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2022年7月 5日 (火)

続・生物学茶話182: 3胚葉説の崩壊

本題に入る前に2つの因子についての知識が必要です。まずブラキウリ(Brachyury)ですが、これは様々な臓器・器官の発生に関与するTボックスファミリーに属する転写因子の一つで、ウィキペディアによると、これまで調べられたすべての左右相称動物でみつかっているそうです(1、2)。この因子は中胚葉形成に必要であることから、特に脊索動物の gastrulation における中胚葉細胞のマーカーとして用いられます(2)。もうひとつのSOX2はSRYボックス転写因子のひとつで、胚性幹細胞(ES細胞)や胎盤幹細胞(TS細胞)の維持に必須であることが知られていますが、脊索動物の発生の過程で神経前駆細胞のマーカーとしても使われます(3、4)。

これらのマーカーを用いて、ギヨーらはニワトリ胚原条形成期における中胚葉形成細胞と神経幹細胞の追跡を行いました(5、6、図182-1)。ギヨーは最近独立して自分の研究室を動かしているようですが、ウェブサイトの表紙デザインが私のお気に入りです(図182-1)。しかも彼女の研究室のサイトには自分と子供たちの家族写真まで貼ってあります(7)。

まず神経幹細胞のマーカーであるSOX2の発現ですが、原条ができた頃(4HH、18hr)にはエピブラストの前方領域の一部にしかみられなかったのですが、5HHになると胚の前半部全域に広がり、ヘンゼン結節より後部ではダラ下がりとなります(図182-1a)。一方T(ブラキウリ)はヘンゼン結節周辺からはじまって後方にかけて漸増していくような発現パターンになります(図182-1b)。

ここで注目すべきは、ヘンゼン結節周辺から原条の最前部周辺に両マーカーのダブルポジティブな細胞(図182-1で黄色の細胞 一番右側の図ではっきりと見える)がみられることです。これはすでにその存在が指摘されていた Neuro-Mesodermal Progenitors かもしれません(8、9)。

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図182-1 SOX2/Tダブルポジティブな細胞

次にこれらダブルポジティブな細胞がどのような運命をたどるかを検証する必要がありますが、この種の研究を進めるために好適なマーカーがあります。それはレトロウィルスの増殖に必要な部分を削除し、GFPの発現に必要なパートと抗生物質抵抗性を発現するパートを組み込んだベクターです(図182-2)。最近の進歩は、これにさらにバーコードシーケンスと呼ばれるひとつひとつのベクターに特異的な配列を組み込んだ製品です。これを使えば、GFPを発現した細胞の遺伝子をPCRで増幅し、細胞をクローンごとに識別することが可能です(10、11、図182-2)。

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図182-2 バーコードシーケンスを含むGFP発現ベクター

ギヨーらはステージ5HHでこのレトロウィルスベクターを原条前部周辺の細胞に感染させ、36時間後に神経管と側板中胚葉の細胞をひとつづつ分離してバーコード分析を行いました。このとき第27体節より前と後に分けて分析しました。図182-3は調査した7つのクローンについての結果をテーブルにまとめたものです。この結果4つのクローンが同じバーコードを持つ神経管細胞と中胚葉細胞を含んでいました。これは神経管・中胚葉の両者に実際分化する幹細胞が存在することを示しています。

特に興味深いのはクローン2で、このクローンをつくった幹細胞は囊胚期には分化増殖しないで後部に移動し、そのあと分化増殖して後部のみの神経管と中胚葉の一部を構成したことを示しています。彼女らはレトロウィルスベクターだけでなく、ブレインボウ法(12)でも同様な結果を得て、バイポテントな幹細胞が存在することを確認しています(5、6)。

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図182-3 SOX2/Tダブルポジティブ幹細胞の分化

Neuro-Mesodermal Progenitors を様々な方法で追跡していくと、原条(Primitive streak)の縮退に伴って体の後方に移動し、最終的には最後方の尾芽(Tail bud)まで移動することがわかりました(5、6、図182-4)。移動しても神経管と中胚葉を形成する能力は失われず、この場所で体の伸長に伴う脊髄や筋肉などのプロバイダーとして活動します。Neuro-Mesodermal Progenitors は Primitive streak の近傍の細胞であるにもかかわらず溝に落ち込みにくく、その多くが表層で増殖(自己複製を含む)しながら Primitive streak の縮退とともに後部に移動していくというイメージのようです(5、6)。

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図182-4 Neuro-Mesodermal Progenitors の移動

ここでは簡単に紹介しましたが、ギヨーらは様々な方法を用いて Neuro-Mesodermal Progenitors の存在とその運命を検証・追跡することに成功しています。これによってツザナクーらが穴を開けた3胚葉説の壁の破壊を、さらにパワフルに進展させました。この考え方が鳥類以外の脊索動物でも正しいと証明できるかどうか興味深いところです。

 

参照

1)HandWiki: Biology: Brachyury
https://handwiki.org/wiki/Biology:Brachyury

2)Sylvain Marcellini, Ulrich Technau, J.C.Smith, Patrick Lemaire, Evolution of Brachyury proteins: identification of a novel regulatory domain conserved within Bilateria., Develop. Biol., vol.260, pp.352-361 (2003)
https://doi.org/10.1016/S0012-1606(03)00244-6
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160603002446?via%3Dihub

3)Scott R.HuttonLarysa H.Pevny, SOX2 expression levels distinguish between neural progenitor populations of the developing dorsal telencephalon., Develop. Biol., vol.352, pp.40-47, (2011) https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2011.01.015
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S001216061100039X

4)Alejandro Amador-Arjona, Flavio Cimadamore, Chun-Teng Huang, Rebecca Wright, Susan Lewis, Fred H. Gage, and Alexey V. Terskikh, SOX2 primes the epigenetic landscape in neural precursors enabling proper gene activation during hippocampal neurogenesis., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.112, no.15, E1936-E1945,
https://doi.org/10.1073/pnas.1421480112
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1421480112

5)Charlene Guillot, Arthur Michaut, Brian Rabe, & Olivier Pourquie, Dynamics of primitive streak regression controls the fate of neuro-mesodermal progenitors in the chicken embryo., bioRxiv (2020),
https://doi.org/10.1101/2020.05.04.077586doi:

6)Charlene Guillot, Yannis Djeffal, Arthur Michaut, Brian Rabe, Olivier Pourquie, Dynamics of primitive streak regression controls the fate of neuromesodermal progenitors in the chicken embryo., eLife 10:e64819, (2021)
DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.64819
file:///C:/Users/Owner/Desktop/182/%E2%97%8F%E2%97%8FGiullot%202021%20elife.pdf

7)Guillot Lab
https://scholar.harvard.edu/charlene_guillot/home

8)Elena Tzouanacou, Amelie Wegener, Filip J. Wymeersch, Valerie Wilson and Jean-Francois Nicolas, Redefining the Progression of Lineage Segregations
during Mammalian Embryogenesis by Clonal Analysis., Developmental Cell vol.17, pp.365-376, (2009) DOI 10.1016/j.devcel.2009.08.002
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19758561/

9)Filip J Wymeersch et al., Position-dependent plasticity of distinct progenitor types in the primitive streak.,
Elife. e10042 (2016)
doi: 10.7554/eLife.10042
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26780186/

10)addgene: Retroviral Barcoding Library
https://www.addgene.org/kits/winslow-retroviral-barcoding/#kit-details

11) Grüner BM, Schulze CJ, Yang D, Ogasawara D, Dix MM, Rogers ZN, Chuang CH, McFarland CD, Chiou SH, Brown JM, Cravatt BF, Bogyo M, Winslow MM., An in vivo multiplexed small-molecule screening platform Nat Methods., vol.13, pp.883–889 (2016) doi: 10.1038/nmeth.3992.
https://www.nature.com/articles/nmeth.3992

12)Wikipedia: Brainbow
https://en.wikipedia.org/wiki/Brainbow

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