続・生物学茶話188: グリシントランスポーターの進化
グリシンを用いた神経情報伝達はヒトでも重要な役割を果たしていますが、メタゾア(動物)の進化の過程で最も初期に枝分かれしたと考えられている有櫛動物も利用しているらしく、非常に古いタイプの神経情報伝達方式だと想像されています(1、2)。ナメクジウオでも日周性(ダイアーナルリズム)などに関連して利用されているようです。ナメクジウオの視覚では物の形を認識するというようなことはできませんが、明暗や光の方向は認識することができ、彼らの幼生たちは明るいうちは海底に近いところにいて、暗くなると海面に浮上するという生活をしています(3)。
脊椎動物のグリシン系神経伝達システムについては研究が進んでいて、概略は図188-1のようになります。シナプス前細胞からのグリシンの情報は、シナプス後細胞のイオンチャネル型のグリシン受容体によって受け取られ、塩素イオンを透過させることによって細胞に過分極をもたらし、脱分極を阻害する方向に働きます。全く別の様式で脱分極を促進する場合もあるにはありますが、基本的にはグリシンは抑制性の神経伝達因子です(1)。
神経伝達が完了すると、シナプス間隙周辺のグリシンはグリア細胞のグリシントランスポーター(GlyT1)により回収され、さらにシナプス前細胞のGlyT2により再回収され、シナプス前細胞にもどされます。もどされたグリシンはさらにVIAAT/VGATというシナプス小胞のトランスポーターによって小胞に取り込まれ、次の神経伝達の準備が行われます(図188-1)。
図188-1 脊椎動物のグリシン系神経伝達システム
動物にとってベーシックな神経伝達様式であるグリシン系神経伝達システムですが、意外にも脊椎動物以外では研究が進んでおらず、図188-2のように、その存在が明確になっているのは現状では頭索動物・尾索動物・軟体動物・刺胞動物・節足動物のごく一部の種のみです。ただC.エレガンスではこの神経伝達システムが使われていないことが知られています(4)。
図188-2 メタゾアにおけるグリシン系神経伝達の進化はどこまで調査されているか
シャパクらはグリシントランスポーターの分類と系統の研究から、グリシン系神経伝達の神経伝達システムの進化に取り組みました(5)。脊椎動物は図188-1にも示しましたが、GlyT1・GlyT2 という2種類のグリシントランスポーターを持っています。シャパクらはナメクジウオも2種類のトランスポーターを持っており、そのうちの GlyT2-like は脊椎動物の GlyT2 と同じグループに所属していてホモローガスと考えられましたが、もうひとつの方は脊椎動物のGlyT1ともGlyT2ともアウトグループではないかと指摘しました(5)。
ボッゾらはナメクジウオなどのグリシントランスポーターについてより詳細な解析を行ない、まずナメクジウオは3種類のグリシントランスポーターを持っていることをつきとめました(5)。そのうち GlyT2.1 と GlyT2.2 は脊椎動物の GlyT2 とよく似ていて同じグループと考えられましたが、GlyT2.1 は主として神経細胞でもグリア細胞でもない他の細胞に、Gly2.2はグリア細胞に局在することがわかりました。そしてナメクジウオの GlyT は脊椎動物の GlyT1 とは少し異なる古いタイプの分子であることも判明しました(6)。GlyTは主に神経細胞に発現していました(6)。
脊椎動物では GlyT1 は主にグリア細胞に、GlyT2 は主に神経細胞に分布しているので、後者と関係が深いナメクジウオの Gly2.2 がグリア細胞に局在しているのは不思議で、進化の過程で何らかの理由で局在が逆転したと思われます。
分子進化の系譜は図188-3のようになります。ここからわかるように GlyT型のトランスポーターはベーシックな古いタイプで、棘皮動物・尾索動物。頭索動物で共有するばかりか、サンゴ(刺胞動物)の分子とも関係が深いようです。ナメクジウオの Gly2.1 と Gly2.2 の分岐は全ゲノム倍化から生じたのではなく、それ以前におきた部分的な遺伝子重複から生まれたものだとボッゾらは考えています(6)。このようなことはウニでもおこっていて(ホヤではおこりませんでした)、ウニも GlyT2.1・GlyT2.2 の2つのタイプの Gly2 を持っています(図188-3)。
GlyT1は全く脊椎動物独自のグループで、ナメクジウオを含む無脊椎動物では発見されておらず、脊椎動物が全ゲノム重複というイベントを経験した後、独自に進化させた分子群と考えられます。
図188-3 グリシントランスポーターの分子進化
余談になりますが、グリシンは睡眠誘導物質として知られています(7)。私も眠れなかったときに買って飲んでみたのですが、気分が悪くななることがあってやめました。今もポット一杯の粉末がストックしてあります。捨てればいいのですが、なかなかできないのが私の弱点です。
参照
1)続・生物学茶話150: グリシン その1 神経伝達物質としてのグリシン
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/07/post-7d466c.html
2)続・生物学茶話151: グリシン その2 グリシン受容体のルーツ
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/07/post-93b637.html
3)Jiri Pergner and Zbynek Kozmik, Amphioxus photoreceptors - insights into the evolution of vertebrate opsins, vision and circadian rhythmicity., Int. J. Dev. Biol. vol.61: pp.665-681 (2017) doi: 10.1387/ijdb.170230zk
https://www.semanticscholar.org/paper/Amphioxus-photoreceptors-insights-into-the-of-and-Pergner-Kozm%C3%ADk/b61537cdd1ce330ea6b13a045bb120b6c1525064
4)Aubrey, K.R.; Rossi, F.M.; Ruivo, R.; Alboni, S.; Bellenchi, G.C.; Le Goff, A.; Gasnier, B.; Supplisson, S. The transporters GlyT2 and VIAAT cooperate to determine the vesicular glycinergic phenotype., J. Neurosci. vol.27, pp.6273–6281, (2007) doi: 10.1523/JNEUROSCI.1024-07.2007.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17554001/
5)Shpak, M., Gentil, L.G. & Miranda, M. The Origin and Evolution of Vertebrate Glycine Transporters. J Mol Evol vol.78, pp.188-193 (2014).
https://doi.org/10.1007/s00239-014-9615-2
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24619162/
6)Matteo Bozzo, Simone Costa, Valentina Obino, Tiziana Bachetti, Emanuela Marcenaro,Mario Pestarino, Michael Schubert, and Simona Candiani,Functional Conservation and Genetic Divergence of Chordate Glycinergic Neurotransmission: Insights from Amphioxus Glycine Transporters., Cells 10, 3392.(2021)
https://doi.org/10.3390/cells10123392
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34943900/
7)眠れない人のための駆け込みサイト 睡眠サプリに含まれるグリシンの効果・副作用とは
https://www.goodsleep-nav.com/component/glycine.html
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