続・生物学茶話214: 弱電魚の小脳
皆さんはテレパシーが存在するなどと言うと怪訝に思われるかもしれませんが、それが実在するということは60年以上も前に東京医科歯科大学の研究者たちによって証明されています(1)。
魚類の一部に弱電魚というグループがいて、彼らは体の周辺に電波を発信して電場を作り出し、それを受信することによって周囲の地形やエサや敵接近の状況を知ることができます。ところが近接した周波数の電波を発信している仲間が接近してくると、混信が起こってこの機能が使えず困るので、お互いに周波数の違う電波を発信して混信を避けるという行動をとります(1、2、図214-1)。ウィキペディアの定義によるとテレパシーとは「ある人の心の内容が、言語・表情・身振りなどによらずに、直接に他の人の心に伝達されること」とされています(3)。直接というのが何を意味するかによって解釈は変わるかもしれませんが、この弱電魚のコミュニケーションはテレパシーと言って良いのではないでしょうか。テレには電信という意味があります。
図214-1 テレパシーは実在する
代表的な弱電魚であるエレファントノーズフィッシュ(鼻じゃなく顎が長い)と彼らに近縁なグループを Carlson と Arnegard が調べたところ、古いタイプの現存種はアンプラ(瓶)型の電気受容器を使って周辺の電場の変化を感知しているだけですが、進化するにつれて電気受容器を進化させると共に、自分で発電して電場を作り出すようになっていることがわかりました(4)。発電自体は神経がある生物はすべてやっているわけですが、周囲に電場を作って利用できるほど強力な発電には進化が必要です。たいていの場合筋肉が発電所として改造されて利用されます。
昔はジムノティ目とモルミリ目の弱電魚は結節型電気受容器といって、外界と接していない電気受容器を使っているということになっていて(5)、このブログでもそう書いたことがありますが(6)、実は通電性のゲルで満たされた細いキャナル状の構造(ampullary canal)を介して外界とつながっているようです(7)。ここでお詫びして訂正しておきたいと思います(7、図214-2)。こういう形だと ampullary organ というより flask organ と言った方が良いかもしれません。
図214-2 弱電魚の電気感覚器
Carlson のグループがまとめたモルミロイド(モルミリ目の魚)とその近縁種の進化系統図を図142-3に示します(8)。最下段の2種 C.ornata と P.buchholzi は電気魚ではありません。X.nigri は電気受容器を持っていますが、電気魚としての発電器は持っていません。G.niloticus より上段の種はすべて電気受容器とまわりに電場を作り出す発電器を持っています。
電気魚でない魚に比べて X.nigri は少し小脳が大きくなっていますが、この傾向はモルミロイドになると顕著になり、G.petersii などは脳の半分以上を小脳が占めるという極端な脳の構造になっています(図142-3)。脳の各パーツがバランスを持ちながら進化するのではなく、その種の生活様式に応じて各パーツごとに進化するという、いわゆるモザイク説を支持する好例でしょう。ヒトの場合大脳皮質が異常に肥大化しているというのもその1例でしょう。
図214-3 モルミロイド(象鼻魚)の形態とその進化に伴う小脳の巨大化
以前にはモルミロイドの脳は図214-3のようにまとめられることはなく、図214-4のように電気感覚側線葉などとして個別のパーツとして考えられていました(9)。小脳はC3のように、非常に小さいパーツとして表示されていたのです。214-4図のEGp(eminentia granularis par posterior) は適当な訳語を発見できませんでした。図214-5に示されているように、モルミリド科の電気魚の発電は適宜発生のパルス型で行われるので、この場合音声を聞くような形ではなく、ヒトの小脳が遠心性コピーによって、運動を制御するというのと似たようなことを行っていることがわかって(10)、このシステムを担っているパーツを小脳としてまとめてよいということになったのでしょう。
遠心性コピーというのは自分が動いたために発生した周りの変化と、周りが自分とは関係なく変化したことを識別するための脳の機能です。電気魚は周囲の電場が自分が動いたために変化したのか、エサや敵が現れたために変化したのかを識別します。そのためにはこう行動するように指示したという遠心性の情報を逐次コピーして記憶し、それを参照しながら状況を判断しなければいけません。脳科学辞典によると「今日では、運動実行系の階層的情報処理の様々な段階から、感覚情報処理系の階層の様々な階層に向けて運動関連信号が送られていると考えられている。」と記述されています(11)。
脊椎動物ではこのような記憶の管理を小脳で行なっており、この点ではモルミロイドと私たちの小脳で行っていることはメカニズム的に似ていると考えられます。
図214-4 電気感覚の情報処理を行う部位は小脳とは呼ばれていなかった
電気魚が電気を生成するメカニズムは共通の祖先からみんなが受け継いだものではなく、グループによって独立に獲得したということがわかっています。ですからかなりのバラエティーがあって、正弦波を発生する、不規則なパルスを発生する、プラスなのかマイナスなのか、DC(direct current) なのかAC(alternating current) なのかなどさまざまなタイプがあります(12、図214-5)。非常に近縁な種類でも放電波形がAC型の種とDC型の種にわかれている場合もあります(13、図214-6)。これは種を識別するためにあえてそのように進化したのかもしれません。
ただエサや敵を感電させるのが目的で発電しているシビレエイやデンキナマズの様な場合、発電器を電池のように直列につなげて高電圧をつくらなければならないのでDCになっているのでしょう(図214-5)
図214-5 電気魚が発生する放電波形の違い
図214-6 アマゾン川に棲む非常に近縁なナイフフィッシュ2種の放電波形
参照
1)Akira Watanabe and Kimihisa Takeda, The change of discharge frequency by A.C. stimulus in a weak electric fish., J. Exp. Biol., vol.40, pp.57-66 (1963)
https://doi.org/10.1242/jeb.40.1.57.
https://journals.biologists.com/jeb/article/40/1/57/20904/The-Change-of-Discharge-Frequency-by-A-C-Stimulus
2)Wikipedia: Jamming avoidance response
https://en.wikipedia.org/wiki/Jamming_avoidance_response1z11kL4aeIO6xXp4zdAYOf7n59ShcArSh7DQD0kgEwyY07EJ6GJYzFoqJPvlTNWvJ6YErk~Pt66xvcWcbT~qhPQAFOzY-05ohZkpucPjhztkgtNFnKPjkDa1pQSRDgNvXIO8m3p0W73CBzgqOHkPWcS~UycwXmxjYMzTvkq4JX3gRKVx0tKP-nQ__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA
3)ウィキペディア:テレパシー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%BC
4)Bruce A. Carlson and Matthew E. Arnegard, Neural innovations and the diversification of African weakly electric fishes., Communicative & Integrative Biology vol.4, no.6, pp.720-725 (2011) DOI : 10.4161/cib.4.6.17483
https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.4161/cib.17483?needAccess=true&role=button
5)菅原美子 電気感覚系の比較生物学 II 電気受容器と電気受容機構
比較生理生化学 vol.13, no.3, pp.219-234 (1996)
6)続・生物学茶話159:電気魚
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/09/post-898d9b.html
7)J.M. Jørgensen, Ampullary Organs in Mormyrid Fish
https://www.sciencedirect.com/topics/agricultural-and-biological-sciences/mormyrid
8)Kimberley V. Sukhum, Jerry Shen and Bruce A. Carlson, Extreme enlargement of the cerebellum in a clade of teleost fishes that evolved a novel active sensory system.,
Current Biology 28, 3857–3863, December 3, 2018
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.10.038
9)Matthew A. Friedman and Carl D. Hopkins, Neural Substrates for Species Recognition in the Time-Coding Electrosensory Pathway of Mormyrid Electric Fish., The Journal of Neuroscience, vol. 18(3): pp.1171–1185 (1998)
10)菅原美子 電気感覚系の比較生物学III 電気感覚の脳内機構 と行動
比較生理化学 vol.14, no.3, pp.194-209 (1997)
11)脳科学辞典:遠心性コピー
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%81%A0%E5%BF%83%E6%80%A7%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC
12)Bass, A. H.: In Electroreception. Bullock,T. H.& Heiligenberg, W.(eds), John Wiley& Sons, 13-70 (1986)
13)Cornel l Chronicle Electric fish may have switched from AC to DC
https://news.cornell.edu/stories/2013/09/electric-fish-may-have-switched-ac-dc
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