続・生物学茶話235: 大脳皮質の形成
大脳皮質は外界から得られた情報の処理、判断、判断に基づく行動、記憶の倉庫、など私たちが生存するためだけでなく、自分が自分であるというアイデンティティーを保有するために必要なシステムを内蔵するパーツで、特に脊椎動物の進化と共に発達してきました(1)。まずそれがどのように発生分化するのかをみていきましょう。
哺乳類の大脳皮質は放射状グリア細胞という奇妙な細胞を起源として形成されます。放射状グリア細胞は脳の最深部から外縁まで細長く伸びた特殊な形状をとる細胞ですが、そのような特殊に分化した細胞であるにもかかわらず、非対称分裂を行ってニューロンやグリア細胞を生み出す神経幹細胞のひとつです(2、図235-1)。ニューロンは中間型増殖細胞を経由するものと、放射状グリア細胞の非対称分裂から直接分化するものがあります(図235-1)。脳の神経幹細胞については意外にも多くのことが不明なまま残されており、それがどのような径路を経て神経細胞やグリア細胞に分化するかについては諸説あるようですが(3)、放射状グリア細胞については上記のような理解でよしとしておきます。
後にも述べますが、放射状グリア細胞の基底膜側突起は神経細胞が脳室周辺から外縁方向(軟膜方向)へ移動する際に、登山者にとってのロープのような役割を果たしています。
図235-1 放射状グリア細胞とそこから生まれる大脳皮質の細胞 文献2の図をもとに作成
次に大脳皮質の組織が形成されてくるプロセスの概要を図235-2に示します。脳室周辺部で生まれた神経細胞は、外に押し出され原始網状層(プレプレート)を形成します。ここまではいいのですが、この後大脳皮質では不思議なことが起こります。通常幹細胞から生まれた細胞は、先にできた古い細胞が外に押し出され、幹細胞→新しい細胞→古い細胞の順に並びます。典型的なのは皮膚の細胞で、表層に近いほど古い細胞で最後は垢になって廃棄されます。
しかし大脳皮質では深部から表層に向かって、幹細胞→古い細胞→新しい細胞という順で並んでいて、このような構造は細胞の特殊な動き(ロコモーション)がないと説明できません。これをサポートしているメカニズムのひとつが放射状グリア細胞の基底膜側突起で、新しくできたニューロンはこの突起を伝って古い細胞を追い越し、外側に移動します(ロコモーション、4、図235-1、図235-2)。
古い細胞を追い越すニューロンのメカニズムは、この他にも細胞体トランスロケーションや多極性移動などが知られています(5)。大脳皮質が層構造になっていない爬虫類では、ロコモーション型のニューロンの移動が観察されないので、層構造の形成にはロコモーションが重要であることが示唆されています(6)。ただし鳥類では下層・上層という層構造は存在し、下層は下部の神経前駆細胞から、上層は上部の神経前駆細胞から生み出されるとされています(7、8)。パリウム・大脳皮質の進化についてはいずれ記事をあらためて議論したいと思います。
図235-2 大脳皮質の形成プロセス 文献4の図をもとに作成
図235-2は大脳皮質の形成初期には原始網状層という均一な細胞集団だった部分が、発生が進むにつれて最終的に成体におけるI-Ⅵの6層に分化していく様子を示しています。このような組織形成には辺縁帯まで伸びている放射状グリア細胞の基底膜側突起(放射状突起)を利用したニューロンのロコモーションが大きな役割をはたしています。ロコモーションが実行されるとき、ニューロンが外側に移動する過程で先導突起に膨らみ(dilation)が形成され、核が細胞体からその膨らみに移動し、さらに細胞体の細胞質を膨らみに収容することによって移動が実行されることがわかっています(9、10、図235-3)。
図235-3 Dilation(膨らみ)によつ細胞核の移動とそれを利用したニューロンの移動。文献10の図を参考にして適当に作成(写生したものではありません)
どのような因子がこの膨らみを使った細胞移動に関わっているかということも研究されていて、図235-3に示しています(10-12)。この図を見て私は個人的に思い出したことがあって(昔私たちが発表した研究結果)、それは赤血球の脱核プロセスです。哺乳類の赤血球には核がなく、その成熟過程で細胞は膨らみをつくり、そのなかに核を押し込むような形をつくったあと細胞質分裂を行って核を放出するのですが(13、図235-4)、ここで最後の細胞質分裂をやめ、核の方に細胞質をとりこめば図235-3と同じような結果になります。メカニズムの一部になんらかの共通点があるかもしれません。
図235-4 ハムスター赤血球脱核のプロセス 核は青、免疫染色のミオシンが茶色です。核は細胞膜に何らかの機構で引き寄せられ、おそらくアクトミオシンのパワーと接着因子によって細胞膜に包み込まれた後、細胞から放出されます。核が細胞の片側に引き寄せられることと、球形の形状からくびれが入った形に変形することはロコモーションのプロセスに似ています。文献13からの引用。
放射状突起を利用したニューロンの移動が阻害されると滑脳症(てんかんや精神遅滞を伴う脳奇形)や統合失調症など、多くの脳疾患が引き起こされると考えられています(14、15)。ニューロンはN-カドヘリンを使って放射状グリア細胞と結合し、放射状突起にからみつくようにして外側に移動していきます(14、図235-5)。図235-5ではニューロンは緑色、放射状グリア細胞は赤色に染色されています。
図235-5 ニューロンと放射状突起の結合 図は文献14より
ニューロンが移動する際には下部のN-カドヘリンを細胞内にとりこみ、上部にそのN-カドヘリンを移転して結合するというプロセスを繰り返して移動します(14、15)。
図235-6 ニューロンが「足」を前へ踏み出す仕組み 文献14より
どうして哺乳類だけがニューロンのロコモーションを発達させたのでしょうか? それは脳のサイズが大きいので効率的な移動様式が必要だったからとは言えないと思います。ティラノサウルスは500グラム程度の脳をもっていたと考えられています(16)。ただティラノサウルスの脳がどのような構造であったかはわからないので断言はできませんが。
おそらく恐竜全盛期には多くの哺乳類が夜行性であったことと関係があると思います。続・生物学茶話234でラットのヒゲの話をしましたが(17)、触角によって触った物の形状や質を認識するためには高度な情報処理が必要で、そのために精密な脳の構造が必須だったと思われます。夜に行動するにはヒゲだけでなく手足や体全体の触覚と運動神経の精密な連携も必要だったでしょう。街灯のない山道を夜歩いてみれば、どれだけ神経を鋭敏に研ぎ澄まさなければならないかわかるでしょう。
ほとんどの恐竜が絶滅したあと残った鳥類は脳のサイズに強い制約があることもあって、哺乳類とは別の方式で脳の構造進化を進めたのでしょう。
参照
1)穐吉(あきよし)亮平、加我君孝
脊椎動物の大脳・脳幹の組織学標本からヒトの脳の起源を探る
Otol Jpn vol.32 (1) : pp.39–46, (2022)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/otoljpn/32/1/32_39/_pdf/-char/ja
2)ウィキペディア:放射状グリア細胞
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%8A%B6%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%B4%B0%E8%83%9E
3)ウィキペディア:神経幹細胞
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%B9%B9%E7%B4%B0%E8%83%9E
4)脳科学辞典:皮質版
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%9A%AE%E8%B3%AA%E6%9D%BF
5)脳科学辞典:神経細胞移動
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B4%B0%E8%83%9E%E7%A7%BB%E5%8B%95
6)Tadashi Nomura, Chiaki Ohtaka-Maruyama, Hiroshi Kiyonari, Hitoshi Gotoh, Katsuhiko Ono,
Changes in Wnt-Dependent Neuronal Morphology Underlie the Anatomical Diversification of Neocortical Homologs in Amniote., Cell Reports 31, 107592 (2020)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.107592
https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(20)30541-6?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS2211124720305416%3Fshowall%3Dtrue
7)Ikuo K. Suzuki, Takahiko Kawasaki, Takashi Gojobori, Tatsumi Hirata, The temporal sequence of the mammalian neocortical neurogenetic program drives mediolateral pattern in the chick pallium., Developmental Cell, vol.22, pp.863-870 (2012)
DOI 10.1016/j.devcel.2012.01.004
https://www.cell.com/developmental-cell/pdf/S1534-5807(12)00038-X.pdf
8)鈴木郁夫・平田たつみ 大脳新皮質における神経新生プログラムの哺乳類と鳥類との進化的な保存性 ライフサイエンス新着論文レビュー
DOI: 10.7875/first.author.2012.052
https://first.lifesciencedb.jp/archives/4739
9)Rakic, P., Mode of cell migration to the superficial layers of fetal monkey neocortex. The Journal of comparative neurology, 145(1), 61-83. (1972)
10)西村嘉晃、川内健史 薬理学的アプローチによる大脳皮質形成における神経細胞移動の分子機構の解明 日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.153,pp.167~171(2019)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/153/4/153_167/_pdf/-char/ja
11)Shohei Okuda, Mariko Sato, Saho Kato, Shun Nagashima, Ryoko Inatome, Shigeru Yanagi, and Toshifumi Fukuda, Oscillation of Cdc20–APC/C–mediated CAMDI stability is critical for cortical neuron migration ., J. Biol. Chem. , vol.297(2) 100986 (2021)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8353494/pdf/main.pdf
12)Yang, T., Sun, Y., Zhang, F., Zhu, Y., Shi, L., Li, H., and Xu, Z., POSH localizes activated Rac1 to control the formation of cytoplasmic dilation ofthe leading process and neuronal migration. Cell Rep. 2, 640–651 (2012)
https://www.cell.com/cell-reports/pdf/S2211-1247(12)00232-X.pdf
13)Hiromi Takano-Ohmuro, Masahiro Mukaida, Kiyokazu Morioka, Distribution of actin, myosin, and spectrin during enucleation in erythroid cells of hamster embryo., Cell motility and the cytoskeleton (Cytoskeleton), vol.34, issue 2, pp.95-107 (1996)
https://doi.org/10.1002/(SICI)1097-0169(1996)34:2<95::AID-CM2>3.0.CO;2-H
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/(SICI)1097-0169(1996)34:2%3C95::AID-CM2%3E3.0.CO;2-H
14)川内健史 JST・慶應義塾大学プレスリリース 大脳皮質が作られる際に神経細胞が正しい位置まで動く仕組みを解明-脳疾患の原因究明と治療法の開発に前進-
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20100826/index.html
15)Takeshi Kawauchi, Katsutoshi Sekine, Mima Shikanai, Kaori Chihama, Kenji Tomita, Ken-ichiro Kubo, Kazunori Nakajima, Yo-ichi Nabeshima, and Mikio Hoshino., Rab GTPases-Dependent Endocytic Pathways Regulate Neuronal Migration and Maturation through N-Cadherin Trafficking., Neuron vol.67, pp.588–602, (2010)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2010.07.007
https://www.cell.com/action/showPdf?pii=S0896-6273%2810%2900545-3
16)化石セブン 恐竜の脳の大きさ 彼らは何を考えていたのか
https://www.kaseki7.com/z_column/dinosaur_brain_size.html
17)続・生物学茶話234: 大脳皮質 最初の一歩
https://morph.way-nifty.com/grey/2024/03/post-a5a881.html
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