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2024年1月 8日 (月)

続・生物学茶話227:  チャネルロドプシン

最初にロドプシンを同定したのは誰か? de Grip と Ganapathy のレビュー(1)のイントロダクションをみると、それは Katharine Tansley らしいです。彼女の論文は1931年に単独名で出版されていて(2)、visual purple という物質が明るい場所では消費されつくしていて、暗い場所に移るとそれが再合成されて次第に見えるようになるというプロセスを測定しています。George Wald はそれがレチナールとタンパク質の複合体であろうと述べていますが、まだ証明できませんでした(3)。結局ロドプシンのタンパク質部分=オプシンの構造は1980年代に Hargrave らによって明らかにされました(4)。そして結晶化されて21世紀以降理研などで詳細な立体構造の解析が行なわれました(5、6)

真核生物のロドプシン(オプシン+レチナール)はGタンパク質共役型受容体(GPCR)型の膜タンパク質で、そこに含まれるレチナールが光が当たることによって異性化し、タンパク質が構造変化を起こしてGタンパク質を活性化するというメカニズムで視覚に貢献しています。古細菌も類似したオプシン+レチナールのGPCR型ロドプシンを持っていますが、それとは別に7回膜貫通型ではあってもGPCRではないライトセンサーも存在することが知られています。このあたりは以前に生物学茶話で書いています(7)。これ(7)は実は個人的にお気に入りの記事です。

しかしここまでの話は、脳科学とは視覚にかかわるという意味でしか関連がありませんでした。神経細胞と関連が深い「非特異的陽イオンポンプ」としてのロドプシンが注目される端緒は、ヘーゲマンらがクラミドモナスという緑藻類でチャネルロドプシンらしき物質を報告した(8)ことでした。ヘーゲマンらは人口が15万人くらいのレーゲンスブルクという田舎町の大学で研究を進めていましたが、この研究はたちまち注目を集め、マックスプランク研究所のプロジェクトとなって次のようなことがわかりました(9)。1)クラミドモナスの細胞膜にあるChR2というロドプシンは、光を吸収することによって陽イオンを非選択的に透過させる 2)ChR2は7回膜貫通タンパク質であり構造的にGPCRと類似しているが、機能的には全く異なり陽イオンを透過させるためのモチーフを持っている 3)ChR2は光を照射することによって細胞を脱分極させる。このことは光照射によって神経細胞の脱分極を誘導できることを意味し、神経生物学・脳科学にとって革命的な意義を持ちます。

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図227-1 チャネルロドプシンによる脱分極 (写真はウィキペディアより)

クラミドモナス(10)は単細胞生物ですが、眼に相当する構造を持っています。眼に光が当たることによってチャネルロドプシンの作用で陽イオンを取り込み、そのタイミングで鞭毛のビーティングを制御して動く方向を決めているようです。詳しいメカニズムについては文献(11)をご覧ください。単細胞生物であるにもかかわらず、私たちの「眼→神経系→運動器官の制御」と同様なことをやっているのには驚かされます。

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図227-2 クラミドモナスの構造 4のアイスポットで光を検知し、1の鞭毛のビートタイミングを決める

クラミドモナスのChR2(チャネルロドプシン2)は最初に動物の神経細胞を興奮させるツールとして用いられたことで有名ですが、現在では多くの研究室で使われています。その開閉メカニズムはタンパク質構造の研究者にとって重要な研究ターゲットですが、東大物性研の柴田らによると、光照射によってレチナールが構造変化を起こした結果、周囲のヘリックスが押し出されてチャネルが開き、流入した水の影響でレチナールのシッフ塩基がプロトン化されることによってもとにもどるというメカニズムのようです(12、13、図227-3)。まあ私のような者にとっては猫に小判ですが、そのような説明で納得しておきます。

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図227-3 ChR2(チャネルロドプシン2)の開閉メカニズム 細菌型ロドプシンの場合、光が当たっていないときはレチナールは直線型(オールトランス)で、光が当たると13シス型となり折れ曲がる

細胞膜7回貫通型でポケットにレチナールを装備するタンパク質=ロドプシンは、光を利用するためのツールとして細菌・古細菌の共通祖先の時代から存在し、真核生物にも引き継がれてきました。真核生物の場合伝統的なオールトランス型に光が当たると13シス型に変化するタイプとは別に、新しく11シス型に光が当たるとオールトランス型に変化するタイプのシステムを開発しました。図227-4では前者の伝統的なタイプのロドプシンの進化的系譜を示してあります(14)。

機能別に分類すると、いまのところ4種のようで、トリチウムポンプ、塩素ポンプ、光センサー、陽イオンチャネルに分類されています。真核生物の伝統的ロドプシンは細菌に近いものと、古細菌に近いものがあり、クラミドモナスなどのチャネルロドプシンは細菌のトリチウムポンプに近いようです(図227-4)。これはミトコンドリアを介して受け継いだものかもしれません。

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図227-4 細菌型ロドプシンの系譜 動物型ロドプシンは11-シス型レチナールを発色団にしていますが、細菌型ロドプシンはオールトランス型を発色団にします。両者は進化の初期の段階で分かれて、それぞれ独自に発展していきました

これらの他にも細菌型ロドプシンには、酵素活性をもつものや非特異的アニオンチャネルや方向性のあるものなどさまざまなタイプが最近みつかっています(15)。ロドプシンは細菌・古細菌・真核生物にみつかっていますが、いわゆる植物にはみつかっていないようです。

 

参照

1)Willem J. de Grip and Srividya Ganapathy, Rhodopsins: An Excitingly Versatile
Protein Species for Research, Development and Creative Engineering., ront. Chem. 10: article 879609. (2022) doi: 10.3389/fchem.2022.879609
file:///C:/Users/Owner/Desktop/%E5%85%89%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%A6/channel%20rhodopsin/de%20Grio.pdf

2)Katharine Tansley, The regeneration of visual purple: its relation to dark adaptation and night blindness., J Physiol., vol.71(4): pp.442-458. (1931)
doi: 10.1113/jphysiol.1931.sp002749
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1403094/

3)George Wald, CAROTENOIDS AND THE VISUAL CYCLE,
J Gen Physiol, vol.19 (2): pp.351-371. (1935)
https://doi.org/10.1085/jgp.19.2.351
https://rupress.org/jgp/article/19/2/351/11495/CAROTENOIDS-AND-THE-VISUAL-CYCLE

4)P. A. Hargrave, J. H. McDowell, Donna R. Curtis, Janet K. Wang, Elizabeth Juszczak, Shao-Ling Fong, J. K. Mohana Rao & P. Argos, The structure of bovine rhodopsin., Biophys. Struct. Mechanism vol.9, pp.235–244 (1983). https://doi.org/10.1007/BF00535659
https://link.springer.com/article/10.1007/BF00535659#citeas

5)Krzysztof Palczewski, Takashi Kumasaka, Tetsuya Hori, Craig A. Behnke, Hiroyuki Motoshima, Brian A. Fox, Isolde Le Trong, David C. Teller, Tetsuji Okada, Ronald E. Stenkamp, Masaki Yamamoto, Masashi Miyano, Crystal Structure of Rhodopsin: A G Protein-Coupled Receptor., Science vol.289, pp.739-745. (2000)

6)理化学研究所 プレスリリース 視覚に関わるタンパク質の超高速分子動画
-薄暗いところで光を感じる仕組み-
https://www.riken.jp/press/2023/20230323_1/index.html

7)続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質 
https://morph.way-nifty.com/grey/2020/09/post-453128.html

8)Peter Hegemann, Markus Fuhrmann, and Suneel Kateriya, Algal sensory photoreceptors., J. Phycol. vol.37, pp.668–676 (2001)
https://www.annualreviews.org/doi/abs/10.1146/annurev.arplant.59.032607.092847

9)Georg Nagel, Tanjef Szellas, Wolfram Huhn, Suneel Kateriya, Nona Adeishvili, Peter Berthold, Doris Ollig, Peter Hegemann, and Ernst Bamberg, Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel., PNAS vol.100(24), pp.13940-13945 (2003)
https://doi.org/10.1073/pnas.1936192100
https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.1936192100

10)Wikipedia: Chlamydomonas
https://en.wikipedia.org/wiki/Chlamydomonas

11)植木紀子、若林憲一 緑藻クラミドモナスの走光性と細胞レンズ効果藻類の「眼」の赤い色の役割 Kagaku to Seibutsu vol.55(6): pp.366-368 (2017)
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=796

12)東京大学物性研究所 物性研ニュース 光遺伝学の中心的なツール、チャネルロドプシンのチャネル開閉メカニズムを新開発時間分解ラマン分光系で解明! 
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=18613

13)Keisei Shibata, Kazumasa Oda, Tomohiro Nishizawa, Yuji Hazama, Ryohei Ono, Shunki Takaramoto, Reza Bagherzadeh, Hiromu Yawo, Osamu Nureki, Keiichi Inoue, and Hidefumi Akiyama, Twisting and Protonation of Retinal Chromophore Regulate Channel Gating of Channelrhodopsin C1C2., J Am Chem Soc vol.145(19): pp.10779-10789. (2023) doi: 10.1021/jacs.3c01879.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37129501/

14)Oliver P. Ernst, David T. Lodowski, Marcus Elstner, Peter Hegemann, Leonid S. Brown,
and Hideki Kandori, Microbial and Animal Rhodopsins: Structures, Functions, and
Molecular Mechanisms., Chemical Reviews vol.114, pp.126-163 (2014)
https://doi.org/10.1021/cr4003769
https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/cr4003769

15)井上佳一 ロドプシンを用いたオプトジェネティクスの最前線 生物工学会誌 vol.100, no.8, pp.420-424 (2022)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsukogaku/100/8/100_100.8_420/_pdf

 

 

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