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2024年3月 3日 (日)

続・生物学茶話231: レム睡眠とノンレム睡眠

アセリンスキーとクレイトマンは赤ちゃんが眠る様子を見ているうちに、眼球が急速に動くことがあることを発見しました。これは赤ちゃんのまぶたが薄いので見やすかったからですが、このことが端緒になって1953年のレム睡眠の発見につながったそうです(1)。レムとはその発見に因んで rapid eye movement = REMから命名されました。現在では赤ちゃんの場合、成人よりもレム睡眠の割合が時間的に非常に大きいことが知られています(2)。その後1960年代のジュベらのネコを用いた動物実験によって、レム睡眠の存在を誰もが認めるようになり、その発現機構は脳幹に存在することも明らかになりました(3)。

眼球の動きを定量的に記録するためには、網膜が光を感じると眼の角膜側がプラス、網膜側がマイナスにチャージすることを利用します(4。図231-1)。眼の両側に電極を固定しておくと、眼球が動くと電位が変化するので、睡眠時にも記録できます。この眼電検査(エレクトロオキュログラム)は実験だけでなく、眼科での診察でも使われるそうです(5)。

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図231-1 眼電検査(エレクトロオキュログラム)

では覚醒時、ノンレム睡眠時、レム睡眠時における測定データをみてみましょう。まず脳波についてはまだあまり勉強していないので詳しくはコメントできませんが、ノンレム睡眠時には振幅の大きな徐波(δ波、θ波)が特徴的で、覚醒時やレム睡眠時とは一目で識別できます(図231-2)。レム睡眠の脳波はノンレム睡眠時よりむしろ覚醒時に近く、徐波はほとんどでていません。むしろ振幅は覚醒時より小さくなっています。ただ測定位置によっては突発的に不定形の大きな振幅の脳波が発生しています。これが徐波なのかどうかはよくわかりません。

眼電図(赤囲み EOG)はノンレム睡眠時にはほとんどフラットですが、覚醒時には眼球運動がみられます。開眼か閉眼かはこのデータには示されていません。筋電図をみると多分開眼だと思われます(6)。レム睡眠時にいわゆる rapid eye movement が見られることは明確に示されています(6)。筋電図(青丸 EMG)はノンレム睡眠時とレム睡眠時でほぼ同じ低振幅で、これは筋肉が動いていないので当然です。覚醒時には大きな振幅がみられます(6)。一方心電図(緑丸 ECG)は覚醒時とノンレム睡眠時がほぼ同じで、レム睡眠時にはむしろ振幅が大きくなっています(6)。これはレム睡眠時に血流が活発になっていることを示しています。

これらのデータによって、レム睡眠というのはノンレム睡眠と覚醒の中間的な状態ではなく、第3のフェーズであることがわかります。特に覚醒時より血流が活発になるというのはレム睡眠の重要な特性で、これによって脳細胞が多量のATPを使う活動が可能となったり、末梢血管の脈動によって老廃物がリンパ系に流れやすくなるというメリットがあります。

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図231-2 睡眠脳波・眼電図(EOG)・筋電図(EMG)・心電図(ECG)
文献(6)の資料をもとに作成 細かいデータなので拡大してご覧下さい 画像をクリックすると3倍に拡大します。

ノンレム睡眠でもレム睡眠でも手足など運動するための筋肉は動いていないので、それらの筋肉を動かすための運動神経は活動が遮断されているに違いありません。たとえば歯ぎしりの検査を行うためのウェアラブル筋電計(図231-3)を装着すれば、顎の筋肉が動けば睡眠中でも記録することができます。歯ぎしりなどの特殊な場合を除けば、睡眠中に顎の筋肉も動きません。

内田らのグループはマウスを用いて、延髄腹内側(VMM)にあるグリシン作動性の抑制性ニューロンが三叉神経運動核、顔面神経、副神経、舌下神経、脊髄の運動神経などを睡眠時に抑制していることを明らかにしました(7、8、図231-3)。この抑制性ニューロンは眼神経、滑車神経、外転神経という眼を動かす神経群には作用しないので、作動中もレム睡眠における rapid eye movement は発生します。したがって睡眠時には必ず作動していると思われます。このニューロンは脳幹の下背外側被蓋核(SLD)によって制御されているので、睡眠による動作の制止は SLD→VMM→脊髄など という径路で指令が伝達されていると思われます。

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図231-3 グリシン作動性ニューロンによる睡眠時筋肉活動の抑制
文献(8)の図をもとに作成しました。写真はGC biomaterial のHPと理化学研究所 BDRtimes より

柏木らは彼らが開発した橋被蓋野で Cre を発現するマウスと、Cre 依存的に 遺伝子組換え酵素 Flippase を発現するベクター、そしてFlippase 依存的に化学遺伝学受容体 hM3Dq を発現するベクターを用いて、橋被蓋野の特定の神経細胞の投射径路を解析したところ、レム睡眠を引き起こす細胞は延髄腹側に投射し、ノンレム睡眠を引き起こす細胞は前脳基底核に投射していることが示されました(9、10、図231-4)。それぞれの睡眠にかかわる特異的な神経経路が解明されたことは驚くべき成果だと思います。

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図231-4 マウス脳の睡眠中枢 
文献(9)の図をもとに作成しました。写真は東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻新任教員紹介より。

ノンレム睡眠とレム睡眠のどちらが進化的に早いかというのは興味深い問題ですが、まだはっきりとはわかっていないようです。

 

参照

1)ナサニエル・クレイトマン 「睡眠と覚醒」 日本語訳:粥川裕平(監訳)・松浦千佳子 ライフサイエンス(2013)

2)健康・体力づくり事業財団 睡眠
https://www.health-net.or.jp/tairyoku_up/chishiki/sleep/t03_10_07_01.html

3)Jeannerod, M., Mouret, J., & Jouvet, M., Effets secondaries de la deafferentation visuelle sur activity electrique phasique ponto-geniculo-occipitale du sommeil paradoxal. Journal of Physiology. (Paris), vol.57, pp.255-256 (1965)
https://psycnet.apa.org/record/1966-00253-001

4)眼科医ぐちょぽいによる眼球電図(EOG)について
https://guchopoi.com/eog/

5)看護Roo 眼電図検査|眼科の検査
https://www.kango-roo.com/learning/2023/

6)奈良県臨床検査技師会 脳波の手習いシリーズ 睡眠脳波について
https://naraamt.or.jp/Academic/kensyuukai/2005/kirei/nouha_suimin/nouha_suimin.html

7)Shuntaro Uchida, Shingo Soya, Yuki C. Saito, Arisa Hirano, Keisuke Koga, Makoto Tsuda, Manabu Abe, Kenji Sakimura and Takeshi Sakurai, A Discrete Glycinergic Neuronal Population in the Ventromedial Medulla That Induces Muscle Atonia during REM Sleep and Cataplexy in Mice., Journal of Neuroscience, vol.41 (7) pp.1582-1596; (2021)
DOI: 10.1523/JNEUROSCI.0688-20.2020
https://www.jneurosci.org/content/41/7/1582

8)筑波大学プレスリリース(櫻井武) レム睡眠とカタプレキシー:筋脱力を起こす共通の神経回路を発見
https://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/uploads/sites/2/2021/01/210114sakurai.pdf

9)柏木光昭 上原記念生命科学財団研究報告集36(2022) 134.レム睡眠を生み出す未知の神経・分子メカニズムの解明
file:///C:/Users/Owner/Desktop/231%20REM%20sleep/%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E3%81%A8%E6%9C%AA%E7%9F%A5%E3%81%AE%E7%A5%9E%E7%B5%8C.pdf

10)Mitsuaki Kashiwagi, Mika Kanuka, Chika Tatsuzawa, Hitomi Suzuki, Miho Morita, Kaeko Tanaka, Taizo Kawano, Jay W. Shin, Harukazu Suzuki, Shigeyoshi Itohara, Masashi Yanagisawa,
Yu Hayashi, Widely Distributed Neurotensinergic Neurons in the Brainstem Regulate NREM Sleep in Mice., Current Biology vol.30, issue 6, pp.1002-1010, (2020)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.01.047
https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(20)30091-9.pdf

 

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