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2023年11月15日 (水)

半島のマリア 第8話:レコーディング

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 6月になって曲がほぼ出来上がってきた。駐車場にあじさいの植え込みがある麻布十番のスタジオは、まるで玲華やスタッフを待ちかねていたかのように満開で迎えてくれた。プロデューサーの秦をはじめとするスタッフも新人歌手の初レコーディングということで張り詰めた雰囲気がただよっている。リハーサルでは細かいダメが出て、CDを制作するのは本当に大変だと玲華も思い知ることになった。一度達也が同席したときも、玲華は体調を少し崩していたらしく、歌唱が不安定でスタッフが渋面になるような場面があった。しかし玲華はうっすら涙を浮かべながらもにこやかに対応し、辛抱強く頑張っていた。達也はその姿を見て、もうこの子は自分を必要とすることはないだろうと感じた。

 自分の家で無邪気に大騒ぎしていた頃の玲華が懐かしくもあるが、よくここまで成長してくれたという安堵の気持ちがこみ上げてきた。それにしても秦も大したものだ。詞も曲も素晴らしいものを集めていた。7月初旬に一気にレコーディングが進み、CD発売も11月25日に決まった。プロモーションの日程や、ささやかながらタイアップも決まった。すべてが順調に進んでいる。

 玲華にとってははじめてのレコーディングだったので、しかもミニアルバムでのデビューということで、スムースにいくかどうか秦は当初かなり危惧していた。しかし仕事を進めるうちに、高野がこの子にいれこんでいる訳が分かってきた。玲華はシンガーになるために生まれてきたのだという、ある種「天の啓示」のようなものを秦も感じないわけにはいかなかった。バックを担当するヘヴンズビーチもハマっていた。高野の言うとおり、玲華だけでは繊細すぎてインパクトが弱いという問題点も、彼らは口・鼻・手を使ってやる楽器演奏まがいの技も使えるし、もちろん心地よいハーモニーの上に玲華の声を乗せると効果は抜群だった。出来上がってきた曲の中に「半島のマリア」という彼女にぴったりのバラードがあったので、ミニアルバムのタイトルは「半島のマリア」に決まった。

 全曲の収録が終わった後「玲華ちゃん、おめでとう。よくここまで頑張りましたね」と秦は玲華に手をさしのべた。玲華はこみ上げてくるものがあったが、ただ「有難うございました」と言って、その手を強く握り返した。「8月にジャケットやアーティスト写真の撮影があるんだけど、それまで2週間くらい間があいちゃうね。これも思ったより順調にレコーディングが進んだ御利益だから、君は少し休んでていいよ。秋にCDが発売されると、とても忙しくなるから体力つけといてね」と秦は玲華の肩を軽くたたいた。

 レコーディングが終わった開放感から、玲華は久しぶりで京子と話したくなってメールをいれると、すぐに京子から電話がかかってきた。

「めずらしいじゃない。どうしたの」
「ごめんね。ここんとこレコーディングでほんとに忙しくて、気持ちの余裕がなかったのよ。でいまどこにいるの」
「実は東京にいるのよ。高野さんにアルバイトを紹介してもらって、イベントのお手伝いなんかをやらせてもらうことになったの。早智も東京に出てきてるのよ。早智はすごいよ、転校してこちらに住むことを決めたみたい」
「ふーん。ところで今晩つきあってよ。やっとレコーディングが終わったのよ。私がおごっちゃうから」

 二人は青山の裏通りにある小さなレストランで食事することにした。まだ二人とも18才だったのでジンジャエールを注文して乾杯した。

「京子にちょっとお願いしたいことがあるんだけど、言ってみてもいい」
「え、なにその変な言い方は」
「京子って昔からしっかりしてたじゃない」
「何言ってんの それは誤解よ」
「実はまだ私のマネージャーが決まってないのよ。当面はマノスの経理やってる人が面倒見てくれることになってるんだけど、もしよ、もし京子がそばにいてくれることになったら心強いんだけど」
「私って経理とか税金とか全然わからないから無理よ」
「来年からでいいの、お願い。田所先生や高野さんにもサポートお願いしてみるから」
「うーん・・・わかった。一応考えとくから」
「有難う。そのうち高野さんが事務所を紹介してくれると思うんだけど、知らない人とずっと一緒に行動するってちょっと怖いのよ。私ってまだまだ大人じゃないのね」

「ところで、玲華ってまだ大人じゃないの」
「あれっ 京子はもうご卒業なの」
「ノーコメント」
「訊いたくせに、・・・実は気になってる人はいるんだけどね」
「ほんとに で 誰? 私の知ってる人?」
「知らないと思うわ。会社の人なんだけど、外国人なのよね。私このまま売れなくて消えちゃったら、ロスあたりで主婦やってたりしてね」
「ふーん、玲華の英語の成績ってどうだったっけ」
「いてて、それは言わないで。ところで早智はどうしてるの」
「早智はスタジオミュージシャンになりたいみたいよ。腕は確かだからチャンスをもらえばいけるんじゃない。きっちり決断できるってところはうらやましい。私は優柔不断だから。早智も今日誘ったんだけど、ちょっと都合がつかないって。ま 急だしね」
「彼女って人に好かれるタイプだし、積極的にチャレンジするバイタリティーがあるのよね。きっとうまくやっていくと思う」

ウェイターがラストオーダーをとりにくるまで時間に気がつかないほど、二人は夢中で話し続けた。

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