Joosten, T. G. M. Hafmans, Distribution of noradrenaline-immunoreactivity in the brain of the mormyrid teleost Gnathonemus petersii., J Comparative Neurology vol.328, pp.145-160 (1993)
https://doi.org/10.1002/cne.903280111
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cne.903280111
10)Sijia Wang, Zhirong Wang and Yu Mu, Locus Coeruleus in Non-Mammalian Vertebrates., Brain Sci. vol.12, 134.(2022)
https://doi.org/10.3390/brainsci12020134
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8870555/
11)続・生物学茶話137: アドレナリンとノルアドレナリン
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/04/post-d566c1.html
12)Dan J Chancler et al., Redefining Noradrenergic Neuromodulation of Behavior:
Impacts of a Modular Locus Coeruleus Architecture., Journal of Neuroscience vol.39 (42) pp.8239-8249 (2019); DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.1164-19.2019
https://www.jneurosci.org/content/39/42/8239.abstract
13)Emi Hasegawa, Masashi Yanagisawa, Takeshi Sakurai, Michihiro Mieda, Orexin neurons suppress narcolepsy via 2 distinct efferent pathways., J Clin Invest, vol.124, pp.604-616 (2014) doi: 10.1172/JCI71017.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24382351/
14)脳科学辞典:オレキシン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%B3
15)Chanpreet Singh, Grigorios Oikonomou, David A Prober, Norepinephrine is required to promote wakefulness and for hypocretin-inducedarousal in zebrafish., eLife 4:e07000 (2015) DOI: 10.7554/eLife.07000
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26374985/
16)やぶにらみ生物論123: アドレナリンとノルアドレナリン
https://morph.way-nifty.com/grey/2019/03/post-3143.html
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