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2023年11月20日 (月)

半島のマリア 第9話:交点

Bench

 5人が去ってから田所音楽スクールは閑古鳥が鳴いていた。学生たちは今夏休みだが、誰も戸をたたいてはくれない。温泉街を散歩していて睦美や摩耶と会うこともあったが、挨拶するだけでもう話し相手にはなってくれなかった。彼女たちのバンドとかかわってからもう2年経っていた。前の住人が残してくれた畑に野菜でも植えて、のんびり暮らすという人生もあったと思うが、象牙海岸で玲華達と会ったという偶然が、この2年の忙しかったが多くの人と関わった豊かな経験、あえて言えば幸福な経験をもたらしてくれたことを思うとここに住んで良かったと思う。あとは彼女たちがそれぞれ良い人生を送ってくれるよう祈るだけだ。

 旅館街の裏手にある丘は、海は見えないが見晴らしの良い場所で、達也のお気に入りの場所の一つだった。ベンチも置いてある。ちょっと汗はかくかもしれないが、風は涼しいのであそこに行ってみよう。そう思いついて達也が細い砂利道を上っていくと、展望台への道標があるところで、ボーッと立っている人がいる。自分と同年配の男らしいが、作業服のような服装で観光客には見えない。

 達也は「今日は展望台までいくと見晴らしがいいですよ」と声を掛けてみた。男がこちらを振り向くと、あれっ、見覚えのある顔だ。

「お前 ベースのひろたんじゃないか!」
「ああ ひょっとして達也か」
「正解 だけどこんなところで何やってるんだ?」
「いや 景色がいいって旅館で聞いてきたんだ。達也こそどうして?」
「俺はここに住んでるんだよ、旅館街のすぐそばに」
「なんだ そうなのか」
「せっかく出会ったんだ。俺の家によっていけ。ワインぐらいならあるから」
「そうしたいところだが、ここで待ち合わせてる人がいるんだ」
「奥さん? じゃあ来るまで俺も待つよ」

しばらくしてやってきたのは奥さんではなく男だった。

「あれ あなたはマノスでお見かけしたエディさん?」
「エドウィン・ロスバーグです」
「私はときどき会社に出入りしている田所達也です。玲華ってご存じですか?」
「もちろんです」
「私も曲がりなりに一応玲華のプロジェクトに参加しているので宜しくお願いします」

「そうですか、そういえば玲華と話しているところをお見かけしたような気もします。それにしてもこんなところで会うとはね。こちらこそよろしく」

達也はエディが「玲華」と呼び捨てにしたので少し驚いたが、まあ外国人だからかもしれない。

「ここは玲華の故郷ですよ。うちもこの近くなのでよかったら後で寄ってください」

ひろたんとエディは目配せして、どうやらOKになったようだ。

「ひろたんはどこに泊まってるの?」
「望洋荘だよ」
「それって玲華が以前にバンドを組んでいたときドラムたたいてた睦美の家だよ」

エディは驚いた様子で、口笛を吹いた。

「じゃあ夕方5時頃になったら家に行くよ。場所は旅館で聞けばわかるかな?」
「旅館街を通り過ぎて、コンビニの先に田所音楽スクールという小さな看板があるので、そこから細い道にはいればすぐだよ」

 それにしてもひろたんとエディはこんなところで待ち合わせしてどんな話をするつもりだったのか不可解だった。達也はひとりで展望台まで上がった。旧灯台の方を見るとめずらしく駐車場に車が駐まっていた。あそこに人がいるのを達也は見たことがなかった。

 夕方になると二人がやってきたので、用意しておいたビールとつまみで小宴会になった。
ひろたんは「不思議に思うかもしれないが、今日のことは胸にしまっておいてくれ。いろいろあるんだよ 俺たちにも」と懇願するように言った。てことは・・・ひろたんとエディはかなり親しい、あるいは共同作業をしているってことなのか? それも秘密で?

「それはまあいいけど、ひろたんは今どこに勤めてるの? マノスの関係?」
「ロゼットというマノスが提携している米国の会社だよ」
「私の勤めている会社ですよ。マノスには派遣で来ているので」とエディが付け加えた。

 かなり酔いがまわってから、ひろたんは「実は俺はロゼットの社員じゃなくて、マクマホン会長に個人的に頼まれて仕事をしている」と漏らした。

 エディが歌えるというので3人でジョン・デンバーの「Take Me Home, Country Roads」のセッションをやった。
https://www.youtube.com/watch?v=q2dbtA_NXpc

 数日後にコンビニで睦美の母親に会ったので立ち話で聞いてみると、ひろたんは数人のグループでなんと2週間も滞在しているそうで、毎日測定機器らしきものや潜水の道具を乗せた車で海に出かけていたそうだ。沈没船の宝探しでもやっていたのだろうか。気になったので玲華の家に行って父親に話を聞いてみると、何でも高額で船を貸してくれという人がいたので、漁をやめて2週間ほど貸した奴がいるということだった。

 沈没船の財宝については水難救助法が適用され、1年以内に遺失者が現れなければ発見者のものになる。このあたりの海で太平洋戦争中に沈んだ輸送船があって、数年前に政府関係の調査隊が来たという話は聞いたことがある。マクマホンは金持ちの道楽で世界中で財宝探しなんてやっているのだろうか。そういえばひろたんと名刺交換してなかったことを達也は後悔した。今度マノスに行ったときに、彼が何をやっているのかエディに訊いてみよう。

 

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