続・生物学茶話191: 電位依存性カルシウムチャネル
前回の続・生物学茶話190では電位依存性ナトリウムチャネルをとりあげましたが、そのなかでこのツールはもともと細菌では鞭毛形成に使われていたという説を紹介しました(1)。電位依存性カルシウムチャネルについても、私たちは筋収縮のトリガーとして、またはシナプス前細胞が化学伝達物質を放出するトリガーとして使っていますが、細菌は筋肉もシナプスもないにもかかわらずこの特殊なチャネルを保持しているわけです。細胞質イオン環境のホメオスタシス以外にもなんらかの役割があるのかもしれません。
鞭毛を動かすにはプロトンモーターやナトリウムモーターが知られていましたが、最近になってカルシウムやマグネシウムを使って鞭毛を駆動する細菌がみつかりました(2、3)。カルシウムチャネルはナトリウムチャネルと極めて近い関係にあり、わずかなアミノ酸配列の変化があるだけなのですが、それがどのような役割を持って細菌→古細菌→単細胞真核生物と引き継がれてきたかはまだまだ謎めいています。
単細胞の真核生物も筋肉や神経を持っていないわけですが、彼らも細菌と同様、電位依存性カルシウムチャネルを鞭毛運動に利用していました。昔からゾウリムシが障害物にぶつかると繊毛の打ち方を変えて後方に泳ぐことについて、脱分極とカルシウムの流入がかかわっていることが知られていましたが(4)、藤生(ふじう)らはクラミドモナスを用いて、電位依存性カルシウムチャネル Cav2 が鞭毛の打ち方を制御することを証明しました(5)。カルシウムチャネルは私たちの精子の活動にも、おそらく深く関わっていると思われます(6)。
原核生物の電位依存性カルシウムチャネルの系譜は下村らによって詳しく調査されています(7、8)。カルシウムチャネル(CavMr)はバチルス系のナトリウムチャネルと近縁な AnclNav と彼らが名付けたグループから派生したようです(図191-1)。下村らはAnclNav グループは,我々ヒトも含めた多細胞生物の Nav や Cav の先祖型の特徴を保持したチャネルである可能性が高いと考えています(8)。
図191-1 細菌におけるナトリウムおよびカルシウムチャネルの分子系統樹(下村らによる)
CavMr は電位依存性ナトリウムチャネルとよく似た構造で、6つの膜貫通部位を持った分子4個で構成され、カルシウムチャネルの場合イオンを選択するフィルターを構成している部分のアミノ酸配列の4番目の位置にグリシンがあることがキーポイントのようです(7、図191-2)。
ヒトの Cav は4ドメインの1分子型ですが、図191-2のようにドメインIとドメインIIIは4番目がグリシンで、CavMr に似た配列がみられます(7、8)。
図191-2 イオン選択フィルター部位のアミノ酸配列
図191-3は1ドメインx4型の電位依存性ナトリウム・カルシウムチャネルの進化的系譜を示しています(9)。この型の遺伝子が2回タンデムな重複を繰り返すことによって4ドメインx1型のチャネル分子が形成されたと考えられています(図191-3A)。
しかし生物全体を見渡すと、図191-3Bのようにメジャーなのは1ドメインx4型であり、植物を含む真核生物のさまざまなスーパーグループにまたがって原核生物の遺伝子が受け継がれていることがわかります(見にくいですがクリック拡大してご覧ください)。
哺乳類精子で鞭毛の動きを制御しているのもこの1ドメインx4型で(10)、この古い型のチャネルを私たちも捨てずに保存しています。おそらく重複した後、4ドメイン型とは別々に進化したのでしょう。古い型といっても細菌からひきついだものですから、長い年月の内にカチオンチャネル複合体という高度に組織化されたチャネルに進化していることが最近報告されました(11)。私たちは精子だけでこのチャネルを使っているようです。
図191-3 1ドメイン4分子型カルシウムチャネルの分子系統樹
4ドメインx1型のカルシウムチャネルはオピストコンタに含まれる生物(菌類、襟鞭毛虫、メタゾア=動物)にみられます(11、図191-4)。S.pombe や S.cerevisae は酵母で、これらが持つのは Nav ですがメタゾアのカルシウムチャネルのルーツとみられています(12)。ですからメタゾアのカルシウムチャネルはカルシウムチャネルとして細菌から受け継いだわけではありません。
平板動物(Placozoa)や海綿動物 (Polifera) は神経系をもっていませんが、カルシウムチャネルは保持しています。特に平板動物は3つのタイプの分子種をすべて保持しています(12)。このことはもともと4ドメインx1型のカルシウムチャネルが神経伝達のために生まれてきた分子ではなく、刺胞動物 (Cnidaria) 以降の動物が流用したものと思われます。有櫛動物 (Ctenophora) は Cav2 タイプしか持っていませんが、これで神経系を運用しています(12)。
図191-4 4ドメイン1分子型カルシウムチャネルの分子系統樹と神経システムの系譜
ここまで述べてきたカルシウムチャネル分子はα1サブユニットだけについてですが、実際のチャネルはイオンフィルターと電位を感知する部位を持つα1サブユニットだけでなく、その他の制御部位などを持つβ、γ、α2、δという別のサブユニットが加わった複合体であることが知られています(13、図191-5)。これらが加わることによって正しい電位のレベルによる反応や、カルシウムの効率よい通過が維持されます(13)。キャテラルはサブユニットが集合した際の3次元構造も示していたので、図191-5にお借りして示しておきます。
図191-5 4ドメイン1分子型カルシウムチャネル複合体の全体像
ヒトのαサブユニットには10種類のアイソフォームが知られていて、それぞれ別の領域に分布して、さまざまな役割を果たしています。基本的には神経伝達物質の放出、筋収縮、遺伝子発現の変換などが主な役割です。一覧表が脳科学辞典に掲載されていたので、ここにも貼っておきます(14、図191-6)。
図191-6 ヒト電位依存性カルシウムチャネルアルファサブユニットのアイソフォーム 分布と役割
DHP:ジヒドロピリジン(dihydropyridine)、PAA:フェニルアルキルアミン(phenylalkylamine)、BTZ:ベンゾチアゼピン(benzothiazepine)、オメガアガトキシン:クモ(Agelenopsis aperta)由来のP/Q型カルシウムチャネルのブロッカー、オメガコノトキシン:イモ貝由来のN型カルシウムチャネルのブロッカー、SNX-482:タランチュラ由来のR型カルシウムチャネルブロッカー。
参照
1)続・生物学茶話190: 電位依存性ナトリウムチャネル
https://morph.way-nifty.com/grey/2022/09/post-b7024f.html
2)Riku Imazawa, Yuka Takahashi, Wataru Aoki, Motohiko Sano & Masahiro Ito, A novel type bacterial flagellar motor that can use divalent cations as a coupling ion., Scientific Reports volume 6, Article number: 19773 (2016)
https://www.nature.com/articles/srep19773
3)伊藤政博 世界初:2価陽イオンで駆動するべん毛モーターCa2+やMg2+でもべん毛は回転する Kagaku to Seibutsu vol.55(4): pp.240-241 (2017)
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=766
4)Yutaka Naitoh and Roger Eckert, onic Mechanisms Controlling Behavioral Responses of Paramecium to Mechanical Stimulation., Science, Vol 164, Issue 3882
pp. 963-965 (1969) DOI: 10.1126/science.164.3882.963
https://www.science.org/doi/10.1126/science.164.3882.963
5)藤生健太 単細胞生物クラミドモナスの鞭毛カルシウムチャネルの分布と機能の分子基盤 生物物理 vol.49(6),pp.294-295(2009)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/49/6/49_6_294/_pdf
6)柴小菊 カルシウムシグナルを介した鞭毛・繊毛運動制御機構の解明
科学研究費補助金研究成果報告書 (2011)
https://core.ac.uk/download/pdf/56651494.pdf
7)Takushi Shimomura, Yoshiki Yonekawa, Hitoshi Nagura, Michihiro Tateyama,
Yoshinori Fujiyoshi, Katsumasa Irie, A native prokaryotic voltage-dependent
calcium channel with a novel selectivity filter sequence., eLife 2020;9:e52828. DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.52828
https://elifesciences.org/articles/52828
8)下村拓史,入江克雅, 細菌の祖先型イオンチャネルから探る,普遍的なカルシウム
選択機構 生物物理 61(4),223-226(2021)
DOI: 10.2142/biophys.61.223
9) Katherine E. Helliwell, Abdul Chrachri, Julie A. Koester, Susan Wharam, Alison R. Taylor, Glen L. Wheeler, Colin Brownlee, A Novel Single-Domain Na+-Selective Voltage-Gated Channel in Photosynthetic Eukaryotes., Plant Physiology, Vol.184, Issue 4, pp.1674–1683 (2020)
https://doi.org/10.1104/pp.20.00889
10)Alejandro Vicente-Carrillo, Manuel Álvarez-Rodríguez, Heriberto Rodríguez-Martínez, The CatSper channel modulates boar sperm motility during capacitation., Reproductive Biology Vol.17, Issue 1, pp.69-78 (2017)
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201702257559599827
11)Lin, S., Ke, M., Zhang, Y., Yan, Z., Wu, J., Structure of a mammalian sperm cation channel complex., Nature vol.595: pp.746-750 (2021)
DOI: 10.1038/s41586-021-03742-6
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03742-6
12)Adriano Senatore, Hamad Raiss and Phuong Le, Physiology and Evolution of
Voltage-Gated Calcium Channels in Early Diverging Animal Phyla: Cnidaria, Placozoa, Porifera and Ctenophora., Front. Physiol. vol.7: article 481.(2016)
doi: 10.3389/fphys.2016.00481
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27867359/
13)William A. Catterall, Voltage-Gated Calcium Channels., Cold Spring Harb Perspect Biol 2011;3:a003947 doi: 10.1101/cshperspect.a003947
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3140680/
14)脳科学辞典:電位依存性カルシウムチャネル
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%9B%BB%E4%BD%8D%E4%BE%9D%E5%AD%98%E6%80%A7%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB
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