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2023年2月14日 (火)

続・生物学茶話202:脳の起源をめぐって

PCの能力はCPUの優秀さに基づきますが、実は保管できるあるいは取り扱える情報量(メモリーとSSDの容量)も大きな影響を与えます。したがってその容量によって価格に大きな差がつきます(1、図202-1 富士通の通販サイトより)。脳もこれと同様に、神経細胞ネットワーク設計の優秀さと共にその容量が重要で、実際動物の脳は保管できる情報量を増大させる方向で進化してきました。また情報の種類によって別の部屋で分業によって処理するということも平行して進化しました。PCも進化するにつれて処理すべき情報量が増加し、画像情報はグラフィックボードという画像処理用の別室が用意されて、より効率的な情報処理が行われるようになりました。

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図202-1 PC通販

分業すると言うことは、そのための専業化した細胞をある場所に局在させ、増殖によって組織を形成しなければなりません。脊椎動物の脳は分節化し、終脳(大脳)、間脳、中脳、小脳などというまとまりをもった組織を形成して分業しています(図202-3)。では脊椎動物に進化する以前の祖先に最も近いと言われていて、かつ現存する動物である頭索動物(ナメクジウオ)の脳はどうなのでしょうか?

この分野の研究者であるピーター・ホランドが描いたナメクジウオの画はちょっと誇張して脳を膨らませてあるようです(2、図202-2A)。実際にはこの膨らみはわかりにくいくらい微妙です(3、図202-2B)。しかし図202-2Aにはもうひとつ重要な情報があります。マウスと同様にナメクジウオでも、見た目ではわからない中枢神経のある位置から前には Hox-1 や Hox-2 の発現がみられないのです。Hox はホメオティック遺伝子産物の転写因子で、組織の性格を決めるという重要な役割を担っています。ですからこれらの発現がなくなったあたりから前方の中枢神経は脳であることが示唆されます。

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図202-2 ナメクジウオの脳とホメオティック遺伝子の発現

脊椎動物の脳が発生する過程を図202-3に示しました(4)。脳の中で最も脊髄に近い分節は菱脳(ロンボメア)と呼ばれています。英語で菱形はロンバス(rhombus)で、形態からロンボメアと命名されました。ギゼンは脳の基本構造は始原的左右相称動物(ウルバイラテリア)とマウス(後口動物)とハエ(前口動物)の三者で共有されていると主張しています(5、図202-4)。つまり脊椎動物の前脳・中脳が節足動物の脳神経節(cerebral ganglion)、脊椎動物の後脳が節足動物の食道下神経節(subesophageal ganglion)に相当し、始原的左右相称動物(ウルバイラテリア)では前脳・中脳がプロトブレインとして分節化し、後脳はプロトコードの前端にあったという考え方です(図202-4)。

ナメクジウオの神経管の前端で脳胞より胴体よりの部分(図202-2のアステリスク*の部分)はまさしく脊椎動物の後脳に該当し、ナメクジウオがウルバイラテリアの面影を濃く残した生物であることが示唆されます。ただしナメクジウオの祖先はカンブリア紀あるいはそれ以降の時代を生き残るために行動を単純化し、脳が退化した結果である可能性も排除はできません。

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図202-3 哺乳類脳の発生過程での分節化

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図202-4 脊椎動物(後口動物)と節足動物(前口動物)の中枢神経の基本構造と、そこから予想される始原的左右相称動物の中枢神経系

発生過程において脳の形成や領域化を規定する因子の調査は、仮説を検証する上で非常に重要です。ナメクジウオについては以前にこのブログに記事を書いています(6)。それをみると図202-2のアステリスクの部分にも Lhx2/9 やEmxA など脳に関連したホメオボックスタンパク質、あるいは Pax4/6(ペアードボックス遺伝子)の発現が見られます(7)。このことはナメクジウオの場合脳の分業化はまだまだ進んでいないことを示唆します。

図202-5は有顎脊椎動物と円口類の脳発生過程での諸因子発現の一覧です。文献8~10を参照して作成しました。Hox遺伝子は通常体の前から後ろに番号順に発現しますが、頭部には発現しません。このルールはナメクジウオでもみられます(11)。図202-5のように中枢神経系の中脳より後部に位置して一番中脳寄りの体節にはHox遺伝子群は発現されず、また頭部を形成する上で重要な Emx, Pax, Otx 遺伝子群も発現されません。中脳との境界領域(図202-4の boundary 中脳/後脳境界)には Fgf8 と Wnt1 が発現します。円口類では r1 と記載してある領域です(図202-5)。この領域に後脳が発生します。哺乳類ではこの部域は菱脳と言われ、後に前部は橋と小脳、後部は延髄に分化します。

図202-5をみるとこの部域には Gbx2 と En1/2 が発現しています。これは想像ですが始原的左右相称動物(ウルバイラテリア)の主要な脳のコンパートメントは後脳であり、ここで運動の統合や触感の記憶とその参照を行っていたのではないでしょうか? 記憶を参照したとしても、Aの場合はaという行動、Bの場合はbという行動と決まっているなら、意識がなくてもかまわないと思います。ウルバイラテリアがおそらく保持していなかった視覚・嗅覚・聴覚などは、それぞれの子孫生物の生活様式と共に進化し、それに伴って中脳より前の脳が発達していったのでしょう。

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図202-5 有顎動物と円口類の脳の領域化に関わる因子

 

参照

1)富士通PCウェブマート
https://fmv.fccl.fujitsu.com/shop?src=0&K=webads&utm_source=google_brand&utm_medium=listing&argument=ewrtkV29&dmai=a55dc61bc7c2d7&gclid=EAIaIQobChMIvsPQwICF_QIVykNgCh2JzAeyEAAYASAAEgI_l_D_BwE

2)Peter Holland 季刊「生命誌」23号
https://www.brh.co.jp/publication/journal/023/iv_1

3)ウィキペディア:頭索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9

4)脳科学辞典:間脳の発生
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%96%93%E8%84%B3%E3%81%AE%E7%99%BA%E7%94%9F

5)Alain Ghysen, The origin and evolution of the nervous system., Int. J. Dev. Biol. vol.47: pp.555-562 (2003)
http://www.ijdb.ehu.es/web/paper.php?doi=14756331

6)続・生物学茶話187: ナメクジウオ脳の部域化
https://morph.way-nifty.com/grey/2022/08/post-277eea.html

7)Elia Benito-Gutierrez, Giacomo Gattoni, Manuel Stemmer, Silvia D. Rohr, Laura N. Schuhmacher, Jocelyn Tang, Aleksandra Marconi, Gaspar Jekely and Detlev Arendt, The dorsoanterior brain of adult amphioxus shares similarities in expression profile and neuronal composition with the vertebrate telencephalon., BMC Biology vol.19: article no:110 (2021)
https://doi.org/10.1186/s12915-021-01045-w
https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-021-01045-w

8)脳科学辞典:脳の領域化
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E8%84%B3%E3%81%AE%E9%A0%98%E5%9F%9F%E5%8C%96&mobileaction=toggle_view_desktop

9)Christof Nolte and Robb Krumlauf. Madame Curie Bioscience Database
Expression of Hox Genes in the Nervous System of Vertebrates
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK6519/

10)菅原文昭 円口類から探る、脊椎動物小脳の発生プランの進化 
ブレインサイエンス・レビュー2019 pp.145-165 (2019)

11)Hiroshi Wada, Jordi Garcia-Fernandez, and Peter W. H. Holla, Colinear and Segmental Expression of Amphioxus Hox Gene., Developmental Biology 213, 131–141 (1999)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160699993697

 

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