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2023年10月 1日 (日)

続・生物学茶話221: シナプスの除去とニューロンの刈り込み1

生物は進化によってできたもので、エンジニアや神が設計したものではありません。ですからどんな生物でも過去をひきずっていて、例えばヒトも胎児の頃にはしっぽや水かきという両生類の頃の遺物を持っていて、それらの細胞が死ぬことによってヒトらしい形態を獲得するわけです(1、2)。このような細胞死を伴って新しい形態を獲得するのは進化の常套手段で、死ぬ細胞はあらかじめ運命的に定められているのです。

ところがここで取り上げるシナプスの消滅や神経細胞の刈り込みは全く異なる来歴をもつものです。最初にできる過剰な数の神経細胞やシナプスは祖先の生物が持っていたものではありません。しかも細胞同士を競争させて勝利した細胞が生き残るというメカニズムは、あらかじめ特定の場所の細胞が死ぬ運命にあるというプログラム細胞死のメカニズムとは全く異なります。

脳科学辞典の「シナプス刈り込み」という項目を見ると、様々な例が列挙してあります(3)。関与する様々な物質についても記載がありますが、どのようなメカニズムで行われるかについてはさっぱりイメージがつかめません。これはすっきりと説明ができるほど研究が進んでいないことを意味します。

そもそもシナプスの刈り込みという言葉に違和感があります。軸索の数を減らすというメカニズムは刈り込み(pruning) という言葉が適切だと思いますが、シナプスの数が減るのは除去(elimination) という言葉の方が適切な感じがします(図221-1)。そのような言葉の使い方をしている研究者もいますが、一般的にそうかというとそれほどでもないというのが現状でしょう。

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図221-1 除去と刈り込み

除去や刈り込みはあらゆる生物がやっているかというと、それは意味をどこまでひろげるかにもよるので微妙ですが、ニューロンを大量に作ってあとで削除するというやり方は無脊椎動物や魚類では一般的ではなく(ないわけじゃない)、魚類以外の脊椎動物では普通に行われています(4)。

この問題を考える上で一番単純なのは神経と筋肉との接続です。なぜなら筋肉は情報の終点であり、他に情報が流れることは考慮しなくて良いわけですし、収縮するかしないかということで単純に結果を見ることもできます。

無脊椎動物(invertebrate)では一般的にひとつの筋肉はひとつの神経・筋接続点(シナプス)からの信号で動くことになっています。これに対して脊椎動物(vertebrate)の筋肉は多くの筋繊維の集合体であり、各筋繊維ごとにひとつの信号を受け取る仕組みになっています(図221-2)。無脊椎動物の場合、たとえて言えば青色のニューロンは青色の筋肉に接続するように発生の過程で誘導されて、それぞれのニューロンと筋肉に1:1の対応が当初から成立しています。しかし脊椎動物の場合数十~数百の筋繊維に1:1の関係をつくるには誘導物質のバラエティーをつくるための遺伝子が足りないことは容易に想像できます。

この遺伝子不足の問題を解決するために、脊椎動物は過剰なニューロンをつくってランダムに筋繊維とシナプスをつくらせ、競合させて最終的に1筋繊維:1運動ニューロンという結果を導くという戦略を考え出しました。ただ私が不思議に思うのは、それでも筋繊維の集合体まではニューロンの軸索を誘導しなければならないので、そうなるとニューロンは最初に到達した筋繊維に多数のシナプスをつくり、遠い位置にある筋繊維にはシナプスをつくることができなくなるのではないかということです(図221-2 Error!)。しかし実際にはこうはなっていないので、なんらかの回避するメカニズムがあるに違いありませんが、それはまだわからないのでしょう。

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図221-2 運動ニューロンと筋肉

実際にはひとつの運動ニューロンの軸索は分岐して複数の筋繊維とシナプスを形成し、それぞれのシナプスは同じ筋繊維につくられた他のシナプスと競合して、生き残ったシナプスとそれにつながっている軸索が生き残ることになります。生き残ったシナプスを一つも持たない軸索は縮退し刈り込まれることになります。図221-3のように一つでも生き残ったシナプスを持つ軸索(Axon a)は生き残り、したがってそれを持つニューロンも生き残ります。

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図221-3 軸索は分岐し、ランダムに筋繊維とシナプスを形成するが、その後刈り込まれる

図221-4はマウスのふくらはぎのヒラメ筋のひとつの筋繊維に入力する運動ニューロンのシナプスの数が、生後どのように減少していくかを示しています(5、図221-4)。それぞれの筋繊維には生まれた直後には25~90個のシナプスが入力していますが、生後2週間でほぼシナプスはひとつの筋繊維についてひとつになることが示されています。

では生後2週間が経過するまでヒラメ筋は全く使えないかというとそうでもありません。それは複数の運動ニューロンがランダムに入力を行っているのではなく、それぞれがギャップジャンクションなどを通してニューロン同士の連携がとれていて、結果的にランダムではない入力が行われていることが示唆されます(5、図221-5)。成長するにつれて、このような運動ニューロン同士の直接連絡は行なわれなくなり、また刈り込みの結果、筋肉は中央集権的に中枢神経系のシグナルで動くようにリニューアルされます。

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図221-4 マウス新生仔ヒラメ筋におけるシナプスの減少経過

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図221-5 除去・刈り込み前の神経と筋肉(Kirkwood E. Personius and Rita J. Balice-Gordon 2001)

αブンガロトキシンというヘビ毒はニコチン性アセチルコリン受容体と反応して、アセチルコリンとの結合を阻害します。これを筋肉の一部に注入すると、その周辺のシナプスが除去されることが知られています(4)。つまりシナプス除去は神経細胞側の事情だけでなく、筋肉側の事情も反映されることが知られています。信号を頻繁にやりとりするシナプスは勝ち残ることを考えると、図221-6に示したリヒトマンとコルマンの仮説は受け入れやすく思います。

この仮説では、信号をやりとりしたシナプスは周辺のシナプスを保護するシグナル(図221-6青色部分)と遠くまで届く攻撃シグナル(図221-6赤矢印)の両者を放出し、結果として自分は生き残り、少し離れたシナプスはダメージを受けるということになります。

ただ刈り込み現象にはプレシナプス細胞とポストシナプス細胞だけでなく、シナプスをとりまくシュワン細胞も関与していることが明らかなので、その点は考慮が必要です。ハッサム・ダラビッドらはそれを‘danse à trois’(3者のダンス)と呼んでいます(6)。

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図221-6 シナプスの生き残り戦略

シナプスの消長に関与すると思われる物質のカタログはかなり充実してきましたが(6)、まだ決定的なメカニズムは解明されていません(7)。Young il Lee はNMDA受容体が重要な役割を果たしていると指摘しています(7)。狩野によると小脳の途上線維がつくるシナプスは勝者が細胞体から樹状突起に移動できるそうで、いったいどのようなメカニズムがそこに潜んでいるのか想像もできません(8)。

刈り込みは脳科学辞典によれば、筋肉につながる運動神経だけでなく多くの神経でみられる現象です(3)。ヒトの脳の場合刈り込みが少なすぎると自閉スペクトラム症、多すぎると統合失調症を発症しやすい傾向にあることが知られています(9、図221-7)。

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図221-7 ヒト脳において不適切な刈り込みが行われた場合


参照

1)HISAKOブログ アポトーシス
https://babu-babu.org/hisakohome/blog/2262

2)ウィキペディア:アポトーシス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9

3)脳科学辞典 シナプス刈り込み
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%88%88%E3%82%8A%E8%BE%BC%E3%81%BF

4)Jeff W. Lichtman and Howard Colman, Synapse Elimination and Indelible Memory., Neuron, vol.25, pp.269–278, (2000) DOI:https://doi.org/10.1016/S0896-6273(00)80893-4
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(00)80893-4?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0896627300808934%3Fshowall%3Dtrue

5)Kirkwood E. Personius and Rita J. Balice-Gordon, Loss of Correlated Motor Neuron Activity during Synaptic Competition at Developing Neuromuscular Synapses
Neuron, vol. 31, pp.395–408, (2001) DOI:https://doi.org/10.1016/S0896-6273(01)00369-5
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(01)00369-5?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0896627301003695%3Fshowall%3Dtrue

6)Houssam Darabid, Anna P. Perez-Gonzalez and Richard Robitaille, Neuromuscular synaptogenesis: coordinating partners with multiple functions., Nature Reviews (neuroscience) vol.15, pp.703-718 (2014)
https://doi.org/10.1038/nrn3821
https://www.nature.com/articles/nrn3821x

7)Young il Lee, Developmental neuromuscular synapse elimination: activity-
dependence and potential downstream effector mechanism., Neurosci Lett., 718: 13 (2020)
doi: 10.1016/j.neulet.2019.134724.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7144835/

8)東京大学プレスリリース 狩野方伸 小脳のシナプス刈り込みの仕組み解明
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_210717.html

9)渡邉貴樹,上阪直史,狩野方伸, 生後発達期の小脳におけるシナプス刈り込みのメカニズム
生化学 第 88 巻第 5 号,pp. 621‒629(2016) doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880621
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2016.880621/data/index.html

 

 

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