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2023年3月27日 (月)

続・生物学茶話206 HOX遺伝子一覧

このあたりでHox遺伝子について復習しておこうと思います。前口動物、特にショウジョウバエの初期発生の基本については20世紀にクリスティアーネ・ニュスライン=フォルハルトとエリック・ヴィーシャウスが解明してノーベル賞を受賞し、現在では高校の教科書にも記載されています。後口動物である私たち脊椎動物の体は一見すると体節などわかりませんが、レントゲンで背骨の写真を撮影するときちんと体節が存在することがわかります。神経の構成もその体節構造に従っています。

とはいえ脊椎動物における体節のでき方はショウジョウバエとはかなり異なっています。ショウジョウバエの場合、母親が未受精卵にmRNAの濃度勾配を残しており、bicoid mRNAが卵の前端に、nanos mRNAが後側に局在します。しかもこれらのmRNAはその場所に係留されていて、拡散しないようになっています(1)。これらが発現する情報をもとに、特定の位置にギャップ遺伝子→ペアルール遺伝子→セグメントポラリティー遺伝子が発現して体節の構造が形成されます。このあと各体節の特色を決めるホメオティック遺伝子(Hox遺伝子)群が各体節に発現し、それぞれのホメオティック遺伝子によって規定された実際の組織はリアライゼータ遺伝子などによって作られます(2-4)。

マウスの場合前後軸は始めから決まっているわけではなく、受精後4日目にDVE(distal visceral endoderm)細胞が決められ、この細胞が5~6日目に頭側に動くことによって前後軸が決定されるというメカニズムなので、ショウジョウバエとは異なります(5)。ただHox遺伝子によって各体節の特徴が決定されるという点は同じで、この遺伝子は前口動物(C.エレガンス、ショウジョウバエ)、後口動物(ナメクジウオ、マウス、ヒト)で保存されており、それぞれパラログの関係にあります(図206-1)。

図206-1をみるときに留意すべきは、ナメクジウオと脊椎動物の共通祖先が進化する過程で、脊椎動物のブランチにだけ2回全ゲノムの倍化が起こったので脊椎動物の遺伝子が4倍となり、増えたHox遺伝子はその多くがそれぞれの役割を持って生き残ったので、ヒトやマウスでは遺伝子数が多くなっています。ナメクジウオの場合、進化の過程でショウジョウバエの Abd-B 遺伝子のパラログがタンデムリピートを起こしたため、遺伝子の倍化が起こらなかったのにもかかわらず、比較的多数のHox遺伝子が生まれたと思われます(図206-1)。

体節のない線虫でもHox遺伝子は保存されていることから、Hox遺伝子は特に体節のような明確な区分がなくても生物の発生分化に関与することができるようです。

厳密には図206-1に示したクラスターに存在するホメオボックス遺伝子をHox遺伝子と呼び、その他の部位にあるホメオボックス遺伝子を非Hoxホメオボックス遺伝子とするわけですが、ホメオボックス遺伝子とHox遺伝子が同義語として使われる場合もあります(6)。ここではとりあえず狭義のホメオボックスについて述べていますが、特に区別しないことにします。

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図206-1 さまざまな動物のHox遺伝子

これらのHox遺伝子の産物は転写因子としての機能を持つタンパク質(ホメオティックタンパク質またはHoxタンパク質)であり、2つのαヘリックスが折れ曲がった状態でつながっている構造(ホメオドメイン)を持っています(図206-2)。ホメオドメインがDNAダブルヘリックスのメジャーグルーヴに、N末がマイナーグルーヴにフィットするようです(7)。Hoxタンパク質はリアライゼータ遺伝子などさまざまな遺伝子のエンハンサーに結合し、転写を制御します。例えば足の形成に関与する遺伝子を活性化し、眼の形成に関与する遺伝子を抑制するというような形で特定の体の部分の形成をサポートするわけです。

Hoxタンパク質の保存性は高く、前口動物であるショウジョウバエと後口動物であるマウスの対応する遺伝子を入れ替えても機能するそうです(6)。両者の祖先が分岐したのは6.7億年前と考えられているので、恐ろしいほどコンサーバティヴと言えます。Hoxタンパク質はTAATの配列に結合して機能するので、擬人的表現であることを恐れずに言えば、遺伝子がHoxタンパク質が存在するステージで発現したいと思えばエンハンサーにTAATという配列をつくるかあるいは持ってくれば良いわけで、それは進化のタイムスケールでは容易な変異です。

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図206-2 ホメオボックスタンパク質のDNAへの結合

図206-3は左右相称動物のさまざまなグループがどのようなHox遺伝子を持っているかを、レスリー・ピックが整理して示したものです(8)。似ても似つかないくらい遠い親戚の生物であっても、左右相称動物の共通祖先を持っている限り、それぞれ同じ色のパラローガスな関連遺伝子を保存的に持っていることが示されています。

脊椎動物はナメクジウオやウニの祖先と分岐した後、2回の全ゲノム重複というイベントを経験し、Hox遺伝子もいったん4倍になりましたが、同じ機能が重複していた遺伝子が淘汰されて図206-3のようになりました。その後私たちの祖先である肉鰭類(にくきるい)と条鰭類(じょうきるい)に分岐し、さらに条鰭類から真骨魚類が分岐してから3回目の全ゲノム重複が約3億年前に起こったので、現在の多くの魚類は哺乳類より多数のHox遺伝子を持つことになりました(9、10)。サメなどの軟骨魚類はこの3回目の全ゲノム重複は経験していません。真骨魚類においてもHoxD群の遺伝子は全ゲノム重複したにもかかわらず、ワンセットは完全に脱落しています(図206-3)。それでもこの図を見ると、ある意味真骨魚類の方が私たちより進化しているとも言えます。

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図206-3 左右相称動物のHox遺伝子

図206-1あるいは3に掲載されているHox遺伝子はホメオボックス関連遺伝子群の一部であり、その他のグループに属するTAAT配列をターゲットする遺伝子も多数あります。図206-4はもっともよく研究されているショウジョウバエのホメオボックス遺伝子を分類し、網羅したものです(11)。ここで ftz (フシタラズ)という遺伝子にあとで注目します。これはペアルール遺伝子として知られていますが、他の昆虫ではホメオボックス遺伝子としての働きがみられる場合もあります(8)。

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図206-4 FlyBase を元に網羅したショウジョウバエのホメオボックス遺伝子

レスリー・ピックらは図206-4に記載してある ftz について詳細に調査して、これがすべての節足動物に存在することを確認し、ftz はもともとはホメオボックス遺伝子であって、ある進化のステージでリジン-アルギニンーアラニン-リジン-リジンというプロダクトのアミノ酸配列を獲得し、これによってペアルール遺伝子としての機能を獲得したとしています。そのタイミングは完全変態する昆虫が現れたとき(Endopterygota 以降)のようです(図206-5)。ただし蜂(Hymenoptera) ではまだ完全に機能せず、甲虫(Coleoptera)・蝶(Lepidoptera)・ハエ(Diptera)などでは完全に機能しているとしています(図206-5)。

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図206-5 前口動物における ftz の進化

ショウジョウバエに比べると哺乳類での研究は遅れていますが、各Hox遺伝子を欠損するノックアウトマウスは製造されており、それぞれ表現型が報告されているので文献12に従って簡単にまとめておきました(12、図206-6)。脊椎の異常はとりあえず解剖すればすぐわかるので記載されていますが、神経の異常などの詳細はこれからの研究が必要でしょう。具体的にどのような形質異常なのかは、文献12のテーブル2にそれぞれのノックアウトマウスについての原著論文が引用されています。

しかしこれまでに得られた情報だけでも、Hox遺伝子が哺乳類の形態にも大きな影響を与えることは明らかです。

文献12にはHox遺伝子の変異が原因となるヒトの疾病についても、患部の写真なども含めて詳しい記述があるので、関心がある方は参照されることをおすすめします。

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図206-6 各Hox遺伝子をホモで欠損するノックアウトマウスの表現型

 

参照

1)東京医科歯科大学 個体の発生と分化Ⅱ - 発生と分化のしくみ
https://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/textlife/develop2.htm

2)脳科学辞典:ホメオボックス
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

3)Wikipedia: Hox gene
https://en.wikipedia.org/wiki/Hox_gene

4)ウィキペディア:形態形成
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E6%85%8B%E5%BD%A2%E6%88%90

5)大阪大学 浜田ラボ 高田勝吉
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/hamada/%E5%89%8D%E5%BE%8C.html

6)ウィキペディア ホメオティック遺伝子
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90

7)Wikipedia: Homeobox
https://en.wikipedia.org/wiki/Homeobox

8)Leslie Pick Hox genes, evo-devo, and the case of the ftz gene., Chromosoma., vol.125(3): pp.535–551.(2016) doi:10.1007/s00412-015-0553-6
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4877300/pdf/nihms-740608.pdf

9)沖縄科学技術大学院大学 プレスリリース
https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/22387

10)Jun Inoue, Yukuto Sato, Robert Sinclair, and Mutsumi Nishida, Rapid genome reshaping by multiple-gene loss after whole-genome duplication in teleost fish suggested by mathematical modeling., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.112 (48) pp.14918-14923 (2015)
https://doi.org/10.1073/pnas.1507669112
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1507669112

11)FlyBase: https://flybase.org/reports/FBgg0000744.html

12)Shane C. Quinonez, and Jeffrey W. Innis, Human HOX gene disorders., Molecular Genetics and Metabolism vol.111 pp.4-15 (2014)
http://dx.doi.org/10.1016/j.ymgme.2013.10.012
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24239177/

 

 

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