続・生物学茶話185: 頭索動物の光受容 その1
私が若い頃のPCは動画を扱うのが非常に苦手で、当時の先進的PCだったNECの9801でも、トールキンの指輪物語のロールプレイイングゲームが重すぎて全く動かなかったことを思い出します。それが現在ではCPUの発達によって、精細な動画を自在に扱うことができるようになりました。なぜ脳が発達したかというのも、やはり動画を取り扱えた方が生存に有利(捕食にしても逃亡にしても)だったからと思われます。もちろん初期には走光性、昼夜の識別、生殖の同調のためなどという理由もあったでしょう。さらに遡れば光エネルギーを化学エネルギーに変えて生きるための道具にするという目的があったのでしょう。
動物に限って言えば、光エネルギー利用の中心はなんと言ってもロドプシン、そしてそのタンパク質部分であるオプシンです。ウィキペディアの Opsin の項目を見ると、その記述は非常に難解で type I と type II の関係からして行ったり来たりで混乱します(1)。そこで「渋めのダージリンはいかが」に以前に書いた記事をたどって少し復習しました。オプシンは細胞膜を7回貫通する上にレチナールを結合する活性を持つ複雑なタンパク質ですが、真核生物が地球に出現する以前から細菌や古細菌が保有していたと考えられています。もともとは光を感じるためではなく、プロトンポンプとして機能し、エネルギー(ATP)を作り出すために利用されていたようです(2)。真核の単細胞生物では、主として光合成を行なう生物が光のある場所に移動するためのセンサーとして利用していたと思われます(3)。多細胞生物もさまざまな行動のために、光センサーとしてオプシンを利用してきました。
代表的なオプシンの形態を図185-1に示しました。オプシンはN末を細胞外にC末を細胞内に配置する細胞膜7回貫通GPCR(Gタンパク質共役受容体)のひとつです。結合しているレチナールが受光することによって構造変化を起こし、それを契機として結合しているGタンパク質が構造変化を起こして、細胞内での生化学反応のカスケードが起動され、細胞膜のイオンポンプの開閉が行われることになります。
図185-1 オプシンの基本形態
動物(メタゾア)の場合、オプシンが集結する場所として繊毛の膜の場合と微絨毛の膜の場合があります。繊毛は鞭毛と同様9+2構造と呼ばれる微小管配置に加えてダイニンやネキシンが規則的な構造を作る運動器官ですが(4、5)、微絨毛は顕微鏡で観察できる繊毛と違って、電子顕微鏡レベルの小さな突起で、内部には特に規則的な構造のないアクチン繊維が通っています(6)。細胞膜にこのような突起を多くつくることによって細胞の表面積を増やし、そこにオプシンを配置することによって効率よく受光することができます。微絨毛に配置される光受容細胞を感桿型、繊毛に配置される光受容細胞を繊毛型と呼びます(図185-2)。
図185-2 微絨毛と繊毛(光受容細胞がある場所)
後口動物では繊毛、前口動物では微絨毛がオプシンの主たる集結場所になります。どちらが優秀な視覚をサポートできるかは一概には言えません。後口動物では特に鳥類などは解像力に優れた眼を持っていますし、前口動物でも昆虫やイカ・タコなどは大変優れた視覚を持っています。そんな中で後口動物のルーツに近いと思われるナメクジウオの視覚は、進化の観点から興味深く思われます。
ナメクジウオはいずれも4種類の眼を持っています、といってもほぼ光受容細胞が集まっているだけの構造です(7、図185-3)。角膜、レンズ、虹彩などの組織はありません。重要なのはそのうちのふたつ、ジョセフ細胞(Joseph cells) とヘッセ器官(dorsal ocelli) が微絨毛性の感桿型光受容細胞からなることです(7、8、図185-3)。このことはナメクジウオが前口動物的な特徴を色濃く残していることを意味し、後口動物が分岐して間もない頃の形態を残したまさしく生きた化石であることが示唆されます。
驚かされるのは、彼らが神経胚の頃からヘッセ器官のルーツである光受容細胞を持っていることです(7)。これにはどういう理由があるのでしょうか?。この記事の終わりの方で少しふれます。ヘッセ器官は成体では図183-3のように砂に埋まる位置にあるので、視覚として無用なのかというとそうではありません。そうです、砂に潜ったことを確認するために必要なのです。ジョセフ細胞が光を感知し、ヘッセ器官が感知していない状態が食事の姿勢として適切なのでしょう。明か暗かを判断するだけでよいので、進化のプレッシャーなく古いままの光受容細胞が温存されたのかもしれません。ネクトン(自由遊泳生物)として生活していた頭索動物は絶滅し、ベントス(底生生物)としての生き方を見いだしたナメクジウオだけが、このグループの中で数億年もの期間命をつないだことに、これらの光受容細胞は貢献したに違いありません。
図185-3 ナメクジウオの光受容細胞
ナメクジウオ(Branchiostoma belcheri)がどんなオプシンを持っているかについては小柳らが中心となって研究が進み、2008年の段階で7種類の遺伝子があることが判明しました(8)。Pantzartziらは別種 Branchiostoma floridae について調査し、21種類の遺伝子の存在を2017年に報告しています(9)。論文9のリストをみると、小柳らのオプシン4&5と同タイプが5種(C型と言っています)、小柳らが報告していないニューロプシン型が2種、小柳らの1&2型(Goオプシン)が6種、ペロプシンとメラノプシンはそれぞれひとつで小柳らと一致、小柳らの6型のグループとしては7種の遺伝子が記載してあります。
ここでは簡略化して、ナメクジウオオプシンのリストとして図185-4を示しておきます。ニューロプシン型のナメクジウオオプシンも後にみつかっている(9)ことから、脊椎動物が持つオプシンはGq型、Gt型、Go型、ニューロプシン、ペロプシン、など多くがすでに頭索動物との共通祖先が獲得していた遺伝子の産物であることが示唆されます。遺伝子重複によって脊椎動物が獲得したオプシンは、おそらく形や色を識別するためのGt型とRGR型に限られているようです。
図185-4で微妙に興味深いのは前口動物のGq型オプシンがナメクジウオの同型より新しかったり、蚊のGt型がナメクジウオのとよく似ていていること、ホタテガイのGo型がやなりナメクジウオのとよく似ていることなどです。このような知見が進化における新たな展開をもたらすことになるかもしれません。
図185-4 ナメクジウオオプシンのリスト * 蚊のGPRop11&12, ** 環形動物の c-opsin, *** ホタテガイの scop2, **** 脊椎動物のニューロプシン 小柳光正 オプシンファミリーの分子進化と機能多様性 比較生理生化学 vol.25, no.2, pp.50-57 (2008) などに基づいて作画
ナメクジウオは確かに砂に潜ったことを確認するために光を感知することが必要だとは容易に想像できますが、それだけではないでしょう。では他にこのような多彩な光感受性分子をどのような目的で利用しているのでしょうか?
ナメクジウオは夜行性の生物であり、成体は負の走光性を示すことは昔から知られていました(10)。パーカーはこの100年以上前の論文の中で次のように述べています・・・If, into the middle of a large vessel so placed that the sunlight falls obliquely into it through one side, living lancelets are dropped one by one, they fall to the bottom as a rule without response, wherupon they often begin swimming, and in practically every trial come to rest near the side of the glass away from the sun・・・このことはナメクジウオが明暗だけでなく、光の方向も認知できることを示しています。そのほかいわゆる眼(frontal eye)を取り去っても光を感知できるなどとも書いてあります。
文献7によると、ナメクジウオの幼生はプランクトン的な生活をしていますが、昼間は海底に近いところにいて、日没とともに水面に近いところに上がってくるそうです。成体はほとんど海底の砂の中で生活していて、餌をとるときには半身を出すようです(図184-4)。ナメクジウオは神経胚の時代から光受容細胞を持っていることを前記しましたが、神経胚はなんと正の走光性を示すそうです(11)。
昔は日本にもナメクジウオはたくさんいたようですが、最近は水質汚染などで減少し絶滅危惧種となっています。そのひとつであるヒガシナメクジウオの学名が Branchiostoma belcheri から Branchiostoma japonicum に変わりました。その事情はやや複雑ですが、西川輝昭氏が詳しく説明しています(12)。この貴重な実験動物が実験室で飼育できるというのは、関係者の特段の尽力の賜でしょう(13)。
参照
1)Wikipedia: Opsin
https://en.wikipedia.org/wiki/Opsin
2)続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質
https://morph.way-nifty.com/grey/2020/09/post-453128.html
3)続・生物学茶話 113: 単細胞真核生物の眼点
https://morph.way-nifty.com/grey/2020/10/post-f702c4.html
4)ウィキペディア:鞭毛
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9E%AD%E6%AF%9B
5)鞭毛/繊毛のはたらきと構造 Kikkawa lab
https://structure.m.u-tokyo.ac.jp/summary-j/flagella/flagella.html
6)コトバンク:微絨毛
https://kotobank.jp/word/%E5%BE%AE%E7%B5%A8%E6%AF%9B-609999
7)Jiri Pergner and Zbynek Kozmik, Amphioxus photoreceptors - insights into the evolution of vertebrate opsins, vision and circadian rhythmicity., Int. J. Dev. Biol. vol.61: pp.665-681 (2017) doi: 10.1387/ijdb.170230zk
https://www.researchgate.net/publication/322360330_Amphioxus_photoreceptors_-_Insights_into_the_evolution_of_vertebrate_opsins_vision_and_circadian_rhythmicity
8)小柳光正 オプシンファミリーの分子進化と機能多様性 比較生理生化学 vol.25, no.2, pp.50-57 (2008)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/25/2/25_2_50/_article/-char/ja/
9)Chrysouka N. Pantzartzi, Jiri Pregner, Iryna Kozmikova and Zbynek Kozmik, The opsin repertoire of the European lancelet: a window into light detection in a basal chordate., Int. J. Dev. Biol. vol.61: pp.763-772 (2017) doi: 10.1387/ijdb.170139zk
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29319122/
10)G. H. Parker, The sensory reactions of amphioxus., Proceedings of the American Academy of Arts and Sciences., Vol.43, No.16, pp. 415-455 (1908)
https://www.jstor.org/stable/20022358?seq=1#metadata_info_tab_contents
11)HOLLAND, L.Z. and YU, J.K., Cephalochordate (amphioxus) embryos: procurement, culture, and basic methods. Methods Cell Biol vol.74: pp.195-215, (2004) DOI: 10.1016/s0091-679x(04)74009-1
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15575608/
12)東邦大学広報資料 西川輝昭 ヒガシナメクジウオの氏素性
https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/019768.html
13)Makoto Urata, Nobuo Yamaguchi, Yasuhisa Henmi and Kinya Yasui, Larval Development of the Oriental Lancelet, Branchiostoma belcheri, in Laboratory Mass Cultur., ZOOLOGICAL SCIENCE vol.24: pp.787–797 (2007)
doi:10.2108/zsj.24.787
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